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第08話 ☆交渉の行方☆

「僕達の話を聞いてくれる気になったんだね。嬉しいよ」

「僕達? 他にも誰かいるのかしら?」

「ああ。僕達っていうのは、この魔塔の支配者さ。僕を含めて三人いてね、巷では〝最古参の三賢人トリニティワイズマン〟って呼ばれているのさ」

 そう言うなり、アシュレイが背を向けて歩き出した。

 と言っても、それは影。

 三次元映像ホログラフィーみたいなものなので、不意討ちしても意味はない。自信家に見えるが、決して油断していないのは間違いなかった。

 そして俺達は、アシュレイの仲間がいる場所に案内されている、と。

 交渉そのものが時間稼ぎという線も濃厚だし、案内される先には、罠があると思って間違いなかろう。

 それでも着いて行くんだけど。

『どうせなら、こっちに呼んでもらった方がいいんじゃないの?』

『それも考えたけど、この塔に入った時点で『転送』されてるんだよね。意味ないと思う』

 それもそうね、とヒナタが納得してくれた。

 そして、笑いながらヴェルドラが宣言する。

『我に任せよ。我さえいれば、どんな罠だろうと打ち破ってくれるわ!』

 頼もしい。

 ここまで後手に回ってしまったら、今更なのだ。バタバタと慌てても仕方ないし、ここは堂々と、王者の貫禄を見せつけるように相手の出方を窺う事にした。

 そして俺達三人は、アシュレイに続いて大きな広間へと至った。

 広間の扉が開くと同時に、アシュレイの影が消える。

 そして扉の先には、三つの人影があった。

 噂の〝最古参の三賢人トリニティワイズマン〟とやらだろう。

 準備運動をしているのが、アシュレイの本体だ。

 やあ、とばかりに片手を上げて、俺達に笑顔を向けてきた。

 それを軽くスルーして、他の二人を観察する。

 一人は小柄な少女。

 両目の眼帯が特徴的だ。

 フードで隠れて表情はよく見えないが、金色の髪が特徴的だった。

 そしてもう一人は、渋い感じの壮年の紳士だ。

 険しい相貌に、鋭い眼光。ロマンスグレーの髪を、後方に撫で付けるようにしている。

 痩せてもおらず、太ってもおらず。若さは感じられないが、均整のとれた体躯だった。

 少女、若者、壮年。年代はバラバラだな。

 もっとも、長命種だったら年齢なんて関係ないので、見た目をそのまま信じる事は出来ない。つまり、大した情報は得られなかった訳だ。

 幸いだったのは、数が丁度同じだった点だろう。

 こちらにはヴェルドラいるので、星取り戦だったら一勝確実だ。

 勝ち抜き戦だったら、なお良し。ヴェルドラを先鋒にして、楽をさせてもらう所存である。

 俺が敵を探るように観察している間、その肝心の三人は俺達を無視して会話を繰り広げていた。

「ふむ、貴様が一人で様子見するのではなかったか?」

「そうだよ。どうして案内して来たのか知らないけど、今からみんなで戦うの?」

「いやいや。どうせ無駄だと思って交渉する気はなかったんだけどさ、先ずは話し合いをする事になった」

 とまあ、アシュレイとこの二人では意見が一致していない。

 話し合いするという判断がアシュレイの独断専行だと判明したけど、意思疎通の手段を持っていないと考えるべきかな?

 まあ、もう少し様子を見て判断するとしよう。

「こちらとしても、交渉出来るのは歓迎なのよ。誤解がないように、先にそちらの言い分を聞いておきたいわ」

 ヒナタが会話に加わったので、俺とヴェルドラは空気のように聞きに徹する事にした。俺との一戦がトラウマになっているのか、ヒナタも聞く耳を持っている。安心して、引き続き交渉役を任せる事にしたのだった。


      ◇◇◇


 交渉は、アシュレイ達が名乗るところから始まった。

 この三人は、ルミナスと同時代を生きる最古の魔人達で、絶大な権能を有しているようだ。

 俺の――というか智慧之王ラファエルさんの見立てでも、覚醒魔王に匹敵するのは間違いないらしい。なので俺は、ルミナスと同等と見做しておく事にした。

 こちらも名乗ろうかとしたが、それは必要ないと言われた。

 こちらは相手の情報を知らないのに、向こうは把握済み。情報戦では負け確定だな。

 こうなってくると、何も知らせずに俺達をここに送り込んだルミナスに、文句の一つも言いたくなるというものだった。いや、一つどころか二つ三つは覚悟してもらいたいものである。

 その件は無事に戻ってから考えるとして、敵さんの言い分をまとめてみた。

 〝最古参の三賢人トリニティワイズマン〟というのは、元はルミナスの同僚? だったらしい。そこは詳しく話してくれなかったけど、「何故ヤツばかりが優遇されるのだ!?」というふうに壮年の紳士――プレリクスと名乗っていた――が憤っていたので、何となく事情が察せられたのだ。

 そしてこの三人とルミナス達の意見が対立するようになり、結局、袂をわかった。そしてそれ以降、ルミナスは人類の表社会を裏から支配していき、この三人は対抗するように水面下で力を蓄えていた、と。

 肝心の主張だが、これは正直、コイツ等が悪い。

 プレリクスという男は夜の支配者。吸血鬼族ヴァンパイアの始祖とも呼べる真夜中の吸血鬼ナイトストーカーなのだそうで、人類を糧としてしか見ていなかったのだ。

 ルミナスと違うのは、人類の幸福など一切考えていない点。自分達の奴隷として使役し、繁栄を享受しようとしていたのである。

 続いて、ピピンと名乗る少女の外見をした人物の主張だが、プレリクスとは別の方向で強烈にヤバかった。

「えっと、人類は実験素材として最高ですよね? この最高の資源を有効活用したいのに、ルミナスが邪魔するんです。文明の発展に犠牲は付き物なのに、許せないですよね?」

 などと、真顔で述べたのだ。

 フードの下の素顔は、目が隠れていても可愛い感じの女の子に見えたのだが……その思考は言語を絶する。マッドサイエンティストという言葉がピッタリの、常人には理解し難い意見であった。

 人類を奴隷化して使役するという主張と、甲乙つけがたい過激さである。

 ハッキリ言って、交渉の余地ナシだった。

 そんな二人と違って、最後の一人であるアシュレイの主張は比較的マシだったのだが……それは、自己を高められる者以外は切り捨てて、より高みを目指す社会を構築しよう、というものだった。

「だってさ、弱肉強食が絶対のルールなんだぜ? 弱いヤツは自己責任だろ。え? 弱者救済? 何それ、その冗談って、面白くないんだけど?」

 といった感じなので、まあ会話が成立するはずもなかったのだ。

 これはもう、この三人は仲良く出来る人種ではないな、と思えた。

 交渉担当のヒナタも、呆れ果てて絶句している。

『これは無理ね。説得が通用する相手ではなさそうだし、もう諦めていいかしら?』

『うん、そうだね……。これ以上会話しても、有用そうな情報は得られそうもないもんな……』

 何となく、ルミナスが黙っていた理由がわかった。

 こんなヤツ等が同僚だったとは言えないわな。

 お前も仲間か? とでも疑われたら嫌だろうし、それ以前に、過大に悪評を伝えていると誤解されるのを嫌ったのだろう。

 自分の目で見て耳で聞いていなければ、こんなヤツ等の存在など信じなかっただろうし、ルミナスの判断は正解だったんじゃないかなと俺は思った。

『では予定通り、我が大暴れするという事で良いな?』

『大暴れは予定にないけど、相手を制圧する方向で間違いないぞ』

 軽く釘を刺してみたが、交渉決裂で戦闘になるのは避けられない。なるべく被害が出ないようにしつつ、ヴェルドラには頑張ってもらいたい所存であった。

「ええと、一応最終確認だけど、人類と共存共栄の関係を目指すつもりはないんだな?」

「僕達が支配してこそ、人類は有益な存在足り得るのさ。それこそが共栄ってものだろう」

 共存が抜けてるぞ。人類は素材としてあるだけでよくて、別に滅んでも構わないという強い意思を感じさせる発言だった。

「そもそも、人類は弱者だ。守ってもらわねば生き残れないような、脆弱な種族なんだぜ? こっちで価値を見出して利用してやらなきゃ、生きてる意味もないじゃないか!」

 アシュレイの言うように、この世界では人の命は軽い。

 弱肉強食が絶対のルールというのは、誰もが否定出来ない事実であった。

 だからこそ、その言い分も決して間違ってはいないのだが……。

「俺はね、そういうルールを捻じ曲げたいと思っているんだよ。人は助け合う生き物だから、一人一人が誰かにとって大切な役割を担っているんだ。弱いからって切り捨てるのは間違ってると思う」

 俺がそう言い返すと、ヒナタが大きく頷いてくれた。

 しかし、アシュレイの反応は違う。

「ええ? 僕達だって、人間が有用ってのは否定していないじゃないか。大虐殺する気だってないし。ただ、優劣を見極めて取捨選択をしようって話さ」

「その通りだ。私が人類を統べようとすれば、逆らう者共も出現するであろう。そうした者共こそ逆に有用であると、私達は考えているのだ」

「強者こそ、実験材料として最高だもんね!」

 つまりは、プレリクスによる恐怖社会を打ち立て、そこに反骨する者達を優遇しよう、というのがアシュレイの考えなのだ。強者を眷属に取り立てようとするプレリクスとも意見は対立せず、同盟関係が成立しているらしかった。

 それの何が問題なのかと、アシュレイが真顔で問いかけてきたのだ。

「強い弱いではなくて、人の営みには社会貢献という意味合いだってある。よりよい豊かな暮らしを実現する為にも、一人一人が自分の役割を頑張ってだね――」

「いや、そんなのどうでもいいって。魔王のくせに何を眠たいコト言ってるんだか」

 持論を展開させようとしたら、アシュレイに鼻で笑われた。

 そして、ズバッと核心に触れるような質問をされたのだ。

「じゃあ聞くけどさ、君だって〝真なる魔王〟に覚醒する為に、ファルムス軍を殲滅させたじゃないか。人の価値に重きを置くなら、決して出来ない真似だよね?」

 うぐっ、それを言われると痛いな。

「毒で死にかけている者が二人いたとして、薬は一つ。さあ、どちらを助ける? その基準は?」

「うぐぐ……それはだな……」

 トロッコ問題かな?

 いや、違うか。あれは多数を救うために一人を犠牲にする是非を問う問題だったし。そもそも俺の場合、自分の大切な仲間を救う為なら多数を犠牲にしても構わないと、自分自身で答えを出してしまった後だからな。どちらかと言えば、功利主義なのだ。

 アシュレイの質問について考えるならば、見知らぬ他人のどちらか一方を助ける為の基準を問われている訳で……。

 人の命の価値が平等だとするならば、判断基準は公平に考えねばならない。

 それはつまり、付加価値だ。

 若さであったり、才能であったり、妊娠の有無や、金を持っているかどうか、とか?

 より多く他者へと貢献出来る方を生かす事で、幸福の総量を増やせるという判断基準だった。


《まさに主様マスターらしい、自己中心的な考え方です。多くの人の幸せが全体の幸せに繋がる。社会全体の最大幸福を求める為ならば、少数の犠牲を甘受すべしという主張ですね》


 道徳的には駄目なんだろうけど……。


《しかし、社会の指導者としてはその選択を取らざるを得ません》


 そうなるよね。

 でも、俺は自己中ワガママだからな。

 可能な限り両方とも救おうとするが、それが叶わないのならば――

「好みの方を助ける。知り合いを優先するし、自分にとって大切な方に薬を使うね」

 思いっきり自分の感情優先の解答を、恥ずかし気もなく口にする。

「そうだろうとも。だったら――」

 何か言いかけたアシュレイを制し、俺は答えの続きを言い放った。

「もっとも、俺の場合は薬を複製コピーして、もう一人も助けるけどね!」

「――は?」

 アシュレイが戸惑うように言葉を詰まらせている。

 相変わらずズルいわね、とヒナタが横で呟いているが、そっちは無視して話を続けよう。

「可能な限り、全員を助ける手段を模索するって言ってるんだよ」

 トロッコ問題の解答にだって、線路の切り替えタイミングを狙って車両を脱線させるという選択肢があったはずだ。あれはつまり、最後の最後まで諦めずに最善を考え続ける先にこそより良い未来が待っているという、一つの事例なのだと思われた。

「詭弁じゃないか」

「詭弁で何が悪い? 諦めたら、その時点で終わりなんだよ。だから俺は、最後まで悪足掻きして見せるさ」

 それが俺の覚悟だった。

 人類と魔人の二択ではなく、あくまでも共存共栄を目指すべきだという主張。それを丁寧に伝えたつもりだったのだが――それなのに、それを聞いたアシュレイは、嬉しそうに笑ったのだ。

「ふふふ、ワガママな魔王だね。気に入ったよ! 強者ならば、どれだけ自由でも許されるものさ。君とは敵対したくないし、是非とも僕達の仲間になってくれないかい?」

「そうだね、魔王リムルは面白いよ! 私も気に入ったし、ルミナスを倒すのに協力してくれるなら生かしてあげてもいいかな」

「……チッ、二人が認めたのなら、私にも異存はない。強者とは我が強いものゆえ、貴様の領土では好きな方針で統治するのを認めてやろう」

 などと、他の二人も加わって、好き勝手な事を言い出す始末。俺の言いたい事は何一つ伝わっていなかったのだった。

 会話の土台となる倫理観や常識がかけ離れているので、互いの着地点が一致するはずがなかったのだ。

「話にならないわね」

 と、ヒナタが呆れたように断言した。

 それから俺をジトッと見て、「これだから、魔物との交渉はしない方がいいのよ」と、嫌味たっぷりに小言を述べる。

 耳が痛いが、それはケースバイケースだっての。

 今回は駄目だったが、それで上手くいく場合だってあるはずなのだ。

 あるよね?

 あったらいいなと、俺は今回で挫けずに願ったのだった。


      ◆◆◆


 造物主たる神祖が自らの手で創造した最初の一体。高弟第四位に位置するのがアシュレイだった。

 アシュレイの種族は火精人エンキだが、その祖とも呼べる特別個体なのだ。

 そして第八位は、ルミナスとは別の解釈で生み出された吸血鬼族ヴァンパイアであるプレリクスだった。

 ちなみに、この順位は戦闘能力ではなく、神祖が製造に着手した順番で定められている。しかも、目覚めた順番もまちまちなので、第二位に位置するルミナスが最後に誕生しているという、実に複雑な裏事情があった。

 アシュレイとプレリクスは戦闘能力特化型で、万能型や演算特化型よりも強力な個体だ。特化型は汎用型のように生殖能力を持たない代わりに、強力な権能を有しているのである。

 故に彼等は、神祖が最高傑作であると宣言したルミナスよりも強いと自負しているし、実際に強かった。

 戦闘能力特化型として、神祖の護衛役を務めていたのがアシュレイだ。であるからこそ余計に、神祖を滅ぼしたルミナスへの恨みを隠す事なく、裏で暗躍を続けているのである。

 また、プレリクスも夜を統べる者として、現状に不満を抱いている。自身の活動限界が狭いからこそ、この世から隔離されるように生きてきた。神祖からも失敗作だと見做された事で、その恨みは成功例であるルミナスへと向けられていたのだ。

 アシュレイとプレリクスが手を組んだのには、そうした事情が隠されていたのだった。

 そして、ピピンは――

 神祖が自分の研究を手伝わせようとして作成した、演算特化型の真なる人類ハイ・ヒューマンだ。

 神祖の高弟としての序列は第十三位。作業助手として創造された。

 生殖能力どころか戦闘能力すら持たない代わりに、精神感応を利用して他人の頭脳を操れる『特殊並列演算』能力を有している。現在もマルクシュア王国に張り巡らせた『結界』内の人間の脳を拝借して、自分の演算領域を拡張しているのだ。

 そんなピピンだが、目覚めたのはルミナスの前で、父たる神祖との付き合いはとても短かった。

 自らの存在理由を全うする前に、ルミナスの手で神祖が討伐されてしまったからだ。

 研究成果を神祖へ捧げる事が叶わなかったのは、ルミナスのせいである。その疑いようもない事実が、ピピンを狂わせた。

 故に、善悪など考慮もせずに、その怒りの矛先をルミナスへと向けていた。

 そして、自らを生み出した神祖の偉大さを知らしめる為に、世界を支配するという野望に取り付かれているのである。

 創造神が創り出した最高傑作が〝竜種〟ならば、それすらも従えて見せようと。

 そんなピピンがアシュレイやプレリクスと意気投合するのは、実に自然な流れだったと言えるだろう。

 そうして三名は、この時、最高の機会を手に入れたのだ。

 ………

 ……

 …

 アシュレイは魔王リムル達を直に見て、そのおおよその脅威度を把握していた。

 〝暴風竜〟は流石の一言だが、こちらの相手はピピンがいる。そして残る二人だが、自分ならば問題ない相手だと判断していた。

 そして、率直に評価する。

(ふむふむ。新参の魔王って聞いていたけど、思ったよりはやるようだね。でも、甘いな。いやいや、自信過剰と言うべきなのかな? 罠とわかっているだろうに、のこのこ付いて来るなんてさ)

 ファルムス軍を根絶やしにしたのは〝暴風竜〟ヴェルドラであり、魔王リムルはそのおこぼれに与って覚醒したに過ぎない。プレリクスなどはそう評価していた。

 しかし、〝最古参の三賢人トリニティワイズマン〟で一番賢いピピンが、その程度ではないだろうと予想していたのだ。

 それが正解だったなと、アシュレイも納得する。

 魔王リムルはアシュレイ達を前にしても動じず、情報収集を開始している様子。交渉そのものは決裂する前提で、言葉巧みにこちらの反応から手の内を探られている気配がしていた。

(狡猾なヤツだ。それに比べて聖人ヒナタの方は――)

 魔王ルミナスの秘蔵っ子で、魔王ヴァレンタインなど歯牙にもかけない実力者だ。

 坂口日向ヒナタ・サカグチ

 十年ほど前にこの基軸世界へと迷い込んだ異世界人で、たった数年で聖騎士団クルセイダーズの頂点の座についた女傑だ。

 一般的に知られているのはその程度だが、アシュレイ達はもっと深く情報を探っていた。

 ルミナス教の真実に辿り着き、魔王ルミナスの寵愛を受けし者。そしてその実力は、覚醒魔王にすら匹敵する〝真なる聖人〟へと至っているのだと。

 冷徹な判断力と、類まれなる剣技。数多の秘術を駆使し、魔物の天敵と恐れられる麗人だ。

(――思ったよりも、ヌルイな。その強さは本物みたいだけど、僕達の言葉に耳を貸す時点で、噂程には切れ者じゃなさそうだ)

 その実力は、魔王リムルと互角だと噂されていた。

 一騎討ちで引き分けになった事で、和解が成立したとか何とか。

 アシュレイは、そんな話を鵜呑みにするほど馬鹿ではない。それに、忌々しいが実力は確かなルミナスが認めているのは確かなので、ヒナタがどんな人物なのか興味があった。

 しかし、期待外れだった。

 ひりつくような威圧もなく、腑抜けているという印象だったのだ。

(まあいいや。僕達の仲間に迎えてもいいくらい強そうだし、プレリクスに任せて、彼が気に入るようなら好きにさせてやろうかな)

 とまあ、アシュレイはこんな具合に考えていた。

 ちなみに、〝暴風竜〟ヴェルドラは、人の姿になっただけで以前と変わっていなかった。

 いや、その判断は早計だ。

 大人しくなっていたが、脅威度は増している様子だった。

(直近で接すると、ここまで威圧があるんだな。流石は〝竜種〟だね)

 そう感嘆する。

 しかし、それを脅威に思ったりはしない。

 むしろ、逆だった。

 この魔塔に誘い込めた時点で、対〝竜種〟への対策は万全だったからだ。

 一番の脅威を無力化した今、自分達に敗北はない。そう確信したからこそ、アシュレイは余裕綽々とした態度を崩さないのだ。

 交渉もまた、時間稼ぎに都合が良かった。

 戦いは既に始まっていて、〝暴風竜〟はピピンの術中に嵌っていたのである。今更逃れる術などあるはずもなく、時間が経てば経つほどその力は奪われ続けていた。

 そしてそれは、アシュレイ達に還元され続けている。

(やれやれ。戦いになるのかな、これ。弱い者イジメにならなきゃいいけどね)

 アシュレイはそう考え、ニヤリと笑みを浮かべた。


 そして、プレリクスはというと。

(力が漲る。これが〝暴風竜〟か。尽きる事なき底なしのエネルギーを感じるが、もう十分であろう)

 交渉すると見せかけて、自分達の強化を行う。それがアシュレイの作戦だった訳だが、効果覿面、見事なまでに成功していた。

 そうでなくとも、今宵は新月。

 真夜中の吸血鬼ナイトストーカーであるプレリクスは他の吸血鬼族ヴァンパイアと違って、一切の陽光を受け付けない体質だった。昼を超克するのも不可能で、暗闇でしか活動出来なかったのだ。

 だが、しかし。

 夜ならば無敵の強さを誇る。

 まして、月の明かりさえない新月の夜は、その力が大きく飛躍する最高の環境だったのである。

 今のプレリクスならば、覚醒魔王であろうが赤子の手をひねるように簡単に屠れる自信があった。

 それに加えて〝暴風竜〟の力まで流れ込んでいる状況だ。

 勝負にすらならないだろうと、プレリクスもアシュレイ同様の結論を導き出していたのだった。

 〝暴風竜〟ヴェルドラはピピンに任せておけばいいとして、残る問題はどちらがどちらの相手をするか、だ。

 実力はアシュレイが上だが、今は新月。それを加味して考えるならば、ほぼ互角であると言えた。

 美女の血を好むプレリクスとしては、ヒナタの美貌にそそられるものがあった。

(魔王リムルはアシュレイに譲るとして、私としては聖人ヒナタを相手にしたいものよな)

 暴力で屈服させて、その甘美なる血潮を味わいたい。

 その泣き声は天上の音楽もかくやというほどに、プレリクスを昂らせてくれることだろう。

 そして最後は、自分の忠実な下僕へと生まれ変わらせるのだ。

 プレリクスには生殖能力がない代わりに、吸血行為によって相手の種族を変異させて、自身の眷属へと作り替える事が可能なのだ。

 まだ聖人として完成していないヒナタならば、その素体として最適であろうとプレリクスは考えたのだった。

 こうしてアシュレイ達の方針は定まり、各々が自分の相手を見定めた。

『それじゃあ、僕が魔王リムルを』

『私が聖人ヒナタだな』

『どっちが先に戦う?』

『無論――』

『ああ、なるほどね。それなら確実だし、賛成さ』

『という事だが、文句はないな、ピピン?』

『勿論だよ』

『君が最初にヴェルドラを抑えられるかどうか、作戦の成否はそれにかかってる』

『任せて』

 阿吽の呼吸で互いの意図を汲み取って、合意を得る。

 そして――

 交渉は決裂の時を迎えた。


      ◆◆◆


「非常に残念だけど、交渉は決裂だな。俺達は人類社会に手出しする事を許さない。そちらは好き勝手に生きる。そうなれば、衝突は避けられない」

 落としどころがない以上、残るは武力衝突だ。

 こういう時、会話の無力さが感じられて虚しい気持ちになってしまう。

 その点、ヒナタは一切の動揺を見せていないので、俺よりも割り切った考え方をしているんだろうなと思われた。

「リムルよ、貴様は優し過ぎるのだ。こういう輩を相手する時は、先ずは黙らせてから話をすればいい。その方が話は早いし、気分もスッキリするぞ!」

 その考え方は間違っているが、実にヴェルドラらしい物言いだった。

「そっか、交渉は決裂か。まあ、仕方ないよね」

「ヴェルドラの言い分に僕も賛成かな。協力する気がないのなら、力づくで従わせればいい話さ」

「ならば私が、貴様達に身の程を教えてやるとしよう」

 とまあ、向こうさんもやる気だった。

 交渉出来ただけでもヨシとして、気分を切り替えていくとしよう。

「クックック。我と戦おうとは、いい度胸だ! 我が先陣に立つが、文句はあるまいな?」

「ないよ。ないけど、確認が先だ」

 逸るヴェルドラを落ち着かせてから、俺はアシュレイに問う。

「勝負方法はどうするんだ?」

「殺し合いなど野蛮だし、負けた方が勝った方に従うって事でいいよね?」

 うーん、難しい質問だな。

 負ける気はないが、負けても従う気はない。

 だけど、それを馬鹿正直に答える必要はないのだ。

「いいよ」

 俺がそう頷くと、アシュレイがニヤリと笑った。

 プレリクスも同様に、勝ち誇ったように口を歪めている。

 一人無表情だったピピンが、一歩前に出て口を開いた。

「じゃあ、私が最初。三戦の内、勝者が多い方が勝利って事で」

 星取り戦って事か。

 俺達は同意を示すべく、頷いて見せた。

「ちなみに、死んだら自己責任だから注意しなよ」

 言われるまでもない話だな。

 弱肉強食を強調していたし、弱者は不要と切り捨てるようなヤツ等だ。殺さずにいてくれると思う方が間違っていた。

 まあ、運が良ければ助かるかも、程度に考えるとして、ルール自体に問題はない。

「それでは、第一戦目だが――」

「我が行く!」

 勝ち抜き戦だったら、これで必勝なんだけどな。

 まあ、俺達としては問題ないので、ヴェルドラに任せる事にした。

「いいよ。こっちからは――」

「私だね」

 おっとビックリ。

 一番小柄で本当に戦えるのかどうか疑わしい相手だった、ピピンと名乗った少女が出て来たぞ。


《告。罠を仕掛けている張本人です。現時点で『解析鑑定』は完了しておりますが、罠を発動されたら解除に要する時間として、十分程度は必要となるでしょう》


 なるほど、なるほど……と、智慧之王ラファエルさんから説明を聞いた。

 それによると、この罠は俺達を閉じ込めるように作用しているらしい。現状も罠の中にいる訳だが、これが本格発動すると、特定対象を閉じ込めるように変化するのだと。

 この事から推測するに、その対象はヴェルドラになると思われた。


《閉じ込めるだけでなく、そのエネルギーを吸収するように働くと予想されますが、その効率は大した事はありません。むしろ、脱出させないように複雑に座標を変動させる事にカロリーを消耗する為、個体名:ピピン自身も行動不能になるかと思われます》


 つまり、相討ちか。

 だったら問題ないかな。

 ヴェルドラは後で解放すればいいだけだし、こっちは敵の罠に嵌ったと思わせて油断させる事が出来る。

『――って事だから、上手く対応してくれたまえ』

『酷いではないか、リムルよ! 我が大活躍すべき場面であろうが!!』

 うーん、ヴェルドラが大活躍するのは、それはそれで心配だしな。

 こんな狭い塔の中で大暴れされたら、巻き込まれるのは確実だ。無駄な労力を支払うハメになるので、それは避けたいというのが本音であった。

『……そうね。ヴェルドラが本気で暴れるようなら、そっちの対応の方が大変だわね』

 ヒナタもヴェルドラの脅威を知っているらしく、俺の意見に賛成してくれた。

『ええい、友達甲斐のないヤツ等よ。それならば、我が抵抗出来たなら文句はあるまいな?』

 と、不満たらたらなヴェルドラさん。


《告。その可能性はかなり低いでしょう》


 しかし残念ながら、智慧之王ラファエルさんの予測は無情だった。

 だから俺は、安心してヴェルドラの好きにさせる事にしたのだ。

『いいよ』

『フンッ!! この我の凄さを見せつけてやる故、後で感想を述べるがいいわ!!』

 ヴェルドラがそう勢い込んで、意気揚々と前に出て行く。

 そうして、ヴェルドラとピピンの戦いが始まったのだった。

 果たして、その結果は――

「――〝無限回廊エンドレスループ〟」

「ギャワわわわぁ――ッ!?」

 ――という感じで、何の捻りもなくヴェルドラが虚空の彼方へと飲み込まれていった。

『ビックリするくらい予想通りだったな』

『笑えるほどだったわね』

 俺とヒナタは顔を見合わせて、そう頷きあったのである。

 ちなみに、技を仕掛けた側であるピピンも、ヴェルドラと一緒に姿を消していた。

 その理由はというと――


《解。この魔塔という建造物そのものが、ピピンの能力の影響下にありました。個体名:ラミリスの権能を模した技であると分析されましたので、その維持に塔との『同化』を行っているのでしょう》


 との事である。

 ラミリスの権能は唯一無二なので、それを曲がりなりにも再現するとは素晴らしい。智慧之王ラファエルさんがいなければ、何が起きているのか理解出来なくて恐怖するところだった。

 しかも、建造物――つまりは物質との『同化』というのも、かなり珍しい能力スキルだと思う。

 〝最古参の三賢人トリニティワイズマン〟と名乗るだけあって、実力も確かなのだなと実感したのだった。


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