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第07話 ☆救助活動☆

 刺身だけでなく魚料理を満喫し、温泉に浸かってゆったりと英気を養い、ふかふかの寝床で身体を休めて、俺達は再びマルクシュア王国へと戻って来た。

 今日は新月の夜。

 あと数時間で、魔塔へ入場出来るはずだ。

 それにしても――

「なんかさ、これって魔力を吸収し過ぎじゃないか?」

「そうね……正直、私達なら問題ないけど、普通の魔法使いレベルじゃ意識を保てないでしょうね」

「だよね」

 昨日、ここを出発した時よりも、今の方がヤバくなっていた。下手したら死人が出ても不思議ではない勢いで、『結界』が魔力を吸い上げているのである。

 しかも、その奪い取った魔力は海に向かって流れ込んでいる。どうやら魔塔に蓄えられている様子で、穏やかではない気配が漂っていた。

「ふむ、魔力が渦巻いておるな。なかなかのエネルギー量が集まっているようだ」

 ヴェルドラまでそんな事を言い出すくらいだから、よっぽどだった。

「古今東西の資料を読ませてもらいたいだけなんだけど、どうもおかしな気配だよね」

「ええ……」

「俺達にはルミナスからもらった紹介状があるから、きっと歓迎してもらえるよね?」

「ど、どうかしら?」

 いつもは決断力の塊みたいなヒナタが、言葉を濁して解答を拒否した。

 これだけでもう、イヤな予感が満ち満ちてくるというものだ。

「中止して帰る?」

「そ、そんな……我はとても楽しみにしておったのだぞ!?」

 うーん、その気持ちは俺も一緒なんだが……。

「喧嘩しに行くわけでなし、理由もなく中止するのも癪に障るわね」

 おっと、ヒナタはヴェルドラ寄りかな?

「ヒナタよ、貴様ならわかってくれると思っておったわ!」

 ってな感じで、ヴェルドラが嬉しそうに頷いている。

 こうなると、俺が悪者になりかねない。

「いやいや、俺も本気で提案した訳じゃないから!」

 意見を翻すなど朝飯前なので、俺はアッサリ二人に迎合した。

 そうなると、あと数時間ほど時間を潰して時を待つばかり。

 今日も珍しい料理を探そうと思っていたが、それは無理そうだ。

 さてさて、何をするべきやら――と、軽く思案していたら、俺達目指して駆けて来る者に気付いた。

「ん?」

「冒険者ギルドにいた者達だな」

「ああ。サイラス王子だっけ? もう一人は――」

 俺が名前を思い出そうとしていると、ヴェルドラが答えた。

「ヒナタがボコボコにしたヤツだな」

 間違ってはいない。

「ちょっと、その言い方は止めてもらえる?」

 ヒナタは不満そうだが、事実だ。

 ギロリと睨まれたので、俺はとばっちりを受ける前に頷くのを止めたのだった。


 そうこうしている内に、サイラスともう一人――剣士グレイブがやって来た。

 どうやら俺達に用事があったらしい。

 まだ何かいちゃもんかな――と思ったのだが、違った。二人は俺達の前で膝を屈して、お願いがあると話し出したのだ。

「願い?」

 面倒事はお断りなんだけどと言い出せる空気感じゃなかったので、話を聞く事にする。

 サイラスの願いは実にシンプルだった。

 民が魔力欠乏症になって混乱状態であるという、賢人都市の現状を訴えた後で、魔塔から解放して欲しいと言い出したのである。

 大問題であった。

 遊びに来ただけなのに、どうしてそんな国家的規模の案件に巻き込まれねばならぬのか……。

「どうする?」

「どうする――って、言われても、ねえ?」

 ヒナタも言葉に詰まっているが、そりゃそうだよな、と俺は思った。

「助けてやらんのか?」

「いやいや、まったく関係のない他国の問題に、国家元首である俺が首を突っ込めないだろうが!」

 どっちの言い分が正しいのかとか、正義はどちらにあるのかとか、まるで情報が足りていない訳だし。一方の言い分だけを聞いて介入するなど、そんな迂闊な真似は避けなければならないのだ。

 ってな訳で、さっさと帰るのが正解だろう。

 そう思ってそれを口にしかけたのだが、サイラスは引き下がらなかった。

「わかってます。俺達が都合のいい事を言ってるってのは! ですが、どうか聞き入れていただきたい。子供達にも被害が出ているんですよ!!」

 ぐぬぬ……それを聞かされた以上、無視して帰るという選択肢がなくなってしまった。

 仕方ない。

「わかった。先ずは、被害者救助が先決だな」

「そうね。手助けが必要でしょうから、教会からも人を派遣させるわ」

「うむ! それでこそ我が盟友。そして盟友が認めたヒナタよな!」

 俺とヒナタは頷き合い、ヴェルドラも嬉しそうに笑ったのだった。


      ◇◇◇


 それからは大忙しだった。

 この『結界』から出られなくなっているので救助を呼べない――と言ったサイラスの前で、俺は『空間支配』を使ってソウエイ達に来てもらったのだ。

 サイラス達が目を点にしていたが、知ったこっちゃない。俺は遠慮せず、やるべき事をやるのみである。

 ヒナタはヒナタで、ソウエイの部下を呼び止めて自分の手駒のように指示を出している。どうやら、教会への伝言を頼んだようだ。

 まあいいんだけど、なんか間違ってる気がするね。

 それはともかく、ソウエイ達が手分けして重篤者を探し出してくれているので、俺は収容場所を用意しておく事にした。

 最適なのは、城のダンスホール跡地だ。

 人を寝かせやすいように『暴食之王ベルゼビュート』で更地にして、毛布なども運ばせた。屋根はないのだが、雨が降ってきたらヴェルドラに雨雲を吹き飛ばしてもらうつもりだったので問題ないのだ。

 後は、運ばれて来た者達の診察を行った。


《告。魔力欠乏症で間違いありません》


 思い込みは危険なので念の為の診察だったが、想定通りの結果だった。

 だったら、用意してもらったモノで何とかなるはずだ。

「シュナ、頼む」

「はい。承知しました」

 シュナがニッコリ微笑んで、素早く動き始めてくれた。

 魔力欠乏症と聞いて、その対策を検討した。そして導き出された智慧之王ラファエルさんの解答が、お手軽に実行出来る食事療法だったのだ。

 という事で、シュナを筆頭とした魔国の料理人達(シオンを除く)を総動員させて、大急ぎで料理を作ってもらったのだった。

 その料理は実にお手軽な品。

 我が国特産〝魔黒米〟を材料とした、牛鹿ウジカのミルク煮だ。

 個人的には牛乳とお米の相性は最悪だと思っているのだが、これはまったくの別料理だった。むしろ、こういうデザートと言われたら納得するレベルである。アピトの蜂蜜も混ぜているので、栄養価も満点。栄養補給もバッチリであった。

 野外病院と化したダンスホール跡地だったが、あっと言う間に炊き出しの現場に早変わりだ。何しろ、治療ではなく食事だけで回復するのだから、大袈裟な呼び名も似つかわしくないほどだった。

 そんな中、俺は給仕を取り仕切っていた。

 全体を俯瞰して、余剰人員を必要なところに配置させるように指示を出していく。現場作業で鍛えられた経験を活かして、監督に徹する役割だね。

 ヴェルドラが率先して俺の指示に従って動いてくれているので、マルクシュア王国側からの反発も出ない。動ける兵士達は文句を言わず、当たり前のように俺の指揮下に入ってくれていた。

 兵士の役割は、順番を守らせる事だ。

 魔力に余裕のある貴族が自分を先にしろと騒ぐので、黙らせるのが大変だったのだ。

 普通ならヴェルドラが睨むだけで大人しくなるのだが、命にかかわると不安に思っているヤツ等は冷静な判断力を失っていた。

 この急を要する状況で説得など試みる余裕はなかったので、心苦しくも実力行使をさせてもらった次第である。

 まあ、俺達が直接手出しすると大問題になっただろうから、この国の兵士達が協力してくれて大助かりだったのだ。

 ってな訳で、実に効率良く対処が行われていった。作業開始から二時間も経過した頃には、俺は見守るだけで仕事がなくなったほどである。

 そんな俺の目に飛び込んできたのが、一瞬目を疑うような信じ難い光景だった。

 ヒナタが大鍋を混ぜていたのだ。

 脳裏に過るのは、シオンの姿だ。

「ちょ、ちょっとヒナタさん? 料理して大丈夫なんですか?」

「何よ、文句でもあるわけ?」

「いや、文句と言いますか……」

 料理出来るの? とストレートに聞いたら失礼だし、ヒナタの機嫌を損ねる事間違いなしだ。

 そもそも俺は料理なんて出来ないので、人の事をとやかく言えないんだよね……。

 そんなふうに悩んでしまい、思わず言い淀んでしまう。

 そんな俺に、ヒナタのジトっとした視線が突き刺さった。

「あのね、私だって料理くらい出来るわよ。お母さんの台所仕事を手伝っていたし、こっちに来てからもシズ先生に仕込まれたもの」

 と、大きく溜息を吐くようにして告げられた。

 そして、ホラッと御椀を差し出されたので、思わず受け取る。

 ヒナタ作のミルク煮だ。

 元気な俺は、そんなに好きな料理ではない。というか、初めて食べる。

 ここで断る勇気など持ち合わせているはずもなく、口にするしかない状況だった。

 ええい、ままよ! と、俺は木匙で掬って口に運んだ。

 意外と美味しかった。

「おや?」

「失礼ね! 料理出来るって言ったでしょ」

「いやあ、ハハハ。信じていましたとも!」

 俺は調子良く、ヒナタにそう誤魔化したのだった。


      ◇◇◇


 魔力欠乏症は、魔力が回復すると快癒する。

 子供や老人といった重篤患者からスタートしたが、あっと言う間に元気になっていったので驚きだ。

 人数が多くなかったのも幸いだった。

 この賢人都市は選ばれし者のみが暮らせる場所なので、一万名に満たない人口だったのだ。

 王侯貴族、魔法使い、その家族達が主要層な感じ。

 魔力が少ないながらも特別に居住を許可されていた、上級商人や漁師達の方が危険な状態だった。そうした者達もここで暮らす内に魔力が多少なりとも高まっていたらしく、死者が出なかったのが幸いである。

 救助活動を開始してから、およそ三時間。たったそれだけの時間で、大多数の住民が回復したのだった。

 と言っても、問題が解決した訳ではない。

「飽きると思うけど、明日の朝飯もミルク粥ね」

 ミルク粥と適当に略したが、牛鹿ウジカのミルク煮だ。誰も知らない料理なんて、適当な名付けで問題ないのである。

 そして、料理にも名前にも文句が出る事はなく、大半の人達からは感謝された。

 いや、一部の貴族は不満そうだったが、そんなヤツもいるだろうと思っていたので無視である。

 子供じゃないんだから、順番くらい守れって話なのだ。

 ともかく、皆が無事でひと安心だった。

「そろそろ時間になるし、後は任せて、俺達は魔塔に向かおうかな?」

 俺がそう言うと、ソウエイがいきなり登場して跪いた。

「こちらはお任せ下さい」

 それを受けてシュナも言う。

「そうですね。私もおりますし、リムル様は御自由になさって下さいませ」

 実に頼もしい言葉だった。

 ぶっちゃけ、新月の夜しか魔塔に行けないのが辛い。今晩を逃すと、次の機会は当分先になってしまうのだ。

 様子を見る必要もなさそうだし、後はお任せで大丈夫だろう。

「それじゃあ、行きましょうか」

 ヒナタがそう言いながら、エプロンを外した。

 エプロンである。

 一瞬とはいえ、我が目を疑ったのは秘密にしておこう。

「クックック。ようやくか。長く待ったぞ、この時を!」

 いや、そこまで待ってないよ?

 刺身とか美味かったし、満喫した時間を楽しんでいたと思うね。

 異論がないようだし、それでは出発――と思ったのだが、俺達を呼び止める者が現れた。

「お、お待ち下され!!」

 その声は、ブラガ伯爵だった。

 もう一人、王様の隣にいた人物もいる。


《告。宰相です》


 そう、それ。

 名乗られていないので、智慧之王ラファエルさんでさえ名前を知らない宰相もいた。

 何事かなと様子を窺っていると、是非とも付いて来て欲しいと言われた。

 勿論、強制ではなく任意だそうだが、断れないのが俺の小市民たる日本人らしさだろう。

「呆れるほど無茶な事を平然とするくせに、こういう時は過剰なほどに常識人なのね」

 嫌味の切れ味が鋭いが、ヒナタからは言われたくないね。

「ヒナタさんがそれを言いますか?」

「言うわよ」

 軽く睨み合う俺達だったが、「クアハハハハ! 貴様達は相変わらず仲が良いな!!」とヴェルドラから突っ込まれて、すんなり冷静になったのだった。


      ◆◆◆


 マルクシュア王国の国王は、王城の窓から見下ろせるダンスホール跡地に目を向けて、自分の凝り固まった貴族意識が壊れていく音を聞いた。

「魔王が自ら、民の手当てを手伝っておるぞ」

「父上……」

 ヘリオスも父同様、その光景に目を奪われている。

 魔王リムルが行っている行為は、高貴なる者達の、国家を代表する者として、決して行ってはならないと定められている姿であった。

「下賤な魔物の出だから、恥ずかしくないのでしょうか?」

 その場の沈黙に耐えられず、宰相が思わず口を挟んだ。

 それに応えたのは、国王だ。

「――いや、違うであろうな」

 普通ならば舐められる行為だ。

 国王の品位が貶められたら、国家そのものが軽く見られてしまう。だからこそ、王族は頭を下げてはならないと教育されるし、下々の仕事を手伝うなど決して許されなかった。

 つまり国王や貴族達にとっては、魔王リムルの行動は理解し難いものだったのだ。

 だがしかし、と国王は考えた。

(誰があの者を下に見れるのか……)

 個人で絶対的な武力を有している魔王が、〝暴風竜〟まで意のままにしているのだ。

 その力関係は不明だが、ヴェルドラが魔王リムルの言葉に耳を貸しているのは間違いなかった。でなければ、この国はとっくに灰燼と帰していただろう。

 魔王を下に見るどころの話ではないなと、冷静に考えれば思い至るというものである。

 だから、国王は自分の考えを述べるのだ。

「歯牙にかけておらぬのだ。我等からどう思われようが、魔王リムルにとっては痛くも痒くもないのであろうさ」

「「「……」」」

 誰もがその言葉に納得した。

 魔王や〝暴風竜〟は、自分達の常識で測れる相手ではなかったのだ、と。

「……では、陛下はこの後、どうなさるおつもりでしょうか?」

 宰相が重々しく問いかけた。

 このまま魔塔の支配に甘んじるか、新たな関係を模索するのか。

 それは、国家を揺るがす決断となるだろう。

 そう簡単に答えの出る問題ではないと思われたが、何故だろうか?

 その場にいる者達には、国王の答えがわかる気がしたのだ。


      ◆◆◆


 宰相とブラガ伯爵に案内されたのは、王様が待つ応接室だった。

 応接室と言っても、会議が出来そうなほど広い。

 高価な調度品も飾られているし、なかなかに威圧感のある部屋であった。

 が、俺が動じる事はない。

 こう見えて王族と会う機会も多く、場馴れしたのだ。

 何事も経験だなと思う次第である。

 ヴェルドラは動じるような性格じゃないし、ヒナタはヒナタで慣れたものだ。

 招待されたのだから遠慮する事はないと、俺は堂々たる態度でソファーに腰を下ろした。

 そして俺の右隣には、ヒナタがお上品にスッと座る。

 左隣には、ヴェルドラがどっかりふんぞり返るように座った。

 真ん中に座るって、俺が代表かよ!? と思ったが、自然とそうなってしまったのだから仕方ない。

 罠に嵌ったような気分に陥ったが、ともかく代表して話を進める事にした。

「で、用件は何でしょう?」

 また無礼だなんだと苦情が入るかと思われたが、そんな事はなかった。

 逆に国王自らが、こちらが戸惑うくらいに礼儀正しく一礼して、俺の向かいに座ったのである。

 そして、頭を下げて言ったのだ。

「この度の一件、御助力下さり感謝致す。また、魔王リムル様や〝暴風竜〟ヴェルドラ様、そして聖人ヒナタ殿に対する先日の無礼を、心より謝罪させて頂きたい」

 おっと、これはビックリ。

 おざなりに形だけの謝罪があるかな、くらいに考えていたのだが、ここまで心のこもった謝罪を受けられるとは思わなかった。

 面倒事は嫌いだし、相手が反省したのならそれでいい。

 こっちは遊びに来ただけだから、国際問題にならなくて良かったと思うくらいだ。

「いやあ、お互いに誤解があったという事で、水に流しましょう。なあ?」

 俺が同意を求めると、ヒナタも軽く頷いてくれた。

「そうね。西方聖教会として正式に抗議する予定だったけど、取り下げておくわ」

 怖っ!?

 やはりヒナタは俺と違って、こういうところで手を抜いたりしないんだな。それに比べて俺は、ガゼル王から何度も叱られているのに甘さが抜けきらないようであった。

 反省する俺と違って、ヴェルドラなんかはお気軽なものだ。

「なーに、構わんとも。水に流すという事は、我が壊した建物について追及せぬという事であろう? であれば、文句などありはせぬよ。クアハハハハ!」

 シレっと責任逃れするあたり、ちょっとは気にしていたんだな。

 それは成長と言っていいのか、悪知恵を身に付けたと嘆くべきなのか。

 少し悩ましいが、俺としても責任追及されないのは大歓迎だった。

「では、これからはお互いに良い関係を目指すという事で、和解としましょう!」

 俺は国王に向けて、にこやかにそう伝えた。

 これで一件落着――と思ったのだが、話はそこで終わらなかった。

「お待ちを! 実はリムル陛下に、伏してお願いがあるのです」

 深刻な表情で、国王がそんな事を言い出したのである。

 消えかけた面倒事の匂い、再び!

 などと内心で考えていると、国王が本題だとばかりに話を切り出した。

「何卒、我が国を貴国の傘下に加えて頂きたい!」

 は?

 貴国の傘下――って、魔物の国テンペストの属国になりたいって話ですかね?

「いやいやいや、無理でしょ!?」

「そこを何とか!」

「いやいや、国民の意思とか、議会で貴族達の総意を纏めるとか、そういう必要そうな手続きだってありますよね?」

「あるにはある。しかし我がマルクシュア王国は、魔法使い至上主義でしてな。法典でも、国王が一番上と定められていたのですよ」

「いや、それでも――」

「まあ、お聞き下さい」

 そう言って国王は、何とか俺の興味を引こうとするように、焦った様子で語ってくれた。

 曰く。

 魔塔の都合のいいように定められた法典では、国王が最上位の意思決定者であるらしい。

 しかし今、国民の不満が魔塔に向いてしまい、今後の王政にも影響が出るのは必然。このまま手をこまねいていれば、その怒りの矛先が国王、ひいては貴族達に向けられるのも時間の問題である、と。

 かと言って、自分達だけで魔塔に勝てるはずもなく……このままでは国家存亡の危機に直面してしまう、との事だった。

「そんなの、評議会や西方聖教会に救援を求めるとか?」

「それこそ、難しい話でしょう。我が国も評議会に加盟はしておりますが、付き合いは浅い。また、西方聖教会の王都での活動を拒否しておりましたし、今更なのです」

 チラッとヒナタの機嫌を窺うようにして、国王が説明してくれた。

 自業自得としか言いようがないし、今更というのはその通りだな。

 こういう困った時に助けてもらえるように、普段から相互扶助の意識を持ち続けるべきだったのだ。

 俺が、この国が傘下に入るのを認めてしまうと、必然的に魔塔と敵対する事になる。困っている人達を見捨てるのも寝覚めが悪いが、かと言って、一方の言い分だけを聞いて魔塔と敵対するのは筋が通らない話であった。

 そんなふうに俺が躊躇っていると、ヒナタが会話を引き継いだ。

 傍に控えていた執事に「外にいるニックス司祭を呼んできて」と伝えてから、国王達に向き直って話し始めたのである。

「私達の教義に変更があったのは御存知かしら?」

「む?」

「と、申されますと?」

 国王は存じていない様子で、それを察して宰相が問い返している。

 知っているのか知っていないのかは不明だが、魔物である俺達とも付き合えるように、ルミナスが大鉈を振るった話は有名になっていた。

 開国祭で散々アピールさせてもらったのだ。

 とはいえ、情報を伝えるって本当に難しいんだよね。

 誤解を解くとか、偏見を捨てさせるとか、新たな価値観を理解してもらうとか。人の意識は聞きたい話しか受け付けない傾向にあるので、興味を持ってもらうのは非常に大変なのである。

 マルクシュア王国のように参加しなかった国の割合も多いので、まだ周知徹底されていないのは仕方ない話であった。

「知らないようだし説明させてもらうと、魔物であっても意思疎通が成立し、信用の置けると判断される相手については、共存を模索すべしと変更されたのよ。今までと違ってね」

 それを説明せずとも、俺達が仲良くしている時点で理解してもらえるはずだ――と思うのだが、そういう考えが思い込みだったりする。

 こういうのは、無駄でもいいから説明しておくべきであった。

「つまり、私達は魔王リムルとの共存を選んだのよ。だから、アナタ方が魔物の国との国交を結ぶのを止めたりしないし、私達の教義を受け入れてくれるのなら、手を差し伸べるのもやぶさかではないわ」

 回りくどい言い方をしてるけど、要するに『助けて欲しいと願われたら断らない』って話だった。

 意外と優しいのがヒナタらしいけど、見過ごせない点があった。

「でもさ、別に魔塔と敵対する必要はなくない?」

「誰も敵対するとは言ってないでしょ。仲裁に入るって話よ」

「ああ、なるほど……」

 確かにそうだな。

 今回のように魔力の過剰摂取をしないように約定を結んでもらえるのならば、これまで通りの付き合いが可能となるのだ。

 マルクシュア王国の国民感情は無視出来ないだろうし、魔塔には魔塔の言い分があるんだろうけど、西方聖教会が仲裁に入るのならば、両者共に聞く耳を持ってくれると思う。

 後は、折り合いがつくかどうかだけ。

「幸いにもルミナスから紹介状をもらってるし、今から行って、話し合いの場を設けてもらうとするか」

「そういう事よ」

 俺とヒナタは頷き合った。

 先ずは俺達が魔塔まで出向き、話し合う事になったのだった。


      ◇◇◇


 国王達の相手は、慌ててやって来たニックス司祭にお任せした。

 シュナと、その護衛としてソウエイも呼び寄せて、国王達との話し合いに参加してもらっている。

 そして俺達三人は、魔塔へと到着していた。

 俺達の他には誰もいない。

 本来なら魔法使いが大勢いたのだろうけど、今回は不慮の事態なのだからこんなものだ。魔法抵抗で魔力を奪われなかった者もいたのだろうけど、危険を察知して今回は見合わせたのだろう。

 少し頭があれば、現在進行形で発生中の『結界』異常は、魔塔の仕業だとわかるもんね。すき好んでトラブルに飛び込むような愚か者など、そうそういないのも納得であった。

 まあ、空いているのでヨシとする。

 魔塔の天頂部分には魔法陣が描かれた円形のスペースがあり、そこに降り立った。

 イメージ的にはヘリポートみたいだ。

「なんかさ、当初は新魔法の開発をするのが目的だったのに、大事になってきたな」

「アナタのせいでしょ」

「違うだろ。誰の責任かで言えば、ヴェルドラだろ」

「むむ? どうして我のせいになる?」

「お前が暴れたから、方向性がおかしくなったんじゃないか」

「まあ、その意見は否定しないわ」

「貴様達、仲が良過ぎるのではないか? 我をイジメるのは駄目であろうよ」

 誰がオッサンをイジメますかっての。

 一番強いくせに何を言ってるんですかね、本当に。

 などと、危機感のない会話を繰り広げる俺達。そのまま何の気負いもなく、魔法陣に乗って『転送』された。

 跳ばされたのは、大きな広間だ。

 壁に沿うように螺旋階段がある。前世の建築様式から考えたら、構造力学的に無理があるんじゃないかなというデザインになっていた。

 どうやって階層を支えているのか、まったく不明。しかし成立しているのだから、魔法的な力場が発生しているのだろう。


《是。空間そのものに干渉されていて、重力などの影響を受けないような構造となっています》


 反則だよね、それ。

 そんな真似が出来るのなら、こっちの世界の建造物は何でもアリで創れそうだった。

 それこそ、天にも届く塔――バベルの塔なんかも創れそうである。

 いや、もしかすると既にあったりするのかもね。

 ちょっぴり浪漫を感じたけど、今は魔塔主を探すのが先決だ。

 見回してみると、ローブを来た魔法使いっぽい人物が一人、中央に立っていた。

 気配が希薄だ。良く見ると、魔法によって投影された映像だった。

「よくぞ来た」

 そいつが喋ったが、機械音声のように感情を窺わせない声だった。

 映像だからこんなものかと思っていると、突然、画像がブレるように人影が乱れて、軽い感じの青年へと切り替わった。

「やあ、僕の名前はアシュレイ。こんなに堂々と攻めて来るなんて、ルミナスも強気だね」

 ん?

 何だか変な事を言い出したぞ?

「あんなに恨んでたヴェルドラと、一体どういう契約を結んだのかな?」

「我? ルミナスとは契約などしておらんぞ」

 いきなり名指しされたヴェルドラも困惑している。

 そりゃそうだ。

 俺達はただ、ここには調べ物をしにやって来ただけだし。

「いや、何か誤解してるみたいですね。俺はリムルと言いまして、最近魔王になった者です。ここには――」

「知ってるさ。喧嘩を売りに来たんだろ?」

 違いますけど?

 俺は平和主義だし、意味もなく喧嘩を仕掛けたりしない。どうやら、本当に誤解があるようだ。

「人の話は最後まで聞いて欲しいわね」

 と、ヒナタが身を乗り出した。

 それを君が言う? とは思ったものの、口に出したら戦争になる。今はヒナタをからかっていい場面ではないので、俺は黙って一歩退いた。

「聖人ヒナタか。聖騎士団クルセイダーズを率いて来なかったのは、それだけ腕に自信があるのかな? もっとも、魔王と〝暴風竜〟と一緒だから、戦力としては十分なんだろうけどさ」

 朗らかな口調だが、その物言いは喧嘩腰だ。完全に敵対モードなので、取り付く島もない様子だった。

「だから、私達がここに来たのは知りたい事があったからなの。アナタ達がマルクシュア王国と揉めたから仲裁を任されたけど、本来なら無関係だったわよ」

 うむ、その通りだ。

 どうして行く先々でトラブルに巻き込まれるのか不明だが――


《……》


 ――何か言いたい事でも?

 不明ではないとでも言いた気だけど、時には真実から目を背けるのも必要だと思う次第であった。

 そんなふうにヒナタの交渉を見守っていると、ヒナタが核心に触れる質問をした。

「そもそも私達は、ここ、魔塔についてルミナス様から聞かされただけよ。紹介状だって書いてもらったし――」

 とそこまで言って、ヒナタが何かを察したように黙り込んだ。

 俺も先程から感じていた違和感の正体に気付き、ヒナタが取り出した紹介状に視線を向ける。

「まさか……」

「もしかして……」

 このアシュレイという男の発言から察するに、ルミナスと知り合いなのは間違いなさそうだが、その間柄は敵対しているような感じだった。

 という事は当然、ルミナスだってアシュレイ達に対して友好的ではない訳で……ヒナタが持つ紹介状って、もしかしなくても挑戦状とかの類なんじゃなかろうか……。

「やられたわ……」

 俺と同じ結論に至ったと思われるヒナタが、紹介状を開封して溜息を吐いた。

 見せてもらわなくても、俺の予想が的中していたのが丸わかりだった。

 そんな俺達を見て、アシュレイと名乗った男が高らかに笑い出す。

「あはははは! これは愉快だ。まさか君達は、知らずに利用されただけだったのかい?」

 ああ、やっぱり……。

 俺達はルミナスに嵌められたのだ。

 ルミナスにとって目の上のたん瘤だった魔塔を潰すべく、いいように使われてしまったのである。

「我は思うのだが、リムルにしろヒナタにしろ、頭がいいわりによく騙されておるようだな。その点、我なんて賢い上に思慮深いから、そう簡単に騙されたりはせぬのだ! クアハハハハ!!」

 うるさいよ、ヴェルドラ君。

 君の場合は騙されるというより、簡単に買収されるのが問題なのだ。

 しかも、ケーキとかで言う事を聞くから、コスパが良すぎるのである。

 それに、今回はキッチリと巻き込まれているのだから、偉そうに言える筋合いではないんじゃないかな?

 そう言い返してやりたいが、それをすると負け惜しみと思われかねない。ここはグッと我慢して、この先の対応について考える事にした。

 ヒナタをチラッと見ると、視線が合った。

『どうする?』

『どうもこうも、ヴェルドラにドヤ顔されたのは腹が立ったけど、言い返したら負けよね』

 そっち?

 俺とまったく同じ思考回路で笑えるほどだが、今議論すべきはそれじゃない。

『それはそうなんだけど、そこじゃなくてさ。ルミナスに利用されたのは間違いない訳だが、どう対応すべきだと思う?』

 これが問題なのだ。

 俺としては、別に魔塔に恨みがある訳でもないし、魔塔側が人類に仇なしている訳でもない。今直ぐにでもマルクシュア王国に行っている行為を止めるのなら、敵対する理由がないのだ。

 しかし、ヒナタは言う。

『戦うしかなさそうよ。だってコレ、ルミナス様からのメッセージが書かれていたんだけど、彼等の目的って人類社会の支配だそうだから』

『世界征服的な?』

『うーん、そういう面倒な感じじゃなくて、ルミナス様が実現しているように、自分達を神として崇めさせたいって思ってるみたいね』

 おいおい、マジかよ。

 そんなわかりやすい悪役が、どうして今まで表立って行動していないのか――と思ったものの、そりゃそうかと自己完結で納得した。

 先ず第一に、ルミナスが許すはずがない。だから敵対している訳で、ルミナスを何とかしない限り、表立って動くメリットが皆無なのだ。

 恐らくだが、このアシュレイやその仲間達は、ルミナスの勢力とは比べ物にならないくらいに弱小なのだろう。

 個々人ならばルミナスに匹敵するのかも知れないが、それは未知数だ。最大の脅威度を見積もるとしたら――


《解。全戦力を集めたら魔王ルミナスに勝てる可能性はありますが、勢力比では話にならないのだと推察されます》


 ――まあ、そんなところだろうな。

 ルミナスの勢力だが、あのルイというルミナスの腹心もそれなりに強かったし、他にも強者を何名か抱え込んでいる様子だった。他にもヒナタ率いる聖騎士団クルセイダーズなどが所属している訳で、かなりの勢力を有しているのである。

 ヴェルドラを除いた我がテンペスト勢と互角、といった感じだと評価されるのだ。

 俺の場合は総力戦なんてする気はないし、やるのなら必勝の方法を考えてから、絶対に犠牲が出ないように策を弄する。だから、戦力だけ比べても意味はないのだよ。

 今回は巻き込まれてしまったが、勝てない相手ではなさそうなので慌てる必要はなさそうだ。

 だって、こちらにはヴェルドラがいるのである。

 どうしてアシュレイが自信満々なのか不明だが、ヴェルドラ相手に何が出来るというのやら。

『ルミナスとは相容れなさそうだな』

『ええ。魔物を敵視するという絶対方針は撤回されたけど、人類社会への介入を何でも許す、という話ではないもの。ルミナス様の意思を聞く以前に、私が許さないわよ』

『お、おお……』

 ヒナタが怖い。

 忘れかけていたけど、ヒナタって敵には容赦しないもんな。

 アシュレイ達に任せた場合、素晴らしい支配が待っている可能性もなくはない。しかし、現状だってそこまで悪い訳ではないのだから、支配者を交代する理由がないのだ。

『取り敢えず、倒してから対応を考えるって事で、いいわね?』

 良くはない。

 良くはないんだが、こういう時は言葉など無力なんだよな……。

 主義主張が完全に食い違っている上に、どちらかの言い分を一方的に許容しなければ共存出来ないのならば、どこかで衝突が生じるものだし。

 早いか遅いかの違いしかないのだから、さっさと終わらせておくのが吉であった。

 仕方ない。

 消極的ながらも、俺も協力するとしよう。

『――了解。なるべくは殺さずに、制圧する方向で』

『君は相変わらず甘いわね。そんな余裕があれば――まあ、善処するわ』

 俺とヒナタで合意するなり、ヴェルドラが問いかけてくる。

『方針は決まったようだな』

『ああ。取り敢えず、黙らせてから考える』

『素晴らしい。我としても、それが一番いいと思っておったのだ!』

 ヴェルドラの場合は、悩むまでもなく暴力で解決しちゃえるからね。敵対が避けられない以上、実力行使をためらう理由などないのだ。

 俺達が戦う意思を固めたのを見て取って、アシュレイが笑みを深める。

「おっと、その表情はやる気になったのかな? そう来なくっちゃ。どうせ逃がすつもりはなかったけど、全力で捻じ伏せた方が気持ちいいもんな」

「余裕みたいだけど、アナタが一人で私達の相手をしてくれるのかしら?」

「まさか! 僕だって、そこまで自信家じゃないさ。場所を変えて、そこで僕の仲間を紹介するよ」

 流石に一人では、俺達三人を相手にするつもりはなかった様子。

 それでもどえらい自信だし、何か奥の手を持っていそうだな。

 そもそも、ここは魔塔――敵地なのだ。地理的優位性は敵方にあるのだから、罠がある方が自然だな。


《告。魔塔に入った時点で、怪し気な術式の展開を感知しておりました》


 もっと早く言って欲しかったよね、それ。


《否。正しい情報を『解析鑑定』してからでも、十分に間に合います》


 うーん、その考えはどうだろう……?

 まあ確かに、『罠に嵌りましたよ』と教えられても、だからどうすんだ――って話にしかならないんだけどさ。

 智慧之王ラファエルさんは完璧主義者だし、対処方法まで提示出来なければ意味がない、とでも考えていそうだね。


《是。その通りです》


 という事は、問題はないと考えてもいいのかな?


《是。敵の出方次第ですが、対処は可能です》


 だったらいいや。

 事前情報がまるでないんだから、智慧之王ラファエルさんがいてくれて大助かりだった。油断は出来ないものの、心に余裕を持ったままアシュレイの反応を待つ。

「しかし、アレだな。君達が何も知らずに利用されていたのなら、交渉の余地があると考えていいのかな?」

 むむ、これは意外な反応だな。

 戦わずに話し合いで解決出来るのなら、俺としてはその方がいいんだけど。

「交渉ですって?」

 俺達の代表として、ヒナタが前に出た。

 一応ヒナタは、立場上ルミナスの部下なのだ。上司の責任を取って頑張ってもらいたいと思うので、ここはヒナタに任せる事にする。

「ああそうさ。ルミナスと手を切って、僕達の仲間にならないか?」

 歓迎するよと言って、アシュレイが笑った。

 ルミナスを裏切るつもりはないが、利用されたのは釈然としない。

『先ずは話を聞いてみるのも悪くないかな?』

『ふむ。歓迎するというのなら、応じるのも良さそうよな』

『私としては、疑わしい相手からの提案なんて無視すべきだと思うけど……』

 意見は二対一にわかれた。

 こうして、アシュレイ達との話し合いに応じる事になったのだ。

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