<< 前へ次へ >>  更新
82/115

俺の下につけ(アゴくいっ)

書籍版発売から6日! いやー、やれば毎日更新も行けるもんですね(眠眠打破を右手に持って)。

 え。

 うええっ!?

 今いちばん会いたくない相手がそこにはいた——フランシスと同じクラスの、マテュー=アクシア=ハンマブルクだ。

 マテューは傘を差すのがカッコ悪いとでも言いたげに、雨の中、両手をポケットに突っ込んで堂々と立っていた。

 ……いや、傘、差そうぜ?


「お前がレッドアームベア討伐の件、冒険者ギルドに再調査を依頼したらしいな」


 いきなり言われた言葉に、俺は目を瞬かせる。


「……は? はぁ!? な、なんでそんなことになって——」

「フランシスは確かにウソを吐いていた。だが、お前がどうしてしゃしゃり出る? 正面きって黄槍クラスにケンカ売る気か?」

「いやちょっと待てって。ほんと待って。とりあえず一回落ち着こうか? 大きく息を吸って、吐いて——」

「俺は冷静だろうがコラァッ!!」


 それは冷静な人の発言じゃないよね?


「おい、ガリ勉。勉強ができるからって調子に乗ってるんじゃねえ。平民が大半の黒鋼クラスなんざ、どうあがいてもカスだ。——おい、ウチとケンカしたくねえなら、大人しく俺の下につけ」

「……はい?」

「黒鋼クラスはこの俺、マテューの傘下に入る。それで手打ちにしてやる」


 いや、待って待って待って。

 この人、急になに言い出すの? 大体傘下に入るってなんだよ。ここは不良の集まりでテッペン目指して抗争でもしているの? 不運(ハードラック)(ダンス)っちまうの? ああ、あれは暴走族寄りの話か……あのマンガを親父の書庫で見つけたときには、ああ、親父にも若い時代があったんだなって思ったっけ。

 ハッ、前世のことを思い返してる場合じゃねえわ!


「お前、黒鋼クラスを脱落させないのが目的か? それなら俺が、金で解決してやる」


 ウヒョーッ! カッコイイ! 俺も一度でいいから言ってみたいセリフだぜ、それ……。


「その申し出、すげーありがたいけども……」


 なんだコイツ。やけに好戦的につっかかってきたと思ったら「下につけ」?

 別の意図を感じるんだが……。

 それに上から目線がムカつく。黒鋼クラスがカスとかなに言っちゃってんの?


「でもダメだな。そもそも俺、学年1位をキープしなくちゃいけないんだよね。だから誰かの下にはつけない」

「……あ?」

「座学か武技、どっちかで1位を獲り続けないと、退学。そういうふうに学園長と、あとよくわからない童顔のオッサンふう貴族っぽい誰かと約束したんだ」

「学園長、それに……童顔オッサン……あいつかァッ!!」


 マテューは盛大に舌打ちした。え? なに、なに? なにこの子ブチ切れてんの? 思春期なの? ——13歳、もしくは14歳は思春期だわ。なら仕方ない。


「……おいガリ勉」

「なんだよ思春期」

「てめえ殺すぞ」


 そういうとこだぞ、思春期呼ばわりされるのは。


「……学園長と公爵(・・)が相手じゃ少々めんどくせえ。それならお前や、黒鋼クラスはどうでもいい。リット=ホーネットを寄越せ」

「いやほんと、寄越せって言われて、はい、って渡せるもんじゃないでしょ、人って……ていうか、え、リット? リットがなんなん?」

「余計な詮索はするな」

「詮索しろと言わんばかりの情報出すなよ」


 あと、ちょっと待て。

 公爵? 公爵って……今の話の流れ的に童顔オッサンのことか?

 公爵、って確か……王様の血筋がなる貴族の位だよな。

 ……あのオッサン、そんな偉かったのか!?


「それにリットを寄越せとか言われても、ハイそうですかってやれるわけないだろ」

「ハッ、そうかい」


 マテューは鼻で笑った。


「……聞け、平民」


 その目は据わっており、まるで13歳がするような目ではなかった。

 そんな脅しをされたところで、俺の態度は変わらない。第一、寮に肉を卸さないよう圧力掛けたこととか、まだ許してないんだけど?


「てめえにはキッチリ、物事の筋を教えてやらなきゃならねえようだ……覚悟しておけ」


 散々言うだけ言うと、マテューは去っていった。

 なんなんだよ、もう。




   * 臨時碧盾女子寮長会議 *




「中庭の掲示板前で行われた諍いの件」

「見ました」

「当然ばっちり見ました。むしろ話し声が少々聞こえてきました」

「見ましたわ」

「くっ……見そびれましたわ!」

「議長……」

「議長、そういうときにいませんよね……」

「くっ……それでいったいなにがあったんですの!?」

「オラオラ系美男子のマテュー様が平民を相手に、とある男子(・・)を所望したとか……」

「なんという尊き行いぐぶっ」

「ああ! 議長が大量の血を!」

「「殉死」」

「現実が物語を越えてくるとは……ここはやはり」

「「楽園」」

「このこと、『名もなき男爵家の詩人』は知っているのでしょうか」

「……次回の取引の際に、探りを入れてみます」

「さすが1年寮長。是非ともお願いします」


 臨時碧盾女子寮長会議はこうして閉幕した。




   * ソーンマルクス=レック *




 マテューとのやりとりがあったことを当の本人であるリットに話してみた。

 するとリットは肩をぴくりとしたが、


「へー、ボクのなにがそんなに気に入ったのかな? やっぱり見た目? イケメンはスカウトが多くて困っちゃうよね~」


 だなんて言っていた。

 うーん……心当たりはないんだろうか?

 フランシスの停学が明けてから1週間、一応、なんらかの嫌がらせがあるのではと警戒していたけれどもなにもなかった。

 学園で変わったことと言えば、あちこちの建物に修繕の手が入っていることくらいだ。業者が出入りして日々、通路を整備したり、ヒビの入った外壁を直したりしている。

 ボロい黒鋼寮? ええ、まったく修理はされませんね……。

 ハッ、これが嫌がらせ? 地味にもほどがあるだろ!


 あ、そうだ。もっと重要な変化があった。


 ジノブランド先生が約束してくれた「米」が届いたのである。

 いわゆる日本で食べられているジャポニカ米と似ている品種で、インディカ米のような長粒種ではなかった。

 食堂のおばちゃんに米を炊いてもらうと……うん、ちょっともちもちしすぎだけど、美味いわ。でも不思議だな。米食べてツツーと涙が流れるようなことはなかった。「やっぱ米だよな!」くらいの軽いノリで俺の主食になったのだった。

 ちなみにこの米、俺以外に食べる人はいない。

 この世界はふつうに料理が美味いからな……。

 ああ、でもたまにジノブランド先生が米を食べに来るようになったっけ。


「みんな、これからクラス対抗戦の対戦表発表が行われる。ちなみに先生もどんな組み合わせになったのかは知らない」


 その日の授業終わりに、ジノブランド先生が言ったので俺たちも急いで向かった。

 外は相変わらずの雨だったが、すでに小降りで、いつ止んでもおかしくないという状態。

 掲示板の前には多くの生徒が集まっていた。

 学年ごとに掲示される場所が変わるのでここにいるのは1年生ばかりだ。

 いちばん大勢ながら、あちこちに散らばっているのは碧盾クラスだ。

 緋色のスカートの集団もいる。あ、リエリィだ。リエリィもこっちに気がついてほんの少し、表情をほころばせた。


「これから7月のクラス対抗戦の組み合わせ、それに詳細ルールを掲示します。道を空けてください」


 職員の人たちが大きな紙を持ってやってくると、その内容が告知された。



『第1学年 クラス対抗戦 組み合わせ、及び参戦チーム数


 (1)白騎クラス 対 蒼竜クラス (7チーム)

 (2)緋剣クラス 対 碧盾クラス (7チーム)

 (3)黄槍クラス 対 黒鋼クラス (10チーム)』

<< 前へ次へ >>目次  更新