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【6】試験の意図

 地図と鍵を奪った金髪の男は、その辺にあった蔦で縛って木陰に転がしておくことにした。

 放っておいても、仲間か試験官が回収するだろう、というのがレンの見立てである。

 それから、ティア、レン、黒髪の女の三人は、水場とは逆方向に移動した。

 歩きながら、ティアは片手を挙げて発言する。


「休むんなら水場が良いんじゃないかな」


「……って考える奴が多いから、作戦会議するなら逆の方が良いんだよ」


「わたくしも同意見だ」


 レンと女の言葉に、ティアは口をパカンと大きく開けた。


「すごい! 二人とも頭が良い!」


 その素直な褒め言葉に、レンと女は満更でもなさそうな顔をする。


「まぁな、頭脳派美少年だからな」


「わたくしは素直な賞賛は大好きだ。もっと褒めて良いぞ」


 黒髪の女は背中に流した髪をサラリとかき上げ、ティアとレンを交互に見た。


「そういえば、まだ名乗っていなかったな。わたくしはセビルだ。こちらが名乗ったのだから、お前達も名乗るが良い」


「なんで、いちいち上から目線なんだよ……レン」


「ティアだよ!」


「そうか。ティア、レン、まぁそう固くなるな。わたくしは子どもに優しいぞ」


 セビルの言葉に、レンが眉根を寄せる。自称美少年顔が台無しだ。

 レンはぶっきらぼうな口調で言った。


「さっきから、子ども子どもって言うけど、オレ、十四歳だからな」


「わたしは十五歳!」


「わたくしは二十歳だ。わたくしから見たら、どちらも充分に子どもだぞ」


 子ども扱いされたレンは、ムスッとした顔で黙り込んだ。

 美少年を自称する癖に、子ども扱いは嫌らしい。ティアにはよく分からない感性である。

 三人は少し歩いて、程よくひらけた場所で腰を下ろした。周囲にあまり木々が密集しておらず、盗み聞きされづらい場所だ。

 セビルが地面に胡座をかき、二人にも座るよう促すと、話を切り出した。


「さて、それでは聞かせてもらおうか。お前が気づいた、この試験の仕様とやらに」


「まずは前提の確認だ。この試験は鍵を四つ集めて、×印のところにある〈楔の証〉を手に入れる。そして、地図に記された×印は三つだけ」


 ティアはフンフンと頷いた。今の所、ティアが知っていることとなんら相違ない。

 セビルも小さく頷き、視線で続きを促す。

 レンは少しだけ勿体ぶった態度で、服の中から地図を二枚取り出した。


「ここにあるのはオレの地図と、さっき金髪のやつから頂戴した地図だ。見比べてみろよ」


 言われた通り地図を凝視したティアは、すぐに気づいた。


「×印の位置が違う! あれ? もしかして、わたしのも……」


 ティアは服の中に隠した地図を引っ張り出した。

 レンやセビルと出会ってからも、ティアは一度もこの地図を取り出していない。それはレンも同様だ。

 奪われたら困る大事なものだから、頭に叩き込んで、ずっと隠していた──だから照合が遅れたのだ。

 思えば、一番最初に×印がある場所に辿り着いた時に、違和感はあったのだ。

 あの時、ティアは地図の印とズレているように感じたが、レンは気にしていなかった──当然だ。その×印はレンの地図に載っていて、ティアの地図には載っていない×印だったのだから。

 セビルも無言で地図を取り出したので、三人は四枚の地図を地面に並べた。

 そうすると、見えてくるものがある。


「あっ、一番遠い×印だけ、全員一緒!」


 ティアが四枚の地図の×印を順番に指さすと、セビルが胡座をかいたまま深々と頷いた。


「気づくのが早いな、ティア。褒めてつかわす」


「褒められた! やったぁ!」


「だから、なんでそんな上から目線なんだよ……」


 レンは小声でボヤキつつ、説明を続ける。


「他にも重複してる×印は何箇所かあるけど、四枚全部に共通している×印は、この一番遠いやつだけなんだよ。これって、なんか意味深だろ?」


「ふむ……確かに、何らかの意図を感じるな」


「オレは、この一番遠い×印が重要なんじゃないかって思ってる。他のはダミーか……或いは合格証を一枚だけ入れておくのも有りだな。そうすりゃ、仲間割れを狙える」


 仲間割れ。の言葉にセビルが紫色の目を鋭く細めた。


「なるほど。この試験は、受験生同士が争うように仕組まれている。最初から腹を割って協力していれば、それほど難しいものではなかった……ということか」


「鍵をこういう形にしたのも、受験生が鍵の奪い合いをするよう仕向けるためだと思うぜ。分かりやすく四等分だし。これを見たら、四つ集めないと駄目なんだなーって思うだろ」


 受験生同士で地図を共有すれば、×印の違和感にはすぐ気づける。だが、鍵の奪い合いを意識してしまえば、地図の共有が難しくなるというわけだ。

 ティアはふと、思い出した。


「あのね、わたし、出発する時に、ヘーゲリヒ室長って人に訊いたの。『〈楔の証〉って、全部で三個しかないの?』って」


 レンが「それで?」と続きを促す。

 ティアは、ヘーゲリヒの言葉をそのまま口にした。


「『その質問には答えられない。自分の目で確かめたまえ』って言われたよ」


「でかした、ティア」


 レンがパチンと指を鳴らし、口の端を持ち上げる。


「答えられない、ってのがそのまま答えだな。多分だけど、〈楔の証〉はそれなりの数が用意されてると思うぜ。少なくとも三つじゃない」


 レンの言葉に、セビルも「同感だ」と頷く。


「わたくしも不思議に思っていたのだ。〈楔の塔〉の入門試験は三年に一度。それなのに合格者が三人はあまりに少なすぎる。あの規模の施設を維持するなら、新人は最低でも十人程度は欲しいはずだ」


 三人は顔を見合わせた。

 ティア、レン、セビルは順番に己の考えを口にする。


「つまり、一番重要なのは一番遠くの×印ってことかな?」


「そこを目指してみる価値はあると思うぜ。他の×印は、その途中で立ち寄れそうなら見てみるってことで」


「ならば、すぐに出発すべきだ。一番遠い×印は森の北。あちらは山に近く高低差があるから、明後日の正午に戻ることを考えると時間がギリギリだぞ」


 セビルは自分の分の地図を懐に戻すと、スクッと立ち上がった。

 そして軍の指揮官のようにテキパキと指示を出す。


「地図も鍵も、それぞれ自分のものを持て。あの金髪から奪った地図はレン、お前が持っていて構わぬ。ただし、鍵はわたくしが持つぞ」


「それでいいぜ。ティアも良いか?」


「うん、いいよ」


 自分の鍵は自分で持っていて良いのなら、ティアとしては特に不満はない。

 ティアがあっさり頷くと、セビルは「よろしい」と告げて、北の方角を睨みつける。


「それでは出発しよう。先頭はわたくしが行く。お前達は気づいたことがあれば、その都度言ってくれ」


 セビルの後ろを歩きながら、ティアはふと思った。

 試験開始前に少し話をした赤毛のモジャモジャさんと、再々々試験のツンツンノッポさん──ジョン・ローズと、オリヴァー・ランゲは、この試験の仕様に気づいているのだろうか?


「ねぇねぇねぇ、レンが気づいた試験の仕様、他の受験者さんに教えてあげちゃ駄目かな?」


 この試験は受験者同士が敵対しやすいよう仕向けられているが、きちんと協力すれば、そんなに難しいものではないのだ。

 だったら、事情を話して協力してもらった方が良い気がする。

 だが、ティアの提案をセビルが「やめておけ」とキッパリ否定した。


「他の受験生に説明して回るには、時間が足りない。なにより……」


 セビルは言葉を切り、少しだけ黙り込む。

 ティアには彼女の後ろ姿しか見えないが、なんとなく険しい表情をしている気がした。


「なにより、自分以外の受験者は落ちても構わない、寧ろ落ちて欲しい。そう考える者も、いるやもしれぬ。わたくしはそういう人間を嫌というほど知っている」


「オレも同感」


 レンが熱のない口調でサラリと同意する。

 レンも、セビルが言うような、他人の足を引っ張る人間を見てきたのだろうか。

 ティアが黙り込むと、レンは少し大袈裟に明るい口調で言った。


「オレらは、もう鍵を四つ集めてるんだしさ。もし他の受験生と遭遇した時は、説得できそうならする、ってスタンスで良いんじゃね?」


「そっかー……うん、分かった。じゃあ、そうする」


 三人はしばし、無言で森を歩いた。

 夏の終わりの森は、まだ緑が色濃いけれど、北に進むほど空気が冷たく感じる。

 北は危険だ。だからこそ試験官のレームは、危ないと思ったら南に逃げろと言ったのだろう。


「なぁ、今の内に確認したいんだけどさ……さっきティアには聞いたけど」


 沈黙の中、口を開いたのはレンだった。

 先頭を行くセビルが、「なんだ」と首を捻って振り向く。

 レンはキョロキョロと辺りを見回し、慎重な口調で言った。


「これから一緒に行動するんだから、この質問には隠しごと無しで頼むぜ? ……この中で、魔術を使える奴っている?」


 ティアとセビルは即答した。


「使えない!」


「使えないから、学びに来たのだ!」


「マジか……いや、そんな気はしてたけどな?」


 力強い返事に、レンが額に手を当て天を仰ぐ。

 セビルがジトリとレンを睨んだ。


「なにも竜討伐をするわけではないのだ。魔術師がいなくても問題あるまい。そもそもお前も使えぬではないか」


「あぁ、そうだよ、使えねーよ。でも、魔術師が集まる〈楔の塔〉の試験なんだぜ? 仲間がいたら、一人ぐらいは使えるかもな〜って思うじゃん」


 先ほどティア達を襲ったザイツという男が、土属性の魔術を習得していたように、受験者の中には、既に魔術を習得している者もいる。

 別の機関で学んで異端とされた者、独学故により深い知識を求める者、魔術師組合から追放された者など、まぁ事情は様々だ。

 セビルが辛辣な目でレンを見据える。


「そういうお前は、魔術が使えぬなら何ができるのだ? わたくしは剣だ。ここに連れてきてはいないが、馬も得意だぞ」


「はいはい! わたし、歌が歌える!」


 すかさずティアが挙手すると、セビルは「良い特技だ」と鷹揚に笑った。


「歌の上手い者は戦場で士気を上げてくれる。それで、レン。お前は何ができるのだ?」


 少し意地の悪い口調になるセビルに、レンはハンと鼻を鳴らす。

 そうして胸を張ってふんぞり返り、艶々の金髪をサラリとかきあげて言った。


「そんなの、見りゃ分かんだろ。特技、美少年」


 それは特技なのだろうか。

 ティアは疑問に思ったが、レンは自信満々だ。


「ピンチになったら、オレの美少年パワーが炸裂して、皆、オレにひれ伏す。どうだすげーだろ」


 ティアはピロロロロ……と言葉を舌の上で転がし、ボソリと言った。


「さっき、オジサンに追い回された……ピンチだった……」


「あのオッサンはきっと、視力が悪かったんだな」


 レンの凄さは観察力と頭の回転の速さにあるとティアは思うのだが、レンにとっては美少年であることの方が重要らしい。


「ほらほら、疲れたんならオレの美少年フェイスに癒されろよ。美少年ヒーリングしていいぜ」


「わたし、疲れてないからいいや」


「つまらん。わたくしを癒すのなら、芸の一つでもして見せろ」


「分かってねぇなぁ。美少年は美少年してるだけで価値があるんですぅー」


 本当に皆が平伏す美少年パワーがあったら、それはもう魔物の所業である。

 あらゆる者を魅了する美貌の持ち主とは、それ即ち魔性の領域の生き物なのだ。

 レンは魔性の美少年と言うには少しばかり元気すぎるが、そういうレンの方が、楽しくて良いとティアは思う。

 レンは安心して好きになれる美少年だ。

 魔性のものは、安心して好きになってはいけない生き物なのだ。


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