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熱い想い、温かい心

書籍版発売から5日! いよいよ6月も最後の更新です。急に夏がやってきた気がする。

「ぶはーっ! もう……悪いことはしてないのに生きた心地がしなかったよ……」


 ギルドを出た俺は、息を大きく吸った。

 人気の少ない通りで、太陽はだいぶ傾いて、夕陽が家々の屋根を朱色に染めている。


「それで、ソーマ」


 俺の肩をがしっ、とつかんできたリット。


「どういうことかちゃんと説明してもらおうか?」

「わ、わかってるよ……ていうかリット、なんか怖いよ。どうしたんだよ」

「…………」

「確かにリットには話してなかったことはあったけどさ……ごめんって」

「…………」


 むすっ、とした顔でリットはそっぽを向いていたが、ややあって、


「……ソーマが隠し事なんていつものことだろ。それは別に怒ってない」

「そうなの? じゃあ……なに?」

「君、黒鋼クラスのことを『落ちこぼれクラス』だとブラウンさんに説明しただろ」


 あ……。

 俺は確かに、そう言っていた。


「君がそんなことを言ってどうすんだよ!『落ちこぼれなんかじゃない』ところを見せるんじゃなかったのかよ!」

「そ、それは——」


 俺は、単にリットが怒ったのはブラウンさんを勝手に連れてきたことだと思っていた。だけど違った。俺よりもリットは、クラスのことを考えていたのだ……。


「最近の君は、学園の色に染まりつつあるように思う」

「染まる……?」

「貴族はダメなヤツらばかりだと、そう思っているんだろ? 黒鋼クラスだけはがんばってて、他のクラスは家の権威の上にあぐらをかいてるって」

「そんなこと——」


 ない、と言い切れるだろうか。

 俺の頭のどこかで、黄槍クラスはアイドル的な見た目のヤツらばかりで全然苦労していないとか思っているんじゃないか?


「……ある、かもしれない……」

「君がそんなんでどうするんだよ。君が、黒鋼クラスの中心にいるんだよ。それくらいもう自覚しているだろ?」

「…………」

「しっかりしろよ。君までこの世界を色眼鏡で見るなよ」

「……ごめん、リット。お前の言うとおりだ」


 言葉のひとつひとつが胸に突き刺さる。

 差別してほしくない、差別させない、そのためにがんばる——と考えていた俺が、逆差別していたんだ。


「わかってくれたなら、いいよ」


 こいつは、この同室の守銭奴は、誰よりも俺のことをちゃんと見ていてくれたのか。


「うっ、リットぉ……俺、俺は……」

「な、なに泣き出してるんだよ!?」

「うれしくてよぉ……」


 こんなに俺のことを見ていてくれて、さらにはちゃんと忠告までしてくれる。

 めちゃくちゃいいヤツじゃないか!


「泣いたって手数料はまけないからね」


 またもそっぽを向いて頬をふくらましたリットの顔が赤いのは、夕焼けのせいだけとは言えないだろう。

 少しして俺の涙も引っ込んで、ハンカチで鼻を拭った。


「それじゃ……鍛冶工房に行くか。オリザちゃんも待ってるだろうし」

「うん——ってちょっと待って」

「どうした、リット?」

「……君、なにさらっと話を流そうとしてるの? さっきの冒険者のこととか、レッドアームベアのこととか、ボク知らないんだけど!?」


 くっ、そこに気づいたか。


「さあ、洗いざらい全部吐いて!」


 観念した俺は、歩きがてらこれまでのことを話した。レッドアームベアとの遭遇、そして勝利。その後、ブラウンさんたちに会ったことと、レッドアームベアは誰か知らない騎士が倒したと伝えたこと。で、黄槍クラスがなぜか表彰されたこと。


「…………」


 歩くのも止めてリットさんはその場にしゃがみ込んでしまいましたとさ。


「……ソーマさん」

「なんだい、リットさん」

「……そういう、死活的に重要な情報は、なるべく早めに同室の私にも教えていただきたいのですが」


 この丁寧な口調は……アレだな。相当頭に来ているか、この案件自体が相当ヤバイかのどっちかだな……。


「えっと……テキトーにウソで乗り切っちゃえって思って……」

「…………」

「……これってヤバイ?」

「ヤバイよ!!」


 ぴょこんと飛び起きたリットが叫ぶ。怒りと、案件がヤバイのと、両方だったようです。


「もし追跡調査で黄槍クラスの表彰が取り消されたら、ぜっっっっっっっったい恨まれるよ!」

「え、でも俺が倒したこととか言ってないよ?」

「君が冒険者ギルドに情報を流したことはすぐにバレる」

「あ」

「そうしたらアイツ(・・・)がなにを思うか……あ〜〜〜〜〜もう! 黄槍クラスだけは(・・・)ダメだったのに……」

「落ち着けってリット。まあ、今さら敵を作るのは仕方なくね?」

「……この期に及んで脳天気に構えていられる君がうらやましいよ」


 元々黄槍クラスは敵だったまである。肉の供給止めてきたし。

 勝手にレッドアームベア討伐を言い出したのは向こうなので、その点でどうこう言われても仕方ないだろう。


「ぶっちゃけ、なるようにしかならんさ! あっはっはっは」

「そうなんだけどね……なんだかボク」


 リットは続けた。


 ——このままでは終わらないような気がして。


 そう言ったリットの予感は当たることになる。




 俺がそれ(・・)が貼り出されるのを見たのは、ほんとうにたまたまそこを通りがかったからだった。

 3日後、雨が降りしきる中、なんの前触れもなく1枚の通達が学園内の掲示板に貼り出されたのである。


『以下の者を、1週間の通学停止とする。


 1年黄槍クラス フランシス=アクシア=ルードブルク


 理由:騎士として必要不可欠である「正確な報告」義務違反のため』


 つまるところ、フランシスが話した「レッドアームベア討伐」が虚構であったと認められたのだ。


「マジかー……」


 このとき俺はひとりだった。差した傘にぱらぱらと雨音が鳴っている。この世界にも傘はあり、骨はしなやかに曲がっているが使われている素材が魔物素材なんだそうだ。水を弾く性能は何年使ってもまったく落ちないという謎性能である。

 通達を見て、俺は呆けた顔をしていた。

 俺が余計なウソを吐かなかったら、フランシスに魔が差すこともなかった。

 そう思うと、俺が悪いんじゃないのか……という気がしてしまう。俺としてはただ事態がうまく収まって欲しかっただけなのに。

 いやまあね? 勝手にウソ吐いてメダルもらって喜んでるような人だからしょうがないけどね? あと連中が黒鋼寮に肉を卸さないように手を回したんだしね?

 そう考えたら至極当然の報いではないかという気がしてくるから恐ろしい。


「……おい」


 俺の横に、誰かが立った。

レビュー感謝企画!「嗚呼坂剣」さんにもいただきました、ほんとうにありがとうございます。

書き手さんですね。しかも学生! 俺が若いころは(唐突な昔語り)……いや、よくよく思い返すと私も学生のころは小説書きまくってましたね。え、彼女とデート? 男子校だったんや……男はよりどりみどりだったけどな……。

「察知〜」のほうも読んでいただいているようで、ありがとうございます。書き手さんらしい着眼点でレビューを書いていただきました。

レビューは、ページ上部にあるメニューから見に行くことができます!

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