episode19 到着②
「そろそろ並……ぶ?」
「そうだね」
「吾輩、やはり面を──」
「本当に止めてね」
太郎丸に釘を刺し、リアムたちは行列の最後尾に並んだ。実のところバーンシュタインツ家の威光を借りずとも、手紙と一緒に同封されていた星印をこれ見よがしに掲げて見せれば、それだけで門兵は最敬礼でもって道を開けるのは想像に難くない。
だが、それはそれで周囲の目を引いてしまう。得策とはいえないため、今回は通常の手順を踏むことを選択した次第である。
そうこうしているうちに行列が順調に消化され、いよいよリアムたちの番となった。
「見たところ旅人だな。星都にきた目的は?」
アリアに胡散臭そうな目を向けながら門兵が問うてくる。周囲には門兵以外も含めて二十人以上の兵士が警備にあたっているようだ。
(さすがに聖女のお膝元なだけあって警備が厳しそうだな。どうやら早速アリアに目をつけているようだし、遠慮なくコレを使わせてもらうか)
リアムは懐から出した星印を、アリアに疑惑の目を向け続ける門兵にだけわかるようにそっと見せた。
「あ? 何だ?」
訝しむように視線を星印に落とした門兵は、次の瞬間にはサッと顔色を変えた。
「これは⁉️ これは大変失礼いたしました!」
「あまり大げさにしないでください。これの持ち主もそれを願っていますので」
「はっ! ではすぐに案内の兵士をお付けいたします!」
「それには及びません」
リアムは門兵の申し出を断った。初めて訪れた星都の地理に明るいはずもなく、ましてや門兵の厚意を無下にしているわけでもない。
ではなぜ断ったかといえば、さっきから門の先でこちらを窺う男がやたらと目につくのが理由で、おそらくは聖女が差し向けた案内役だろうと踏んでいたからだ。
「本当に案内は不要でいらっしゃいますか」
「ええ、大丈夫です」
「かしこまりました。ではお通りください」
もう一人いる門兵の訝しむ視線から半ば逃げるように先へと進めば、リアムが思った通り件の男が小走りで近づいてきた。
一見するだけで仕立てが良いとわかる上質な服は、柔和な顔立ちも手伝って上品な印象をリアムに抱かせる。
男はリアムたちの前で立ち止まると、すでに待ち人だとの確信を得ているらしく慇懃に頭を下げてきた。
「リアム様とアリア様ですね」
「そうです」
「お待ちしておりました。私は聖女サリアーナ様の筆頭執事を務めるベルトライン・ギブと申します」
言って顔を上げたときの彼の視線は、足元で気怠そうに欠伸をする太郎丸に向けられていた。
「太郎丸と言います。私たちの連れです」
「失礼致しました。また先程はご配慮していただきありがとうございます。まずは滞在していただく屋敷に向かいますのでこちらへ……」
リアムは嫌な予感を覚えながら先導するベルトラインの後に続けば、
(やっぱり……)
そこにはようやくの思いでおさらばしたはずの馬車が悪夢の再現とばかりに停車していた。御者台から降りた御者が素早く扉を開くのを横目に、リアムは溜息交じりで告げた。
「申し訳ありませんが我々は歩いて行きます。屋敷の場所だけ教えてくれませんか?」
「はい?……馬車になにか不都合でもありますでしょうか?」
ベルトラインにとっては予想もしていなかった申し出だったのだろう。明らかに困惑した表情を浮かべている。
不都合は大ありだとリアムは内心で呟きながらも、表面上は努めて穏やかに答えた。
「いえ馬車がどうこうというわけではありません。ただ……」
「ただ、なんでございましょう?」
聖女の命令で動いている以上は、ベルトラインも簡単に引き下がるわけにはいかないことは理解できる。だからといって本当のことを話すつもりもさらさらなかった。
(彼を納得させるには納得させるだけの理由が必要か……)
一考したリアムがベルトラインに耳打ちする。すると、彼の顔色が見る見るうちに青くなった。
「じ、事情はよくわかりました。そういうことであれば私は先に屋敷へ赴きお二人の到着をお待ちしております」
アリアを見て盛大に喉を鳴らしたベルトラインは、小刻みに指を震わせながら屋敷の地図を描いた紙を差し出してくる。礼を言って受け取るや否や、踵を返して早足で馬車内に滑り込むベルトラインの姿をリアムが満足して眺めていると、
「アリアは狭い場所がとっても嫌……い? 馬車の中で暴れに暴れる……の?」
「……随分と地獄耳だね」
「アリアは狭い場所がとっても嫌……い? 馬車の中で暴れに暴れる……の?」
「わかったわかった。勝手にアリアのせいにした僕が悪かったよ」
リアムが降参を示す意味で両手を上げると、アリアは瞼を閉じて両手を胸の前に合わせた。
「主はおっしゃいました。たくさんたくさん頭を撫でてくれれば全てを水に流すこともやぶさかではないと」
「だからなんでそこだけ流暢⁉」
アリアは周囲を見渡して、
「この街は人がとってもとっても多……い。だからリアムはアリアと手を繋……ぐ。絶対に迷子になるか……ら」
そう言ってリアムの右手に指を絡ませてくるアリア。迷子になるのは方向音痴のアリアだろうがと言いたくもなるが、負い目のあるリアムは彼女の提案を黙って受け入れるより仕方がなかった。