episode14 お人好しなご令嬢①
セフィリナは目の前で行われる一方的な戦いに、体の痛みも忘れるほど釘付けとなっていた。
女の身なれどそこは武門の子である。父や兄たちの修練を常日頃から見ていただけに、彼女が修練に修練を重ねた真の強者であることがわかる。
「大丈夫ですか?」
そう声をかけられて始めて目の前に少年がいることに気づいたセフィリナは、誤魔化すように早口で答えた。
「助けていただいてありがとうございました。君こそ怪我はしていませんか?」
少年はポカンとした表情を見せた後、「ああ」と言って苦笑した。
「危ないところでしたがなんとか轢かれずに済みました。もちろん怪我などしていませんよ」
「それなら本当に良かったです」
「それでどうします?」
ホッと息を吐いたのも束の間、突然投げかけられた質問の意味がわからず言い淀んでいるセフィリナに、
「あの野盗たちのことですよ」
苦笑を重ねる少年は野盗を見ることもなく言う。ここでようやく少年が言わんとしていることを悟り、セフィリナは少年をまじまじと見つめた。
「それは殺す、ということですか?」
「それも含めてです。事情がわからなかったので判断をあなたに委ねるために生かしておきました。今なら赤子の手を捻るよりも簡単です」
言いながら少年は腰に差していたナイフをなんでもないように手渡してきた。しかも、ただのナイフではない。素人目にも業物に違いないと思わせる逸品であった。
(護身用だとしても大仰すぎる。なんで少年がこんなナイフを……)
そればかりでなく少年は、話してもいないのに御者と護衛が野盗たちに殺されたことも言い当ててきた。いくら野盗とはいえあっさりと殺す選択を示してくることといい、セフィリナは目の前の少年に戦慄した。
(この子は一体……)
セフィリナは改めて倒れている野盗たちに視線を移し、自分の手に置かれた鈍い光を放つナイフをジッと見つめる。
御者のハリスも護衛のアランとオリヴァーも小さい頃から何くれとなく面倒を見てくれるセフィリナにとって大事な存在だった。
少年が言った通り、今なら非力なセフィリナでも野盗たちにとどめを刺すことは容易い。喉元に突き立てるだけで片が付く。
(だけど……)
受け取ったナイフをセフィリナはそのまま少年に返した。少年は珍しいものでも見るような目をこちらへ向けながら口を開く。
「いいのですか?」
「ええ。復讐する気持ちが全くないと言ったら嘘になりますけど……」
「ならとどめを刺すべきでは? 殺された方々もそれを望んでいるかもしれませんよ?」
セフィリナは小さく首を振った。
「多分そんなことは望んでいないでしょう。わたくしがこの手を血で染めてもきっと彼らは喜ばないと思います」
「そうですか……」
少年はナイフを手のひらでひとしきり弄んだ後、腰のホルダーに戻しながら淡々と言う。
「まぁ生かしておいたとしてもこの野盗たちが今後まともな生活を送ることなどできません。それもいいでしょう」
ここで初めて少年は野盗たちに冷たい視線を流した。
「それよりも本当に怪我などしていませんか?」
「僕は大丈夫です。そんなことよりあなた──ええと……」
言い淀む少年の姿に、セフィリナは自分が名を告げていなかったことを今さらながらに気が付いた。
「命の恩人に対して名前も告げず大変失礼いたしました。わたくしはセフィリナ・フォン・バーンシュタインツと申します」
「バーンシュタインツ……」
少年は一瞬視線を宙に漂わせて「ああ」と小さく呟いた。