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【9】分かりやすい目標


 黒獅子皇の妹姫である、〈蛮剣姫〉アデルハイト・セビル・ラメア・クレヴィングを見た瞬間、〈煙狐〉ことカスパー・ヒュッターは思った。


(あー、こりゃ兄妹だ、間違いねぇわ)


 黒獅子皇と蛮剣姫は腹違いの兄妹だが、実によく似ていた。

 顔の作りが似ているというのもあるが、かの黒獅子皇も今ここにいる蛮剣姫も、覇気が隠せていない。

 美人という印象より、覇気の強さの方が印象に残る。生命力が人の体に収まりきっていないのだ。


(こんな歩く覇気みたいな奴が、そうそういてたまるか……)


 そんな歩く覇気ことアデルハイト姫と、そのお供のチビ達を連れて、ヒュッターは共通授業の教室から少し離れたところにある、ヒュッター教室の部屋へと移動した。

 四人の指導員には、それぞれ個別授業用の教室と準備室が与えられている。

 個別授業用の教室は、先ほどの共通授業用の教室を小さくした、作戦室のような雰囲気の部屋だ。

 小さな黒板と三人が並んで座れる長机。あとは資料棚が一つ。それとついでに、ヒュッターは自分が座るための椅子も持ち込んでおいた。立ちっぱなしはダルいからだ。

 ヒュッターは黒板の前の椅子に座り、自分達を見るピカピカの見習い三人を順番に見た。

 蛮剣姫と、金髪少年と、白髪少女──どういう組み合わせだ。


「あ〜〜〜、じゃあ、まず自己紹介からしておくか。夏からここに来た、魔術師組合の〈夢幻の魔術師〉カスパー・ヒュッターだ。得意なのは幻術。それ以外の魔術はそんなに詳しくないから、他の先生を頼るように。以上」


「えっ、なんでそれで、先生やってんだよ……」


 金髪少年のレンが思わずといった顔で呟く。


(ほんとなんでだろーなー、俺も不思議だよ……)


「はい、ヒュッター先生! 幻術ってなに? 魔術と違うの?」


 次に発言したのは、白髪少女のティアだった。

 これは予習してきたので、答えられる質問だ。


「それについては、まず魔法と魔術の違いについてから説明しよう。魔法と魔術の違い、答えらえる奴はいるか?」


 三人とも無言だった。つまり、この三人は魔術については全くの無知なのだ。

 それはヒュッターにとって都合が良かった。これなら、付け焼き刃の知識しかない自分でもどうにかできる。


「魔力を使って火を出したり、風を操ったり、まぁそういうの全般を魔法と言う。精霊が水を操ったり……あとは火竜が火を吐いたり、翼竜があのデカい図体で器用に空を飛ぶのも魔力を使っているから、厳密には魔法に含まれる」


 魔力を使ってりゃ大体魔法。とヒュッターは黒板に書いた。


「人間は精霊や竜みたいな魔法生物と違って、魔力を操るのが得意じゃない。だから、術式を編んで魔力を行使する──そうやって人間が生み出した技術が、魔術だ」


 術式使ってたら魔術(使うのは人間だけ)。とヒュッターは黒板に書き足す。


「でもって、この魔術にも色々あって、火とか水を操る属性魔術、結界を操る結界術、幻影を操る幻術と細かく別れてるわけだ。俺が得意なのはこの幻術。分かったか?」


 ティアはピロロロロと謎の音を発していた。幼児が発するプルルルルという声に似ている。唇を細かく震わせるあれは、大人になってからやれと言われると地味に難しいのだ。ヒュッターはできる。宴会芸の一環でマスターした。


「ピロロロロ……魔法の中に魔術があって、魔術の中に幻術がある……うん、分かった! 先生は魔術の中だと、幻術が得意!」


「おーよしよし。飲み込みが早いな」


「褒められた! ピヨップ!」


 ティアがニコニコ喜んだ。扱いやすそうで大変よろしい。

 これならちょろいな、教師生活……と密かにほくそ笑んでいると、次は蛮剣姫が挙手をする。嫌な予感がした。


「はい、えー……アデルハイト殿下?」


「ここではセビルで構わない」


「あー、セビル様?」


「ティアやレンと同じように扱ってもらおう。今のわたくしは見習い魔術師だ」


 覇気に満ちた態度で、偉そうにへりくだるのはやめてほしい。


(あとで不敬だとか言って処刑するのはやめろよ……?)


 ヒュッターは胃をキリキリさせながら言った。


「はい、セビル。どうぞ」


「ヒュッター先生の幻術を見てみたい」


 やだぁー。と胸の内で呟きつつ、ヒュッターは苦悩する男の顔を取り繕った。

 日の差し込む窓を背に、体を斜めに傾けて、少しだけ俯くのがコツだ。


「そうだな、先に話しておくべきだろう……俺の事情を」


 ヒュッターはチラッと横目で生徒達を見た。三人とも真剣な顔でこちらの話に聞き入っている。真面目でよろしい。

 ヒュッターは続けた。


「俺は確かに幻術が使える……が、無茶な訓練をしすぎてな。今は、魔力操作をすると全身に激痛が走る体になってしまったんだ」


 無詠唱幻術云々は、ここでは口にしないでおく。

 ここでペラペラと話して、生徒から他の指導員の耳に無詠唱幻術の噂が届くと、「魔術師組合には秘密にしたい」という印象が薄れるからだ。

 ヒュッターの苦悶の表情に、生徒達は「えっ、そうなの……」という表情になる。ティアなど本当に心配そうな顔をしていた。


「ヒュッター先生、できてたことができなくなったの? ……それは、とっても苦しい……」


「あぁ、お前らも無理はするなよ。今は若いから良いけど、年取ってからくるからな。ジワジワと……」


 主に肩とか腰に。

 特に〈楔の塔〉に来て、予習や調べごと、それと飲み会続きで、机に突っ伏して寝てしまった時はキツかった。首も背中も腰もバッキバキだ。


「さて、俺の話はもういいだろう。次はお前達の自己紹介を聞かせてもらおうか。名前と……そうだな、どんな魔術を使いたいかを聞かせてくれ。その魔術が得意な先生を教えてやる」


「先生が教えてくれるんじゃねーのかよ」


 すかさずレンが突っ込む。

 分かっていないな、少年よ。とヒュッターは薄く笑った。


「言ったろ、俺は幻術だけだって。それにな、属性魔術全部盛り、結界各種、幻術……それができる魔術師なんて、そうそういねーよ。それもう超人の域だからな?」


 これは本当だ。魔術師は自分の得意分野に突出した者が多いのだが、〈楔の塔〉では特にその傾向が顕著なのだ。

 そもそも、本気で魔術を身につけようと思ったら、一年では足りない。

 あくまでこの一年間は、基礎知識を身につけ、魔術師としての方向性を考えるための時間なのだ。だから、ヒュッターでも指導員をやれている。


「だから、自分が学びたい魔術がハッキリしてるなら、それが得意な魔術師を調べて、個人指導を受ける。これがベストなわけだ」


 ヒュッターはこの〈楔の塔〉に来てから、空き時間を作っては、塔の魔術師達と交流をしてきた。時に、持ち込んだ酒瓶を手土産に、肩を組んで飲んだりもしてきたのだ。

 この〈楔の塔〉の魔術師達の情報は、それなりに把握している。

 レンが机に頬杖をついて、ボソリと言った。


「でもそれって、指導員の存在意義なくね……?」


 その通りである。

 だがヒュッターとしては、自分に存在意義を見出されても困るのだ。だって偽物だし。

 なので彼は、「やれやれ、まったく分かっていないな」と言いたげな顔で肩を竦めた。


「魔術を教えるだけが指導員じゃない。魔術師として進むべき道を共に考え、時に問題解決手段を提案するのが指導員だ。最後に物を言うのはお前ら自身の努力だということを忘れるなよ」


 良い話をしているように見せかけて、さりげなく自分には責任が向かないように話をしめる。これが詐欺師の話術である。


「繰り返すが、進むべき道を考えるにあたって重要なのは、『魔術で何がしたいか』だ」


 ヒュッターは教卓をトントンと指で叩き、自信に満ちた笑みを浮かべた。

 生徒達は話に食いついている。悪くない。そういう聴衆の反応が、ヒュッターはすこぶる大好きだ。


「さぁ、それじゃあ聞かせてくれ。お前達は魔術で何をしたくて、〈楔の塔〉に来た?」


 真っ先に挙手したのは、白髪娘のティア・フォーゲルだ。


「はい! ティアです! 飛行魔術で空を飛びたいです!」


「飛行魔術か。得意なのが二人いたな……どっちかというと短距離で小回りが効くのと、長時間の長距離飛行と、どっちが理想だ?」


「いっぱい飛べるのがいい!」


「じゃあ管理室に行ってみろ。長距離飛行が得意な魔術師がいる。飛行用魔導具の開発もしてるから、興味があるなら見せてもらえ。管理室の室長とは飲み仲間だから、俺の名前を出せば悪いようにはしないだろ」


 管理室は主に魔導具の管理や、研究、製作等を手掛ける部屋だ。ここは職人気質の魔術師が多い。

 室長は気さくな酒飲みジジイなので、ヒュッターは何度か顔を出して一緒に酒を飲んでいる。

 ティアの飛行魔術を使いたいという要望に、適した人物をサラサラと答えるヒュッター。その姿に何か感じるものがあったのか、次はセビルが挙手をした。


「アデルハイト・セビル・ラメア・クレヴィングだ。魔法剣に興味がある。兄を討ち取りたいが、兄の契約精霊二体に手こずっているので、精霊についても学びたい」


「……討ち取る云々は聞かなかったことにするからな? 魔法剣なら討伐室か守護室だな。魔物と戦いたいんなら討伐室、人間を相手にすることを想定しているなら守護室がいい。あと、精霊について知りたいんなら蔵書室だ。あそこの人間は大体精霊に詳しい……が」


 ヒュッターはジトリと半眼になり、セビルに念を押す。


「蔵書室で精霊に詳しい奴ってのは、大抵精霊が好きだから詳しいんだよ。質問に行く時は、『精霊をぶっ殺す方法を教えてくれ』とか言ったら揉めるから、上手いことボカして訊くように」


「なるほど、心得た」


 兄を討ち取る、などとサラッと言ってしまう人物なので若干不安だ。

 セビルが蔵書室に行く前に、もう一度釘を刺しておこうと、ヒュッターは密かに決めた。

 そこにレンが「なぁ、先生」と、頬杖をついて訊ねる。


「そういうのって、オレらみたいな見習いが行って大丈夫なの? まぁ、オレは愛され美少年だから心配してないけど、セビルとか態度でかいし」


 まぁ確かに、皇妹殿下が来たら腰が引けるだろうなぁ、とヒュッターは思う。

 ただ、それはひとまず横に置いて、答えておくことにした。


「〈楔の塔〉は全体的に人手不足と言うか……総務室と財務室以外は新人大歓迎! って感じだからな。礼儀正しく教わりに行けば、喜んで教えてくれる」


「へぇ、総務室と財務室は、人が余ってんの?」


「あそこは〈楔の塔〉の運営に携わる奴が行くとこなんだよ。だから、基本的に新規募集はしない。室長が自分に賛同する有望な新人を引き抜く感じだ」


 セビルが顔をしかめて、「宮廷でも良くあることだな」と呟く。

 あぁ全くその通り。宮廷に限らず、組織ではよくあることだ。


(だからこそ、そういう部署は付け入る隙も多いんだがな)


 詐欺師は胸の内でペロリと舌を出し、表向きは誠実な指導員の顔でレンを見た。


「で、最後にレン。お前は魔術で何がしたくて、〈楔の塔〉に来たんだ?」


「あー、オレは……」


 レンが言葉を濁らせ、視線を泳がせる。その反応でヒュッターはピンときた。


(なるほど、なるほど……)


 だが敢えて何も言わずに無言で答えを待つ。

 やがてレンは頬杖をやめ、椅子の背もたれに背中を預けて口を開いた。

 美少年を自負する顔に、軽薄な自信を貼りつけて。


「魔術で金儲けして、大富豪になって、バスタブで金貨風呂やって、毎日豪華な飯食って、ハーレムを作って、最高ハッピー愛され美少年になる!」


「なんだ、その浅薄極まりない目標は」


 低い声で切り捨てたのはセビルだった。

 ただ冷たく切り捨てただけじゃない。その顔に浮かぶ表情は、明確な軽蔑だ。

 レンが一瞬、痛いところを突かれたような顔をした。だが、すぐさまそれを取り繕って、強気な表情を浮かべる。


「別に綺麗事並べるより良いだろ。明確で分かりやすい目標じゃねーか」


「分かりやすい? それは誰にとっての話だ?」


 レンの肩が小さく震える。

 セビルが鋭く切り込む。


「貴様はその目標とやらを達成して、誰に見せびらかしたいのだ?」


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