episode20 星都ペンタリア①
地図に示された屋敷に向かうため、リアムたちは星都の中心街に向かって歩いていた。ちょうど昼下がりということもあって、街は多くの人たちで賑わっている。
リアムは今もってしっかりと繋がれたままの手に視線を落とし、次にアリアの横顔ジッとを見つめた。
「……アリアさん、そろそろ手を離してもらってもいいですか?」
「ダメ。どんどん人が多くなってい……る。絶対に迷子にな……る。超危険が迫ってい……る。だから、ダメ」
是が非でも離してなるものか。そんな気持ちが握り締められた手からひしひしと伝わってくる。
(迷子はまだわからないでもないけど超危険ってなんだ……? ま、どうせ聞いたとろこで明確な答えは期待できないんだろうけど)
拘束状態は今しばらくは続きそうだと、小さな溜息を落としたリアムは改めて街を見渡した。
(しかしさすがに聖女のお膝元だけあって活気に満ちている。ラ・ピエスタが辺境の田舎町だったから余計にそう感じるのかもしれないけど)
とくにダリアの大星塔へと通じる市場はたくさんの露店が競うように軒を連ねていた。肉、魚、野菜、果物などが見栄えよく並べられ、一方では衣服といった日用品や身を飾る装飾品なども売られていたりする。
中には的中率百パーセントを謳う占いなど実に怪しげな看板を軒下に吊るしている露店もあり、リアムを退屈させないことに事欠かなかった。
冷やかし半分に露店を眺めながら歩いていると、雑多に飾られている装飾品のうちのひとつに目が止まる。本来装飾品など歯牙にもかけないリアムであるがこのときばかりは違った。
「どうした……の?」
どうやら本人も気が付かないうちに足を止めて見入っていたらしい。気づけばアリアが心配そうに顔を覗き込んでいた。
ちなみに店主はといえば、迷惑そうな目を向けている。子供に声をかけたところで金にならないくらいに思っているのだろう。まさか店主も子供が懐に聖金貨を複数枚忍ばせているなんて夢にも思うまい。
「おなか、痛くなっちゃ……た?」
「ごめんごめん。ちょっと考え事をしていたんだ」
「ほかの客に迷惑だ。冷やかしなら帰ってくんな」
店主の言葉に太郎丸がなにか言いたそうな顔をしているのを見て、リアムはそそくさと歩みを再開させた。
「……客など誰もおらんではないか」
太郎丸は店を離れて早々小声で文句を言ってくる。リアムが非難の目を向けると、太郎丸はフイと顔を横を逸らした。
「──ここは一段と人が多いな」
やがてリアムたちが市場の中心と思われる広場にたどり着くと、ひときわ派手な看板が掲げられた建物に自然と目が吸い寄せられていく。
看板には達筆な文字で<総合ギルド・煉獄>と書かれていた。
(ここが星都ペンタリアのギルドか……また随分と物騒な名前だけど、さすがにラ・ピエスタの町とは比べ物にならないな。規模そのものが違う)
赤煉瓦で組まれた重厚な三階建ての建物は、歴史を感じさせる風格と趣がある。人の出入りが絶えない様子からしても、それなりに繁盛しているのだろう。
とくに用事があるわけでもないのでそのまま通り過ぎようとしたところ、周囲がにわかにざわつき始めた。
「見て見て! 疾風よ! 悪魔討伐から帰ってきたんだわ!」
ひとりの若い女が黄色い声を上げれば、周りにいた女たちも挙ってその声に追随していく。視線を声の先に向けて見れば、美々しい鎧で着飾った男が二人、如才ない笑みをもって声援に応えていた。
彼らの後ろには水色の外套を羽織る女が、男たちとは対照的につまらなそうな表情で歩いている。
男たちはもっぱら女に向けて野太い声をかけているが、面白いくらいに反応を示さない。そのさらに後ろでは二頭の馬に引かれた荷車が重々しい音を響かせている。
(あれは……)
荷車に置かれている鉄製の牢に視線を移せば、青い血に塗れた悪魔が二体横たわっている。ピクリとも動かない様子からしても、すでに死んでいるのは明らかだった。
(あれはカテゴリーαのソドム、それも二体か。さすがに星都ともなるとまともな戦士がいるらしい。ソドムはカテゴリーαの中でも中位の悪魔。間違いなくプラティーン以上の称号持ちだな。──あっちの女は恰好からして魔導士といったところか)
この世界には魔法という超常の力が存在し、魔法を扱うものを総じて魔導士と呼ぶ。
魔導士になるためには〝蒼気〟が扱える必要がある。蒼気とは魔法を行使するための源だが、蒼気を扱えるか否かは先天的なもの。つまり、生まれ落ちたときに蒼気を有する証である〝万象印〟が胸に刻まれていなければ、魔法を行使することは絶対に叶わない。
こればかりは天の気まぐれであり、しかも蒼気が扱える者は滅多に生まれないときている。悪魔が闊歩する世界で超常の力を持つ魔導士は希少であり貴重。故に当然優遇もされる。それゆえに自分は神に選ばれた存在だと驕り、尊大な振る舞いをする輩が実に多いのだ。
(あれもご多分に漏れずかな?)
そう思いながら一行が横を通り過ぎる際、リアムはたまたま魔導士と目が合った。魔導士は興味なさげに目を逸らすと、前を歩く男たちに向かってなにやら文句を言い始めている。
男の片割れが困ったような表情で魔導士の機嫌を取る仕草を見るに、どうやらご多分に漏れなかったらしいとリアムは内心で苦笑しながら歩みを再開させた。