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第02話 ☆賢人都市☆

 マルクシュア王国。

 西側諸国に属しているが、魔導王朝サリオンとも接する南方の小国である。小さいながらも港湾を有していて、海産物も流通している稀有な国だ。

 もっとも、海は巨大な魔物の支配領域であり、海路交易が盛んという訳ではない。冷凍保存技術等も発達していない為、マルクシュア国内だけで消費される魚介類などを細々と採捕されているだけの、実にささやかで貧しい国であった。

 しかし、この国には大勢の魔法使いが、魔塔を目指すべく身を置いていた。そうした者達は基本的に金を持っていて、王侯貴族といった富裕層をより潤わせていたのだ。

 勿論、庶民もそのおこぼれに預かっている。

 貧しいながらも民が飢える事なく暮らしていけるのが、その証拠であろう。

 故に。

 マルクシュアの王都は、賢人都市と呼ばれているのだ。


      ◇◇◇


 俺達は今、西方聖教会のマルクシュア支部に到着したばかりだ。

 ヒナタが元素魔法:拠点移動ワープポータルで、俺達も一緒に連れて来てくれた。

 どうしてマルクシュアとかいう王国に来たのかというと、それにはちゃんとした理由があった。

 ルミナスが言っていた魔塔は、ここからしか行けないからだ。

 魔塔とは、誰でも簡単に行ける場所ではない。

 特殊な条件下で、資格のある者だけに道が開かれるのだ。

 その条件とは、新月の夜に、この国にある大渦の見える岬の上に立つこと。

 そしてもう一つ。

 こちらの方が重要なのだが、飛行魔法を扱えること、だった。

 ルミナスから聞いた話によると、新月の夜にだけ大渦から魔塔が出現するらしい。荒れ狂う海を船で渡ってもいいのだが、それは非常に困難なのだと。それをするくらいなら、素直に飛んで行く方が簡単なのだそうだ。

 簡単に言えば、その海を渡れない時点で塔に入る資格なしと見做される訳だね。

 古今東西のあらゆる魔法を収集しているとの噂だし、魔法使い以外はお呼びでないのだろう。

 もっとも、塔に入れたからと言って、丁寧に対応されるとは限らない。それはまあ、入ってからのお楽しみという事だった。

 俺達の場合は、ルミナスに紹介状を用意してもらっている。門前払いはされないと信じたいところなのだが……。

 三日後に新月の夜が訪れる。

 その当日にやって来れば待たずに済むが、事はそう簡単な話ではない。

 マルクシュア王国も西側諸国に属している以上、密入国する訳にはいかないからだ。入国するだけならバレないのだが、その後の行動に影響が出てしまうと考えた。

 何しろ、俺って一応魔王だし。

 ヴェルドラなんて〝暴風竜〟だし。

 そしてヒナタは、人類の守護者とでも呼ぶべき聖騎士団長なのだからね。いきなり法を無視して入国するより、正攻法で招かれる方が得策なのである。

 それに、入国だけなら簡単なのだが、王都への入場は面倒な審査が待ち受けているのである。

 何とビックリ、海上にある魔塔を中心として極大結界が張られていて、空や地下からの侵入さえ防いでいたのだ。その『結界』を無理矢理突破するのは可能なのだが、そんな真似をすれば絶対にバレるし、大問題に発展するのは間違いなかった。

「ヒナタは結界があるって知ってたの?」

「ええ、当然でしょう。だからこうして、王都内への入場許可を得る前提で行動してるんじゃない」

 ヒナタの言葉からもわかる通り、極大結界は王都を全面的に守るように張られているのだ。それもそのはず、何しろここは賢人都市と呼ばれるほど、魔塔と密接に関わりのある国なのである。

 魔塔があるからこそ、この地に人が集い、町になり、国へと発展した。マルクシュア王国とは、魔塔があるからこそ成り立つ国家だったのだ。

 新月の夜の岬なんて、魔塔を目指す魔法使いで大混雑しているらしい。魔法使いの人口がそこまで多くないから噂話が大袈裟に語られているだけだろうけど、それでも強行突破などしたら、絶対に発見されてしまうだろう。

 ともかく、魔塔は王都内にある岬からしか行けない以上、賢人都市には合法的に入場しておく必要があったのだ。

 無理矢理入場して隠れておくという案もあるにはあるが……誰かに見られたら「アイツ誰だ?」って話になるだろうし……確実に大騒ぎになるだろう。多少待たされるが、素直に入国手続きをする方がマシなのだった。

 だからと言って、国家元首としての訪問となると面倒事が多過ぎる。

 魔王が何用だ――ってな話になりかねないし、そうでなくても魔国との取引を希望する国が増えている現状、迂闊に正式訪問すると騒ぎになってしまうのが目に見えた。

 まして〝暴風竜〟を連れて来たとなれば、戦争しに来たと誤解されかねない。

 なので、一般の旅人として訪れるべき、というふうに意見が纏まったのである。

 そうなると問題になるのが、身分証明書だった。

 俺は自由組合発行のB+ランク証を持っているし、ヒナタには西方聖教会による偽の身分証明があった。聖騎士としてそれはどうなのと思ったが、ヒナタがお小遣い稼ぎする際のダミーになっているらしく、黙認されているのだと。

 ルミナスって身内には激甘なんだな――と、納得した次第である。

 つまりは、ヴェルドラの身分証明をどうするのか、それが喫緊きっきんの課題だった。

 当然ながら、俺は一番確実で簡単な方法を提示した。

 我が国に新設される予定の自由組合テンペスト支部で、〝ギメイ〟名義で発行してもらおう、ってね。しかし、この案にはヴェルドラが大反対したのだ。

 ………

 ……

 …

 曰く。

「我だって、本名で登録したいぞ! それに何より、ギルドでのイベントをスルーするなど勿体ないではないか!!」

 というふうに、クソ面倒な事を言い出した訳だ。

 イベントって何だよ? と思ったら、先輩冒険者に絡まれてみたいのだと。

 アホかと思ったね。

 確かに、俺もギルドでは絡まれた。

 しかしそれは、この外見だったからだ。

 仮面で性別不明だが、声から判断すると少女だと思われる。まだ幼い少女が冒険者になろうとしているのだから、大人達からすれば面白くなかったに違いない。

 自分達の仕事を舐めるな、という気持ちだってあったと思うのだ。

 翻って、ヴェルドラを見てみよう。

 筋骨隆々の大男。

 どう見ても強そうだし、冒険者として歓迎すべき人材だと思われる。

 そんな相手に文句を言うようなヤツは、ちょっと頭の出来がよろしくない馬鹿者しかいないのではあるまいか。

「だからさ、絡まれたりしないって」

「だがな、新人は先輩からの洗礼を浴びるのが礼儀なのであろう?」

「いや、そんな風習はないから」

「しかし、それがお約束だと――」

「違うから」

 まったく。どこのどいつだ、ヴェルドラに余計な知恵をつけたのは――って、おっと? その手に持っているのは、俺が出してやった漫画本ですね……。

 コホン。

 これ以上は藪蛇になりそうだし、追求するのは止めておこう。

 という事で、俺はちょっぴり弱腰になってしまったのだが、その隙を見逃すようなヴェルドラではなかった。

「何事も諦めてはならん。そうであろう? やってみてダメなら諦めもつこうが、挑戦せぬのは我の性分ではないというものぞ!!」

「うーん……」

 ヴェルドラの言い分だが、何となく恰好いい感じ。

 いや、雰囲気に騙されてるのはわかってるけど、もう好きにさせてもいいかなと思ってしまった。

 そんな俺達のやり取りを黙って聞いていたヒナタが、呆れたように大きく溜息を吐いた。

「もういいわよ。魔塔がある国については私も知っているけど、都合のいいことに、そこは賢人都市と名高い首都と、その外周部に広がる一般区画にわかれているの。一般区画は自由貿易が許されていて、誰でも簡単に入れるから、身分証明は必要ないわ。西方聖教会のマルクシュア支部もあるし、そこに滞在しつつ、自由組合に出向いてヴェルドラ殿の身分証を手に入れましょう」

 と、ヴェルドラの言い分を受け入れてくれたのである。

 そういう事であれば、俺としても異論はなかった。

 ヴェルドラの希望通りになる――チンピラ冒険者から絡まれる――かどうかは知らないが、そこで身分証が手に入るならそれでいい。

 ヴェルドラという名前で冒険者になるなら、どっちみち騒動が起きそうだったし。我が国で話題になるよりも、遠く離れた田舎町で噂になる方がまだマシというものだったから。

「では、決まりだな! クアーーーハッハッハ!!」

 ヴェルドラが満足そうに高笑いする。

 それを聞いて不安になったが、どうせいつもの事だしなと開き直る事にしたのだった。

 ………

 ……

 …

 という訳で、ヴェルドラは本名で冒険者になる予定なのである。

 果たしてヴェルドラは、三日で冒険者の資格を得られるかどうか?

 余裕のある日程なのだから大丈夫だとは思うけど、少しばかり心配であった。

 最悪の場合、無断侵入するしかなくなる。そうなった場合に備えて、対策を練っておいた方がいいかも知れない。

 そんな事を考えつつ、教会内部へと足を踏み入れたのだった。


      ◇◇◇


 俺達を出迎えてくれた司祭は、純朴そうな好青年だった。

 ニックスという名前で、まだ若いのにこの教会を任されているのだそうだ。

「しばらくの間、お世話になるわね」

 そう挨拶したヒナタに対し、ニックスは大慌てでペコペコしている。

 ヒナタが差し出した手を両手で握りしめ、感激しているのが丸わかりだ。

「遠慮なさらないでください、ヒナタ様! 聖騎士団クルセイダーズの団長である貴女様には、我々は常に守られているのですから!」

 その態度から見ても、ヒナタを尊敬しているのは間違いあるまい。

 それに対して、ヴェルドラへの反応はというと……。

「うむ。世話になる」

「チッ、邪竜が」

「む?」

「いえ、何でもございません。我が家と思ってお寛ぎ下さいませ」

 おや?

 純朴そうだったのに、一瞬、ドス黒い何かが見えたような……。

 安心して滞在出来そうだなと思ったのだが、それは少しばかり気が早かったらしい。

 まあ、ルミナス教は邪竜を徹底的に敵視していたからね。俺とルミナスの間で不戦協定が結ばれ、当面は仲良くしようと決まったのだけど、末端の協会まで意識改革が及んでいなくても仕方ない話なのかも。

 多少ギスギスするかも知れないので、ヴェルドラには怒ったりしないように注意しておかねばなるまい。

 先ずはこれ以上、敵意を持たれないようにするのが肝要だな。

「リムルです。ヨロシク」

 にこやかに挨拶したのだが、ニックスはそっけなかった。

「ああ、魔王ですか。勿論、歓迎しますとも」

 実に淡々とした反応で、隠す気もなく嫌そうに握手を返してくる。ヒナタへの態度と違い過ぎて、いっそ清々しいほどだった。

 しかしその時、ヒナタがニックスを鋭く見詰めた。

「ニックス、その態度はいただけないわね」

「え?」

 いきなりそう言われて、ニックスが戸惑っている。

 ヒナタが答えた。

「ヴェルドラは邪竜だから置いておくとして――」

「え、我はいいの?」

 驚くヴェルドラを華麗にスルーして、ヒナタは話し続ける。

「――魔王リムルは私の恩人なの。私が誤解したのも快く許してくれたし、色々とお世話にもなった。それでなくても同郷で気安い友人だし、蔑ろに扱うのは許さないわよ」

 怒るでもなく普通の口調だったが、それ故に本心なのが窺える。それが、ニックスには堪えた様子だった。

「……承知しました。魔王リムル陛下、先程は失礼致しました」

「ああ、うん。謝罪されるほどではないけど、受け入れるよ。これから暫くの間、よろしくお願いするね」

 俺はそう言って、頭を下げたニックスに頷き返した。

 俺としては、ヒナタが俺の為に怒ってくれたという事実だけで満足なのだ。いつもはツンツンしているだけに、たまに見せてくれるデレの威力が半端ないのである。

「ねえねえ、我はいいのか? 我の事も大事にすべきであろう?」

 ヴェルドラが俺の服を引っ張ってそう言ってくるので、面倒だが相手をする。

「ヴェルドラはルミナスと因縁があるから、そう簡単に恨みは消せないんじゃないか?」

「そ、そんな!? 我は謝ったぞ?」

「そうだけど、ルミナスの遺恨が消え去った訳じゃないよな? まあ、これから反省の態度を見せれば、きっと許してくれるさ」

 とは言え、ルミナスも意外と大らかだから、とっくに許しているように思うんだけどね。そうでなければ、ヴェルドラと口を利いたりしないと思うし。

 まあ、それが末端まで伝わるまで、もう少し時間がかかるのは仕方ないだろうさ。

 そんな感じに、ヴェルドラを納得させた。

 そしてニックスも、ヒナタに諭されたようだ。

「ヒナタ様の言う通り、私が間違っておりました。神ルミナスの愛は、魔王が相手であろうと平等に与えられるべきですから」

 平等とは一体……。

 そもそも俺は、神ルミナスの愛とか興味はない。それ以前の話として、ルミナス本人が魔王なんだけどな……。

 俺の脳裏に、ニヤッと笑うルミナスの顔がチラついた。

 勝ち誇るようなその表情に、何故か負けた気になってしまう俺なのだった。


      ◇◇◇


 宿屋替わりの教会にチェックインを済ませるなり、各々に与えられた部屋に入る。

 俺の着替えは一瞬で終わるので、自分に与えられた部屋をチェックだけしておいた。別にニックスを疑っている訳ではなく、ホテルの避難経路を調べるのと同様に癖になっているのだ。

 特に問題は見当たらなかったので、待ち合わせ場所である食堂に向かう。

 ここは小さな教会なので、礼拝堂では邪魔になりそうだった。そうなると、二十名ほどが入れる食堂しか、待ち合わせに適した部屋がなかったのだ。

 服を着替えて食堂に出ると、直ぐにヴェルドラがやって来た。

「どうだ、恰好いいであろう?」

「お、カイジンに作ってもらったのか?」

「まあな。我の願いを快く引き受け、素晴らしい仕上がりで用意してくれたのだ」

 多分だが、機能よりも見た目重視だな。

 ヴィジュアル系のように恰好いい衣装だが、防御面では不安しかないデザインなのだ。

 ぶっちゃけ、ヴェルドラには防具など意味がないので、本人が納得しているならそれで正解なんだけど。

 だから俺は、突っ込む事なく凄いねと流した。

 かくいう俺だって、ヴェルドラと似たようなものなのだ。

 シュナに頼んで製作してもらった衣装とローブは、魔法使いをイメージした凝ったデザインとなっている。しかし、機能面では特に何もない。自力の『万能結界』があるから、何も問題ないのだった。

 俺とヴェルドラが互いを褒め合っていると、少し遅れてヒナタが出て来た。

 ヒナタも聖騎士の制服から、冒険者用の私服に着替えている。

 丈夫な作りの布の服の上衣と、シズさんが着ていたような素肌に張り付くようなスパッツで、素肌の露出は極力少ない。それなのに、動きを阻害しないデザインになっていた。

 革鎧、鋼の胸当て、手甲、足甲までしっかり着用していて、意外と本格的だった。

 武器は俺がプレゼントした細剣レイピアだが、他の装備は個人的に魔物退治の依頼を受ける時のスタイルなのだそうだ。

「本格的に変装するんだな」

「そりゃそうでしょ。聖騎士団長が魔物退治の依頼を受けてるとか、外聞が悪いもの」

 なるほど、確かに。

 聖騎士団クルセイダーズは別に無料奉仕する団体ではないが、ガツガツと報酬を求めるイメージではない。依頼を受けて報酬を得ようとするなら、肩書がバレない方がいいというのは理解出来た。

 ただし、だ。

 その美貌を隠していないのだから、正体はバレバレな気がする。

 それに、如何にも怪し気な大荷物リュックを背負っているし。

「それなら、替えの装備を見られないように、隠し持っていた方がいいんじゃないの?」

 俺がそう聞くと、ヒナタが呆れたように頭を振った。

「そういうところよ。無自覚みたいだから教えておくけど、普通の人はね、貴方みたいに何でもかんでも出鱈目な真似は出来ないのよ」

 おっと、説教されちゃいましたよ。

 しかしまあ、ヒナタの発言は納得のいくものだった。

 ヒナタが普通の人というのは疑問だが、俺が普通ではないのは自覚があったからだ。ついつい自分基準でモノを考えがちになっているから、常識というものを見失うのは危険なのである。

 俺の場合は『胃袋』に全て収容してあるので、ヒナタも当然、そういう収納術があるものとばかり思っていた。しかし考えてみれば、事はそう簡単ではないのも当然なのだ。

 魔法か何かで荷物を隠し持つのは可能らしいが、ずっと魔法を維持するのは疲れるとのこと。緊急対応用ならともかく、重要度の低い荷物は後回しにしているとの事だった。

 道理で大荷物を背負っていた訳だ。

「だからね、貴方も普通の人の気持ちを理解する為にも、スキルに頼らず不便な生活を体験してみなさいよ」

「前向きに考えてみます」

「それ、絶対にやる気ないヤツよね」

 バレたか。

 俺とヴェルドラは、思わず顔を見合わせる。

 いやあ、この便利さに慣れちゃったら、もう不便な生活を想像するのも難しいからね。

 ヒナタの言い分もわかるけど、疲れない程度に付き合うだけにしておこうと思ったのだった。


      ◇◇◇


 服を着替えたら行動開始だ。

 俺達は三人そろって町へと繰り出した。

 最初に出向くのは勿論、自由組合である。

 ヴェルドラは絡まれるのを期待しているけど、そこまで治安が悪いところばかりな訳がない。しかも、こっちは三人いる上に、見た目からして強そうだしな。

 まあ、普通に考えて何事も起きないと思う。

 ヴェルドラの冒険者資格を得るのが面倒かもだけど、俺達のような経験者が付き添うのだから、問題なく取得可能であろう。

 そんなふうに思っている内に、自由組合の建物に到着した。

 すると、驚くべき事に居たのである!

 ソイツ等は、絵に描いたようなアホ共だった。

 ヴェルドラが待ち望んでいたような、新人にウザ絡みする先輩冒険者とはちょっと違ったけど、別の意味で性質たちが悪かったのだ。

「おやおや、新人とは珍しいじゃねーか。ん? 見かけねー顔だが、もしかして流れ者かい?」

 と、その男が俺達の顔を見るなり話しかけてきた。

 それはいいのだが、その視線がネットリとしていて正直言って気色悪い。その視線はローブ姿の俺を通り過ぎ、ヒナタでピタリと止まっている。それがますます、俺を不快にさせていた。

「何だ、貴様は?」

 待ってましたとばかりに、ヴェルドラが前に出た。

 俺達三人の中では、見た目で舐められないのはヴェルドラなのだ。ここは任せて、様子を見守る事にした。

「テメエこそ何だ?」

「我か? 我が名はヴェルドラ! 今から冒険者としてデビューする、期待の新人である!」

 うーん、その自己紹介はどうだろう?

 絶対に舐められるなと思った途端、ギルド内が爆笑の渦に包まれた。

「ギャハハハハ! 見掛け倒しかよ」

「坊ちゃん、笑わせんで下さいや!」

「気合入った恰好してるが、どっかの金持ちのボンボンかい? 家に帰って、ママのオッパイでもしゃぶってな」

 とまあ、ギルド内にたむろしていた冒険者達から、散々笑われる羽目になってしまった。

 予想通り過ぎて、溜息も出ない。

 俺とヒナタは顔を見合わせ、やれやれと頭を振る。

 それにしても、一つだけ収穫があった。

 このギルド内には、五名の荒くれ冒険者と、受付に一人の中年男性がいたのだが、その全員が仲間だと思われたのだ。

 嫌らしい視線の持ち主が坊ちゃんと呼ばれた男で、残り四名は手下――というか、ソイツの護衛っぽい感じだ。

 ギルド員までソイツ等の仲間っぽいので、完全に敵地アウェイである。

 しかし、ヴェルドラは嬉しそうだ。

「ほう? 我が名を聞いてもそのような態度を取るとはな。命知らずな愚か者共よな!」

 揉め事になったのが嬉しいようで、満面の笑みだった。

「はあん? そういえばテメエ、ヴェルドラっつったか? 暴風竜の名を名乗るなんざ、頭がオカシイんじゃねーのか?」

「いるんだよな。邪竜や魔王の名前を騙るバカがよ。まさかとは思うが、そっちのガキの名前はリムルってんじゃねーだろうな?」

 ドキッ!?

 おいおい、冗談じゃねーぞ!

 この流れで名乗ったら、マジで俺がバカみたいじゃん。

 これは困ったぞと、ちょっぴりイラつく俺。

 その時、一番強そうな男がヴェルドラに話しかけた。

「よう、アンタ。俺達を愚か者と言う前に、常識を覚えた方がいいぜ。領主様に申請して、名前を変えてもらいな。今日のところは見逃してやるから、さっさと出て行けや」

 茶色の短髪で、後ろ髪だけ剃髪にしている。腰に反りのある剣を帯びているから、剣士なのだろう。

 他の四名とは物腰から違う。

 どうしてここに居るのか不思議なレベル。その足運びを見る限り、Aランクオーバーの実力がありそうだった。

 間違ってもこんな田舎町に燻っているような人材ではなさそうだが……。

「クックック。この我に名前を変えろだと? 死んだぞ、貴様!」

「はい、ストップ。殺すのはダメに決まってんだろ!」

「う、む。そうであったな」

 ある程度は見守るつもりだが、一線は守らせないとね。

 俺が注意したので、ヴェルドラが言葉を変えた。

「クックック。この我に名前を――」

「「「そこから言い直すんかい!」」」

 俺だけではなく、その場にいた者達の声が一つに重なった瞬間だった。

 そんな俺達を見て、ヒナタが呆れたように溜息を吐いたのだった。


      ◇◇◇


 仕切り直して、いがみ合いが再開した。

「さて、逃げるなら好きにしな」

 と、グレイブが言った。

「グレイブさんは優し過ぎるぜ」

「兄貴、こんな舐めた野郎を無罪放免するなんて、それじゃ坊ちゃんが納得しないんじゃ?」

「そうだぞ、グレイブ。そいつを許すなら、キッチリと落とし前をつけさせなきゃな。取り敢えず、その女を置いて行くなら許してやんよ」

 坊ちゃんと呼ばれていた嫌なヤツは、サイラスという名前だった。驚くべき事に、ここ賢人都市を治める領主――国王の息子だった。

 凄腕の剣士っぽいのが、グレイブ。単なる用心棒ではなく、この国の正規騎士だった。それも、騎士団で一番の腕利きなのだとか。

 小さいとはいえ、国が抱える筆頭騎士なら、Aランクオーバーでも納得である。

 ヴェルドラが楽しそうにしている隙に、ヒナタがギルド員から聞き出していたのだ。

 その抜かりない行動は流石なのだが、順調なのはそこまでだった。

 相手が王子とあって、ギルド員もサイラスに従うしかないっぽい。

 本心はともかく、あまり協力的ではなかったのである。

「困ったわね」

「そうだね」

 俺達はギルド員に用意させた御茶を飲みながら、顔を見合わせた。

「ずいぶん余裕があるじゃねーか!?」

 とサイラスが驚いて文句を言っているが、そんなのはどうでもいい話なのだ。

 しかし、その後が悪かった。

「サイラスさん。コイツ、いや、この方達は、そちらの男と違って組合員でした。こちらのリムルさんがB+ランクで、ヒナタさんの方は驚きのAランクです。無碍には出来ませんよ」

「何ィ? Aランクだと!? 詐欺師じゃねーのか?」

「ん? おいおいおいぃ――っ、マジでリムルって名前なのかよ!! 詐欺師確定じゃねーか」

「待て待て。って事はだ、こっちのヒナタを名乗る女は、西方聖教会の生きる伝説、聖騎士団クルセイダーズ団長の聖人ヒナタ様のつもりだってか? まあ、美人なのは認めてやるが、ちょっと調子に乗り過ぎなんじゃねーのか?」

 余計な事を口走ったギルド員のせいで、恐れていた通りの反応をされてしまった。本人には悪気はなかったのかも知れないが、こうなってしまうと何を言い訳しても無駄だろう。

 顔が真っ赤になる俺。

 ゲラゲラと大笑いされて悔しい思いをするも、我慢するしかなかった。

 ――が、俺には頼もしい味方がいたのだ。

「はあ? うるさいわね。群れなきゃ何も出来ないような雑魚が、私にタメ口叩いてるんじゃないわよ」

 横で聞いていた俺が真っ先に青褪めてしまったほど、威圧のこもった低音ボイス。そして、見る者をチビらせるほど鋭い、凶悪な視線。

 これらをまともに受けてしまえば、チンピラ共の気勢も殺がれるというものだった。

「うっ!?」

「こ、怖え……」

「サイラスさん、この女はヤベーですぜ」

 サイラスの手下共は、完全に怯えてしまっていた。

 しかし世の中、痛い目に合わねば現実を理解出来ない者というのがいるのである。

「何ビビッてんだ、テメーら。そっちの男ならまだしも、女に睨まれたくらいでよぉ」

 え、我? と、ヴェルドラが出番待ちしているが、多分呼ばれる事はないだろう。そういう気がした。

「やれやれだぜ。田舎者には、強者の名前を出せば信じるとでも思われているのかな? だが、残念だったな。たとえ本物であっても、この俺の方が強いのさ」

 そんなふうに自信を見せつけるように、グレイブが前に出てきてしまった。強気なサイラスの言葉に応じた形だが、本人からしてもヒナタとの戦いを望んでいたようだ。

 本物は本物を知るというし、感じるものがあったのかもね。

 こうなるともう、勝敗が決するまで止まらないだろう。

 となると、俺に出来る事は少ない。

 そう。静かに見守る事のみ。

 つまりは――観戦だ。

「じゃあ、ポテトとコーヒー」

「我も」

「そんなもん、ウチにゃあ、ありませんぜ」

「チッ、仕方ないな。それじゃあ、俺のオヤツを出すか」

「我にも用意してくれるのだろうな?」

「お前は自分の分を持ってただろ」

 などと言い合いながら、オヤツも出して観戦準備は万端だ。

「いつでも始めてどうぞ!」

 と、合図する俺。

「どうでもいいけど、私の分は残しておきなさいよ」

 ちょっとイラついたようにヒナタが答えて、そして戦いが始まったのだ。

 ………

 ……

 …

 まあね、結果は言うまでもない。

 ヒナタの圧勝である。

「ほ、本物だ!! この女の強さ、間違いなくヒナタ・サカグチだ!!」

 泡を喰ったように叫ぶのは、グレイブの強さに胡坐をかいていたサイラスだった。

 グレイブが抜き放った剣を細剣レイピアで軽く受け流し、ライオンがウサギをいたぶるような実力差を見せつけながら、ヒナタがグレイブの指を切り飛ばしていく。

 表情一つ変えず冷静に。残酷な行為に思えたが、その分、決着は直ぐだった。

 何しろ、指って十本しかないからね。

 そもそも剣を握らないとダメだし、親指を飛ばされただけで実力なんて出せなくなっちゃうから。

 凄腕の剣士相手にそんな真似が可能かどうかは別問題だが、それが目の前で起きた現実なのだった。

「そ、そんな……グレイブさんが一方的に……」

「グレイブさん、大丈夫っすか? グレイブさぁーーーんっ!?」

「ば、バケモンだ!! ヒナタは、血を見るのが好きって噂以上の、冷酷極まりない魔女だったんだぁ――ッ!!」

 手下共の絶叫を聞いて、サイラスも頷いている。

「ああ。見た目は美人だが、絶対にかかわっちゃ駄目なヤツだぜぃ!!」

 本能的に上位者を見抜いたのか、実に正確な人物評と言えた。

 その通りさと、俺もついつい頷いちゃったよ。

「貴方、どうして一緒になって頷いているのかしら?」

 あっ、バレた。

「あ、いや、そのですね……」

 しまった。俺まで睨まれて……というか、アイツら、俺を置いて逃げやがった!?

 クソ共のせいで、とんだとばっちりである。

 やっぱりヒナタは怖い。

 俺はそう再認識して、絶対に怒らせないようにしようと心に誓ったのだった。


      ◇◇◇


 静かになったギルド支部内で、不満そうにヴェルドラが呟く。

「ヒナタに美味しいところを持って行かれてしまったな」

 実に興味なさそうに、ヒナタが答えた。

「全然嬉しくないし、不本意でしかないわ」

 その流れだと、宥めるのは俺の役目だな。

「まあまあ、あのアホ共もビビッて逃げて行ったんだから、結果オーライって事で」

 そう言って、ヴェルドラとヒナタの間を取り持った。

 常識人が苦労させられるのは、いつの世も変わりないのだ。

 それにしても、さっきの戦いで気になった事があったので、ヒナタに直接聞いてみた。

「でもさあ、指を斬り落とすなんて、やり過ぎなんじゃない?」

 この世界、国によって警察の役割が違っていた。兵士が町を巡回して治安維持を担っている国もあれば、自警団に全てお任せという放任主義の国もあったのだ。

 そうした中で庶民の平和を守るのは、ここ十年で親しみやすさを増した自由組合である。それは一重に、ユウキ達の努力の成果なのだった。

 とは言え、俺の生前、日本で生きていた頃の現代社会に比べれば、未開も未開。弱肉強食がまかり通る、法の下の平等など夢のまた夢のような暴力至上主義社会なのが現実だ。

 つまり、喧嘩するなら余程の証拠がない限り、負けた方が悪いとされるのだ。

 今回の場合、ギルド内での喧嘩だったから職員という公正なはずの目撃者もいるのだが、最悪な事に相手側の人間だったからね。証言などいくらでも捏造されてしまう訳で、普通だったら旅人サイドが不利だっただろう。

 しかし、今回は相手が悪かった。

 俺達は圧倒的な実力者だった上に、超有名人。しかも、自由組合のトップである総帥、神楽坂優樹(ユウキ カグラザカ)ともお友達という、相手からすればどうにもならないレベルだった訳である。

 そんな相手に絡む方が悪いと言えよう。

 しかし、だ。

 いくら相手がアホとは言え、実力差は明白だったからね。あそこまでやらなくても、もっと穏便に済ます方法もあったと思う。

 まあ、ヴェルドラにプチッとされるよりはマシだろうけどさ……。

 俺と対峙した時も思ったけど、ヒナタって敵には容赦しないんだよね。

 ああなったらもう、剣士としては再起不能だし。

 そう思っての、俺の発言なのだった。

 しかし、ヒナタはそれを鼻で笑う。

「そんなの、後で恩を売る為に決まってるじゃないの」

「と言いますと?」

「貴方、どうせ回復薬を腐るほど持っているんでしょう?」

「あ、なるほど!」

 人体の部位欠損すら治癒するポーションがある前提なら、あの行為も納得だ。

 圧倒的な強さを見せつけられる上に、相手の心を簡単に挫けるし。その上で、優しく傷を癒してやれば、もう二度とこちらに逆らったりしないと思う。

 最悪でも相手は王子なのだから、高額で売り付けられそうだしな。

 あの一瞬でそこまで計算するなんて、流石はヒナタである。

 俺などまだまだ甘いなと、その一件で認識させられたのだった。


 アホ共が去ったので、残ったギルド員を相手にヴェルドラの冒険者登録を行う。

 職員もバカボン共と一緒に逃げ出したかったみたいだが、そうは問屋が卸さない。ここぞとばかりに融通を利かせてもらうべく、速やかに書類作成等を行ってもらったのだ。

 半泣きになった職員が、必死になって働いていた。

 恐らくは、過去最高に真面目な働きっぷりを見せた事だろう。

 求められる情報は、名前、年齢、特技、出身地、その他だった。これは、俺の時と同じである。

 ヴェルドラの場合、名前と出身地のみ記載するだけでOKだ。

 特技の欄に〝ヴェルドラ流闘殺法〟と書いていたけど、突っ込んだら負けなのでスルーしておいた。

「あ、あのう、ヒナタ様は本物なのですよね? って事はですよ、もしかしてこちらのヴェルドラ様も……?」

 ギルド員が認めたくない現実と向き合うように、声を振り絞るようにしてヴェルドラに問いかけた。

 待ち望んでいた質問だったらしく、嬉しそうにヴェルドラが答える。

「ふっふっふ、ついに気付いてしまったか? そう! 我こそが最強たる〝竜種〟が一角――〝暴風竜〟ヴェルドラである!!」

 隠す気ゼロだな。

 まあ最初から、バレても構わないという勢いだったので問題ないけど。

 しかしまあ、そのせいで職員の顔色は真っ青だ。

「あばばばばば……」

 言葉にならぬ悲鳴を飲み込み、震える手で必死になって書類を処理してくれているね。

「この後は試験だろ? 何をさせれば――」

「合格! 合格ですとも!!」

「えっと?」

「お好きなコースをお選び下さい。私が責任を持って、ヴェルドラ様の登録を行っておきますので! ついでに、等級はBランクで御座います。申し訳ありませんが、私の権限で付与可能な最高ランクですので、ご了承頂ければ幸いです!!」

 そういう事になった。

 棚から牡丹餅ではないが、こうしてあっという間に、ヴェルドラはBランク冒険者になったのだった。

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