episode28 南の聖女②
「ではすでに見届け人なる者の選定はお済みと考えてよろしいですか?」
「リアム様のおっしゃる通り、見届け人の選定は済んでいると聞いております」
「念のため申しておきますが相手が悪魔である以上は不測の事態は常に起こりえます。見届け人の生死に我々は関与するつもりはありませんが、これについても問題ありませんか?」
「はい、そちらに関しても問題ありません」
サリアーナが力強く断言するからには、見届け人なる者はそれなりに腕が立つのだろう。
(さっきの会話で見届け人が神聖騎士団でないことはわかっている。そうなると選択肢は自ずと戦士に限られるけど……)
問題なのは悪魔のカテゴリーがわからない以上、同道するなら最低でもクリスタル級の称号持ちでなければ困るということだ。
戦士の称号はクリスタルがひとつの壁とされている。つまり、シュタールとクリスタルとの間には大きな実力の差があり、リアムの中ではシュタール以下の戦士は役に立たないと定義していた。
「ちなみに誰が我々と行動を共にするのですか?」
「リアムさんは総合ギルド煉獄をご存じでしょうか?」
「はい」
予想していた回答であったため、リアムは即答する。
「その総合ギルドに見届け人の依頼を出しました。誰がという問いにはお答えすることはできません。人選は総合ギルドの長に任せておりますので」
「直接ギルドに出向いて尋ねろ、ということでよろしいですか?」
「はい。ご足労をかけますがよろしくお願いします」
「わかりました。ではこの件はここまでとして、本来の依頼内容についてお話しをお聞かせください」
「──貴様、サリアーナ様の話を聞いていなかったのか?」
リアムは視線をイズモへと移し、
「もちろん聞いていましたが、わざわざ事を成した後に依頼内容を聞くのは非効率と考えます。先程も申した通り、我々はそれほど暇ではありませんので」
「随分と大層な口を聞くじゃないか。実力によっては悪魔に殺されるという懸念があるからこそ伝えないのだ。そんなこともわからんのか」
そう言ってイズモは鼻を鳴らす。
「なるほど、その可能性を否定はしません。しかしながらお二人の前にいるのは我々の組織に二人しかいない特A級のデモンズイーターのうちのひとりです。つまり聖女様からのご依頼であればこそ、我々が派遣されているのです。そこのところをご一考ください」
言って隣のアリアに視線を送れば、フード越しからでもわかる程度には唇に笑み乗せていた。
「貴様、特A級だがなんだか知らんが、サリアーナ様の御前で図に乗るのも大概にしておけよ」
「おやめなさいイズモ。こちらは礼を尽くす立場です。──リアム様、確かに時間は有限なもの。こちらの配慮が足りませんでした。改めて依頼内容を説明します」
「お願いします」
「事の始まりは一ヶ月程前になります」
そう切り出したサリアーナの話はそれなりに興味深いものだった。
星都ペンタリアに属する村の住民がある日忽然と姿を消したというのだ。悪魔に襲われたというのであれば家屋の破壊なり住人を食い散らかした後が必ず残るものだが、争われた形跡はまるでなかったとサリアーナは言う。
生活感を残したまま本当に住人だけが忽然と消えてしまったらしい。しかも、そういった村は一つではないという。
話を聞き終えたリアムは親指を顎に乗せた。
「無礼を承知で尋ねますが、逃散の可能性はないのですか?」
重い税に耐えかねた村人が村そのものを捨て、ほかの領地なり場合によっては他国に逃げ込むのはあり得ない話ではない。
星都周辺の土地は決して肥沃ではなく、したがって作物が育ちにくいと聞く。いざ飢饉ともなれば真っ先に飢えの対象となるのは明らかだ。
「……どうやら死にたいようだな。子供とて容赦はせんぞ」
イズモの瞳に怒りの炎が燃え上がり、カチャリと柄に手をかける音が聖堂内に響き渡った。
「剣から手を放しなさい。リアム様はそのようなケースもあるのではと問うているに過ぎません」
「……放しません。今の発言は明らかにサリアーナ様を侮辱したものです。神聖騎士団〝重騎士〟の位を預かる身であれば到底看過できるものではありません。そもそも下賎な退治屋ごときにそこまでへり下る必要などございませんぞ!」
「……黙りなさい」
一転して魂を凍てつかせるような聖女の言葉は、水面に落ちた一滴の雫のように聖堂内に波紋を広げた。