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走り出したら……止まらねェンだ、俺ァよ……

 クラス対抗戦が週明けの月曜というところまでやってきていた。俺たちのクラスはだいぶレベルアップしたと感じているし、入学時のレベル的には負けていた相手である黄槍クラスと比べてももはや遜色ないのではないかという気がしている。……警備員ジイさんズには「まだまだじゃな」とか言われてるけどあなたたちレベルになったら騎士団即戦力レベルだよね?

 夜間に忍び込もうとしていたくせ者をその後も3人捕縛した。だけれど彼らが誰の手先なのかは調べてもわからず——むしろ引き渡した学園の兵士が調べている最中に姿を消す(誰かが手引きして逃がす)ような始末だった。もうこの学園ヤバくね? ガバガバなの? オール・ユー・ニード・イズ・権力なの? マジカルミステリーツアーズは名盤だよな(唐突に訪れるオッサンネタ)。

 それ以外にもネズミの死骸が送られてきたり、教室の窓ガラスが割られたりしたけども、死骸のほうはともかく教室のほうは「もしかしたら他クラスへの攻撃かもしれない」という話になって結構大がかりな調査が実施された。結果、王都から追加の兵士が送り込まれて学園のあちこちに歩哨が立つようになってしまった。

 ただでさえクラス対抗戦の前でぴりっとしていたというのに学園内は物々しい空気に包まれている。そのせいか、ウチのクラスへの嫌がらせはぴたりと止んだ。


「……最後の週末だし、今日くらい学園の外で思いっきり模擬戦してもいいと思わない?」

「ダメ」

「でもさ。エクストラスキル込みでの模擬戦の経験が圧倒的に足りてないんだよ。他のクラスに見られないように訓練するなら学園の外しか……」

「ダメ」


 我が同室者の少年(リット)は岩のように頑なである。


「はぁ~……仕方ないか。そんじゃみんなにはこの週末は素振りと、体力回復をしてもらうか」

「それがいいよ。ここで油断して妙な嫌がらせを受けたら元も子もない」

「さすがにもうないと思うんだけどなぁ」

「ボクが調べた範囲では、黄槍クラスのエクストラスキル持ちは10人だから、十分勝てる見込みだよ。今は安全第一で行くべき」

「ズルイよな、向こうは。寮に、付属の戦闘訓練施設があるんだろ?」


 聞いてびっくり。

 黒鋼クラス以外の各寮には外部からのぞき見されないようプライバシー管理もしっかりした戦闘訓練施設があるらしい。屋内型であったり、地下タイプであったり様々のようだけど。

 そんなところまで差があるのかよ。

 黒鋼寮にも作ろうか? いやさすがに建物になると金が足りないか……。


「——ちょっとソーマ。どこに行くの?」


 部屋を出て行こうとした俺とスヴェンにリットが声を掛ける。


「ん、みんなに連絡してこようかと思って」

「……そっか。気をつけて」


 ちょっと寮内で話をしてくるだけなのになにに気をつけるのかという話ではあるのだが、なんだかそのリットの言い方はやけにしっくり来た。


「ってちょっと待って? なんでスヴェンには聞かないんだ?」

「どうせ素振りでしょ」

「……素振りではなく、修行だ」

「ほら」

「修行だ」


 スヴェンは無表情で「修行」と繰り返したがリットはもはや相手にしていない。

 俺が寮内でみんなに連絡して回る一方でスヴェンは寮の裏庭に出て行った。


「後は女子寮か」


 男子寮から出て、女子寮へと向かう——とは言ってもすぐ隣の建物だけどな。

 そういや俺、黒鋼クラスの先輩女子に会ったことないな?

 ……もしやいないとか? あるいは男子と同じく毎晩飲んだくれているとか? あるいはただれた学園生活(性的な意味で)を送っているとか? ムムム、許せん! 新入生にもいろいろ教えていただきたい!

 とかくだらないことを考えていたら。


「——なんだよそのキノコ」

「——猛毒らしいんだわ。血のように真っ赤っかでついた名前が『赤の女王』。うまいこと採取しないと取ろうとしたヤツが死ぬって話で」


 俺の耳は離れた道路を歩く碧盾上級生の会話を耳にした。

 キノコ、という言葉に俺の耳は敏感なのである。


「——そんなのが売れるのか? おっかねえな」

「——加工の方法で希少な薬になるらしいぞ。まあ、命は天秤に掛けられないけどな……」

「——西の森の入口にあるんだっけ」

「——そう。入って真っ直ぐ500メートルくらいかな。苔むした大岩があってそのそばに——」


 マ、マジかよ……。

 あの有名な「赤の女王」、あるいは「鮮血毒茸」、あるいは「即死お化け」と呼ばれてるあのキノコが西の森に……!? クッソ物騒なキノコであるのは間違いないんだが。

 あり得ない話じゃない。「隠者の秘め事」のそばに「赤の女王」があるというのはキノコハンターのセオリーではある。もちろん、発見確率は相当低いんだけど。

 希少性もさることながら、採取時の危険性の高さからも「隠者の秘め事」よりも価値は跳ね上がる。そのサイズと同じ金貨で売れるとか。

 3センチで小金貨(5万円)、5センチで金貨(20万円)、8センチで大金貨(100万円)……もしも10センチを超えると聖金貨(500万円)だ。

 俺にキノコについて教えてくれた行商人のオッサンは、「採り方を教えてやる。見つけたら必ず採れ。死んでも採れ。俺が高値で売ってやるから」と血走った目で言ってたっけ。10歳程度のガキに、死ぬ可能性のあるキノコの採り方教えるんだからどうかしてるけど、嫌いじゃない。


「『赤の女王』があの森に……!?」


 可能性はバッチリある。「隠者の秘め事」があれだけ生えていたんだ。むしろ1本も見つけなかったことがおかしい。

「苔むした大岩」にも心当たりがある。その大岩の周囲で「隠者の秘め事」を5本ほど採取したんだ。

 どうする……採りに行くか? クラス全員の武器をそろえたせいで資金が心許ないのは事実なんだよな。

 今の碧盾上級生の話している感じだと、彼らも積極的に採りたいという感じではなさそうだよな。ただ情報を隠しているわけではないのでこのぶんだとあっという間に広まりそうだ。

 もしも上級生のキノコハンターがそれを聞いたら……!


 ——ほう、俺様の「赤の女王」が生えてきたか……もうそんな時期か。

 ——オホホホ、「赤の女王」はマロのものでごじゃる。

 ——バカ言ってんじゃないわよ!「女王」なんだから採るのはこのアタシよ!


 俺は上級生キノコハンター(幻想)の会話を幻聴した。幻×幻でこれはもはや実在しているのでは? マイナスにマイナスかけるとプラスになるし(困惑)。

 時間との競争だ。


(それに、処置を知らない生徒が採ろうとしたら中毒で死ぬ可能性もある。これは人助けだ、うん。人助け)


 空を見上げると、太陽はまだまだ高い。ひとっ走りすれば夕方までには帰ってこられるだろう。

 ちらりと、「もしや俺を誘い出すための罠では……?」と思ったけど、キノコの話題で釣るとかどんだけピンポイントで不確かな誘いなんだよって話だし、さすがに自意識過剰か。

 黒鋼寮の倉庫に置いておいた黒い模擬剣と採取道具、それに水筒と救急セットを装備する。


「うおおおおお行くぞおおおおおお!」


 俺は走り出した。「赤の女王」は俺のもんだぁぁぁぁぁ!

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