証拠を探せ!
「男子寮は内部の扉でつながってる。カギが掛かってるからこれを使え」
フルチン先輩はポケットからカギを出した。至れり尽くせりではあるんだけど……この人どうやって黄槍寮のカギを手に入れたの? 聞くのが怖いから聞かないでおこう……。
「この時間は集まってカードやボードゲームをしたりするのが黄槍流だ。派閥がきっちりしてるからよ、派閥のトップがいる上級生の部屋に行くんだ」
「集まる、って……誰かの部屋にですか? もしかしてひとり部屋なんですか?」
「お前なあ。4人1部屋とかやってるのは黒鋼だけに決まってるだろ。碧盾ですら平民が2人1部屋がせいぜいで、基本は1人で複数の部屋を持ってる」
1人で、複数の部屋!
格差だ。格差がここにはある……。
「つーかお前、男子寮なんか行ってなにするつもりだ?」
「……えっと、それは……」
「あ、やっぱいーわ。聞かずにおく。聞いたらやべえことになりそうだ」
ふるふるとフルチン先輩は首を横に振りながら、「もし捕まっても俺の名前は出すな」とか「そのカギだけは大事だからどこかに隠せ」とか注意事項をあれこれ言う。さすがフルチン先輩。保身に関しては抜け目ない。
「黒鋼寮の10倍はデカイからな。そのつもりで行けよ。——見つかるんじゃねえぞ」
ビッ、と親指を立てたフルチン先輩は俺の肩をバシンと叩くと廊下を奥へと消えていった。
さて、と——。
「じゃあ俺は、男子寮を目指すか」
廊下に人気はなく、フルチン先輩が言ったとおり男子寮へと続く扉を見つけることができた。
カギを使ってそっとドアを開けると、同じような廊下が続いていた。
ドアには生徒の名前と学年がプレートに書かれており、1年生の名前が続いている。ドアとドアの間隔が広くて、確かに、1人あたりの部屋の広さを感じさせる。
(黒鋼クラスは1年生が5階なのにな……)
1階のエントランスロビーらしき場所に出たとき、俺はようやく1年生が1階にいることの意味を知った。
階段が、動いてる!
エスカレーターだ……。しかも壁沿いに、曲線を描いて上階へとあがっていくサーキュラー階段である。それが、動いている。
え? なにこれ、どういう原理になってるの? ふつうエスカレーターって言ったらベルトに収納されて循環されていくんだろうけど、どう見てもこれは石の階段が床面からせり上がってきているんだけど。
「……魔法だ。魔法に違いない。考えたら負けだ、これ」
エスカレーターがあるから、上の階は上級生が使っている、ということなんだろう。見晴らしがいいほうがいいもんな。
上階からは「アハハハ」といった笑い声が聞こえてくる。フルチン先輩の言っていたとおり、先輩の部屋に集まっているんだろう。貴族ってのも人付き合いが大変なんだな。
(マテューもどっかの先輩んところにいるんだろうか?)
こうして忍び込んでみたものの、マテューがどこかの派閥の下でへこへこしている姿は想像できなかった。だけど、1年生は例外なく部屋にいないっぽいのでマテューも先輩のところにいるんだろう。
俺はエントランスを突っ切って、反対側を捜索する。
使用人がいないのは、表向きは学生の「自立」を促す寮なので、遅い時間にはいないようにしているからなんだろうな。
「おっと……これか」
——1年、マテュー=アクシア=ハンマブルク。
そのプレートを見つけた俺は、そこで立ち止まり、周囲を確認する。
廊下は静まり返っている。
(……ここで見つかったら、それこそ言い逃れできない不法侵入の「証拠」になっちゃうな)
なにかあったら「友だちをたずねに来た」とか言うつもりではあったが、ここからは本気でヤバイ。
俺は心臓がドキドキするのを自覚しながらもドアに耳を当ててみる。……静かだ。ドアに手を掛けるが、カギが掛かっている。
そりゃまあ、そうだよな。
臑に傷なんていくつもあるはずのマテューなら、部屋にカギくらい掛けるだろう。
「すぅ……」
俺は息を吸い込んだ。
カギ開け? そんな器用なことできはしない。
だけどドアを開けるだけなら、簡単だ。
「——
身体が活性化した、瞬間、俺は回し蹴りを放ちドアノブを破壊した。
ガキィンッ、とすさまじい音が鳴ったのですぐさまドアを開けて部屋に滑り込む。室内は暗く、俺はこのときマテューがなんらかの理由で部屋で寝ていたらどうしようと初めて思い当たった。だが、運良くマテューは部屋にいなかった。
マズイな、俺……慣れないことをしているせいで、浮き足立っているらしい。
とはいえ、ここまで来たら後には引き返せない。懐から布きれを取り出して口元を隠し、もう1枚で髪の毛を隠す。パッと見じゃ、誰かはわからないだろう。
廊下の気配をうかがうが、やはり誰かが出てきたような感じもない。
落ち着け。
そして急ごう。
マテューが黒鋼寮によからぬことを仕掛けているという証拠を探すんだ。
* マテュー=アクシア=ハンマブルク *
「アハハハ、なんだよそれ。めっちゃ笑える」
「そうなんですよ~。あれでキアヌ侯爵夫人が主催する夜会に出席するとかいうもんで~」
笑いにはどこか、他人をバカにする響きがあった。
黄槍クラス5年生の部屋に集まっていたのは10人ほどの見目麗しい男子たちだ。
マテューもそのひとりであり、彼は黙って茶を飲んでいた。
「——ところでマテューくん、君のところはクラス対抗戦初めてだろう? どうだい、自信のほどは」
この派閥——と言うには若干弱い、貴族の子弟のゆるやかな集まり。
部屋の主でもあり、マテューと同じ家格である伯爵家の息子がマテューに水を向けた。
「いえ……別に。相手は黒鋼だから、負けるわけはありませんよ」
「だけど、今年の1年の黒鋼クラスは相当ヤバイって話じゃないか?『栄光の世代』だっけ? まさか
伯爵家の息子が言うと、追従するように上級生たちが笑った。その笑いはどこかマテューを軽んじるような響きがあり、マテューの隣に座っていたフランシスが拳を握りしめた。
ここにいる1年生はマテューとフランシスの2人だけだ。黄槍クラスの男子で、伯爵家の出身はこの2人だけでこの会に呼ばれているのは彼らだけだった。
(止めておけ)
(……でも)
(いいから)
目で物を言う、というのはこういうことだろう。マテューの視線に押されるようにフランシスは腕の力を抜いた。
上級生がマテューたちに当てこするように言うのは、これから騎士団への入団であるという彼らにとっては一世一代のビッグイベントであるというのに、今年の1年が目立ちすぎて彼らが霞んでいるからだろう。
上級生の間でも、1年白騎クラスのキールと、第3王子であるジュエルザードの仲が良いことはよく話題になっており、ふたりが会話をしようものならそのウワサだけで数日は話題が持つ。
それほどまでに注目されているのは、第3王子であるジュエルザードも王位に就く可能性がゼロではないからだ。
第1王子クラウンザードの派閥は、本人が学園をとっくに卒業してしまっていることからも少々弱い。
学園内の高位貴族の関心事は、第1王子か、第3王子かというところに集中している。
「先輩方。俺たちは今日はこれで失礼します」
「——なんだい? もうちょっといいじゃないか。私たちは1年生のことが気になっているんだ」
「クラス対抗戦のために準備をしなければならないんでね」
最後は横柄に言うと、マテューはフランシスを連れて部屋を出た。