最初の会話はたどたどしく
結論から言おう。
牛フィレステーキ……マジうめええええええええ!
やっべえ、肉やーらけえ。この世界のいいところはちゃんと食文化が発展してるってことだよ。この牛肉だってエイジングしっかりしてるっていうの? 熟成? なんか濃厚? で、とにかくうまい。気取って「焼き加減はレアでな」とか言っちゃったけどなにも言わなければ「レア」で出てくるのがふつうだとオリザちゃんが人を小馬鹿にした目で見てきた。くそぅ、ちょっとばかり大人なパンツはいてるからって!
「食った……めっちゃ食った……」
「あはは。だいぶ気に入ったみたいですね」
「すごく美味かった! こんなにうまい肉食ったの初めてだよ……」
俺が力説すると、取り巻きくんたちが冷笑を浮かべた。くっ、このクライアント会社の社員どもめ!
だけど俺は成人済みの男(人生2周目)。これくらいは流してやるぜ!
「……それで、ラーゲンベルク様はなんでアタシたちを招待したんだ?」
食後のお茶を楽しんでいるとオリザちゃんが噛みつかんばかりに言った。取り巻きくんが不愉快そうに応える。
「男爵家、口を慎め!」
「アンタこそ慎んだらどうだい? ここに招待してくださったのは他ならぬラーゲンベルク様なんだよ。その方の言葉を遮るだけの権力があったっけ? 伯爵家にはさあ」
「この——」
「まあ、まあ」
にこやかにキルトフリューグくんが間に入ると、取り巻きくんは眉間にシワを寄せながらも引き下がる。
あの取り巻きくん、伯爵家の模様。オリザちゃんもちゃんと知ってるんだねえ。偉いねえ。
俺が「褒める目線」を送ると、オリザちゃんは「うぇっ」と気持ち悪そうな顔をした。おいおい。そういうのは一部の嗜好を持つ男子にとってはご褒美だからな、気をつけなさい。
「私は純粋に興味があったのです。これでもかなり勉学に時間を割きまして、ふだんの訓練もおろそかになりがちでずいぶん剣術教官からも叱られていたほどなのですよ。にもかかわらず、一度もお名前を聞いたことがないレックさんが王都最終試験で首席を取られた」
レックさんて。俺のことだけれども。そんなふうに呼ばれたの初めてかもしれない。
「キルトフリューグ様、その件はもう結論が出ているでしょう。その卑劣な平民はカンニングをしたに決まっています」
「え!? いやいや、カンニングて!」
するほどの問題じゃないだろ、あれ。中学1年か2年の数学レベルだぞ。
まあ高校数学になるとワタクシ手も足も出ないのですがデュフフ。いや虚数てなんだよ虚数て。そんなの計算してる俺が虚しいっつう話ですよ。
「妙な決めつけは止めてください。カンニングをしてもどうやってやるのですか。試験問題の幅はあまりにも広いですし、誰かの解答を盗み見るにしてもその人と同じ点は取れても首席は取れません」
おお……キルトフリューグくん、めっちゃ理知的。ほんとに13歳? 俺が13歳だったころって部活の先輩がやたらキレイで先輩のケツばっか目で追いかけてたぞ。
「ならば試験問題を盗んだのでしょう!」
「問題を設定するのは試験の1週間前です。1週間前に問題を手に入れたとしても、解答できる人物など王都広しといえど数人。いずれも名高い研究者です」
「……え? あの、キルトフリューグくんさ、ちょっと聞きたいんだけど——」
取り巻きくんたちが一斉に俺をにらんでくる。ひぇっ!
「あ、ラーゲンベルク様?」
「いえいえ、私のことはキルトフリューグくんと呼んでください。親しい人はキールと呼びますが」
「キールくん、って俺も呼んでいい?」
「もちろんですよ」
にこやかにうなずいたキルトフリューグ……改め、キールくん。天使かな? っていう笑顔でうなずいた。
「キルトフリューグ様!」
取り巻きくんのひとりが、もう我慢できないぃぃキィィィアタシのキルトフリューグ様をぉぉぉという感じで腰を浮かせた。
「いい、と言いましたよ。私が言ったのです」
「……このこと、ジュエルザード王子殿下に報告いたします」
「どうぞ」
キールくんが言うと、我慢できないくんは大股でテーブルから離れていった。
「……いいの?」
「いいんですよ。あなたも、そうなのでしょう?」
「え?」
「他ならぬお兄様の言葉を聞いて……わざとそう話している。違いますか」
一瞬どきりとした。えっ、盗み聞きしてたのバレてる!?
でも違った。
キールくんは、白騎総代の言葉をもう一度口にした。
——大陸の覇者たる我らがクラッテンベルク王国は、
あっちのほうか。
「あれは……お兄様の本心だったのだと思います」
「あの人とキールくんは兄弟なの?」
「従兄弟ですよ」
なるほど。
確かにキールくんの言ったとおり、俺の行動は第3王子の言葉が影響してる。「ひとりぼっち」で戦ってた前世の俺を思い出してさ……。
まあ、俺になにができるわけでもないと思うんだけど、ちょっとくらいは「ひとりぼっち」の手伝いをしてもバチは当たらないよな?
ちょっと勇気は要ったけど、タメ口は正解だったみたいだ。
もちろんそれで「騎士になれませんよ!」ってなったらソッコーで「様付け」する自信がある。靴も舐めまぁす! 俺の目標は安定収入、健康第一!
「平民のレックさんが変わってくださるのなら、それはすばらしいことだと思います」
「ソーマ、でいいよ。レックさんって呼ばれるの、なんか慣れてなくて」
「ソーマくん……ですかね?」
「うんうん」
「あはっ」
キールくんがまばゆいばかりの笑顔になる。
やべえ! これは男の俺ですらクラッとくるぞ! おい、オリザちゃん、ぽーっとしない。リットお前もだ。つーかお前も俺と同じ男だろが。
「あ、ソーマくんの話を遮ってしまいましたね。なにか聞きたかったのでは?」
「そうだった。あの、試験問題のことなんだけど、アレってそんなに難しいの?」
「歴史や論文は、私たちの年齢にしては難しいという感じですが、算術の問題はかなり難しいですね。初歩的な問題から、第一級の研究者でないと解けない問題まで幅広くそろえているようです」
「へー……アレがねえ」
「……風のウワサで聞いたのですが、ソーマくんは算術はほぼ満点だったようですね」
「あ、そうなんだ。計算ミスがあったかもしれないなとは思ってたけど、満点じゃなかったらそれかな。試験終わったら退室していいよと言われてさ、お腹空いてたから見直し1回だけして出てったから」
この年になって12歳向けの問題で満点取れなかったらそれはそれで恥ずかしいよな……。
思わず照れ笑いした俺だけど、
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
え、なに? なんなんこの沈黙?
いやちょっと待てよ……第一級の研究者でなければ解けない問題って言ったか? アレが? 方程式と二次関数がちょっと難しめかな? ってくらいだったぞ……。
うーむ、食事のレベルが高いから忘れがちだったけど、この世界って科学の進みは少々遅いんだよな。魔法の道具があるからなんとなく進んだ技術を身近に感じるところはあるが、それって科学じゃないし。
確か、科学の世界は一部の天才が一気に時代を進めるみたいなこと聞いたことがある……。その天才がいなければ、この世界の科学は遅れているということになる。
「ソーマくん、今度いっしょに勉強会をしませんか?」
天使がちっともうれしくない提案をしてきた。