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第04話 ☆夜会での顛末☆

 使者――ブラガ伯爵は、ヘリオス王太子から呼び出された時点では得意の絶頂だった。

(しめしめ、これで私も次代の王の派閥入りか。媚びを売り続けた甲斐があったというものよ)

 と考えて、意気揚々と登城したのである。

 しかし、ヘリオスの要件は使いっパシリだった。

「兄上をたばかったという詐欺師を呼び出し、話を聞きたいのだ」

 ヘリオス王太子からそう命じられたブラガは、目の前が真っ赤に染まったかと思えるほどの恥辱を感じた。高貴な貴族、それも伯爵位にある自分が、素性のわからぬ者共の護送役に任命されるなどと……と。

 名目上は使者だが、そんな建て前だけで満たされるほどブラガのプライドは低くないのだ。

 しかし、そこで反抗するのも難しかった。

 対抗勢力があるならそちらに身を寄せる事も出来るのだが、ヘリオス一派は盤石の体制を築き上げていた。もしもここで命令を辞退してしまえば、完全に出世の目がなくなってしまうだろう。

(次代の王の御世を雌伏して過ごす事になるよりは、今、この場で屈従する方がマシか? ここで忠誠心を示しておけば、私も重用されるようになるはずだ)

 ブラガはそう考え、ヘリオス王太子からの命令を笑顔で引き受けたのだった。


 そうしてやって来たのは、その噂の詐欺師共が滞在しているという教会だ。

 西方聖教会をも欺いているのかと感心するも、相手は所詮低俗な者共である。ブラガが気にしてやるほどの身分ではないので、面倒な仕事をさっさと終わらせようとした。

 だからブラガは相手をよく観察する事もせず、高圧的に言葉を発したのだ。

「フンッ! 貴様らか、〝暴風竜〟に魔王リムル、そして聖人ヒナタだな。ククク、確かに美人だが、下賤な者は恐れを知らぬとみえる」

 ブラガはそう言いながら、ようやく出迎えるべき相手に目を向ける。そして、違和感に気付いた。詐欺師だ平民だと見下していた相手が、思っていたよりも綺麗な身なりをしていたのだ。

(む? 詐欺師と聞いていたが、本当に美人だぞ。それにあのドレス、あれは噂になっていた魔国風では? ふむ、詐欺師は馬鹿ではなれぬというし、広く情報を集めて勉強しているのであろうか?)

 ブラガはそんなふうに思案して、眉間にしわを寄せていた。

 そんなブラガに、詐欺師の一人が声をかけてきた。

 少女のような外見なので、魔王リムル役だと思われる。

 こちらもまた、ヒナタ役の美貌に負けないほどの美少女だ。しかしその口調は、かなり砕けたものである。

 そして話の内容は、ブラガの想像を超えてぶっ飛んだものだった。

「使者さん、その馬車だけどさ、もっとランクの良いヤツに変えてもいいかな?」

 と、意味がわからぬ申し出だったのだ。

 確かに、ブラガが乗って来た馬車は、旧式なので見た目的にも古臭く見えた。しかしそれでも、れっきとした王家の馬車なのだ。

 ちゃんと紋章だって刻まれていて、平民などには一生縁のないような代物なのである。

 それなのに、見得を優先させて乗る機会を捨てるなどと、ブラガからすれば考えられないほど無礼で愚かな提案に思えたのである。

「はあ? 生意気な事を言うものよな。いや、そこまで吹けるとは、逆に天晴れと褒めてやるべきか?」

 と答えたものの、ブラガは内心で困惑しきりだ。

 相手の狙いが読めなかった。

(まさか本当に、代わりの馬車を用意するとは思えぬし、コヤツ、何を狙って――)

 そのまさかだった。

 ブラガの目の前に、豪華な馬車が突然出現したのだ。

 誘われるままに、その馬車に乗り込むブラガ。

 その状況はブラガの常識では絶対に有り得ない事で、そしてそれが夢ではないと、差し出された飲み物を口にして実感する。

 その瞬間、ブラガはようやく気付いた。

 もはや疑う余地もなく、この三人は本物なのだと確信してしまった。

 こうなるともう、生きた心地のしないブラガである。

 今まで体験した事もないほど極楽な乗り心地の馬車に揺られながら、それを楽しむ余裕などあるはずもない。

 ブラガは一生分の緊張感に包まれたまま、王城へと戻る羽目になったのだった。


      ◆◆◆


「しばし、しばしこちらでお待ち下され!!」

 と叫んで、使者さんが走っていった。

 貴族のマナーとしてどうなんだろうと疑問に思ったが、どうやら間違いなく俺達の正体に気付いてくれたようだと安心する。

「計画通りだな」

「そうね。これで王太子にも、私達が本物だと伝わるわよ」

 よしよし、これでヴェルドラにドヤられる事もなくなるというものだ。

 人は誰でも失敗する生き物だが、大事なのはそれをどう挽回するかなのである。こうして失敗を闇に葬れば、俺達は何も間違っていなかったとなるって寸法だね。

 使者さんが案内してくれた待合室は、なかなか豪華な造りになっていた。

 テーブルの上にはフルーツが盛られていて、自由に食べてもいい感じである。

 俺は遠慮しちゃう性質だけど、ヴェルドラなど気にせず手を出していた。

 それなら俺だって、見た事のなかった果物を食してみた。こっちの世界、生前の世界と同じ種類の果物だけでなく、まったく未知の種類もあるから侮れないのだ。

 多分、魔素が影響しているんだろうけど、甘味が薄いと感じるんだよね。その代わり、砂糖漬けにしてジャムにしたりすると、風味が増して美味しくなったりするのである。

 俺は食に関して妥協するつもりはないので、取り敢えず全種類口に入れてみようと思う。

 紫色の葡萄を小さくしたような果物を口に入れた途端、その粒が弾けた。食感がぷつぷつしていて楽しく、爽やかな風味が口の中で広がる。

「おっと、これは意外といけるぞ」

「貴方ね、ちょっと寛ぎ過ぎなんじゃないの?」

「大丈夫だって。どうせ待たされるんなら、楽しまなきゃ損だって」

「うむ、その通りだとも。ヒナタも黙っていると美人なのだから、小うるさくせず楽しむが良かろう!」

 ちょぉーーーいっ!?

 いきなり爆弾発言をぶっ込むのは止めろ――と、俺はヴェルドラにアイコンタクトを送った。

 失言に気付いたようで、ヴェルドラもゴクリと唾を飲み込んでいる。

 コイツも学習したなと感心すると同時に、どうして俺達は失敗を繰り返してしまうのだろうと、哲学的な難題に思いを馳せてしまう。


《解。毎回反省せず誤魔化しているからでは、と推察します》


 真理であったが、認めたくない答えである。

 誤魔化すのが上手い弊害とでも言おうか、ともかく、俺は都合の悪い真実から目を逸らす事にした。

「悪かったわね、小うるさくて」

 静かな怒りを感じさせるような、ヒナタの低音ボイスが炸裂した。

 その視線はヴェルドラを向いているのに、俺まで怖くなる。

 そう感じたのはヴェルドラも同じだったようだ。

「わ、我が悪かったかも知れぬ」

 と、素直に謝罪を口にしたのである。

 謝れて偉い! と、褒めてあげたくなった。

 大きく溜息を吐くヒナタ。

 ここは、無だ。

 無に徹して、ヒナタの怒りをやり過ごすしかない。

 そう思ったのだが、どうやら俺は勘違いしていたらしい。

「怒っているつもりはないんだけど……私って、そんなに小うるさいかしら?」

 俺に顔を向けたヒナタから、そんなふうに問いかけられたのだ。

 ヒナタは別に怒っていたわけじゃなかった。鋭い目付きと口調のせいで、俺達が勝手に委縮してしまっていただけだったのである。

 小言が多いのは間違いない気がするが、そう答えるのは正解ではない。

 俺だって、それくらい理解しているのである。

「やっぱり、この目付きが悪いのかしら?」

 ヒナタから上目でそう問われた。

 非常に難しい質問だった。

 目付きが悪いのは間違いないが、以前にもそう答えて大失敗したのは記憶に新しい。

 今、俺は試されているのだ。

「いや、まさか……ヒナタは美人だから、ちょっと威圧感が増しちゃうんだよ」

 俺はこんな感じに、無難に言葉を濁して受け流したのだった。

 そして、果物を一つ手に取って、自分の口に放り込む。

「ヒナタは食べないの?」

「食べるわよ!」

 噛み付かれるように返事されたが、そういうトコがダメなんだと思うんだ。

 しかし小心者チキンな俺は、それを指摘する事なく苦笑して誤魔化したのだった。


      ◇◇◇


 暫く待っていると、使者さんが全力疾走して戻って来た。

 その証拠に、コヒュー、コヒュー、という感じで息苦しそうにしている。顔色など真っ青で、大丈夫なのかと心配になるほどだ。

「おま、お待たせ、致し、ました。コヒュー、コヒュー、会場は、こちらで、コヒュー、御座います」

「あの、ゆっくりでも大丈夫ですよ?」

「ハハ、お気遣い、なく!」

 汗びっしょりになって、必死に笑顔を浮かべて、使者さんが俺達を案内してくれた。

 扉が開き、門衛が俺達の登場を告げた。

「聖人ヒナタ様、魔王リムル様、〝暴風竜〟ヴェルドラ様、御入場です!!」

 その声を合図にして、会場内の視線が一斉に俺達へと降り注ぐ。

 なかなか慣れないのだが、ヒナタやヴェルドラは堂々たるものだ。

 俺だけ気圧されていてもみっともないので、負けじと胸を張った。

「あれが魔王だと、子供ではないか。ブラガ伯爵め、見え透いた嘘を吐いて何を企んでおるのやら」

「ほほう? 聖騎士団クルセイダーズの団長は美人だという噂があったが、あの者も顔だけなら負けておらんな」

「ホッホッホ。顔だけではなく、身体も見事なものですぞ。あのドレスも珍しいですが、美しいのは認めざるを得ますまい」

「然り。本物か偽物かは置いておいて、単なる平民とは思えませんぞ」

 といった、俺達を値踏みする会話が漏れ聞こえてきた。

 小声だが、あまり隠す気はないらしい。

「も、申し訳ございません。リムル陛下やヒナタ殿、ヴェルドラ様の御三方が本人であると、散々説明致したのですが、どうやら信じ切ってはもらえなかったようでして……」

 しまった!?

『やはり無理があったわね』

『うーん、そう簡単に認識を変えられたら苦労しないよね』

 ただでさえ貴族って、自分の信じたいものしか信じない生き物だし。いや、自分が信じるものを真実に変える生き物、というべきか。

 俺も似たような考えをする時があるから、人の事は言えないけどさ。

「おや? やはり我が言ったように、我等を偽物と思っておる者共もいるようではないか」

 チッ、気付かれたか。

「そうだな。事情を知らない者も多いみたいだな」

 俺は動じる事なく、そういうヤツもいるよね、と頷いた。

 下手に言い訳するよりも、認めるべきは認めた方が被害は少ないのだ。

 これにヒナタも乗っかってくる。

「本当ね、驚いたわ」

 俺達が認めた途端、ヴェルドラが調子に乗った。

「フフフ、我の言った通りであろうが!」

 だから認めたくなかったのだが、こうなった以上嘆いても仕方ない。

 高笑いするヴェルドラを「わかったわかった。俺が間違ってた。ヒナタも間違ってた」と上手く落ち着かせつつ、俺は会場を見渡した。

 奥に見えるのが、王が座す場所だな。

 細身で、鋭利な剃刀のような雰囲気を持つ男が、ひと際立派な椅子に座っていた。

 シルバーグレーの頭髪を撫でつけるようにピシッと決めているが、見た目は若い。まだ三十代だと言われても信じてしまいそうなほど、精気に満ちて覇気を放っていた。

 その細く見開かれた切れ長の目が、酷薄で計算高そうな印象を与えている。その眼光は鋭く、俺達を値踏みするような視線が感じ取れた。

 多分、あれがこの国の王様だね。

 その横に、王様を若くしたような男が立っている。

 多分、第二王子で王太子のヘリオスだな。自信に満ち溢れた顔付きをしていて、既に自分が王様になったかの如く傲岸不遜な態度だった。

 その傍に、控えるようにして小さくなっているのは、俺達に絡んだサイラスで間違いない。覇気はないし、魔法至上主義の国で魔法が使えないだけで、ここまで卑屈にならねばならぬのか……。

 いや、そう育てられてしまったら、そうなるよな。

 他の国に生まれていたら、立派な王様になっていたかもしれないのに。運がないヤツである。

 まあ、それはそれとして。

 使者さんに案内されて、俺達は王様の前まで辿り着いた。それなのに、王様は席から立つ気配もなく、座ったままだ。

 これはぶっちゃけ、かなり無礼な真似である。

 いや、俺達を偽物だと確信しているのなら、その行為も許されるんだけど……。

 事前に使者さんが伝えたはずなので、これはもう舐められていると考えるべきなのかも。

 なんて事を考えていると、ヒナタが行動に出た。

「ブラガ伯爵。私達の事は、ちゃんと伝えて頂けたのよね?」

 こういう時、俺の優柔不断な態度は駄目なのだ。完全に俺が出遅れた形なので、ヒナタがフォローしてくれて助かった。

 名前を呼ばれた使者さん――ブラガ伯爵は、顔を青褪めさせて引きつっている。必死に声を出そうと努力して、ようやく言い訳を口にした。

「伝えましたとも! 誓って、私は真実をお伝えし申した!!」

 その必死さを見るまでもなく、ブラガ伯爵は嘘など言っていないだろう。

 ヒナタだって、それは十分にわかっているのだ。

「あら、そうなの。それじゃあこの国、マルクシュア王国は、要人の出迎え方も知らない野蛮な国なのね。帰りましょうか、リムル。この方々には、私達を歓迎するつもりがないみたいだから」

 流れるような話運びだ。

 そしてその煽り方も、美人がやると迫力が違う。特にヒナタは目力が凄いので、やられた方はたまったものじゃないはずだ。

 現に、サイラスなど王様やヘリオス王太子から距離を置いている。一度痛い目に合わされたからか、より恐怖を味わっている様子だった。

 しかしその時、沈黙を守っていた王様が薄く笑ったのだ。


      ◆◆◆


 時は少し遡る。

 詐欺師一行を呼び寄せたつもりのヘリオス王太子は、御機嫌な様子でワインを飲んでいた。

 ご機嫌な理由は、目の上のたんこぶだった兄の腹心、グレイブが大怪我を負ったという報告を聞いたからである。

「詐欺師に騙されただけかと思えば、手痛い失態を犯したものよな。これでサイラスの支持層に動揺が走るであろうし、ヤツを見限る者も増えるというものよ」

 ヘリオスの取り巻き連中も、楽しそうに笑いながら追従する。

「仰る通りですよ、ヘリオス様。もとより吹けば飛ぶような者共であったが、これで大人しくなるであろう」

「まったくよな。平民共の御機嫌窺いをするなど、王族としての自覚に欠ける行為でありましょう。ヘリオス様の兄君であらせられるのに、困った御方でしたからな」

「左様。これで少しは身の程を知って、反省して下さる事でしょう」

 等々、サイラスを見下し、馬鹿にする発言をする。

 そしてそれを聞くヘリオスは、より悦に入るという寸法だった。

 しかし、側近の一人である護衛騎士が、ふと思いついた事を口にした。

「それにしても、あのグレイブを再起不能にしたのだから、その詐欺師とやらもそこそこ腕が立つのではないか?」

 その言葉はヘリオスに向けられたものではなかったが、決して無視出来ないものだった。

「貴様、何と言った?」

「あ、いえ、私はその……」

「言い訳はいい。何と言ったのかと聞いたのだ」

 ヘリオスが冷たく睨むと、その護衛騎士がもう一度同じ内容を口にした。

 Aランクの実力者であるグレイブは、他国にも誇れるほどの戦力なのだ。だからこそ目の上のたんこぶだった訳で、そんなグレイブを倒せる相手をただの詐欺師と見縊るのは間違いなのかも知れない、と。

 要するに、その詐欺師もAランク相当の実力があると見做すべきだと、その護衛騎士は主張した訳である。

 それを聞き、ヘリオスの取り巻き達も思案し始めた。

 しかし悲しいかな、この者達は実戦を経験した事がない。Aランクの凄さを知識としては知っているものの、それがどれだけの価値があるのか、実際のところは無知なのだ。

「いや、所詮は詐欺師でしょう?」

「う、む。魔法を扱える訳でもなし。たかが剣士など、魔法障壁を張ってしまえば恐れる事もなし!」

「その通りである! 我等のように魔塔で学んだエリートからすれば、冒険者など下等な存在に過ぎぬわ」

「そうだな。そんな組織でどれだけ評価が高かろうと、真の英雄である魔塔主様に認められた訳ではないのだ。どうせ大した事などあるまいよ」

 と、自分達にとって都合のいい想像で現実を塗り潰してしまった。

 それは、このマルクシュア王国という辺境の小国の悪しき風習のせいだ。

 魔法結界によって外敵から守られてきた為、魔物の脅威に晒される事がなかった。平民はそうではないが、賢人都市に住まう貴族達からすれば、魔王でさえも恐れるべき存在ではなかったのである。

 それは、現実を知らないからこそ。

 無知であるが故に、彼等はどこまでも傲慢になっていたのだった。

 勿論、賢人都市に住む貴族全員が愚かな訳ではない。

 他の国々と取引のある者や、魔物被害の多い土地を治める者などは、比較的常識的だった。

 マルクシュア王国だって評議会に加盟しているのだから、西側諸国の情報だって入ってきているのである。当然その中には魔王の脅威についての報告だってあるし、〝暴風竜〟がどれだけ危険な存在なのかは、誰もが知る物語として、この国の貴族にも浸透していた。使者として任命されたブラガ伯爵もこの例に漏れず、現実を知る者の一人だったのだ。

 しかし、権力の中枢に近い者ほど、魔塔の影響を受けていた。

 世界の情勢から離れた知識で満足し、魔法にのみ傾倒して、世界の全てが自分達の思い通りになるとでも錯覚したような、王や王太子を筆頭として傲慢な性格の者達で占められていたのである。

 だからこそ、勘違いしてしまう。

「ご報告します! ブラガ伯爵が戻られました。ヘリオス様にご注進したき儀があるそうで――」

「通せ」

 ヘリオス王太子やその側近達は、顔を青褪めさせてやって来たブラガ伯爵を冷ややかに迎え入れた。

 そして、必死に語るその報告を、話半分に聞き流してしまったのである。

 それだけではなく、これを機会に自分達の力を誇示出来るのではと考えた。

 考えてしまった。

 その結果が――


      ◇◇◇


 薄く笑った王様が、突然話し始めた。

「ヘリオスよ、余興があると言っておったな。許す。今から始めよ」

 何だか偉そうに、王様がそう言った。

 目線はこっちを向いているのに、俺達を無視している感じである。

 かなりイラッとさせられたけど、我慢だ。

 ここは怒るのではなく、速やかに退出するのが正解である。

 嫌いな相手と無理して付き合うより、関わり合いにならない方が楽だからね。ヒナタが言うように、礼儀がなっていないのを理由に撤退するべきであった。

 王太子が何かするみたいだが、俺達が付き合ってやる義理はない。何だか面倒事に巻き込まれそうな気もするし、俺とヴェルドラはヒナタに続いて会場から出ようとした。

 が、しかし。

 会場の出入り口を塞ぐように、騎士達が現れる。

 この王城に務める者は全員が魔法使いらしいので、この騎士は魔法剣士なのだろう。そうなると厄介ではあるが、それでも俺達の敵ではないのだ。

 邪魔するというなら蹴散らしたいが、はてさて、この国の王様は何を考えているんだろうね?

 俺はこう見えて魔王だし、西側諸国とも付き合いがある国家の盟主なんだよ。ここまでされちゃうと、冗談でした、では済まないのである。

 しかし残念ながら、魔物の発言力は弱い。皆無に近いほど、悪者にされがちなのである。

 そうなると重要になってくるのは、どちらの言い分に正当性があるのかどうか、それを証明する証拠であった。

 という事で、俺は念の為に記録の水晶を取り出して、この場にいる者達に見せつけるように掲げてみせた。

「今からの言動は全て記録されると思ってくれ。変な真似をするつもりなら、止めとけよ。今なら俺が我慢してやるから、速やかに矛を収めるように」

 取り敢えず、そう宣言しておいた。

 これでも何かするつもりなら、その時は容赦なく反撃させてもらうとしよう。そう思っての行動である。

 もっとも、この時点では本気で何かをするつもりなどないだろうと、安直に考えてしまっていたのだ。それなのにこの国の馬鹿共は、信じられないような真似を仕出かしたのである。

「ハハハハハ! 凄いぞ、ここまで口達者だとはな。そんなふうに脅して我等を退かせるつもりだったのだろうが、甘いな。全てお見通しよ!!」

 とまあ、ヘリオス王太子が高笑いして、俺の我慢を無駄にしたのだった。

「貴方は頑張った。私も認めてあげるわ」

「そういう話をするなら、最初にキレたのはヒナタだけどな」

「何の話かしら? 記憶にないわね」

 とんでもない女である。

 この一瞬で、俺が発端であるかのように自分の立ち位置を固めてしまいやがった。

「その記録水晶にも、証拠なんて残っていないでしょう?」

 そう言われてしまったら、返す言葉もないというものだ。

「クアハハハ! リムルにも勝てぬ相手がいるのだな」

 これ以上ヒナタと言い合っても、ヴェルドラを喜ばせるだけみたいだな。俺はこの不条理を嘆きつつ、その元凶となった王様や王太子達を睨みつけたのだ。

 そして、その瞬間が訪れる。

 未知の魔法が発動し、会場内を覆い尽した。それと同時に、ヘリオス王太子が高らかに宣言したのである。

「魔法を封じる結界があるのなら、物理攻撃を封じる結界もなければ不公平であろうが! これこそがまさに、魔塔主様より授かった大魔法:衝撃吸収領域アンチショックエリアである! 剣があれば話は違ったかも知れんが、無手であれば無力であると知れ!!」

 なるほど、この魔法の正体を教えてくれた訳か。

 物理攻撃を無効化するなど、魔法原理を幾つ重ねても難しい。多分、不可能だと思われる。

 しかし、対衝撃だけで考えるならば、意外と簡単に成立するものなのだ。

 果たして、この衝撃吸収領域アンチショックエリアの性能は如何ほどのものなのか。


《告。九十九%の物理ダメージ減少率を確認しました。なかなか素晴らしい術式です。剣による斬撃や刺突であっても、ダメージは大幅に減少されるでしょう》


 おっと、本当に凄い術式だった。

 範囲内の対象を魔素で編み込む事で、互いにクッションのような役割を担わせるという仕組みらしい。

 これがあれば、実践訓練も捗ると思われる。

 俺達にはラミリスの迷宮という、死を超越した訓練場所があるから関係ないが、他の国々では重宝されるはずだった。

 この技術を売り付けるだけでもひと財産稼げるだろうが、このレベルであれば軍事機密指定されていても不思議ではないか。となると、そんな大魔法を開示するあたり、本気で俺達を帰すつもりはないと見るべきであった。

「あーあ、穏便に済まそうと思ってたのに」

「こうなった以上、覚悟を決めなきゃね。あんなものを持ち出した以上、私達を無事に帰してくれるとは思えないもの」

 おっと、悲しい事にヒナタと意見が一致してしまった。

 自分の推測が間違っているのではと期待したが、ヒナタも同じ考えなのならその可能性は皆無である。

「つまり、我が暴れても構わぬ訳だ」

 嬉しそうなヴェルドラからの質問に、俺はこう答える。

「ほどほどにな」

 それがどのような結果をもたらすかなど、疲れ切っていたので想像もしていなかったのだ。


      ◇◇◇


 ほどほど、とは定義の難しい言葉であった。

 俺は今、目の前に広がる光景を見ながら、そんなふうにしみじみと考え込んでいた。

 月夜が見える大会場。

 乱立する柱は半ばから折れて、壁も吹き抜けになっている。

 相手側の言動を全て記録していたので、俺達の方が正当防衛であるという証拠は十分だった。そう思ったからこそ気が大きくなったのか、ヴェルドラを好きにさせてしまったのだ。

 その結果が、大破した会場なのだった。

 怪我人がいないのは幸いだった。

 しかしそれも、俺達が何かした訳ではなく、衝撃吸収領域アンチショックエリアのお陰なのである。

 これはもう、過剰防衛と言っても過言ではあるまい。

 ――って、絶対に認めないけどね。

 実際に、何が起きたのかと言えばだ。

 ………

 ……

 …

 先ず最初に、ヘリオスの側近達が一斉に魔法を放ってきた。

 火炎球ファイアだ。一番簡単な初級魔法だが、数が多ければそれなりに厄介である。

 この国では魔法使いが重宝されているだけあって、連携は見事なものだった。下手な上位魔法よりよほど強力な攻撃になっていたのだ。

 しかし、それは一般的なレベルでの話であり、ヴェルドラに通用するはずがないのだ。

「無駄よ、無駄無駄。この程度の魔法など、我には通用せぬわッ!!」

 と、ヴェルドラが絶好調で火炎球ファイアを無効化する。

 服すら焦げていないのは、燃やすと怒られると学習したからだろう。

 迷宮で散々服を台無しにされて、怒った事があったからね。

 シュナが。

 〝胃袋を制する者、魔国を制する〟――我が国の格言だ。

 そんな理由から、ヴェルドラでさえもシュナには勝てないのである。

 まあ、それはともかく。

 控えていた騎士達まで動いた。四名同時に剣を抜き放ち、魔法使いが補助魔法をかけていく。

 剣に魔法の炎が宿り、青白く輝いた。

 魔法剣だ。

 高度な技術で体得している冒険者は少ないとされるが、魔法大国なら魔法使いがいるからね。補助が得意な者が付与してくれるよね、と感心した。

 貴族達も、それを見て大喜びしている。ヴェルドラに魔法が通じなかったのを見て動揺していたが、一気に盛り返して騒ぎだしていた。

「フハハハハ! 見よ、剣と魔法が、この『結界』の中でも問題なく両立しているぞ」

「素晴らしい! これならば、仮に本物の魔王や〝暴風竜〟であろうが敵ではないわ!!」

「だが、油断はするなよ。もしも本当に、その女が聖騎士団クルセイダーズの団長ならば……」

「何、安心召されよ。如何な達人であろうが、素手では何も出来ぬわ」

 とまあ、もう勝った気になっている様子。

 魔法剣は確かに凄いけど、俺達からすれば『それがどうした』という話なんだけど……。

「今の貴族達の会話も記録しているのよね?」

「勿論ですとも」

「正当防衛を主張しましょう」

「御意!」

 俺は恭しく、その言葉に同意した。

 ヒナタがいると頼もしい。

 俺達だけではヤバかっただろうけど、一気に証拠の信憑性が増すからね。

 なんて事を思っている間に、騎士達の準備が終わったようだ。

 それを律儀に待ってあげるあたり、ヴェルドラも心得ている。迷宮のボスを任されたからと、ずっと漫画を読んだりして研究を欠かしていなかったからね。その成果が今、日の目をみようとしていたのだ。

「その程度の準備で大丈夫か? もっと待ってやってもよいのだぞ?」

 と、煽る煽る。

 それを聞いて、騎士達の顔は真っ赤になった。

 そんなに準備に時間をかけていたら、とても実戦では通用しないぞ――と、そう読み取れる言葉だったからね。騎士や魔法使い達もバカではないらしく、ちゃんと伝わったようである。

「抜かせ!」

「その傲慢な態度もここまでよ」

「我こそは〝暴風竜〟を討ち取った者なりィ!!」

 などと叫びながら、騎士達がヴェルドラに向けて一斉に斬りかかった。

 しかし、だ。

「甘いわ!」

 その場で回転しつつ腰をかがめて、足刀蹴り。

 そのまま流れるようにして、二人目の攻撃を手で挟み取るようにして受け流し蹴り。

 そうして奪い取った剣で、三人目の攻撃を弾き飛ばし。

 背後に迫った騎士に、裏拳一発。

 それが、その一瞬で起きた出来事である。

 四名の騎士は、ヴェルドラに軽くのされたのだった。

「ば、馬鹿なッ!? この衝撃吸収領域アンチショックエリアで、どうして攻撃が通用するのだ!!」

 と、この状況に驚愕して目を見開いて、ヘリオス王太子が叫んだ。

 そんなの簡単。

「あのさ、〝竜種〟って魔素の塊みたいなものなんだから、この結果は当たり前だろ?」

 ぶっちゃけ、精神生命体であるヴェルドラにとっては、物理とか魔法とか関係ないのだ。元は俺の『分身体』を利用してヴェルドラの肉体を構築したけれど、今となっては完全に俺の手を離れているのだった。

 そもそも、〝竜種〟についての記録は各地に残されているのだから、古い文献とか読んでいれば、この程度の事は常識だと思うんだけど……。

「え? もしかして、本当に知らなかったの?」

 と、俺も素で煽ってしまった。

 魔法使いこそが権威だ何だと誇っているくせに、勉強不足なのではあるまいか。

 俺は思わず、『思念伝達』でヒナタに愚痴る。

『おいおい、この国は王侯貴族を筆頭として、全員が魔法使いなんだろ? そこの本職さんは魔塔出身なのかな? それなのに、〝竜種〟の危険性が伝わってない方が驚きなんだけど……』

『あのね、知ってたらこんな真似は絶対にしないわよ。ルミナス様だって、ヴェルドラには絶対に勝てないって言ってたもの』

『え、マジで?』

『マジだけど、本人の前では内緒にしてよ。貴方、口が軽そうだから』

 そんな秘密の情報を教えてくれた人に言われたくないんですけど……って、そんなふうに言い返せるはずもなし。

 まあいいけど。

 ルミナスは確かにヴェルドラを目の敵にしているし、その本音は絶対に知られたくないはずだ。ここは黙っているのが正解だろうな。

『了解。それよりも、アレ、どうする?』

 俺はそう言って、ヒナタの注意を魔法使い達の方に誘導した。

 そこで行われていたのは、極大魔法の詠唱である。

 一方、ヴェルドラに向けて騎士達がわらわらと押し寄せていた。

 まるっきり無駄なのに、まだ勝てるとでも淡い期待を抱いているのだろうか?

 だとしたら、可哀想なのは末端の騎士達だね。

 ヴェルドラは嬉しそうに相手しているが、騎士達の目的はヴェルドラの足止めなのだろう。騎士達が時間を稼いでいる隙に、本命の極大魔法をぶつける算段なのだ。

 その際、何名かの騎士達は巻き込まれる事になるはずだ。

 しかも、その魔法が問題だった。

『ふーん……魔法障壁マジックバリアで範囲を限定して、その内部に火炎大魔嵐ファイアストームで焼き尽くすつもりなのね。なかなか面白い組み合わせだけど、〝竜種〟を滅ぼすつもりなら、せめて〝霊子崩壊ディスインテグレーション〟をぶつけなきゃ』

 それでも無理でしょうけど、とヒナタは言った。

 それ以前に、最強の〈神聖魔法〉である〝霊子崩壊ディスインテグレーション〟なんて、そこらの魔法使いに扱える代物ではないんだけどね。

 ヒナタの反応は冷めていたが、俺からすれば見事なものだと感心したんだけどな。


《是。範囲を限定する事で内部の圧力が増して、燃焼力と破壊力が大幅に強化されます。複数名で魔法を重ね合わせている点などを考慮しても、なかなか研究されていると言えるでしょう》


 だよね。

 そりゃあ、結果を出せるかどうかだけで判断すれば、間違いなく無理だけど。俺としては過程も大事にしたいので、認めるべき点は認めてあげるべきという主張なのだ。

 どちらにしても、あの火炎大魔嵐ファイアストームが切り札だと言うのなら、この先は悲惨な結果が予想された。

 なので俺は、最大の優しさを発揮して王様に助言したのである。

「あのさ、そろそろ止めさせた方がいいって。アンタの息子さん、引っ込みがつかなくなってるぞ」

 この三文芝居を仕切っているのは、ヘリオス王太子だ。しかし彼は、ヴェルドラの予想外の強さで頭に血が上ったのか、冷静に状況を判断出来ない様子である。

 であれば、父親として息子を宥めてあげるべきだろう。

 そう思っての助言だったのだが、これを王様は鼻で笑った。

「愚かな。自分達が不利になったと悟って、余を謀ろうとするか。命乞いするならまだしも、この期に及んで浅知恵を働かせるとはな」

 ……ん?

 王様はまともなのかと思っていたら、全然ダメだったか。

「今の発言も記録したんでしょ?」

「勿論だけど、このままじゃ大変な事になるよ」

「諦めなさい。貴方は頑張ったと証言してあげるから」

 ヒナタって、意外と優しくないんだな。

 以前、フューズだったかが言っていたけど、自分に助けを求める者には寛容だけど、言う事を聞かない者には優しくないんだったか?


《――彼女を頼った者には必ず手を差し伸べてはいるんですよ。その手を握った者は助けている。まあ、助言を聞かなかった者は、二度と相手にしないそうですがね――です》


 おお、正確な再現をありがとう。

 つまりヒナタは、とっくにこの国を見捨てた訳だ。

 いやあ、それは理性的なんじゃなくて、無関係に徹する事で責任から逃げているとも取れそうだよね。

 しかし今回は、俺もヒナタに賛成だった。

 話の通じないヤツを相手にするのは疲れるだけだし、その割り切り方は素敵だと思う次第である。

 俺の忠告が聞こえていたはずの貴族達も、誰一人として王太子を止めようとしていない。こうなるともう、自分の身で痛みを知ってもらい、現実を受け止めてもらうしかないのである。

 だから俺は、自分達の身の潔白を証明する為にも、状況を記録しながら事の推移を見守ったのだ。

 その結果――

 極大魔法が完成する。

 ヴェルドラを包む魔法障壁マジックバリアと、その内部で吹き荒れる火炎大魔嵐ファイアストーム――しかし、それを素直に喰らうヴェルドラではなかった。

「甘いわ! 覇竜絶影拳(ドラゴニックバースト)!!」

 恰好良く叫んでいるけど、たんなるパンチだな。

 しかしその威力は絶大で、複数名の魔法使いが構築した魔法障壁マジックバリアの囲いを打ち砕いていた。

 その先に待ち受けていたのは、解放された破壊エネルギーである。

 威力を増した火炎大魔嵐ファイアストームが、指向性を与えられて荒れ狂う。

 そうして、会場は破壊された。

 天井まで崩れて夜空が見えて、数多の瓦礫が貴族達の頭上に降り注いだのだった。

 ………

 ……

 …

 茫然としている王様に向かって、俺は優しく告げてやる。

「悲しいよね、わかるよ。だけど、先に始めたのは君達なんだよね。だから俺は止めただろう?」

 俺達は悪くないよと、きっちり宣言しておいた。

「見たか、リムルよ。この我の雄姿を!」

「うーん、弱い者イジメにしか見えなかった」

「同感。やる前から結果がわかりきっていたものね」

「ムムム、やはりな。我に足りぬのは、強大な敵という事か……」

 寝言は寝て言え。

 そんなのに登場されたら、世界が滅びるわ――と言ってやろうかと思ったが、口に出したら本当になりそうだったので、「はいはい」と軽く聞き流したのだった。

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