episode31 総合ギルド煉獄①
聖光宮を後にしたリアムとアリアは、サリアーナの言に従って総合ギルド<煉獄>に赴いた。ガヤガヤと多くの人で賑わう室内を見渡していると、やたら分厚い赤眼鏡とそばかすが印象的な女が小走りで近づいてくる。
同じ服装をした女がほかにも見受けられることから、ギルドの受付嬢だろうとリアムは判断した。
「あ、あんのぉ。アリア様とリアム様でお間違いねぇでしょうか?」
リアムたちの前で足を止めた受付嬢は、クイッと眼鏡を上げた。
「そうだけど……」
「やっばそうでじたか! 二人とも物凄く美形って聞いてたもんだから声かけてみたんだけどー。やっばりそうでじたかー」
一体どこの田舎から出てきたんだと思わせるほどの訛りを披露した受付嬢は、一人納得してうんうんと頷いている。
(どうやら今回の犠牲者は彼女のようだな)
ほかの受付嬢に目を向けて見れば、まるで計ったかのように素知らぬ振りを決め込んでいる。デモンズイーターの来訪に対して箝口令が敷かれているゆえの態度であろうが、それでなくとも積極的に関わろうとする者はまずいないだろう。
リアムは視線を目の前の受付嬢に戻した。
「じゃあ早速──」
「あ、わだじの名前ですかあ? わだじはレミと申します。田舎ではみんなわだしのことレミレミって呼んでます。わだじは長女で八歳の弟と六歳の妹がいます。二人ともこんれがまた極上に可愛いんですー」
人懐っこい笑顔で聞いてもいないことをべらべらとしゃべり始めるこの受付嬢の名はレミというらしい。
見た目こそ全く違うが宿屋木漏れ日の娘兼従業員であるペトラを彷彿とさせた。
(今年は本当に妙な出会いがあるな)
リアムは小さな溜息を漏らすと催促を促した。
「君のことはよくわかったからさ。とにかくギルド長のところまで案内を頼むよ」
「あんれまあー! なしてわだしがギルド長様のところに案内するってわかっただ? 一言もそんなこと言っでねぇのに」
一瞬からかわれているのかと勘違いしそうになるが、目を大きく見開いている様子からも本気で驚いていることがわかる。
リアムは多少のいら立ちをもって言った。
「とにかく案内してくれ。ギルド長にそう言われているんだろう?」
「その通りだす。案内いだじますのでわだじについてきてください」
レミは意気揚々と階段を上り始めた。ようやく先に進めると彼女の後に続くリアムの頭に、強烈な印象によって今まで隠れていた疑問が次々と浮かび上がってくる。
室内の全体が一望できる大きなコの字型の階段を登り切り三階に到着したところで、リアムは楽しそうに前を歩くレミに早速沸いた疑問を口にした。
「まさかとは思うけど、僕たちが何者かレミが知らないはずないよね?」
「子供とはいえあっだばかりの男の人に名前を呼ばれるとなんだかこっぱずかしいー」
レミはほんのり赤く染まった顔を両手で覆いつつも、指の隙間からこちらをチラチラと覗き見てくる。リアムは自分の目が白くなっていくのをはっきり自覚した。
「まずは僕の疑問に答えてくれると嬉しいんだけど」
「もぢろんギルド長様から聞いでますぅ。デモンズイーター様とそのお付きですよね?」
「まぁそれで大体あっているけど……」
お付きという言葉にそこはかとなく不快感を覚えるも、レミに自分はネゴシエーターだと訂正したところで大した意味はない。説明を求められても面倒なだけなのであえて流すことにした。
「レミはデモンズイーターが怖くないの?」
レミは小さく首を傾け、
「悪魔を退治してくれるデモンズイーター様を怖がったりなんてしませんよぉ。なしてみんなが避けようとするのかわだじにはさっぱり理解できません」
フードに覆われたアリアを覗き込むようにしてレミがそう言えば、アリアはエヘンと胸を反らした。どうやら考え方もペトラと似た思考をもっているらしい。
リアムは苦笑しつつさらに質問を重ねた。
「デモンズイーターに関わると呪われるという噂は聞いたことがあるよね? それは怖くないの?」
言った途端突然足を止めたレミに、リアムは危うくぶつかりそうになった。
「急に立ち止まらないで──」
振り返ったレミの顔は酷く無機質で、リアムは続く言葉を宙に霧散した。今や彼女の瞳は仄暗い光を漂わせており、その変貌ぶりに思わず息を呑む。
「呪いはそんなに簡単なものじゃありません。呪いを成就させるには様々な制約が課せられます。場合によっては己の命を削らねばならないほどの制約が」
深い重みがある彼女の言葉に二の句が継げずにいると、レミはにぱっと笑った。
「そもそもわだじに呪いは効きませんから」
言ったレミは両手の指を器用に使ってなんとも奇妙な形を作って見せる。
「それは……?」
「呪い封じの印です。形だけ真似ても効果はありまぜんが」
言ってクルリと正面に向き直り、歩みを再開させるレミ。デモンズイーターの呪いを恐れるどころか意味深な発言をしたレミに、リアムの好奇心は程よく刺激された。
こうなるとリアムは黙っていられない。会話を続けようと口を開けた矢先、ひとつの扉の前でレミの足が止まった。
すぐにレミは軽妙なノック音を廊下に響かせ、
「ギルド長様! お二人をお連れじました!」
「──お通ししろ」
緊張がかった声に応じてレミが弾くように扉を勢いよく開ければ、頬に大きな傷をもつ壮年の男が気難しい顔で机の前に座っている。
首元に光る紫色のプレートは、ギルド長がクリスタルの称号を持つ戦士であることを示していた。