第01話 ☆有給休暇☆
久しぶりの更新です。
全10話。毎週月曜日0時更新予定です。
しばらくの期間ですが、宜しくお願いします!
開国祭を無事に終えたある夜、俺はいつものように温泉に併設された娯楽施設で寛いでいた。
日中は迷宮運営などで忙しいが、夜はこうした時間を大切にしているのである。
子供達も一緒だ。
イングラシア王国の学園に戻さず、我が国にて滞在させたままなのだ。
色々と理由はあるが、それは子供達にとってはどうでもいい話だろう。ヒナタにお願いしてちゃんと勉強も見てもらっているので、何も問題ないのである。
いつものように子供達を温泉に連れて来て、風呂上がりのコーヒー牛乳を堪能して、卓球ゲームで軽くケンヤ達に圧勝する。
「ひでーよ、先生! 少しは手加減してくれたっていいだろ!?」
俺に負けたケンヤが悔しそうに叫んだ。
俺からすれば、大人の厳しさを教えてやっているようなもの。言って見れば教育の一環なので、手加減するつもりなどないのである。
「はっはっは、甘いなケンヤ。俺は温厚で知られているけど、かなり負けず嫌いなのさ」
「いや、別に温厚じゃねーじゃん。この前だって――」
「おほん! 細かい事を言うのは止めたまえ。過去は過去、未来は未来。俺はね、常に前だけを向いて生きてるのさ」
負け犬の遠吠えのように過去を蒸し返そうとするケンヤを、俺は堂々と受け流した。
「超ポジティブ……」
リョウタがポツリと反応したが、黙殺する。
「反省してないってことね」
「うふふ、先生らしい」
アリスは辛辣だね。
そしてクロエにも、俺の性格を見透かされてしまっているよ。
「まあまあ、ある程度は勝負が成立している時点で、先生も手加減してくれてますって」
流石だ、ゲイル。ちゃんと俺のフォローをしてくれるなんて、こういうしっかりした子がいてくれて本当に助かるというものだな。
それに比べて、誰よりも年長なくせに誰よりも子供なヤツがいるんだよ。
「リムルよ、我も獣魔術を開発しようと思う」
ほらね。
ヴェルドラが突然アホな事を言い出したぞ、と。
子供達もキョトンとなって、ヴェルドラに視線が集まってしまったではないか。
だから俺は言ってやったのだ。
「あのさ、この世界には獣魔がいないよね? だからね、開発とか無理だから」
――ってね。
それなのに、ヴェルドラは諦めない。
「何を言うか! 見損なったぞ、リムルよ!! 男の浪漫を、貴様はそんなに簡単に諦めるというのか!?」
何が男の浪漫なのやら。
俺だって子供の頃は、毎日のように獣魔の卵が落ちていないか探し求めたものだ。
怪しげな露店や、古びた店舗のショーケースなんかをな。
しかし、得た結論は一つ。
そんなものは売っていない、だった。
まあね、そりゃそうだよね。
知ってた――としか言いようがないけど、こうして人は大人になっていくものなのである。
だからね、ヴェルドラ君。
「お前もさ、大人になれよ」
俺は先達として導いてやろうと、ヴェルドラに向けて温かい言葉をかけてやったのだ。
それなのに、ヴェルドラは納得しなかった。
「だがな、リムルよ。考えてもみよ! 我が格好よく
「ほう?」
その作戦はアリですよ。
油断させて叩くのは戦術の基本だし、真面目に検討してみるのも――
「ほう、じゃないでしょ! なんで貴方までその気になっているのよ……」
思わず興味を示した俺を、風呂から上がったばかりのヒナタが呆れたように見つめていた。
風呂上がりの浴衣姿がとても艶やかなのだが、その視線はとても冷たい。
俺が自分の言動を振り返って、羞恥するのに十分なほどに。
「いや、だって――」
「だって、じゃないでしょ? 何? アナタ、大人なのにマンガの真似して喜んでるわけ?」
「そ、それはだな、男の浪漫がですね……」
く、くそう……ヴェルドラと同じ言い訳をしてしまった。
「何が浪漫よ。そもそもの話、伏兵が背後に立てるのなら、別に光術を反射させる必要がないじゃないの」
ギクッ、っとなるほど鋭い指摘。
その
背後から不意打ちすればいいと言われてしまえば、返す言葉がないのは事実。あまりにも正論過ぎて、俺とヴェルドラは顔を見合わせてしょんぼりするしかなかった。
そんな俺達を冷たくジト目で一瞥し、ヒナタが3×3EYES〈サザンアイズ〉の第一巻を手に取った。
「で、その話題の漫画ってこれ?」
「そうだよ。俺達の聖典さ」
ここ、娯楽施設には、温泉から出て色々と楽しめるようにと、漫画本なども取り揃えて置いているのである。俺やヴェルドラの愛読書である3×3EYES〈サザンアイズ〉もまた、当然のように全四十巻を完備してあったのだ。
ヒナタは我が物顔でマッサージチェアに横たわり、読書に没頭し始める。
その堂々たる態度は、まさに自室で寛いでいるかの如く。
ここが温泉の遊戯室である事を忘れさせるほど、実に自然で違和感がなかった。
「ふーん……面白いじゃない」
思考加速しながら読んでいるのか、パラパラ捲るように読み進めていくヒナタ。
「ヒナタも漫画読むんだね」
「は? 当たり前じゃない」
「いや、でも、ヒナタって頭か――ゲフンゲフン。真面目だからさ、そういう娯楽には興味ないものとばかり思ってたよ」
俺がそう言うと、ヒナタが大きく溜息を吐いた。
何か言いたい事でもあるのかしら? と言って俺を威圧するように睨んでから、昔を思い出すように話を続ける。
「昔、ユウキからも同じような事を言われたわ。私が、勉強以外に興味なさそうだ、ってね。色々あって忙しかったから、そんなに詳しくないけどね。私だってゲームくらいするし、漫画だって読んでたわよ」
そうなんだ、と頷く俺。
「聞くがいい、ヒナタよ。リムルのヤツ、その最終巻をすり替えるという嫌がらせを仕出かしたのだ。我の悲しみが理解出来るであろう?」
ヴェルドラめ、かなり根に持ってるな。
「だから悪かったって!」
面倒だから軽く謝罪して、この話題を流そうとした。
しかし、ヒナタから思わぬ横槍が入る。
「私にそんな真似をしたら、処すわね」
怖ッ!?
まるで冗談に聞こえない。
そうであろう! とヴェルドラはご満悦だが、俺としては背筋がゾクッとなってしまった。
やっぱりヒナタは恐ろしい。絶対に敵に回してはならないなと再確認していたら、その当人が思わぬ事を言い出した。
「光術といえば〝
おやおや?
もしかして、ヒナタも乗り気になっているんじゃ……。
「ふむ。我には扱えぬ魔法だが、ルミナスは専門家であろう? どう思う?」
いつの間にかヒナタの隣のマッサージチェアを占領していたヴェルドラが、温泉から出てきたばかりのルミナスへと話を振っている。
こちらも昔から馴染んでいるかの如く、浴衣姿が決まっていた。その手に持つのはトマトジュースとかではなく、フルーツ牛乳なのもポイントが高い。
ルミナスは開国祭が終わるなり帰ったはずであったが、その膨大な魔力で『空間移動』し放題なのだ。気が向いたら、こうして温泉に浸かりにやって来るのである。
ヒナタがこちらに滞在しているから、それこそ毎日のように入り浸っていた。
「ふむ。
そんなの、いきなり聞かれても答えられないだろうに――と思ったのだが、それは早計だった。
何と、ルミナスも会話に加わったのだ。
それこそ勝手知ったる我が家の如く、ルミナスが三台目のマッサージチェアに寝そべりながら、自然な流れでヴェルドラとの会話が成立していた。
いがみ合っているように見えるが、意外と仲良しさんなんだよね、この二人。まあ、〝仲良きことは美しきかな〟と言うし、文句など何もないけど。
「とは言え、最初に設定しておかねばならんがな」
ルミナスの説明に興味をひかれて、俺も会話に参加する。
「ああ、それなら納得かも。光の速度で放たれる魔法なんて、発動後に曲げようがないと思ったんだよ」
俺の言葉に頷くルミナスやヒナタ。
「その通りじゃな。結果的に対象を追尾して曲がったように見えるだけで、最初から着弾点を予測しておかねば為せぬ芸当なのじゃ」
そりゃまあ、光速は見てから回避するのは不可能なので、魔法発動を感知した時点で即座に回避行動に移る必要がある。
俺の場合を参考にして説明するなら、常に『万能感知』によって半径百メートル内の魔素の動きを把握している。この外周部分の魔素に光術による攻撃を感知してからだと、百メートル÷秒速三十万キロ弱となり、着弾に要するまでの時間は『0.000000333564095198152 秒』となる訳だ。
常人なら反応すら不可能だが、俺の場合は『思考加速』で百万倍の知覚速度があるからして、着弾まで僅かながらの対策時間が得られるというわけ。
と言ってもそれは体感時間なので、ほとんど何も出来ないくらいギリギリなのは言うまでもあるまい。
それでも攻撃側からしても条件は同じなので、対象の動きを見て反応するなど、とても現実的とは思えない話だったのだ。
しかし、そうなると……。
「逆に考えるなら……最初に設定しておけば、こういうふうに無数の光を降り注がせたり、直進と思わせて敵を追尾させたり出来るって話か?」
該当する巻のページを捲って、藤井八雲が
「そうじゃな。ここまで自由自在に扱うには訓練を要するが、
「マジで!?」
「ほう、流石はルミナスよな」
ドヤ顔のルミナス。
素直に称賛する俺とヴェルドラ。
しかし、一人冷静なのがヒナタだった。
「でも、それってあくまでも〝
「「「……」」」
「ついでに言うけど、〝
ヒナタには、男の浪漫など無縁だった。
その夢も希望もない突っ込みに、俺達は沈黙するしかなかったのだ。
◇◇◇
それはそれとして、魔法の開発は行いたい。
いざという時になってから困らないように、普段から備えておきたいのだ。
二組に別れて卓球している子供達を横目に、俺達は真面目に相談会を始めていた。
「獣魔術は置いとくとして、魔法の研究は行いたいな」
と俺が言うと、すかさずヴェルドラが乗っかった。
「その通りよ。我も遊んでばかりいると思われるのも心外であるし、そろそろ新たな取り組みを始めねばと思っておったのだ」
ヴェルドラはラミリス達と一緒になって迷宮作成を頑張っていたが、それも開国祭でのお披露目とその反省を経て、一旦の落ち着きを見せていた。新たな取り組みというか、遊びを考える時期になったという事なのだろう。
新魔法の開発というのは、その点で持って来いだと思われる。役に立つかどうかはともかく、知的好奇心を満たすだけでも楽しいしね。
ヴェルドラが暴れたりして問題を起こさないだけでも、我が国にとって有用なのだ。
そんな訳で、ヴェルドラが俺の意見に賛成なのは、素直に喜ばしい話だった。
「先生なら糸を操るスキルとか『結界』を組み合わせて、
卓球に参加せずに読書中だったクロエが、唐突にそう言った。
なるほど確かに、俺の『万能糸』に封印系の『結界』魔法の性質を付与させれば、似たような見た目と効果を再現出来そうだな。
「クロエは賢いのう。よし、
ルミナスがクロエを呼び寄せて、自分の膝の上に座らせた。
「こう?」
「うむ。それでよい」
ルミナスはご満悦で、クロエの頭を撫でている。他の子供達にはそこまででもないのに、クロエにだけはメチャクチャ甘いのだ。
クロエはクロエで、何故かルミナスに懐いている。不思議な事もあるものだなと思いつつ、微笑ましく見守る俺だった。
「今のクロエの提案だけど、可能なの?」
「程度によるかな。完全封印とかは無理だけど、魔法で普通に封印するより効果を高める事は出来そうだ」
直感的に答えたけど、間違っていないと思う。
俺の『万能糸』が封印解除の邪魔をするから、効果の持続時間も長く出来そうだし。
《是。面白い試みです。別系統のスキルや魔法を組み合わせる事で、思わぬ効果が期待出来るでしょう》
クロエの指摘した組み合わせなら、対魔物だけではなく対人でも有用な技を生み出せるとの事だった。
「こう言ったらアレだけど、まさか漫画の技から有用な技を思い付くなんてね。ちょっとショックだわ」
とは、ヒナタらしい発言だな。
対照的なのがヴェルドラだ。
「クアーーーハッハッハ! ヒナタよ、だから貴様は頭が固いと言われるのだ。我など、とっくの昔に漫画の有用性を見抜いておったわ!!」
あっ、俺だって言葉を濁してたのに、直球で言っちゃったよ。
「何を隠そう我が〝ヴェルドラ流闘殺法〟も、
ヴェルドラがそう自慢する。
それは凄いのかどうか意見の分かれるところだが、今はヒナタの怒りに油を注ぐ効果の方が大であるのは間違いなかった。
「悪かったわね、頭が固くて。何なら物理的に、その硬さを味わわせてあげてもいいのよ」
頭突きですね、わかります。
ようやく異変に気付いたのか、ヴェルドラが小さく「あっ……」と声を出した。
もう手遅れだ。
ヒナタさん。その頭突きは俺へではなく、ヴェルドラさんにお願いしますね。
俺を巻き込まないのなら止めませんので。
と、心の中で願いつつ、ヴェルドラの背後に立つ。
そしてそっと、ヴェルドラをマッサージチェアから追い出すようにして――
「ちょ、待て、リムルよ! 我の背中を押すでない!!」
ヒナタの前まで追いやった。
「さあ、クロエよ。良い子は寝る時間じゃ」
と、空気を読む能力に長けたルミナスがクロエを抱き上げて、その場から避難した。
「お前達もそろそろ卓球を止めて、大人しく部屋に戻れよ」
「はーい!」
と、アリスが素直に返事する。
「またヒナタ姉ちゃんを怒らせたのかよ。懲りねーな」
まったくな。
「ヒナタ姉ちゃんじゃなく、ヒナタさんでしょ! ケンヤもいい加減にしないと怒られるわよ」
「へいへい」
「でも、ヒナタさんは僕達には優しいもんね」
「だよな」
「それでも礼儀は大事だから、アリスの言うように公私は区別しなきゃだけどね」
年長らしく、ゲイルがそう締めくくった。
俺やヴェルドラのように軽々しく一線を越えないようにする為にも、ゲイルの言う通りにすべきであろう。
そんなふうに思いつつ、俺達はその場を後にする。
その後、悲しそうなヴェルドラの悲鳴が娯楽施設に響き渡ったのだが、きっと気のせいに違いないとスルーしたのだった。
◇◇◇
翌朝。
いつものように子供達と一緒になって、食堂で朝食を取っていると、ヒナタとルミナスがやって来た。
何食わぬ顔で一緒にいたヴェルドラがビクッとなったが、それは無視しておく。
「あれから考えてみたんだけど、雷術系なら似たような魔法を開発出来るかもね」
「えっと、それって
「漫画の話は一旦置いておいて、実践に即した魔法の有用な活用方法を考えてみるのは面白いかもって話してたでしょ? 私なりに、色々と考えてみたのよ」
「なるほど……」
ヒナタの場合は浪漫とか関係なく、実に合理的な理由からの意見だった。
それだけではない。
「だからね、私も協力してあげようかと思って。迷惑かしら?」
「え、マジで?」
これは思わぬ驚きだった。
俺達の馬鹿話を真面目に検討してくれただけでも驚きなのだが、まさか協力を申し出てくれるとは思わなかった。
ヴェルドラの暇潰しにでもなればと思って始めた遊びだったが、ヒナタも手伝ってくれるとなると話は大きく違ってくる。
俺も本気になって取り組むべき事案であった。
「面白い! 皆で力を合わせて、より素晴らしき技――魔法の再現を目指そうではないか!」
調子を取り戻したヴェルドラが、高らかに笑いながらそう言った。
これを受けてルミナスが、思わぬ提案を口にする。
「どうせなら、魔塔に行ってみてはどうじゃ? そこには
ルミナスの知り合いというのがどんな人物なのか気になるが、魅力的な提案なのは間違いない。イングラシア王国にあった図書はほぼほぼ制覇しているが、他の地方にも有用な魔法があるはずなのだ。
その全てを知った上で、新たな組み合わせを模索する。これは是非とも行ってみなければなるまいと、俺の心は高鳴った。
しかも、ヒナタまで乗り気になってくれたのだ。
「興味深いわね。私も協力すると言った手前、一緒に行くわよ。それに、新しい系統の魔法を勉強したいと思っていたところだったから、丁度いいわ」
ヒナタは〈神聖魔法〉と〈精霊魔法〉を極めている上に、〈元素魔法〉も専門家顔負けなほど熟知している。それだけではなく〈呪符術〉を操り、〈召喚魔法〉で精霊を召喚したりと、あらゆる分野に精通している万能型の魔法剣士なのだ。
三系統以上を扱えるのだから、余裕で
そんなヒナタが手伝ってくれるのならば、新しい可能性の扉が開かれたようなものだろう。
「行くしかあるまい。なあ、リムルよ?」
「勿論だとも、ヴェルドラ君!」
「それじゃあ、旅行計画を立てましょうか」
こうして話は決まった。
その日、俺達は三人仲良く詳細について話し合ったのだった。
◇◇◇
旅立ちの日となった。
「リムル様も働き過ぎでしたし、以前から仰っていた『有給休暇』とやらを実践する良い機会ですね!」
と、シュナが笑顔で決定してくれたのだ。
それを無駄にしない為にも、俺は数日かけて仕事の日程調整を行い、重要案件を終わらせている。
仕事は丸投げしているつもりなのに、俺は何かと忙しかった。
やるべき事が、次から次へと湧き出てくる。
シュナが取りまとめた、住民からの要望の確認。
ベニマルとの組織改革についての話し合い。
ソウエイとの防衛計画の見直し。
旧ユーラザニアに出向いて、ゲルドとの都市計画の打ち合わせ。
ガビルが飼い慣らそうとしている
その合間に、ハクロウとの剣術訓練が入る。
たまにサボってゴブタと釣りに行ったりするのだが、今回はパスして頑張ったのだった。
それにしても、俺の仕事量が多過ぎではなかろうか……。
盟主という立場なのだから確認作業が山盛りあるのは仕方ないにしても、睡眠不要なのに自分の時間があまり持てないというのは問題だと思う。
これ、俺がスライムだったからいいようなものの、普通の人間だったら絶対に過労死一直線だったぞ。
そりゃまあ、俺がやりたい事を呟くだけで企画が動き始めるのだから、自業自得とも言えるんだけど……。
ヒナタなどから『自由にやり過ぎ』と呆れられたが、自分を振り返ってみれば返す言葉もないのだった。
俺の横ではヴェルドラも、ラミリスと何やら言い合っている。
「どうしてよ! 何でアタシが留守番なのよさ!?」
「仕方ないであろう。我等は遊びに行くのではなく、英知を極めて自らを高めに向かうのだからな! 貴様のようなお子様には、ちと難し過ぎる世界であろうよ」
「ちょっと、見くびらないで欲しいわけ。こう見えてアタシだって、色々な知識を身に着けているんですけど!? そもそもさ、アタシが造ったゴーレムを見て、師匠だって喜んでたじゃん!」
「むむ、それはその通りだが……」
ラミリスが優勢だな。
このままだと同行者が一人増える事になりそうだが、そうなるとベレッタやトレイニーさん達も一緒に来る事になりそうだし、想定以上に大所帯となってしまう。
それに、ラミリスまで同行するとなると、残された迷宮の管理が疎かになりそうだ。
冒険者を受け入れて新事業として稼働を始めたばかりだし、完全に軌道に乗るまではラミリスに管理してもらいたいというのが本音だった。
だから素直にそう伝える事にした。
「悪いけど、ラミリスには迷宮をお願いしたいんだよ」
「え?」
「ほら、迷宮内に人が増えたし、不測の事態が起きないとも限らないだろ? ラミリスがいてくれたら、何があっても対応出来るから、俺も安心して研究に打ち込めるってもんだからさ」
「まあね? アタシってば、頼りになるもんね。しょーがないな、リムルからそこまで言われちゃったら、アタシが頑張るしかないってもんよね!」
俺の言葉を聞くなり、ラミリスが御機嫌になった。
羽をパタパタさせて飛び回り、ベレッタを慌てさせている。
「ぐぬぬ、ラミリスよ、勘違いするでないぞ! リムルが一番頼りにしているのは我だからな!」
何を張り合っているんだか。
ラミリスが納得してくれたんだから、これ以上余計な事を言わないで欲しいものだ。
「もういいかしら? そろそろ出発したいのだけど」
というヒナタの一声で、ようやく二人も落ち着いたのだった。
◇◇◇
ベニマルには念入りに後の事を頼んでから、他の皆にも挨拶を済ませた。
シオンなどラミリス以上にしつこかったのだが、そこは手慣れたもので。
「大人しく留守番してくれるなら、シオン専用の調理室を用意してあげようと思うんだけど、どうする?」
「えっ!?」
「魔力で電気の代用する目途もたったし、システムキッチンを開発しようと思っててね。シオンにも――」
「リムル様。私は新レシピを考案しながら、リムル様の帰る日をお待ちしています! ビックリするくらい美味しい料理を用意するので、楽しみにしていて下さいね!」
よしよし、上手く納得してくれたぞ。
魔力で電気の代用というのは、正直言って今の段階では現実的ではない。魔素を電気へと変化させるのにひと手間かかるので、普及させるにはクリアせねばならぬ問題が多いのだ。
しかし、個人利用という事であれば、話は別だった。くっそ高い資材をふんだんに利用する事で、実用化に漕ぎつけていたのである。
なので、シオン専用のシステムキッチンを用意するというのも嘘ではないのである。
新レシピというのが若干不安だけど……それはベニマルに委ねるとして、だ。
前に圧力鍋の話をした事があったのだが、あの時は『どんな圧力にも耐えられる鍋』と勘違いしたシオンが、一瞬にして試作品をスクラップにしてしまったのだ。
泣いたよね。
カイジンも力尽きて放心していたっけ。
あの悲劇を繰り返さないようにしなければならない。本命をシオンに破壊されないようにするのが大事だと悟った俺達は、シオンにも強度重視の試作品を用意するという方針で意見の一致をみたのだった。
それを引き合いにしてシオンを納得させられるなんて、我ながら冴えていた。
それに、シオンは第二秘書――ディアブロの協力もあって、美味しい紅茶を煎れられるようになっていた。その御褒美をあげようかと思っていたところだったし、丁度いいタイミングだったのだ。
タイミングがいいと言えば、ディアブロだ。
いつもならシオンに張り合って面倒を起こすのだが、今はいなかった。つい先日、直属の部下が欲しいとかで、探しに旅立ったばかりなのだ。
これでアイツまでいたら、絶対について来ようとしただろう。そうなるとシオンも黙っていなかっただろうし、まとまる話もこんがらがっていたに違いない。
シオンへの説得を聞いていた子供達までお土産をねだってきたのはご愛敬だな。
「先生、珍しい剣があったら買ってきてくれよな!」
「私は人形でいいわ」
「えっと、僕は何でもいいです」
「おいおい、お前らもどんどん図々しくなってないか?」
「いいじゃん。先生って金持ちなんだから」
「そうよ! ケチ臭い事言ってないで、ヒナタさんを見習って欲しいわ」
何をっ!?
俺がヒナタを引き合いに出されると弱いのを見透かして、高度な心理戦を仕掛けてきおってからに。
「まあまあ、先生を困らせちゃダメだって」
ゲイルは大人だね。
まだ子供なのに、苦労性になっちゃってないか心配だよ。
子供達のオネダリなんて可愛いものだし、お土産くらい言われなくても買って来るつもりだったんだけどね。
そんな事を言うと付け上がりそうだから、言うつもりなんてないんだけど。
そんなふうに思っていると、ニッコリ笑顔のクロエからおねだりされた。
「先生、行ってらっしゃい! お土産には、面白そうな魔法の本をお願い!」
その可愛らしい笑顔に、俺もノックダウンである。
微笑み一つで何でも買ってあげたくなってしまったが、どこでそんな手管を覚えたのやら――って、多分ルミナスだな。今後の付き合いを注視しておかないと、クロエが悪女になってしまいそうだ。
今度ルミナスに注意しておかねばと思いつつ、俺達は出発したのだった。