episode24 口は災いの元③
(あーあ。あの発言は明らかに失敗だった。まだまだ思慮が足りないな、僕も)
少し早めの夕食を済ませて部屋に戻ったリアムがベッドに寝転んで最初に抱いた感想がそれだった。なにせことあるごとにメイドが世話を焼こうとし、必死な眼差しを向けてくることに正直辟易していた。
(かといって組織の手前呪いは嘘だとも言えないし……)
こちらとすれば用があるときに応えてくれればいいだけで、過度な干渉はリアムの好むところではない。だが、そもそも原因を作り出したのが自分であるためこればかりはどうしようもなかった。
「──で、アリアさんは僕の部屋でなにをしようとしているの?」
天井から視線を移動させたリアムは、堂々と服を脱ぎ始めるアリアに声をかけた。
「え? おふ……ろ」
「いや、そんな不思議そうな顔をされても僕が困るんだけど……太郎丸はどうしたの?」
「ベッドで大の字になって寝て……る」
リアムは太郎丸の姿を想像して溜息を吐いた。
「犬なのに大の字で寝るなよ……」
「犬って言うと太郎丸が怒る……よ」
「いないから言ってるの。話が逸れたけどお風呂なら自分の部屋で入りなよ。この部屋にあるなら当然アリアの部屋にもあるでしょう?」
アリアには屋敷で一番広い部屋があてがわれている。なら風呂も部屋の大きさに比例して大きいはずで、つまり、わざわざリアムの部屋で入る理由がないのだ。
「太郎丸は自分の部屋が気に入ったみたいだけど、私にあの部屋は広すぎ……る。居心地が全然よくな……い」
「そういう理由なら部屋を変えてもらうようメイドに頼もうか?」
「もう言っ……た」
「へえぇ。自分で言ったんだ」
アリアが自分の希望を直接他人に伝えるのはまれなこと。裏を返せばそれだけ部屋の広さが気に入らなかったということだろう。
「ん? 今の言いようだと結局部屋を変えてくれなかったってこと?」
上着に手をかけたままコクリと頷くアリアを見て、リアムは大いに首を捻った。この城のような屋敷にいる人間は自分たち以外はメイドしかいなく、また部屋にたどり着くまでにいくつもの扉を目にしている。嫌がらせでもない限りは、そもそも断る正当な理由がないのだ。
リアムの前にしゃがんだアリアは、抑揚のない声で言った。
「リアムが全部悪……い」
「僕が? なんで?」
「私が狭いの嫌いってリアムが言ったか……ら」
「狭いのが嫌い? ……ああ、そう言うことか」
馬車に乗りたくない一心でアリアにありもしない〝設定〟をしていたことをリアムはすっかり忘れていた。メイドが声を震わせながらアリアにあてがった部屋が一番広いと強調してきた意味を今さらながらに理解する。
ベルトラインがメイドに強く言い含めただろうことは容易に想像つくが、それにしたって警戒し過ぎるにもほどがある。
「理解し……た?」
「まぁ……一応は」
「だからここでお風呂に入……る」
「じゃあ太郎丸の部屋のお風呂を使いなよ」
「もう脱いでいる。手遅れでし……た」
おかまいなしに服を脱ぎ捨てていくアリア。自分に非があるのでこれ以上強く言うこともできず、リアムにできる抵抗手段は脱衣所を指さすことだけだった。
「じゃあお風呂に入るのは構わないからせめて服は脱衣所で脱いでくれ」
アリアは脱衣所を一瞥し、
「別にここでい……い。向こうで脱ぐのめんどくさ……い」
「全然面倒じゃないから。──そうだ! お風呂上がりにアリアの好きなココの実ジュースをメイドに用意させておく。だから僕の言うことを聞いてくれ」
「ココの実……」
「そうそう。ココの実ジュースだ」
アリアは視線を宙に彷徨わせた後、
「わかった。向こうで脱いでく……る」
ようやく脱衣所に向かったことでホッとしたのも束の間、扉の隙間から顔だけを覗かせてきた。
「どうしたの?」
「たまには一緒にはい……る?」
「入らないし、さも前は一緒に入っていたように言わないでくれ」
「主はおっしゃいました。たまには仲良く一緒にお風呂に入るべきだと」
「主はそんなことを絶対に言わないから! それに一緒に入ったらココの実ジュースを用意できないだろ?」
「……そうともい……う」
程なくして風呂場から水が流れる音が漏れ聞こえてくる、ベッドに思いきり突っ伏したリアムは「疲れた」と、一人呟くのだった。