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彼(彼女)の瞳に映るものは 前編

感想で「1日2回更新してもいいのよ?」って言われたので更新しました(素直)。

前ページでの前書きに対する温かいご意見ありがとうございます。物書きは孤独な作業なので、まあ頑張るしかないので、がんばります。

あと登場人物紹介ページ、ね……めっちゃ時間かかるんだよなぁ……。私がメモ書きしか残していないので。でも人数増えてきたし一度まとめたほうがいいかなぁ。

   * リット=ホーネット *




 大陸の覇者たるクラッテンベルク王国の中心地である「王都」には、あらゆるものが集まる。人であり、金であり、ものである。

 日々流れ込む大量の食材、武器、資材、芸術品……それらは目もくらむほどに多い王都の人口を支えているのだが、大部分は大手商会によって押さえられていた。

「ホーネット商会」は食材卸として、王都の経済通ならば誰でも知っている有名商会だ。

 強みは穀物、それに酒。郊外の有力貴族と提携しており、彼らが領民から徴収する穀物を仕入れ、物流に乗せ、王国各地で売ることで大きな利益を上げていた。

「ホーネット商会」は王都にも店舗を出しているが、これは「一般庶民向け」ではなくて、個人や飲食店を相手に商売しているまた「別の商会」向けの商売をしている。B to Bというヤツだ。

 だから、庶民の近くで商売をする必要はない。

 王都でも王族の住まう王城に近い貴族街、その外側に広がっている富裕層の並ぶ一角に店舗を構えていた。

 町並みは優雅だ。石畳はよく整備されており、徒歩で移動する人間は少なく、ほとんどが馬車を利用している。マジックアイテムで動いているらしい自動車も走っていたりするが、王都でも数えるほどしかないアイテムなのでいくら富裕層の住む町といっても見かけることは少ない。

 ただ、そんな町並みにも裏通りはある。家々から出るゴミを出しておいたり、家の使用人たちが出入りするための細い通りである。

 裏通りの建物の陰で、「ホーネット商会」の裏口を見つめていたのは、フード付きのケープを目深にかぶり、見た目はこぎれいながらこの一角にいるには少々安っぽい格好をした少年——いや、中身は少女(・・・・・)のリット=ホーネット(・・・・・)である。


「遅いな……。あっ」


 リットがつぶやいたとき、「ホーネット商会」の裏口が開いてひとりの青年がきょろきょろと周囲を見回した。リットが小さく手を振ると、ハッとして小走りにやってきた。

 馬のように顔が縦長の、純朴そうな青年である。


「どうだった、ホーズ」

「いやあ、どうもこうも……大変でしたよ」

「だからっ、なにがどう大変だったのか教えてよ」


 焦ったようにリットは言う。


「いやあ、あんなことをお嬢(・・)がやるとは私も思ってませんで……びっくりしたっていうか。王都支店長と番頭さんがこもりっきりで相談してて……」

「それで? ちゃんと盗み聞きしたんだろうね?」

「はい、それはもう」


 盗み聞き(・・・・)のところで自慢げに胸を叩かれても反応に困るリットである。


「そう言えばお嬢、手紙かなんか送ったんですか?」

「そうだよ。内密に連絡できる手段がいくつかあるからね。で、ふたりの話し合いの内容は?」


 いまいち要領を得ない青年——ホーズにイライラしながらリットは辛抱強くたずねる。


「ええっと、お嬢は学園に食肉を卸して欲しい……んですよね」

「そう。『ホーネット商会』の名前を出さずにやれるかどうかを支店長に打診したんだ」

あのお嬢(・・・・)からの連絡でしたから、みんなびっくりですよ。私も、こないだこの目でお嬢を見ていなかったら……お嬢が死んでしまった(・・・・・・・)と思ってましたもん……ううっ」

「あー、もう泣かないでよ!? 前回の再会でもずいぶん泣いたでしょ?」

「だけどぉ……みんなもう絶望的だと言っていて……支店長もまず最初に『ほんとうにお嬢からの連絡か?』って疑って……」


 少々決まりが悪そうに、リットは答えた。


「……ごめん、いろいろ隠さなきゃいけなかったから……。あの騒動(・・・・)で生き残ったのは、私だけだし」

「はい、はい。よくわかっております。今はお祖父様が後ろ盾に……?」

「うん。お祖父様は寝たきりだけど、私の姿を隠すくらいならなんとかしてやるって」

「見事ですね……。商会長のお祖父様以外は、お嬢のこと、誰も知らなかったってことですもんね」

「お祖父様も個人的に使えるツテがあるみたいだよ。でなきゃ、私が学園に入学なんてできるはずもなかった」

「そこですよ! お嬢、今ご無事なのですか!? 学園と言ったら、あのハンマブルク家のマテュー子息もいるじゃありませんか。何度か面識があるでしょう!?」

「ま、学園の私は男の子だからね。男の子に欲情するヤツじゃないでしょ」

「はあ、そういうもんですかね……」

「平民として振る舞えば貴族の目からは逃れられる。むしろ地方の屋敷で暮らしているほうが目立つだろう——お祖父様の着眼点は大胆だけど、正しいと思う」

「では学園を出てからはどうなさるのです」

「5年も経っていれば騒ぎは沈静化しているよ……」

「……そう、でございますね……」


 ホーズが悲しげに顔を伏せた。


(……いいヤツだね、ホーズは。『ホーネット商会』とは直接関係のない、私のお父様の家(・・・・・)の事情まで心配してくれている)


 その暗い空気を払うようにリットは声を明るくした。


「それで? 支店長たちは信じてくれた?」

「あ、はい。最初から番頭さんはお嬢からのものだと信じていたようですね。まず、死んだはず(・・・・・)のお嬢を騙るにしても要望が小さすぎると。なんたって学園の黒鋼寮に食肉を卸せ、ですからね。……ってお嬢って黒鋼クラスなんですか!? だだだ大丈夫ですか!? いじめられてたりしませんか!?」

「大丈夫だっての。それで支店長たちはどうするって?」

「あ、は、はい。えーっと、結論から言うと『援助はしないほうがいい』、だそうです」

「えっ……」


 思いがけず、リットの声に失望が表れてしまう。

「ホーネット商会」が扱う物量を考えれば、黒鋼寮の学生を食わせる程度、食肉を卸すことは可能だと考えていた。それも対価ゼロというわけでもなく、相場の金額が支払われるはずである。

 そう難しい要求をしたつもりはリットにはなかったのだ。


「あ、お嬢、すみません、私の言葉が足りずに……。支店長たちの決定は、お嬢のため(・・)を思ってのことです」

「……私の、ため?」

レビューお礼第3弾は「えるまぁ」さん! ありがとうございます。えるまぁさんは書き手で「とある異世界側の事情」という作品を投稿しておられます。ファンタジー世界に蒸気機関を持ち込むとか私のデビュー作「ストーンヒートクレイジー」も同じだったな……と思いつつ、さらに「なろう」でも最初に投稿した「トレジャーハンターに必要な(略)」も近い世界観だったな……と気がつき、私は蒸気機関好きだったんだなと今さら再確認しました。

「現代知識ヒャッホーではなく、現代日本の知識をどう"うまく"利用するかに作者が拘っている」というレビューでの指摘はうれしかったです。今後ともない知恵をひねりながら頑張ります。


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