第03話 ☆夜会への招待☆
時間に余裕が出来たので、書類処理を待つ間に職員から話を聞く事にした。
「あのサイラスとかいう王子の言いなりになるなんて、自由組合としては不味いんじゃないの?」
「勘弁してくださいよ! こんな田舎町じゃあ、我々の立場は弱いんですって。何しろ――」
ギルド員が語ってくれた内容によると、だ。
森が遠くて薬草を筆頭とした採取系は人気がないし、未開拓領域や新たな遺跡などが発見される訳もなく、探索系など出番がない。必然、この国の支部では、魔物討伐の依頼がメインとなる。
そうした状況ではこの国に定着する冒険者の数そのものが減る訳だが、そうなると魔物討伐依頼の達成率が低下してしまい、困った事になってしまう、と。
あの王子達はああ見えて仕事はしてくれていたらしく、ギルドとしては依存するしかなかったのだそうだ。
「――それに、言動はアレでしたが、サイラス王子も可哀そうな御方でして……」
「というと?」
「魔法使いが優遇される国で、魔法の素質がなかったのです。子供の頃は優秀で人徳もあったのですが、魔法が使えないのは致命的でした。王太子として認められる事もなく、弟王子から見下されるようになってしまって……」
それでサイラスは王宮に居場所をなくして、都市外に出て自分の足場固めを行っていたのだそうだ。
どこかの砂漠の王国でもそうだったけど、王家と冒険者の癒着は考え物だと思う。
「自由組合は国家に命令されない自由な立場にあるんだから、王子に牛耳られるような現状のままではダメでしょ」
「それは重々理解しているのですが、打つ手なしでして。困った問題なのです」
「うーん……構造的問題なんだから、最初から対策しておくべきだったんじゃ……」
俺はそう思って口にしたのだが、これにヒナタが反論する。
「無茶言わないで。これはね、予想された問題だったの。それなのに対処しなかったのは、速さを優先させたからなの。国の関与を完全に排除するなら、いくら評議会の下部組織だからって、猛烈に反発されたでしょうね。そうなると、旧来の冒険者組合のまま活動するしかなくなるもの。横の繋がりも出来ず、情報共有や助け合いも、今の比ではなく困難を極めたままだったと思うわよ」
ユウキが組織改革するのを手伝っていたからか、その意見には重みがあった。
「貴方みたいにね、誰もが何でもかんでも力業で解決出来る訳じゃないのよ」
そう言われてしまうと、返す言葉もない。
俺の場合は俺を慕ってくれる仲間達に助けられていて、自分一人で全てを行った訳じゃないからな。ユウキやヒナタがどれだけ苦労したのか、想像は出来るが実感が伴っていなかったのだろう。
俺だって苦労していない訳じゃないけど、幸運だったのは否めなかった。
「まあ、サイラス王子の立場は理解したよ。でもさ、ギルドが後ろ盾になったとしても、王宮での立場が良くなる訳じゃないんだろ?」
「そりゃあ、そうですけど……何もしないよりはマシだったんじゃないですか?」
ギルド員自身も、サイラスの考えを聞かされてはいなかったようだ。
サイラスが王子という立場を捨てるつもりだったのかどうか、それさえもよく知らない様子だった。
「まあ、この国では魔法を使えない者をとことん見下す風潮みたいだし、同情すべき点はあったのね。もっとも、だからと言って私達が忖度してあげる必要なんてないんだけど」
「はい、ごもっともです」
ヒナタから指摘され、ギルド員が項垂れる。
だからと言って容赦する訳もなく、俺達は引き続きギルド員から話を聞き出し、可能な限りの情報を得た。
サイラス王子の仲間は、グレイブを筆頭に四名。
グレイブは流れの傭兵だったが、幼き日のサイラス王子の剣術指南役に重用されたのだと。グレイブ自身も魔法が使えない為、王子の境遇に同情して付き従っているのではという話だった。
残る三名は、それぞれが幼い王子だったサイラスの補佐をさせるべく、一緒に育った仲らしい。
少し年長だった三人は、他の補佐役と違って魔法が使えなかった。王子の友人として失格の烙印を押されてしまったのだが、そんな彼等をサイラスは見捨てなかったのだと。
そんな訳で、サイラス自身も魔法が使えないと判明してからも、三人はサイラスに従った。落ちこぼれ仲間として、サイラス一派が出来上がったのだそうだ。
とはいえ、魔法が使えないだけで剣の腕はそこそこだし、頭の出来は悪くないらしい。つまり、総合評価だと優秀と分類される人種らしいのだが、生まれた国が悪かった。
サイラスがグレたのも無理からぬ話であり、ちょっぴり同情してしまったのは秘密である。
そういう話を教えてくれたギルド員自身は、さっき話してくれた通り、こんな辺境で生き抜くべくサイラスの協力者になったのだそうだ。
その言葉に嘘はないと思う。何故なら、この支部に所属する他の冒険者達は、最高でもBランクまでしかいなかったからだ。
Bランクなら、小国だと貴族相当の扱いをしてもらえる。大国でも士官するのに困る事なく、問題なく数年勤め上げれば、騎士爵を得られるほどの厚遇を受けるのだ。
こんな辺境に所属するのは、訳アリか地元愛の強い者のみ。もしくは、多少甘く査定されて、実際の実力はBランクに及ばない者、といったところだろうか。要するに実力不足で、ギルド員の言葉通り人材が足りていない様子だったのだ。
国そのものは魔法使いが大勢所属しているから、有事の際にも対応可能だろう。しかし、その他の村々ではそういう訳にもいかない。
何しろこの国では、王都である賢人都市は『結界』で守られているけれど、その他の地方には魔法の庇護はなく、自警団が頑張るしかないという状況らしいからだ。
いかに小国ではあっても、王都以外にも人は住んでいる訳で。魔物の被害に十全に対応するには、人材不足感が否めなかった。
そういう状況なのだから、サイラス達の協力は願ってもない話だったのは間違いなさそうだ。
「なるほどね。確かに事情を知らない余所者が、軽々しく口を挟める問題ではないわな」
「ならば我が、この周辺の魔物共を駆逐してくれようぞ。そうすれば我のランクも上がるし、住民も嬉しい。一石二鳥というものであろう?」
「止めておきなさい。辺境からの要請があったら本部が動くのだから、依頼されてもいないのに勝手な真似はしない方がいいわ」
俺達の会話に、ギルド員が大きく頷いていた。
この問題は些細なようで、案外根深いようだ。俺達が去った後の事にまで責任を持てない以上、踏み込むならば覚悟する必要があるだろう。
ともかく、必要だったヴェルドラの身分証明は無事に完了したので、その日は宿泊拠点に帰還する事にしたのだった。
◆◆◆
サイラスは荒れていた。
師匠であるグレイブの治療が長引いており、心配なのだ。
「おい、酒を持って来い」
医務室に隣接する控室で、酒を飲むなど言語道断である。しかし、不安を紛らわせたいというサイラスの心情は理解出来たので、手下が動こうとした。
しかしその時、医務室の扉が開く。
グレイブが出てきて、苦笑しながらサイラスを窘めた。
「サイラス殿下、こんな場所で酒は駄目だろ」
サイラスは、治療を終えたグレイブを見て慌てて立ち上がる。
「グレイブ師匠、指は……」
「綺麗に切断されていたから、縫合と下級ポーションでくっつきはした。しかし、以前のように動かせるようになるかどうかは、俺の頑張り次第って話さ」
師匠は止めてくれと言いながら、グレイブが答えた。
その顔には後悔の色があったが、落ち込んではいない様子であった。
「それにしても、まさか本物のヒナタ殿だったとは……」
その女を一目見て強いのは理解していたが、まるで相手にならないとは思いもしなかったグレイブである。本物の
「チッ、ついてねーぜ。知ってたら絶対に絡まなかったのによ」
と、サイラスは思わずぼやく。
サイラス達が組合で新人に絡んでいたのは、自分達の仲間を増やす為だった。有力な者ならスカウトして、そうでなければ力関係をハッキリさせて配下に置く。そうする事で、自身の勢力を拡大させていたのである。
それは何も、王位簒奪を狙っての話ではない。
魔法が使えない以上、貴族達からの支持を得られない。それを十分に理解しているので、サイラスは無茶な野望を抱いたりしていなかった。
サイラスは現実的な視点で、国の為に何が出来るか考えて実行していたのである。
現王を筆頭に、王宮の貴族達は平民を見下している。王都中心部の貴族街だけが守られるなら、その周辺にある一般区画がどうなろうとも関係ないと考えているのだ。
故に、魔物除けの『結界』も中央しか守っておらず、平民は常に危険に晒されているのが現状だった。
そんな状況である以上、王都周辺に点在する村々など悲惨な暮らしぶりなのは言うまでもない。大農園などは騎士団の駐屯地があるものの、その他は自助努力で身を守るしか術がないのだ。
サイラスは、そんな平民達を守ろうと考えていた。
その為に、多少は強引だと自覚しつつも、仲間の獲得に力を入れていたのである。
それなのに、まさかの事態の発生であった。
想像もしていなかった厄介な相手が小さな支部を訪れるなど、サイラス達も想像していなかったのだ。
「惜しい事をしましたね。最初からわかっていれば、俺達の味方になってくれたかも知れないのに」
手下の一人が言うが、それは無理だとサイラスは理解している。
「いやいや、聖人が何しに来たのか知らねーが、小国の王子に協力してくれるわけねーだろうが。関わっちまったのが運の尽きってなもんよ」
「俺としては、最強と噂のヒナタ殿に出会えて、幸運だと思っているがね。利き腕の指は動かなくなったが、剣士として終わった訳じゃない。あの高みを目指して、また最初から精進するさ」
それがグレイブの本心だった。どれだけ困難な道のりになるのか理解しているが、最強と称される人物と戦えた事そのものには後悔はないのだ。
しかし、惜しむらくは――
「タイミングは最悪だったな。馬鹿なチンピラを演じている時だったし、俺達の印象は最悪だろうぜ」
「ああ、それな……」
グレイブが大きく溜息を吐いてそう嘆くと、サイラスも同意するように肩を落とした。
「俺、ヒナタ殿に憧れてたんだけどな……」
これに手下達も大きく頷く。
「そっすよね。あの似顔絵とか、全然似てないじゃないっすか」
「おう、まったくだぜ。目付きの凶悪な、魔物みたいな女の絵だったもんな」
「どこが美人だよって笑ってましたもんね」
この世界には写真などまだない為、各国要人については画家が描いた姿絵でしか情報を得られない。会議などで直接目にする機会があったならともかく、サイラス達では本物のヒナタを見分けられないのも仕方のない話だったのだ。
まして、
「「「はあぁ――っ、ついてねーな」」」
と、全員で顔を見合わせて不幸を嘆く。
その時、通路側の扉が開いた。
「こちらにおられましたか、サイラス殿下。殿下にお届け物で御座います」
城の使用人が何やら小袋を抱えて、サイラスを探しにきたのだった。
「誰からだ?」
「ギルドの職員からですな。不審物ではないのは、魔法検知で確認済みです。念のため、この場でもう一度行いましょうか?」
サイラスは、大丈夫だと言ってその申し出を断った。弟のヘリオス王太子からは嫌われているが、立場の弱いサイラスを狙う暗殺者などいないのだ。
一礼して去って行く使用人を見送り、サイラスは小袋を開けてみた。
「ん?
袋には、メモが同封されていた。
『ヒナタがやり過ぎたから、これで怪我を治してね』
それは、魔王リムルが書いたと思われる。
「これで治せって、やっぱりポーションか」
「殿下、怪しいっすよ?」
そう言われて、もっともだと思うサイラス。しかし、メモがもう一枚ある事に気付いた。
「何々、ジャイロウからだな。ヒナタ殿から言われて、魔王リムルが用意したそうだ」
「ほう?」
グレイブも興味を示す。
「ヒナタ殿が、恩を着せられるとか言って魔王を説得したらしいぞ」
それを聞いて、「なるほどな」とグレイブが頷いた。
「だったら、飲んでみるさ。そんな小芝居をしてまで俺を害する意味がないし、ソイツは本物だろうからな」
そう言うなり、グレイブはサイラス王子から回復薬を受け取り、躊躇いもせずに一気に飲み干した。
事実、もしもグレイブを殺すつもりなら、そんな面倒で証拠が残るような真似をせずとも手段は多いのだ。魔王や聖人クラスの実力があるのだから、嘘を吐く理由がないのである。
恐らく、恩に着せたいというのは本音なのだろう。そう考えたグレイブは、その薬で自分の指が動くようになるのではと期待したのだった。
そして、結果は直ぐに出た。
「嘘だろ!? ここまで凄い効果とは……」
まるで最初から怪我などなかったかのように、グレイブの傷が消え失せたのだ。
それから、ひとしきり皆で喜びあった。
そうして落ち着いた後、やって来るのは畏怖の感情だった。
「恐るべきは魔王、か。いや、その魔王を言いなりにしている聖人殿の方かな?」
サイラスが重々しく意見を述べた。
グレイブが続く。
「どちらもさ。それだけじゃない。忘れちゃならねーのは、〝暴風竜〟の存在さ」
「確かにな。魔王リムルは〝暴風竜〟に意見を言えるという噂もあったが、あの様子では本当だったみたいだしな」
そう答えて、サイラスは身震いした。
ヒナタの強さは想像を絶するものだった。
そして噂によると、魔王リムルはそんなヒナタと引き分けたというのだ。しかも、それは建て前で、本当は勝利したのではないかと憶測されていた。
(ヒナタ殿が魔王リムルを顎で使っていたという話だし、その憶測は間違いだったのだろうけどな。それにしても、安心出来るってもんじゃねーからよ。何せ――)
魔王リムルとヴェルドラの関係は、噂されていたよりももっと気安い感じだったからだ。
もしもあの時、ヴェルドラが暴れていたら……。
それを思えば、ゾッとするしかない。
ヴェルドラを止めてくれたリムルに、心の底から感謝するサイラスであった。
「俺達は、恐ろしい者達にイキッちまったんですね」
「よくぞ生きて帰ってこれたもんだぜ……」
「これからは、もっと注意深く相手を見なきゃな」
その意見に反対する者などいない。
皆は大いに反省し、無事にその日を乗り越えられた幸運に感謝したのだった。
◆◆◆
「ほう? 我が愚兄が、詐欺師共に騙された、と」
芳醇なワインの香りを楽しみながら、マルクシュア王国の王太子であるヘリオスが薄く笑った。
煌びやかな衣装が、燭台の炎を反射させている。そして、ヘリオスの前に跪く男を照らし出していた。
王家の影と呼ばれる、ヘリオスの腹心だ。
ヘリオスの命令によって、サイラスの動向を探っていたのである。
このままいくと、ヘリオスが王の座に就くのは間違いない。
魔法の使えないサイラスは貴族からの人望がなく、支持基盤が脆弱だからだ。
兄弟の実の両親である現王や王妃も、とっくの昔にサイラスを見放していた。王妃には子への愛はあったが、王に逆らうほどのものではない。王族としての使命を優先させていた。
魔法がこの国の象徴であり誇りである以上、サイラスでは貴族達を従えられない。他に血統がいないのならばともかく、ヘリオスという立派な魔法使いの弟王子がいた。であれば、迷う事など何もなかったのだ。
それなのに、ヘリオスは完全に不安を拭いきれないでいた。
その理由は、サイラスが優秀だったからだ。
このマルクシュア王国では魔法を重要視しているが、それはこの国だけの文化であり、西側諸国に通じる価値観ではなかった。
他国の王族が重要視しているのは、優秀な頭脳と人徳であった。
サイラスは特筆して天才という訳ではないものの、他国であれば王たるに相応しいほどに優秀だったのである。
だからこそ、ヘリオスは恐れていたのだ。
「ふーん。あの兄上達の鼻をへし折るとは、楽しいヤツ等じゃないか。褒美を与えねばなるまいよ」
と、傲慢に笑うヘリオス。
サイラスに致命的な失態を犯させて、自身の立場を確固たるものとすべく、ヘリオスは密やかに策を巡らせるのだった。
◆◆◆
滞在二日目にして、教会に夜会への招待状が届いた。
それも、マルクシュアの王家からの直筆で。
「どうして俺達がここに滞在しているって知っているんだろうね」
「昨日のサイラスとかいう王子から、話を聞いたんじゃないの?」
「ヤバイな。何か罰されたりするかも」
「我は悪くないからな。リムルから止められたから、ちいとも暴れておらぬし」
と、ほのぼのした会話を繰り広げる俺達。
「皆様、余裕ですね。案内状の差出人は、第二王子にして王太子であるヘリオス殿下です。この国の次期国王となられる御方ですので、怒らせると面倒なんですよ」
おいおい?
最初から全開で、本音をオブラートに包む気がなくなってませんか?
このニックスという司祭、なかなかいい性格をしているようだ。
「ヒナタさん、お宅の方針に口を挟むつもりはなかったんだけど、どういう教育をしてるわけ?」
「ウチは大体こんなものよ。私直属のニコラウス枢機卿なんてもっと露骨だから、ニックスは頑張っている方ね」
ダメじゃん。
西方聖教会の内情なんて知らないけど、かなりヤバイ組織だと理解しちゃったぞ。
お褒めに預かり恐悦至極――などと言って感極まった様子のニックスを横目に、俺はそう思ったのだった。
それにしても――
「夜会に招待されたけど、どうする?」
「計算通りね」
「嘘つけ!」
「何を言っているのかしら? ヴェルドラの身分証も手に入ったのだから、大手を振って賢人都市に入れるってものよ。まして、その招待状があれば王城までフリーパスなのだから、願ったり叶ったりじゃないの」
言われてみれば、その通りであった。
これで賢人都市へ入場出来るのだから、受けない理由はない。馬車も出してくれると言うし、入城審査に並ばなくてもいいのだから、考えようによっては都合がいいのだ。
魔塔に行けるのは明後日の夜だし、今日の晩は夜会を楽しんでも大丈夫だった。
問題なのは、ヘリオス王太子の狙いが読めないという点だな。
何か罠があるのではとか、普通なら考え過ぎて不安になってしまいそうなのに、ヒナタには一切そんな気配はなかった。目的を達成する為に、迷わず最短距離を爆走している感じである。
ヒナタが合理主義なのは知ってたけど、ここまで自分に都合よく物事を考えられるなら、何事にも動じない性格なのも頷けるというものだ。
「文句あるの?」
「ないです」
「我も」
俺は基本的に、長い物には巻かれる主義だからね。ここで逆らっても得にはならないし、ヒナタの気分を害するだけ損というものだ。
それに、素直に煽てておけば、後はヒナタが作戦を考えてくれそうな気配である。そういう結論に達した以上、俺はどこまでもヒナタに付き従う所存であった。
ヴェルドラも空気を読めるようになったのか、即座に俺に追随してくれた。
こうして俺達は、ヒナタの考えを拝聴する事にしたのだった。
◇◇◇
作戦は実にシンプルだった。
相手の反応次第で、臨機応変に対応する。
これである。
「あのう、それって、いわゆる〝行き当たりばったり〟って言うんじゃ……」
「リムルの言う通りだな。もっと具体的な指示とか――」
そこまで言いかけたが、ヴェルドラは続きを飲み込んだ。
ヒナタに睨まれたのだ。
「睨んでないわよ」
「俺の心の声を読むの、止めてもらえます?」
「顔に出てるのよ」
あ、はい。
ヒナタほどの洞察力があれば、俺の顔色を読むのなんて簡単みたいだね。
「私達の目的は、魔塔に行って資料を閲覧する事だったでしょ。マルクシュア王国と事を構える必要はないのだし、堂々と招待に応じればいいのよ」
その意見は一理ある。
ただし、まだ気になる点があった。
「でもさ、この招待状って、どう見ても平民相手に上から目線で呼び付けている感じだぞ。堂々と参加するのは賛成だけど、それは魔王としてって意味でいいのかな?」
「そうですね。それについては、私も気になっていました。神聖法皇国ルベリオスの、教皇に並ぶほどの実力者であらせられるヒナタ様を、こんな手紙一枚で呼び付けるとは。小国の王太子風情が、無礼にもほどがあろうというものですよ!!」
コイツ、俺の時とは態度が違うぞ。
俺には『怒らせると面倒だから丁寧に対応しろ』的なニュアンスで話していたのに、ヒナタの場合はまるっきり逆の事を言い出している。清々しいまでの二枚舌だった。
「偽の身分証で入場しようとしてたのに、その言い分は言いがかりに近いと思うが……」
「最初から隠す気なんてなかったじゃない」
まあね。国家元首として参加したら目立つから、一般人として入国しようとしただけだ。もうバレてしまったのだから、隠す意味はないと言える。
しかし解せないのは――
「それにしても、貴方の事を魔王と知った上でこんな案内状を送りつけるなんて、ヘリオス王太子は案外武闘派なのかしら?」
そこなんだよね。
『話を聞いてやる故、感謝して馳せ参じるがいい』
というふうに締め括られていたし、かなり偉そうな文体だったのだ。
本人が書いた訳じゃなくて、侍従か誰かに代筆させたのだろうけど、それにしても国王でもないのに他国の王様を呼び付けるとか、普通に考えれば礼儀知らずな話であった。
まあ、正体を隠していた俺達に言えた話ではないので、敢えてスルーしようかなと思ってはいた。
「クアハハハ! 我等の言い分を信じて、偽物だとでも思っているのではないか?」
「ヴェルドラは単純だな。そんなハズないだろ、自分の兄貴がやられたのを知ってるんだからさ」
「そうよ。あのグレイブという剣士は、れっきとしたAランク冒険者だったのだもの。偽物に倒されるほど弱くないのだから、そんな勘違いはしないでしょうよ」
俺とヒナタは息ピッタリに、ヴェルドラの意見を一笑に付した。
流石にそれはない。
仮にも王族が、そんな馬鹿な判断をするはずがないと思ったからだ。
しかし、俺達は忘れていた。
世の中には、自分に都合のいいようにしかモノを考えられない、想像を絶する馬鹿がいるという事を。
俺達は夜会にて、その事実を嫌と言うほど思い知らされる事になる。
◇◇◇
夕刻、王城から迎えの馬車がやって来た。
思っていた以上にみすぼらしいが、ちゃんと王家の紋章はあったので、本物なのは疑いようがない。しかし、出迎えに降りて来た男が、かなり横柄な態度で驚かされた。
「フンッ! 貴様らか、〝暴風竜〟に魔王リムル、そして聖人ヒナタだな。ククク、確かに美人だが、下賤な者は恐れを知らぬとみえる」
などと、俺達を見るなり言い放ったのだ。
ヴェルドラは気にせず、「うむ、出迎え御苦労!」と返しているが、俺とヒナタは疑問に思って顔を見合わせた。そして、『思考加速』を駆使しながら、『思念伝達』で互いの意見を交換する。
『これってさ、俺達の正体に気付いていないんじゃない?』
『そ、そんなわけないでしょ? だって、有り得ないもの……』
『だよな。でも、俺達を知っているのにこの態度だったら、この国、どれだけ自信があるんだ? マルクシュア王国って、遠方だったから開国祭にも招待していないけど、そこまで強国なら案内状くらい出しとけば良かったか――』
ソウエイの報告でも、脅威ある国に名前が記載されていなかったほどだ。
西側諸国の国々の調査は完璧だと思っていたけど、まだまだ漏れがあったのかも。
それか、本当に自意識過剰で、自分達の実力を把握していないだけ、という可能性もあるな。
『いいえ、その認識で間違いないわ。もしもこの国が本当に強国だったら、西方聖教会でももっと重要視しているもの。毎年のように聖騎士を派遣して欲しいと要請してくるくらいだし、守りはともかく、魔物の間引きには苦慮しているみたいよ』
ヒナタの説明では、魔物の繁殖期に騎士団を派遣しているとの事。それは辺境国ではありふれた要請なので、国ごとに時期を定めて巡回を行わせているそうだ。
そのルートにマルクシュア王国も組み込まれているので、そこまで国力はないはずだとヒナタは言っているのである。
『なるほど。もしも国力を誤魔化していたのなら――』
『私達が把握出来ないはずもないわね。それ以前に、それを私に誇示する意味がわからないって話よ』
そうなるよね。
国力を隠していたのなら、ここでヒナタにバラす意味がない。
となると、考えられる可能性はやはり一つだった。
『信じられないけど、俺達の事に気付いてないっぽいな』
『やっぱりそう思う?』
俺がそう断言すると、ヒナタも自信なさそうに頷き返してきた。
これは不味い、と俺は思った。
ヴェルドラの意見が正解だったのだ。
それなのに俺達は、それはないと笑い飛ばしてしまったのである。
これはもう、威厳の問題なのだ。
『どーすんだよ!? お前のユニークスキル『
『何ですって? 貴方だって、私と同じ意見だったじゃない。それも、最初に否定したのは貴方だったわよね?』
ぐぬぬ、その通りだ。
《……ふう》
何やら
それよりも今は、どうやって誤魔化すかを考えねばなるまい。
『この話は止めよう。不毛だし』
『そうね、これじゃ私達がバカみたいだもの』
またもヒナタと意見の一致をみた。
こうなると、やはりヒナタは頼もしいと感じる。
詰めが甘い面もあるし、たまに大ポカをするのが心配だけど……。
そんなふうに一抹の不安を感じながらも、俺はヒナタと共闘して自分達の名誉を守る事にしたのだった。
◇◇◇
俺とヒナタは長々と話し合いをしたように思うが、それは時間にしたら一瞬だった。
そして導き出された結論は、『可能な限り速やかに、相手に察してもらう』である。
そこで先ず、俺が動いた。
「使者さん、その馬車だけどさ、もっとランクの良いヤツに変えてもいいかな?」
失礼なので本当はしたくないのだが、背に腹は代えられない。
一応、俺だって魔王なので、この無礼も許されるはずだし。
そもそもの話で言えば、こんな馬車を用意する方こそ、魔王への無礼と受け取っても大丈夫だと思われるのだ。
この国が本当に極貧で、これが最上だと言うなら、断然俺の方が悪くなっちゃうけど。
だがまあ、どう見てもこの使者は、俺達の事を舐めていた。だから気にする必要はないのだと、俺は自分に言い聞かせる。
「はあ? 生意気な事を言うものよな。いや、そこまで吹けるとは、逆に天晴れと褒めてやるべきか?」
と、不機嫌そうに使者が言った。
その言葉を無視して、俺は『胃袋』から馬車を取り出してみせる。
最新式の豪華な馬車だ。
金を湯水の如く使って自分専用にカスタマイズした、御自慢の馬車であった。
「ホント、呆れるわ」
ヒナタはそんな事を言いながらもさっさと乗り込み、ふかふかのクッションにご満悦の様子である。
ヴェルドラは「ほほう? また改良したのか?」と慣れた様子で御者台に座った。
「俺が運転するけど?」
「我に任せよ!」
「いや、だから俺が――」
と言いかけて、使者の視線に気づいた。
「コホン。そうだな、それじゃあ任せるよ」
今は何より、威厳を取り繕うのが重要なのだ。ヴェルドラがやりたいと言うのなら、止める必要はないのである。
俺はランガを呼び出し、馬車の牽引をお願いした。
「距離は短いし、ゆっくり歩くペースでいいから。あの馬車の後について行ってくれ。お客さんもこっちに乗ってもらうから、丁寧に頼むぞ!」
「お任せを!」
こちらの準備は速やかに完了した。
「ええと、使者さん。俺達と一緒に乗って行くだろ?」
俺はそう、茫然となっている使者に問いかける。
すると、ハッとしたように目を瞬かせて、使者が俺を見た。
「あ……ハイ」
俺の言葉にコクコクと頷いた使者は、王家の馬車に先導するように伝えてから、いそいそと乗り込んだ。そして、車内の快適さに驚愕したのか、目を見開いて固まってしまった。
ふふふ、計画通りだ。
これでこの人も、俺達が本物だと気付いたに違いない。
後は、そうだな……。
気にすべき点がもう一つあった。
『服、どうする?』
対面に座る使者に聞こえないように、俺は平然とした表情を保ちながら、『思念伝達』でヒナタに問いかけた。
『そうね……』
俺の隣で我が物顔で寛いでいたヒナタは、当たり前のような顔をして、馬車に備え付けの果実水を使者にすすめていた。
「どうぞ」
「こ、これはかたじけない!」
使者は最初の強気な姿勢から一転し、恐縮して小さくなっている。
完璧だなと安心していると、ヒナタから返事があった。
『私が着ているのは、貴方の国で買ったドレスなのよね。品質という点で考えれば、イングラシアの王都で売られているものと遜色ないわ。デザインは主流とは違うけど、生地は最高級品だし、多分問題ないわよ』
ヒナタからイメージも送られてきたが、ひと昔前はフワッと裾が広がるドレス――『クリノリン・スタイル』と呼ばれるそうだ――が主流だったらしい。それにとって代わるように、お尻部分に膨らみを持たせる『バッスルスタイル』が主流になっていたのだと。元の世界と同じような変遷を経ているとの話なので、意外と情報は世界を超えているのではないかと思われた。
そんな中、俺のイメージから再現されたドレスはコルセットを必要としない多彩なデザインだったので、時代を先取りする形になってしまったようだ。その反響はとても大きくて、各国の貴族を驚かせていたという話だった。
俺の場合はドレスの種類を知っていた訳ではなく、単にイメージとして覚えていただけだった。それなのに、
俺が見聞きした情報を完璧に再現可能っぽいけど、どういう仕組みなのか本当に謎だった。
ヒナタが今着ているのは、肩を大きく露出した『アメリカンスリーブ』というタイプだった。ヒナタは小顔で肩も華奢な感じだから、とても良く似合っている。
これ、見えないように隠れているが、足の部分にはスリットが入っていて、動きを阻害されないように仕立て直してあるのだと。ちゃんと短剣も隠しておけるようにとの配慮らしいが、流石に王城へ武器を持ち込むのはアウトだろう。
もっとも、俺は『胃袋』に武器を収納しておけるので、何の問題もないのだけど。
『コルセットが要らないから着やすいし、その気になったらこのまま戦えるから便利なのよね』
ヒナタがそんなふうに感想を伝えてくれた。
ヒナタの場合は、どんなドレスでもコルセットなど要らないんじゃないかと思ったが、それを口にするほど俺は愚かではない。
またデリカシーがないと怒られそうだからね。
女性は褒めろというけど、これが非常に難しいのだ。
俺のように彼女がいた経験もないような独身男性だと、余計な一言が修羅場を招きかねないって――思いっきり話が反れてしまったな。
ともかく、ヒナタのドレスは主流ではないものの、貴族から侮られる事はないっぽい。
それなら安心だ。
俺とヴェルドラは普通にスーツスタイルなので、ちょっと浮くかもしれないが大丈夫だと思う。ヒナタが馬鹿にされないなら、それで十分なのだった。
後は、ヴェルドラが問題を起こさないように注意するだけだな。その為にも、早く王太子や貴族達にも、俺達の正体が伝わって欲しいものである。
俺は祈るように、そう思ったのだった。