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それはとても価値のあるものです!(じゅるり)

いよいよ明日、書籍版の発売日です!

私は近所の書店に行く予定です。書店さんにはがんばってもらいたいんや……。自分が子どものころ、よく書店に行ってたもんなぁと思うと、特に最近の書店の売り上げ不振のニュースが心に痛いので。

   * マテュー=アクシア=ハンマブルク *




「……入学早々、『公爵家の天才』に決闘を挑んで負けたお前だって、迫力なんてねえよ」


 それだけ言い返すのが、マテューの精一杯だった。

 そうだ。偉そうに言ってくるこの男だって結局のところ黒鋼クラスに負けたのだ。あの忌々しい平民であるソーンマルクスとかいうヤツにも個人順位で負けている。

 なにより、「蒼竜のエース」として毎年恒例の白騎とのトップ争い——「決闘」を申し込んで負けたのがヴァントールだ。

 相手は、キルトフリューグ。

 マテューたちの派閥であるクラウンザード第1王子と敵対する、ジュエルザード第3王子を支持する者。


「……そいつは、認識が間違ってるぜ……」


 言いながら、ヴァントールは立ち上がった。


「なにがだ」

「せいぜい、俺たちの足を引っ張るんじゃねェや……」


 ヴァントールは蒼竜のクラスメイトを連れ、ぞろぞろと部屋を出て行った。

 最後の1人がいなくなると、黄槍のクラスメイトたちがマテューのそばへとやってくる。


「も~~! ほんっと感じ悪いよな、アイツ!」

「おいおいフランシス。もとはと言えば、お前がレッドアームベアを仕留めたとか言い出したから、つけいる隙を与えたってことだろ」

「僕は、黄槍クラスが存在感を出すために必要だと思ってさ——」


 がやがやと周囲で言い始めたのを、マテューは手で制する。


「……フランシス、例のレッドアームベアとかいうのは、実際には仕留めてねえんだな?」

「え!? ちょ、ちょっと~、マテューまでそれを言う?」

「重要なことだ、答えろ」

「え、ええっと……ま、まあ、正確に言うならそう、かな? で、でもさ! 僕らだってモンスターを殺した経験だってあるし、実家のほうじゃモンスター討伐とかもりもりやってるから、実質的にこの国の安全を守ってるわけじゃん? だから感謝されるのは間違ってないんだよ! うん」

「…………」


 マテューが考えに沈むと、他の連中が「お前それ、詭弁(きべん)っつーんだぞ」「なにその単語。ヤベェな」とか言っている。


(フランシスのウソは予想がついていたが、これほど中身がねえもんだとは思いもしなかった……。じゃあ、冒険者ギルドが言ったとおり、本物のレッドアームベアとかいうモンスターが出現していたとして、そいつはどこに消えた? まさか野放しになっているってことはねえだろう……なんの証拠も持たずに冒険者ギルドが「討伐」を確認するわけがねえ)


 マテューは冒険者ギルドというものの知識を引っ張り出す。

 役所のようでそれよりもずっとラフ。

 互助会のようでそれよりもずっと個人主義。

 つまるところ、個人の裁量でどうにかなってしまうような、あやふやな組織ではあるのだ。だからこそ「規律」と「誇り」で固められた騎士団とは反りが合わない。合うはずもない。


(冒険者ギルド内で、報告がおかしな方向に曲がった(・・・・)ってことか……それこそフランシスのウソが通っちまうくらいにはな。ギルド内にも貴族とうまいことつながっておきたいと思うヤツだっているだろうから、学園から上がった報告を全面的に受け入れて、真実を明らかにするより貴族とつながることを優先したんだろう。……だがそのことと、レッドアームベアの討伐とはなにも関係ねえ。誰かがレッドアームベアを討伐したんだ。あのヴァントールが、あの「狂犬」がブチ切れるほどに凶悪なモンスターを殺したヤツがいるんだ……この近くに(・・・・・)


 背筋がひやりとした。


(上級生にそんな強いヤツらがいるのか? ジュエルザード王子並のヤツがいりゃあ、討伐だってできねえことはねえだろうが……聞いたこともねえな。スキルレベルで言えば1年は上級生に遜色のないタマ(・・)がそろっている。……情報が欲しい。実家に頼んで、スパイを増員してもらおうじゃねえか)


 そのときマテューは、「情報を俺に寄越せ」と言ったヴァントールの顔を思い出した。


(そんなに欲しいならくれてやる……だがそのぶん、お前にも踊ってもらうぜ、ヴァントール。クラウンザード王子も大事だが、俺には俺の、やるべきこと(・・・・・・)があるんだよ)


 ひとり拳を握りしめたマテューに気づいたクラスメイトは、いなかった。




   * ソーンマルクス=レック *




 妹さんが元気になって大喜びのジノブランド先生は、翌日は1日、妹さんについていたらしい。栄養摂取で回復したとはいっても、病床に伏せっていた期間は長いし、まだまだ本調子にはほど遠いからな。

 そんな状態でも先生に会いに来たってことは……よっぽど先生に見せたかったんだろうなあ。元気になったってことを。自分のために兄ががんばっているってことを知っていたから。

 大泣きしていた先生の様子を見たみんなに、俺は先生の身になにがあったのかを説明した。先生はきっと「俺にどんな事情があろうとも、生徒たちにつらい思いをさせたことは変わらない」って言いそうだけど、それでも「事情」を知る権利はみんなにだってあるだろうからさ。

 先生をいまだ許せていなかったクラスメイトたちは神妙な顔をしていたよね。


「ソーンマルクス……お前にはほんとうに世話になった」


 さらに翌日、先生は朝から黒鋼寮にやってきて俺にそう言った。朝食の時間でクラスメイトたちが食堂で食事をしていたんだけど、こっちを気にしてちらちら見ているのも多い。


「ランジーンさん、帰ったんですか?」

「ああ。同じ『黄壊病』に苦しむ人たちを救いたいと張り切っていた」


 おお、すばらしい。

 食事によって治る病気があるのだから、それはどんどん広めたほうがいいよな。


「……それでな、ソーンマルクス。昨日、王都にある薬師の組合に行ってきたんだが、お前が教えてくれた食事による療法だと金を取れないらしい」

「ん? 金? なんのことですか?」

「薬として登録すれば特許料が支払われるのだが……その、精白しない米を食えというのは、特許に値しないということなんだ。ランジーンは多くの人を救えるだろうが、それでお前に金が入っては来ないんだ」

「ああ、いいですよそんなの」

「い、いいのか?『黄壊病』が治せるというのはとんでもないことだぞ」

「いいですいいです」


 そもそも「脚気」の治療とか、俺が研究して得た知識じゃない。マンガで読んだ知識だ。そんなので大金もらったりしたら罪悪感で死にそうだわ。

 楽して金儲けしたいけど、自分で納得できなきゃイヤだよな。


「だが……お前に返しきれない恩ができてしまった」

「あ、じゃあ米くださいよ、米!」

「……米?」


 俺はうんうんとうなずいた。この世界は確かに食事の文化は発展してるんだけど、パンばっかりなんだよな。

 米があることは聞いていたけど、今まで庶民だった俺に米を手に入れる手段なんてなかった。いつか王都で買おうかとか思ってたくらいだもん。


「米なんて売るほどあるぞ。そんなものでいいのか?」

「そんなにあるの!?」


 ああ、米、米だよ、米。

 前世の記憶が戻ってから米を食いたい欲求がすごくて、一時期は夜に眠れず泣いたほどだった。それを過ぎると不思議と欲求が消えて——心がヤバイと思って欲求を封印したのかもしれないけど、ともかく、俺は米をそこまで欲しがらなかった。

 現実的に入手できなかったのが大きいけどな。

 だけどこうして目の前に米が突きつけられたら——欲しい。食べたい。炊きたてのつやつや白米を、脂たっぷりイノシシのバラ肉で食べたら……。ヨダレ出てきた。

レビューいただいてました。「かむすぞ」さん、ありがとうございます! わざわざtwitterで「レビュー書いてもいいですか?」と聞いてくるあたり気が利きすぎるんだよなぁ……。

「察知されない最強職」のほうもお読みいただいているようで、というかどれくらいの方が両方読んでくださっているのかはちょっと気になりますが、それはともかく、どちらも楽しんでいただければ幸いです。

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