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黄と蒼の緊張

書籍版発売まであと2日! 電子書籍も同日発売ですのでよろしくお願いします。

   * マテュー=アクシア=ハンマブルク *




 壁際に並んでいたのは黄槍クラスの1年生男子だ。胸元や腕といった場所に黄色のリボンをワンポイントで巻いている。

 反対側の壁際に並んでいたのは蒼竜クラスの1年生だ。詰め襟のような上着を着てはいたが、ボタンを全部外して赤色のシャツを見せたり、半分くらい開けてみたりと着崩している生徒が多い。こちらは男女混合になっている。

 彼らがにらみ合っているこの1室は、当然のことながら貸し切りとなっていた。

 広々とした部屋だ。中央にぽつんと1つ、テーブルがあるきりで、そこに向き合って座っている2人の生徒がいた。


「で? 今日はなんの用だ、ヴァントール?」


 背もたれに腕をかけ、足を組んでいる姿はお世辞にも貴族らしくはない。だが恵まれた体格と、ワイルドな顔のせいか絵になりそうなほどに似合っており、違和感がない——それこそが黄槍クラスをまとめるマテューの貫禄だった。


「…………」


 腕組みをしてむっつりと座っているのは、今の1年蒼竜クラスをまとめているヴァントール=ランツィア=ハーケンベルク。燃えるような赤い髪を後ろになでつけており、それから漏れた数本が眉間にはらりとかかっている。


「ずいぶん派手にやってるようじゃァねェか……」


 その眼光は獲物を狙う蛇のように鋭く、赤色の瞳がマテューを射貫く。


「……なんの話だよ。回りくどいこと言わねえでさっさと本題に入れ」


 不機嫌そうにマテューが吐き捨てると、壁に並ぶ蒼竜の生徒が「伯爵家ごときが不敬だぞ!」「金回りがいいからと調子に乗っているのか」と声を上げる。ヴァントールは侯爵家出身なので、貴族位としては伯爵よりも1つ上ではある。

 だが反対側の黄槍クラスからは「学園では同じ生徒という建前も忘れたか」「やれやれ、基本原則も覚えられない鳥頭ども」とウンザリした声が上がる。

 ますますヒートアップした蒼竜の生徒が言い返そうとしたときだ。


「うるせェ……」

「お前ら、黙れ」


 クラスのトップ2人ににらまれ、彼らは沈黙した。


「……お前の家から寄越したスパイ(・・・)どもを、蒼竜に近づけんじゃねェ」

「スパイだと?」

「修繕業者を装った、男どものことだ……」

「…………」


 マテューはじっと考えるようにしたが、


「……わかった、実家にはそう言っておく。用事はそれだけか」

「いィや、あと1つ……レッドアームベアを殺したとか、マジで言ってンのか……?」


 ヴァントールがテーブルの上を滑らせて寄越したのは、「ロイヤルスクール・タイムズ」だ。マテューたちが感謝のメダルを贈られた記事が書かれている。


「知らねえな。周りが騒いだんならそうだってことだろうがよ」

「おいおい……まさかとは思うが、お前ら、魔獣との実戦経験は?」

「……あるに決まってんだろ」


 一瞬答えるのに間が空いたのは、実戦経験は確かにある。だがそれは「ゼロではない」という程度のものだからだ。

 というのも貴族であるマテューたちは学園でモンスター討伐の実戦授業があることから、大人の付き添いでモンスターと戦っている。だが、弱らされたモンスターに「トドメを刺す」といった程度のもので、自分の力で未開の地に足を踏み入れ、周囲を警戒しながら敵を探し、知恵を絞ってモンスターを殺す……という類のものではない。


「おィ……」


 直後、ヴァントールが拳をテーブルに叩きつけた。

 がちゃんっ、と音がしてカップやポットが浮いて茶の飛沫がテーブルクロスに散った。


「だったらよォ……口が裂けてもレッドアームベアを殺しただの、フカシてんじゃねェ……!! 張った見栄が剥がれ落ちたら、誰の顔に泥ォ塗ることになると思ってンだ……!!」


 今にも飛びかかってきそうなほどの目でヴァントールがマテューを見据える。

「狂犬ヴァントール」。

 陰ではそう言われている少年であるが、その実力は折り紙付きで、武技、座学ともに学年トップ5に入るという男である。実際、統一テストはルチカとリエリィに挟まれる形で4位だった。

 マテューにとって、感謝メダルを贈られたなどどうでもいいことだった。目立ちたがりである仲間のフランシスの悪い癖(・・・)が出て、落ちていた名誉を拾った程度のつもりだった。他にレッドアームベア討伐の立候補者がいればフランシスもそんなことはしなかったろう。

 それを、ここまでヴァントールが怒るというのは——。


(……レッドアームベアとかいうモンスター、それほどまでに強いのか?)


 いくら英才教育を施された貴族の息子とはいえ、マテューは13歳。そこまでの知識はなかった。モンスターとの戦闘は彼にとってずっと先のことなのだ。


「マテューよォ……さっき俺は、蒼竜にお前のところのスパイを寄越すなと言ったが、もう1つ付け加える」

「あ?」

「お前の得た情報は、全部俺に流せや……」


 さすがにそれは聞き捨てならなかった。

 マテューだけでなく、壁際のクラスメイトたちも気色ばむ。

 ヴァントールが言ったのは明確に「お前は俺の手下になれ」というものだ。たとえ貴族としての格が、ヴァントールのほうが上だとしても、感謝メダルの件では他人の名誉を横取りしたフランシスに非があるのだとしても、到底受け入れられるものではない。


「ヴァントール……お前勘違いしてねえか?」


 マテューの声に怒りが滲む。


「俺たちが支えるベき御方はただひとり、クラウンザード第1王子殿下だ。だが、お前みたく噛みつくだけが能の野郎に、出しゃばらせるつもりはねえよ」

「口だけのカス野郎が言うじゃねェか」

「あァッ!?」


 今度はマテューが拳を叩きつけたが、ヴァントールはギロリとした目をそのままに、口元だけ笑ってみせる。


「クラス順位、下から2番目(・・・・・・)の黄槍クラスじゃァ、誰もびびらねェよ……」

「ッ!!」


 統一テストのことを言われるのが、マテューにとってはいちばんの業腹だった。

 まさかの、5位である。1位は無理だとしても2番手、もしくは3番手に入り込むのが黄槍クラスの「ふつう」だったのだ。

 もちろん年度によっては緋剣クラスに抜かれることもあるのだが、あのクラスはリエルスローズ以外はたいしたことがないと高をくくっていた。

 それが、5位。

 緋剣に抜かれただけでなく、黒鋼クラスに抜かれるとは——実家からは叱責の手紙が山ほど届くし、他のクラスにもこうやって侮られるし、マテューの腸は煮えくりかえっている。

 思えばフランシスがウソを吐いてまで名誉を手に入れようとしたのはこの焦りがあったせいかもしれない。

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