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【16】課題がいっぱいハルピュイア

 すっかり昼食を食べ損ねてしまったティアとセビルは、セビルが持っていたクッキーを二人で分けて食べてから、午後の個別教室に向かった。

 教室には既にレンが着席していて、ティアに気づくと片手を上げる。


「よぉ、遅かったじゃん」


 ……あ、とティアは気づいた。いつも通りを装っているけど、ちょっとだけ声が上擦っている。

 きっと、ティアがユリウスに飛びかかったところを見て、ビックリしているのだ。やっぱり、あれは良くなかった、とティアは反省した。

 ティアとセビルが着席したところで、ヒュッターが教室に入ってくる。

 ヒュッターはチラッとティアを見ると、こちらはいつも通りの口調で言った。


「ユリウスと揉めたんだってな。ちゃんと話をしとけよー」


「ぺぅ………………はぁい」


 ヒュッターはユリウスに謝れとも、仲良くしろとも言わなかった。ただ、「話をしとけ」と言う。だけど、何を話せば良いのだろう。

 ユリウスと仲良くしたいわけではないが、ごめんなさいは言った方が良いだろうか。踏みつけてしまったし。

 ヒュッターはそれ以上は何も言わず、サッと教室の扉を閉めた。


「さて、これから一ヶ月後の魔法戦を見据えて、それぞれにできることを伸ばしていくんだが……一つ助言をしてやろう。お前らは既に、ヘーゲリヒ室長の罠にはまっている」


「ペウッ? ヘーゲリヒ室長の罠?」


 罠と言われて真っ先に思い浮かんだのは、足を挟む金具の罠だ。

 あれをヘーゲリヒ室長がせっせと仕掛けているところをティアは想像した。

 ヘーゲリヒ室長、大変そう……などとティアが大真面目に考えていると、ヒュッターが声をひそめて言う。


「一ヶ月後の魔法戦の詳細、あえて話してないだろ、あの人」


 詳細と言われ、ティアは午前中のヘーゲリヒの言葉を思い出す。


『一ヶ月後、指導室所属の見習い魔術師十二名と、討伐室の魔術師三名とで、魔法戦を行うことが決まった』


『とは言え、全員に武器を取れと言っているわけではないのだよ。一ヶ月後の魔法戦も、各々で得意なことを分担し、どうすれば格上の相手に勝利できるか知恵を絞りたまえ』


 魔法戦について、ヘーゲリヒが言ったのは、これだけだ。

 これのどこが罠なのだろう、と首を捻っていると、レンとセビルが口を開く。


「それ、オレもちょっと気になってた。ヘーゲリヒ室長さ、討伐室の魔術師三名(、、)って言ってたじゃん? つまり、戦うのはオリヴァーさんのお兄さんだけじゃないんだ」


「わたくしは、正確な時間と場所の指定がないことも気になったな。地形の把握は戦争の勝敗を分けるぞ」


 ティアは口を菱形に開いて、「ピロロロロロ」と声を漏らす。

 すごい。ティアは何も気づいていなかった。

 ヒュッターは腕組みをして、うんうん頷きながら言う。


「そういうの、黙ってればそのうち教えてくれると思うだろ? 教えてくれないぞ、ヘーゲリヒ室長は。生徒が自分で調べるように仕向けてるわけだ」


「ピョフゥゥゥ……」


 ティアは思わず戦慄の声を漏らした。

 この場でヒュッターに指摘されなかったら、ティアは何も考えずに魔法戦に挑むことになっていただろう。

 レンが不満そうに唇を尖らせた。


「なんだよそれ。意地悪いなぁ」


「馬ぁー鹿、ヘーゲリヒ室長が言ってただろ。各々で得意なことを分担しろって。つまり、魔術が得意じゃないやつのために情報収集って仕事を作ってくれたわけだ。お前ら向きだろ」


 確かにそうだ。ただ魔法戦をするのなら、既にある程度魔術が使える者しか活躍できない。

 だが、ヘーゲリヒは魔術が使えない者のために、できることを残しておいたのだ。それぞれが、得意分野で協力できるように。

 そこにセビルが口を挟む。


「ちなみに、ヒュッター先生は魔法戦の詳細を知っているのか?」


「いいや、俺も知らされてない。担当指導員全員そうだからな。情報収集するなら、他の部屋もあたらないと駄目ってことだ」


 ティアは今更ながら、ヒュッターが守護室や調査室との交流を重要視した理由を理解した。

 何かを教えてもらうなら、普段から仲良しさんの方が色々教えてもらいやすい──それぐらいは、情報収集に疎いティアでも分かる。

 調査室室長ディールと、部下のおじさん達、守護室のオットー。彼らなら、きちんとお願いすれば、知っていることを教えてくれるだろう。

 交流。確かに大事だ。


「今のお前達がするべきことは、『自分にできそうな魔術を考えつつ、魔法戦の情報収集をする』だ。それを踏まえて、今日の午後は俺の方で行き先を指定するぞ」


 ヒュッターは、まずレンを見た。


「レンはレーム先生の個別指導。レーム先生に時間作って貰ったから、この後すぐに行ってこい」


 ヒュッターの指示にレンが怪訝そうな顔をした。

 ティアとセビルも同じだ。

 ヒュッターにティア達三人の生徒がいるように、レームにも三人の生徒がいるのだ。この時間は、その三人に個別授業をしているはずである。

 三人を代表してレンが訊ねた。


「なんでレーム先生? つーか、オレ、個別指導されるようなことした?」


「行けば分かる。あと、レーム先生は討伐室の元エースだ。フレデリク・ランゲの戦い方についても情報収集してこい」


 見習い魔術師の指導員の一人アンネリーゼ・レームは、短い前髪が特徴の、朗らかで親切なお姉さんである。

 そんな彼女が討伐室の元エースというのが、ティアには意外だった。

 討伐室ということは、魔物退治のプロ。つまり、魔物であるティアにとって警戒すべき相手である。


「あとな、基礎魔術絡みで聞きたいことがあったら、レーム先生かヘーゲリヒ室長を頼っとけ。あの人達、ちょっとすごいぞ」


「そこは、ヒュッター先生を頼るとこじゃないのかよ」


 レンの指摘に、ヒュッターは己の胸に手を当てた。


「俺は幻術を愛し、幻術に愛された、幻術一筋の男だから良いんだよ」


 ヒュッター先生は幻術が大好きなんだなぁ、とティアは思った。

 続けてヒュッターは、セビルに告げる。


「セビルは第二の塔〈金の針〉の守護室で、オットーさんと訓練。既に時間は作ってもらってある。魔法剣の秘訣とかも聞いてこい」


「元よりそのつもりだったが、事前に確認をとってもらえたのはありがたい。感謝する、ヒュッター先生」


「おー、先生だからな」


 丁寧に礼を言うセビルにヒュッターは軽く返し、ちょっとだけ口の端を持ち上げてニヤリと笑った。


「ついでに討伐室の戦い方について情報収集もしてこい。守護室と討伐室は合同訓練することもあるし、どんな魔術を使うかぐらいは知ってるだろ」


「そういえば、オットー殿は討伐室に所属していたことがあると聞く……フレデリク・ランゲと同時期だったかは分からんが、話を振ってみよう」


 レンは第一の塔〈白煙〉でレームに個別指導。

 セビルは第二の塔〈金の針〉の守護室で訓練。

 最後にヒュッターはティアを見て告げる。


「ティアは第三の塔〈水泡〉の管理室に行って、役に立つ魔導具があるか聞いてこい。お前は魔力操作が苦手だろ? それを補助できる魔導具があるかもしれないからな」


「ペゥゥ……」


 ティアはちょっぴり困ってしまった。

 魔導具の製作をしている管理室の存在は知っている。そこで、飛行魔術が使える魔導具を開発しているという話も。

 それを知りつつ、ティアが今まで管理室に行かなかったのには理由がある。


 ──ティアは魔導具に対して、良い印象がないのだ。


 何故、と言われても「なんかやだ」としか言えない。嫌な理由を上手く言語化できない。

 あえて言うなら、魔物は魔導具なんて使わない。魔導具は人間が使う物、という認識が染みついているからだろうか。

 雪猪とジャックに襲われた時、セビルが所持していた魔導具のブローチで危機を回避することができた。魔導具が役に立つ物だということは分かっている。

 だけど、あれぐらい追い詰められた状況でないと、魔導具に手を出そうとは思わないのだ。


 魔力操作が上手くできない。

 ユリウスと揉めたけど、何を話せば良いか分からない。

 魔導具を使うことに積極的になれない。

 そもそも、一ヶ月後の魔法戦にも乗り気じゃない。


 ……課題だらけの現状に、ティアは「ぺヴゥ……」と低く唸った。

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