オービットくんの冒険
* オービット=ドライエック *
オービット=ドライエックは建築資材——木材や石材、ガラスに釘などの金物なんかを扱う商会に生まれた。
背が低く、肉体的に恵まれたとは言えなかったが、それでも温かい家庭で育った彼は——家を継ぐ道をあきらめた。自分よりも弟のほうが上背もあり、商人に必要な胆力が優れていると思ったからだ。控えめに言ってもオービットは「ビビリ」だった。
商会の倉庫は暗くて古いのだが、そこにひとりでは入りたがらない。ガタイのいい従業員がいると近寄らない。果ては、年の離れた妹が持ってきたコオロギを見て「ひぇぇぇ!?」と声を上げて失神。
弟に家を継がせるのはいいとして、オービットにも商会経営を手伝ってもらうつもりだった両親もさすがに「これはまずいんじゃね……?」と思うようになる。
そうして選んだ道が、騎士。
騎士になれないまでも、騎士になろうとする過程で心身ともに鍛えられれば……という両親の期待をはるかに超えて、オービットはなんとロイヤルスクールへ入ってしまった。
頭の良さと、身体を鍛えるためにやっていた弓の腕のおかげだった。
だが、クラス分けで放り込まれたのは問題児「黒鋼」クラス。
——あ、これはもうダメです……終わりました。ぼくの学園生活は短かった……。
総代は目の下のクマ、それに唇に金の3連ピアス。
寮長は頭皮に蛇の入れ墨をしたガチムチ。
小さいころから「女の子みた~い」と言われて育てられたオービットにとっては、猛獣の檻に放り込まれたウサギ状態である。
さらさらの髪は耳の上で切りそろえられており、マッシュルームカットに似ている。肌も白く、指も細いので、確かに「女の子みたい」と言われればそうである。
だがオービットはまだまだ甘かった。猛獣は、一見ふつうなヤツの内面にも飼われていたのである。
——連中を見返してやろうぜ。ついてきてくれれば絶対に、みんなをレベルアップさせてやれる。
平民の彼が、貴族たちを相手に、この国の中枢にいる人たちを相手に「見返してやろう」と言った。
そして実際、統一テストでやってしまったのだ——。
「それにしてもソーマのヤツは俺たちをナメ過ぎ○」
「ひとり1匹仕留めても3匹以上は余裕だわな×」
「大きさで勝負するか◇」
そんなオービットだったが、クラスでは特定の誰かと親しいわけでもなく、なんとなく商会出身の男子でまとまっていたもののこういったチーム分けでは弾かれてしまい、マール、バッツ、シッカクの3人に拾われた。
見た目不良っぽい彼ら3人は、オリザの取り巻きであり、こんなんでも一応貴族の子である。本来ならオービットが軽々しく話しかけられる相手ではないのだが、
『ひとり余ってるのか。ちょうど俺たちも3人だから入ったらどうかな×』
と、貴族らしさをまったく感じさせない、軽いノリで入れてくれたのだった。
「あ、あの! お三方はそれぞれ武器が——」
「お三方?○」
「ちょ、なんだよそれ。ふつうに話しかけてくれよ◇」
げらげら笑っている。だが「ふつうに」と言われても困る。同じ平民であるソーマは公爵家の子息相手にタメ口を利いたと聞いているが絶対に無理だ。
実家の商会も、貴族家が大口の顧客である。貴族家の当主はもとより、その家族や、従者が来るだけでも非常に丁重に扱うのだ。それを目にして育ったオービットには「ふつうに」が難しい。
「あ、あのぅ、しかしですね……」
「——卒業したら、俺もお前も、同じ男爵位だ×」
「あっ……」
それは、確かにそうだ。貴族の中でも最低位、しかも世襲できない一代限りの爵位だとしても、学園を卒業すれば貴族の仲間入りとなる。
「その練習だと思って、な×」
「は、はい……!」
オービットはじーんとする。
(いい人だ。この人たち、いい人だ! 夜な夜なオリザ様にムチで叩かれて喜んでいるとか悪いウワサを聞いたけど、そんなの嘘っぱちだった!)
半ば真実のウワサが流れていた。
「オリザ様の蹴りが恋しい○」
「それな×」
「…………」
いい人だけど、やっぱり貴族様の考えることはよくわからないや……。
ちょっと遠い目になるオービットだった。
「あ、あの、ただぼくは、敬語が基本なので……そこは気にしないでもらえるとありがたいです」
「そうなの? 面白いヤツ◇」
面白いヤツ、なんて初めて言われ、オービットはうれしくなった。今まで言われたことがあるのは「女の子みたい」「丁寧すぎて息苦しい」である。
「で、そのぅ……3人の武器は」
「剣○」
「剣×」
「剣◇」
「あ、そ、そうなんですね……」
「特徴なさすぎとか思った?○」
「甘いな〜甘い甘い◇」
すると3人はそれぞれ利き手ではない左手に、
「剣と小盾○」
「剣と剣×」
「剣と大盾◇」
「あ、はい」
「反応薄っ!○」
「だから言ったんだよ、ちょっとくらい違う武器にしようって×」
「やっぱり蹴り……◇」
「あれはオリザ様がやるからいいんだ×」
「だよな○」
「それな◇」
オリザの名前が出るとほんわかしてうなずきあう3人。
これ以上は聞いてはいけない、と商会で育ったオービットの勘が囁く。
「それで、獣の捕り方なんですが……」
「おっ、あそこに狸が!○」
マールが指差した方向に、狸のつがいがいた。まるまる太っており80センチ近くはある巨大狸である。
「狸、マズイんだってよ×」
「見逃すか?◇」
「だけど、とりあえず1匹は確保しておきたくね?○」
「「だな×◇」」
3人で勝手に納得し、
「あ、ちょっ」
「「「うおおおお!!!○×◇」」」
オービットが止める間もなく走り出す3人。
貴族家から来ているだけあり、キチンとした金属鎧を着込んだ3人。
走り慣れない森。さらには完全に疲れが抜けているとも言えない。
ノロノロ走っていくとまずマールが木の根っこに転び、バッツがそのマールにつまずいて転び、シッカクはなにもないところの斜面で転んだ。
「…………」
狸は3人を見ると、すんすんと鼻を鳴らしてからトトトッと森の奥へと逃げた。
「敵ながらやるな○」
「俺たちの気迫に恐れをなしたようだ×」
「ふう……これが実戦か……◇」
立ち上がり土を払う3人に、まったく反省の色はない。
(そ、そういうことなんですね……)
どっと疲れてオービットは木の幹に手をついた。
——なんでもいいから獣の肉を確保すること!
ソーマが出した「課題」の意味。
簡単そうに見えて、そう簡単ではないということだ。
あのソーマが、統一テスト前にはびしばし鍛えてきたソーマが、「簡単な課題」など出すわけがないのだ。
(気を入れてとりかからないと、1匹も獲れなさそうです……)
自分たちの失敗がなにによるものなのかをまったく考えようとしない、いや、そもそも失敗したとも思っていない3人を前に、この「課題の難しさ」を実感するオービットだった。