episode17 軋む馬車に揺られて②
「ふむ。あれが百年の時を費やして造られたというダリアの大星塔か。星都を象徴するということだけあって中々に壮観だな」
星都ペンタリアを象徴するダリアの大星塔が見えてきたところで、太郎丸が感心したような声を発した。
「太郎丸さんは博学ですね」
「この程度の知識で博学などと言っては皆に笑われるぞ」
そう言いながらも太郎丸の尻尾はブンブンと左右に振られている。小さな笑みを落としたセフィリナは、覗き窓を開けてリアムに声をかけた。
「そろそろ到着しますが具合はどうですか? 多少なりとも楽になりましたか?」
「……ええ。多少は」
「ではきっとアリアさんの膝枕が良かったのですね」
「…………」
リアムの口からは肯定も否定の言葉も出ることはなかったものの、代わりにアリアが小さく頷いている。無表情なのは相変わらずなので、感情を窺い知ることはやはりできない。
「そういえば聞きそびれていましたが、そもそも星都にはどんなご用事で? やっぱり観光ですか?」
道は傾斜に差し掛かり、セフィリナは手綱を緩やかに操りながら尋ねてみる。それは会話を繋ぐための会話に過ぎなかったのだが、面倒臭そうに返ってきた言葉を聞いた瞬間、セフィリナは慌てて馬車を止めることになった。
すぐにリアムから不平の言葉が飛んでくる。
「急に馬車を止めないでください。それでなくても揺れるのですから」
「今聖女様に会いに行くって、そう言いましたか!?」
リアムは気怠そうに腕を延ばし、進行方向に人差し指を向けた。
「驚くことのほどでもないでしょう。そんなことよりも先に進んでください」
「そんなことって!? そんなことで片付けられる話じゃありませんから!」
古の時代から存在し、各国に大きな発言力を有するぜラーレ教会。その教会を象徴する三大聖女を知らないものなどまずいないし、そもそもが簡単に目通りを許される存在でもない。ある意味ではジェスター王国を統治する王、レガード・フォン・キンバリーよりもずっと敷居が高いのだ。
当たり前ではあるがセフィリナも拝謁したことなどない。そんな天上人と言っても過言でない聖女の一人にリアムは平然と会いに行くと言う。驚いて当然だ。
リアムはといえば、面倒だと言わんばかりに口を開いた。
「聖女様でも村人でも依頼があったから出向く。ただそれだけのことですよ」
「聖女様と村人を同列で扱わないでください! リアムさんはちゃんとわかっているのですか!」
思わず声を荒らげてしまうセフィリナに、
「少なくとも私にとっては同じですよ。肩書きと見てくれが違うだけで詰まっている中身は一緒でしょう。違いなんてありませんよ。──相手が悪魔以外は、ね」
体をゆっくり起こしたリアムは薄い笑みを浮かべた。その瞳には仄暗い光が宿る。その姿にセフィリナは改めて強く思い知った。やはりこの少年は普通の子供とは根本的になにかが違うのだと。