【幕間】ポッポーダンス
あぁ、やだやだ靴は汚れるし、〈水晶鋲〉にもヒビが入ってるし気分最悪ぅ〜……とボヤキながら、森を歩く一人の男の姿があった。
何もない森には不釣り合いな、華やかな服。手入れの行き届いた艶やかな金髪に白い肌の美貌の男──〈水晶領域〉を出てきた上位種の魔物ジルは、帰る帰るとボヤキつつ、結局はジャックと共に行けるところまで南下していた。
〈水晶鋲〉を刺した魔獣が、どの程度動けるか見てみたかったし、いざとなったら夜になるのを待って、飛んで帰れば良い。
なにより、久しぶりに〈水晶領域〉を離れたのだ。できることなら、人間の一人ぐらいは攫って血を吸いたい。若くて美しい生娘だとなお良い。ついでにジルの容姿に見惚れて、うっとりしながら愛の歌を捧げてくれたりしたら最高だ。
ところが、なかなか人間が見つからない。人里離れた森なのだから、当然と言えば当然だった。
(ジャック坊やは、人間見つけられたかな〜…………あら?)
テクテクと歩いていたジルは、木々の向こう側に人影を見つけて足を止めた。
人間だ。ローブを着た、三、四十歳ほどの男──ということは、〈楔の塔〉の魔術師だろうか。
男は両手を天に掲げ、何やら叫んでいた。
「ポッポポッポポー! ポッポポッポポー!」
必死の形相だった。
「ポッポポッポポー! ポッポポッポポー!」
何あれ怖い、と魔物のジルは、人間の男にドン引きした。
男はしばらく奇声をあげ続けていたが、やがて拳を握りしめ、「くぅっ……」と口惜しげな声を漏らす。
その顔には、深い葛藤が滲んでいた。
「やるしかないか……ポッポーダンスを……」
(ポッポーダンス?)
ジルは少しだけ興味を惹かれた。
彼は歌や踊り、或いは絵画などの人間が生み出す芸術に目がないのだ。特に優雅で美しい作品をジルは好む。
人間の男は苦渋の決意に満ちた顔でローブの裾を翻し、バッと片手を体の横に持ち上げる。
そして、それなりに低く渋い良い声で歌いだした。
「アーユーレディー? (ポッポー!)
ポッポ、ポッポッポポ(HEY!)
ポッポ、ポッポポポポ(HEY!)」
男はまるで前方に観客がいるかのように、持ち上げた指で自身の前方や左右を指さす。
そしてリズムに合わせて体を揺らし、左右にステップを踏み始めた。
「ンッポンッポ、ポッポポー
ンッポンッポ、ポッポポー
ポッポ、ポッポッポポ?(OK!)
ポッポ、ポッポポポ?(YEAH!)」
ポッポポッポ鳴きながら、男がその場でターンを決める。
輝く汗が、太陽の光を浴びてキラキラと輝いた。
「ポッポロッ、ポッポ、ポポポポー
ポルルッポッポ、ポッポポー
ポッポー?(HEY!)
ポッポー?(OK!)
ポ〜〜〜〜〜〜〜〜……ウー、ワァーーーーオ!」
男は天を仰いで「ウー、ワーオ」をし、ハァハァと荒い息を吐きながら前方を見据えた。
そうして指を二本立てた右手を、額の辺りに持ち上げる。
「……センキュー、ポッポー」
そこに空から鳩が一羽舞い降りて、男の頭にちょこんととまる。男が「三号〜〜〜!」と謎の奇声をあげた。
ジルは虚ろな目で、自分がやって来た北の方角を眺める。
〈水晶領域〉を出て最初に出会う人間は、若くて美しい娘が良いと思った。
ジルの容姿に見惚れてうっとりしながら、愛の歌を捧げてくれたらもう最高! ……と思っていたところでの、ポッポーダンスである。
(…………帰ろ)
ポッポーダンスにやる気を削がれた魔物は、フラフラと来た道を引き返した。
帝国は英語圏イメージではないのですが、歌詞は英語っぽい何かの方が温度感が伝わりやすいかと思い、アーユーレディーしています。ご容赦ください。
なお、()内の合いの手も、〈煙狐〉が自分で歌っています。