それは大きな誤解です。それは大きな誤解です(2度言った)
週が明けると、俺はリエリィに会った。リットとは違い、自身が貴族であるリエリィならば情報を持っているかもしれないと思ってのことだ。
「——黒鋼寮を襲撃した人物、ですか」
リエリィは黒鋼寮の風呂が壊れ、窓ガラスを割られたことを知らなかったようだ。緋剣クラスは情報収集に長けているはずなんだけど、それでもリエリィが知らないと言うことは、それくらい黒鋼寮の場所が辺鄙なところにあるということか、あるいはそもそも気にもされていないか。
「犯人は黄槍クラスの手の者ですもの」
「やっぱりそう思う?」
「十中八九。2年生以上では、黒鋼クラスは相変わらず最下位ですから、嫌がらせをする意味がありません」
「状況証拠的にはそれしかないよな……。止めさせる方法とかってないかな?」
「証拠を押さえれば、その情報を使って脅迫することもできるでしょうけれど……」
きょ、脅迫って。
可愛い顔しておっそろしいことを口にするなあ……貴族社会って脅迫とか日常茶飯事なの? 社交界は戦場なの?
「証拠はほとんど残っていないでしょう」
「……
「その内容を記した手紙などが残っている可能性がありますもの」
手紙、か。
学園に出入りしている業者の人たちで、襲撃犯を特定するっていうのは難しそうだ。そもそも彼らは入れ替わりだからよくわからないんだよな。
それに俺が嫌がらせを仕掛ける側だったら、実行犯はさっさと学園から遠ざける——つまりすでに、俺の手の届く範囲にはいないってことだ。
「うーん……対抗戦になったら正面から戦えるのに、こんなのが対抗戦まで続いたらさすがにみんな音を上げるよなあ……」
「ごめんなさい……お役に立てませんでしたもの」
「いやいや! そんなことないよ。俺は貴族的な視点が全然ないからリエリィと話せるのはありがたい。スゲー助かってる」
「ほんとう、ですか……?」
「ほんとほんと。リエリィが俺の立場だったらどうするか教えてくれないかな? どうしたい、でもいいけど」
「わ、わたくしがソーマさんの立場だったら……」
なぜか頬を紅潮させてリエリィがうんうん考え込む。
「……やはり証拠を探すかもしれませんもの」
「そうなるよね」
「はい。ですが……これ以上のお手伝いはちょっと難しいかもしれません……」
へにょり、とリエリィの形の良い眉がハの字になる。
「え!? そ、そんな凹まないで。めっちゃ助かってるって言ったじゃん!」
「でも、でも……わたくしに、そんなふうに頼ってくださったのは……わたくしの『個人的な』意見を聞いてくださったのはソーマさんだけですもの……なのになにもできないのが歯がゆくて……」
「ちょ、それどういうこと?」
聞いてみると、リエリィの家族はリエリィに「命令」するものの「意見」を聞くということはあり得ないのだとか……。
クラスメイトは、情報の交換はするが、そこにどんな「意味」を持たせるかという話はしない。
俺はそれを聞いて——あまりに「空虚」だと思った。
人間関係が薄くて、血が通ってない。
だからこそ人を使って嫌がらせをする。簡単に他人の人生を踏みにじろうとする。
俺は改めて、相手にしている連中の底知れぬ闇を感じた。
「……やっぱり
その一方で、決意を新たにもしていた。
多くの人間を巻き込んでしまうのならば、巻き込まない方法も探すべきだ。嫌がらせを止めさせるにはその証拠が必要、ならば証拠を握ればいいのだ。
感情に訴えかけるよりもはるかに、証拠が物を言う。
目には目を、歯には歯を。
先に仕掛けてきたのは向こうなのだから、それなりの覚悟はしてもらう。
「あ、そうだ。あともうひとつリエリィに聞きたいことがあるんだけど」
立ち上がり、黒鋼寮に戻ろうとした俺はふと思い出してこうたずねた。
「——ホーネット商会とマテューのハンマブルク家ってなにか関係があるのか?
「1年ソーンマルクスです!」
紐で留められただけの、ノブが壊れたドアをバァンッと開いた俺は、日課らしい「夜這い」のために窓から抜け出ようとしているフルチン先輩の首根っこをつかんだ。
「ちょ、お前! なにすんだコラ!」
「先輩、俺言いましたよね……? 大変だったんですよ、『穴蔵鉄血鍛冶工房』と取引再開してもらうの……?」
「知らんッ! なんの話だ!」
「トボけちゃってまぁ。デコさんとボコさんも望んでますし、フルチン先輩を縛り上げて鍛冶工房まで連れて行きましょうかねぇ?」
「…………」
「さて、ロープロープ」
「……そ、それだけは止めてくれ」
観念したらしいフルチン先輩は、こちらへと向き直った。
「つーかお前、その細い身体のどこにそんなバカ力があるんだよ……」
「ま、それは置いておいて。先輩、鍛冶工房の件、チャラにしますから手を貸してください」
「あ? 俺になにやらす気だよ……」
俺は言った。
「夜這いのやり方、教えてください」
フルチン先輩とともに夜の学園へと出て行った。時刻は夜の10時を回っていた。「ヘッ、なんだよ。夜這いしてえなら最初からハッキリ言やぁ、手伝うのもやぶさかじゃねえってのによ」とか得意げにフルチンセンパイは言っていたが、正直に言えば別に夜這いがしたいのではない。
黄槍寮に忍び込むのが目的だ。
証拠があるなら黄槍寮に、だろう。出入りする業者が持っている可能性は限りなく低いし、彼らを追って学園の外に出るのも難易度が高い。だって俺、王都の地理とか全然わからないもん。
そこでフルチン先輩である。
学園内を熟知し、建物への侵入方法もばっちり。もはやただの犯罪者予備軍である。
「おい、こっちだ。気をつけろ……連中のパトロールは、今日は逆ルートだからな」
「そもそも正ルートも知らないから逆とか言われてもわかんないっす」
「さっさと来い」
「はい」
フルチン先輩に連れられて、植え込みから植え込みに走る。学園内は、全身鎧に身を包み、手にはマジックアイテムである鬼火のようなカンテラを持った警備員が徘徊している。肩からタスキがかかっていて「警備員」と書いてあるので大変わかりやすい。
フルチン先輩が「ジジイ」と呼ぶ彼らは、引退した騎士らしい。老人と侮るなかれ。いまだに腕を磨いており第一線で戦う騎士にも劣らないのだとか。……ん? そうか、警備員さんたちは学生じゃ歯が立たないくらい強いのか……。
「ここの窓を3回叩くのを2セット」
いつの間にか黄槍寮の裏手にやってきていた。フルチン先輩が窓を3回2セット叩くと、ロックが外され、窓がからりと開いた。
「入るぞ」
窓から寮内に侵入する——のだが、そこには誰もいなかった。廊下を去っていく気配があったので手引きした人物はさっさといなくなったのだろう。
……そうか、協力者がいればこんなにも簡単に侵入できるんだな。
「ここって女子寮ですか」
俺たちがいるのは用具室っぽいが暗くてよくわからない。古くさくホコリっぽいニオイがして、うっすらと棚に箱が積まれているのが見えた。
「そりゃそうだろ」
「男子寮はどうやったら行けます?」
「……えっ、お前って男が趣味……」
「先輩、誤解です。ケツを押さえながら後じさりしないでください。先輩を狙うわけないでしょ」