キールくんの心配
書籍版「学園騎士のレベルアップ!」の書影出ました〜! 今月25日発売です。よろしくお願いします!
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* キルトフリューグ=ソーディア=ラーゲンベルク *
最もお金が掛かっていて、伝統があり、贅沢な寮は——もちろん白騎寮だ。王室に連なる者は例外的に寮暮らしをしないのだが、それでも白騎寮は豪華な造りになっている。
入口の両脇には純白の柱が立ち、神話モチーフの彫刻によって装飾された屋根を支えている。窓は純度の高いガラスが使われており、窓枠には金箔が貼られ、これは毎年貼り直された。
寮内の空間は広々と余裕があり、エントランスホールはまるで舞踏会場の入口のように天井からシャンデリアが下がっている。
今日、1年生白騎クラス男子が集まっている談話室は、たった10人程度の利用だというのに黒鋼寮の食堂よりも広いスペースがあり、テーブルは1つしかなかった。
シミひとつない純白のテーブルクロスが大きなテーブルに張られ、茶器や、美しく盛られた茶菓子が置かれてある。座っている高位貴族の子息の背後にはそれぞれの侍従や執事が立って給仕していた。
寮を出れば彼らも他の学生と同じく、「自分のことは自分でやる」のだが、寮内は実家と同じように暮らせるのである。
「面白い話を、どうもありがとうございます」
そんな高位貴族の中でも、圧倒的なまでの権力、高貴を持っているのがキールだ。
キールに礼を言われた伯爵家の令息はうれしそうに表情を輝かせ、他の男子はつまらなさそうな顔をする。「うまく点数を稼がれた」とでも思っているのだろうか。
もたらされた情報は、こうだ。最近見慣れぬ業者が学園に出入りしているという世間話から始まり、伯爵家の少年はそれがどうやらハンマブルク伯爵家が「無償で」提供しているものらしいと言った。
そんな情報がどうして「面白い話」になるのか、わかっている少年はほとんどいない。キールの取り巻きの中でも縁の深い侯爵家の息子が口を開いた。
「——しかし、ハンマブルク家もよく考えたものですね。学園の老朽化した設備の修繕を申し出て、その業者に学園内の情報を収集させるとは」
「まだ、それと決まったわけではありませんよ」
「ですが……」
「思い込みで取りかかると足をすくわれます。黒鋼クラスの躍進でそれがわかったのではありませんか?」
「…………」
キールの丁寧な返しに、侯爵家の少年は言葉を詰まらせる。
とはいえキールとて、ハンマブルク家——王家とて無視できない財力を誇る伯爵家が、「無償で」学園の修繕を申し出たとは思っていない。ハンマブルク家の跡継ぎであるマテューが、学園で粗略に扱われていないか確認する、あるいは貴族の子弟によるスキャンダルのネタを入手するために学園内に「大人」を潜り込ませているのだろうとは考えている。
ただ、完全に気心の知れた仲間内での会話ならばともかく、白騎クラスもまだまだ団結しきっていない状態で迂闊な発言は危険だ。
(ただでさえ、数人、手が届いていないのは確実ですからね)
このテーブルにいる10人のうち、3人はキールではない別の派閥に属していることがわかっている。キールはジュエルザード第3王子と
つまりクラッテンベルク王国という大きな視野で見ると、キールではなく、次期王に近い貴族家に近づいたほうがいいと考える者がいるのはおかしくないのである。
(それにしても、マテュー=アクシア=ハンマブルクですか……)
知勇兼備とは彼のことを言うのだろう。王都試験、今回の統一テストでも一桁の順位であり、短槍に大盾という戦闘スタイルはかなりのレベルに達していると評判だ。キールと並んでは、テスト首位のソーマ、あとは文武両道の蒼竜クラス筆頭が話題に上がるために影が薄くなりがちだが、学年の頂点に食い込んでくる男子であるのは間違いない。
そしてハンマブルク家は、第1王子派閥である。
ちらり、とキールが斜め後ろの若い執事を見上げると、彼もうなずいて返した。学園内のキールの世話を手配するための執事であり、公爵家の中では「執事見習い」くらいの存在ではあるが、キールと彼の父であるラーゲンベルク公爵とのやりとりはこの執事を通して行われていた。
そんな彼から今週もたらされた情報は、まだキールだけの胸にしまったままだ。
(……彼らが、黒鋼寮の食肉を止めたのはほぼ間違いないこと)
黒鋼寮に食肉を卸していた商会に、ハンマブルク家が圧力をかけた。
国内屈指の財力を持つ貴族家で、蝶よ花よと育てられたマテューの
こういった回りくどい嫌がらせは貴族の得意技だ。今は食肉程度で済んでいるが、今後はどんどんエスカレートしてくるのではないか——とキールは心配だった。
(そのソーマくんは……まったくもう、やはり自分でなんとかしてしまいましたね……)
キールは黒鋼寮の肉問題を解決するべく動き出していたが、「肉がないなら自分で調達する」というわかりやすい方法で解決してしまったソーマのこともすでに聞いていた。
1年生だけで森に行くとは——モンスターも出没するというのになんと危ないことを、と思いつつ、あのクラスには槍の名家出身のトッチョもいるし、すでにエクストラスキルを使えるオリザもいるので、滅多なことがない限り大丈夫だろうと思い直した。
もちろんキールは、そんな野獣狩りにオリザは参加していないことまでは知らないのだが。
「学園騎士のレベルアップ!」の書籍情報は活動報告に書きましたのでそちらをどうぞ!
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