まず最初に服を脱ぎます
「きょ、今日はまた多いな」
と、門番は目を丸くしていたが、俺たちを通してくれた。昨日のことをちらりと聞かれたが食堂のおばちゃんたちと同じように、弱ってる熊がいたので仕留めたと言ったら納得された。口裏を合わせるのって大事。
「よし、お前ら! これからソーマ
さて、目の前にはだだっ広い草原が広がっていて、俺の前にいるのは30人ほどの男子たち。
うん……アレだな、トッチョの言葉を真に受けた彼らは、昨日のトッチョと同じくらいのガッチガチのフル装備だ。
いやむしろ、ちゃんとした武器をみんなこれだけ持っているということに俺はびっくりだけども。
レザーアーマーはもちろんのこと、金属製のプロテクターやヘルメット、武器は剣が多く、2本
「えーっと……みんな」
一体なにを言われるのか、と興味津々な彼らに、俺は言った。
「狩りを行う森まではおよそ片道10キロ。走ります」
その後、わずかな沈黙の後、絶叫が聞こえた。ふざけんな、とか、だからソーマを信じたらダメなんだ、とかいう怒号まで聞こえてくる。
トッチョは爆笑し、スヴェンはすでに素振りを始めていた。
なんか俺だけ悪者になってるよな、これ!
それから昨日と同じように、1時間ほどかけて森の入口まで走った。後ろを振り返ると死屍累々である。ついてこられないクラスメイトも多くて、最後尾にはトッチョがついて、叱咤激励していた。なんだかんだ面倒見のいいヤツだよな、トッチョも。
ぜーぜー言っているクラスメイトを置いて、俺は先に森へと入った。スヴェンには「弓で鳥を落としてくるだけ」と伝えると、神妙な面持ちでうなずき、流れるような手つきで素振りを始めた。こいつ、素振りをしないと呼吸困難にでもなる病気なの?
「ふう——やっぱ森はいいな」
ひとり森に入って空気を吸う。
虫や鳥の鳴き声は聞こえているのに、さやさやと葉の音も聞こえてきて心が安らぐ。肺いっぱいに森の空気を吸い込むと、自分もまた自然の一部なんだよなという気持ちになるから不思議だ。
昨日よりも多めに、矢を持ってきた。この矢は学園の売店でも購入できるが割高なので、できることなら自作するか王都に安い販売店でもないかなと思っている。
お金が、お金がどんどん足りなくなるんよ……。
剣鉈は昨日のレッドアームベア戦でお亡くなりになったので、刃引きはしてあるが模擬剣を持ってきた。ないよりマシだから……うん……。
「おっ」
鳥を探しながら歩いていくと、俺はふと足下のキノコに気がついた。
まん丸で、まるでニワトリの卵のような形状……その下にしっかりとした柄がついている。
これだけ見ればタマゴタケだ。こいつは食べて美味いキノコなんだけど——タマゴタケは卵みたいな部分が茶色がかったオレンジ色なのだけれど、この茸は……青い。
目が覚めるような青。
間違いない。毒茸だね!
と言いたくなるんだが、
「マ、マジかよ……これ、『隠者の秘め事』じゃん!」
正式名称は知らない。だけど「隠者の秘め事」と言えば知る人ぞ知る薬効高いキノコなのである。
なにに効くのかって?
なんと……コイツを煎じて飲むだけで、男性のアレがアレして夜がビンビンになるのだ!
いやほんとのほんとだから。
俺が過去に1度だけ見つけたときには、村に来た行商人が大喜びで買ってったよ。確か、小金貨1枚だったかな? 日本円で5万円くらいの価値がある。
「ひゃっほー!」
俺、大喜びで「隠者の秘め事」を収穫。若くて性欲もほとんどない今の俺には不要極まりないものだけど、必要な人はいるからね。その気持ち、わからないでもないよ! いつまでも男は男でいたいってことさ!
「あれ……あっちにもある!?」
俺の目は30メートルほど先にある、木の根っこに隠れた「隠者の秘め事」を見つけた。こちらももちろん確保。
「まさか……肉を確保するよりキノコを狩ったほうが効率がいいのでは……」
衝撃の事実である。前回来たときにもそれに気づいていれば……!
と思ったけど、王都でキノコを買い取ってくれる商人を見つけられるかどうかもまだわからないので、これはほどほどにしておこう。ほどほどに……。
あっ、あそこには「星マダラ茸」がッ!? ここはキノコ天国かよぉ!
「おい、ソーマ。おせーよ! いつまで偵察に出てんだよ。こちとらとっくに全員そろって……」
森から出てきた俺にいきなりつっかかってきたトッチョだったが、途端にうさんくさそうな目になる。
「……お前、なに風呂敷で担いでんの?」
「いやーははは。はい、これ仕留めたアカバトね」
「ちょ、待てよ! ハト1羽出す前に、背負ってるもんの中身教えろよ!?」
あれからキノコに熱中してしまい、気がつけば1時間近く経っていた。あわててアカバトを1羽仕留めて戻ってきたというわけ。
トッチョがしきりに俺が背負っている風呂敷包みを気にしているが、キノコの目利きでない彼らに茸狩りをさせるわけにはいかない。素人が手を出すと毒茸にあたるからな。うん。けして稼ぎを独り占めにしようというわけではない。
「じゃ、みんなそろったところで……」
俺は全員に視線を送った。疲れた様子はあったけど、しっかり休めたおかげで今からでも行けそうだな。やはり俺のキノコ採取は有益であった。キノコはあらゆる問題を解決する。
これからなにをやらされるのか? みたいな不安そうな顔はしないで欲しいところだが。
「健康診断をしようか」
俺が言うと、「は?」とトッチョが言った。他の男子たちも「は?」って言った。スヴェンだけが「はい」と言った。
「全員、服脱いで」
にこやかに、安心させるように。両手を開いて俺は手近な男子に近づいていく。クラスでもいちばん幼い顔でいちばん背の低いオービットだ。よーしよしよし、恐れることはない。ちょっとした健康診断だから。ふふふ、リットもなかなかいいアイディアを教えてくれたもんだぜ。健康診断って言えばあまり警戒されないもんな……。
「ヒッ」
あれ? オービットが青ざめた顔で後じさるぞ?
「オービット? こっちへおいで……さあ、服を脱ぐんだ」
「あ、や……」
「大丈夫、怖くないよ? ただの健康診断だよ、俺はウソをつかない。ここには俺たちしかいないし、他の誰に見られる心配もない……安心して服をお脱ぎ」
「あ、あ、あ……」
カタカタカタカタ、と震えたオービットの両目に涙が浮かんで——ってあれ? どうして?
「待て、ソーマ!」
俺とオービットの間に入り込んできたのはトッチョだ。槍の切っ先をこちらに向けている。
「てめえ……まともじゃねえとは思っていたけど、まさか、本気で男好きだったとはな!」
「いやいや、なに冗談言って——あれ?」
俺を取り囲んでみんなが武器を構えているんだけど!?
「見ろよオービットを、こんなに怯えている……」
なんかオービットがトッチョにすがりついてますけど!?
「師匠」
混乱する俺にスヴェンがささやいてくる。
おお、スヴェン、お前だけはわかってくれるよな……リットと話していたあのとき、お前も聞いてたもんな! どうしよう、この状況。俺はただみんなの成長を促すために——。
「トッチョは俺が叩きます。師匠は残りのクラスメイトを」
そうじゃねーよ! なんでガチバトルに行こうとすんだよ!?
それから誤解を解くのに10分くらいかかった。
「——つまりお前は、筋肉の付き方や武器の癖を確認して、俺たちに合ったトレーニング方法を伝授してくれるというわけか?」
「だから最初からそう言ってるじゃん!」
「服脱げ、しか聞こえてねえよ! ボケカス!」
トッチョが武器を下ろすと、他の男子たちも武器を下ろした。
はぁ……疲れた。
「まあ、服は脱がなくてもとりあえず大丈夫だから、騙されたと思って俺のアドバイスを聞いてくれよ」
「断る」
「……は?」
「俺はラングブルク家に伝わる訓練方法でこれまでやってきた。今さらお前に教わることもない」
ほ、ほぉ~……トッチョくん、言いますねぇ?
「他のみんなはどうだ?」
視線を交わし合う男子たち。迷いを感じる。
あー……これは失敗だったな。直球で説明しても、健康診断作戦で行くにしても、もうちょっと考えてやらなきゃダメだったか。
つまるところ彼らは、俺の「座学」については信頼している。それは入学試験「首席」という箔がついているからだ。だけど「武技」はなぁ。戦ってるところはトッチョとの決闘で見せたっきりで——。
「いや待てよトッチョ。お前かっこつけてるけど俺に負けてんじゃん」
「くっ! アレはちょっと油断しただけだ!」
「油断でもなんでもいいけど、俺に負けてんじゃん。じゃあアドバイス聞けよ」
「絶対聞かねぇ!」
ぷい、とトッチョはそっぽを向いたが、逆に彼の反応はみんなを動かしたらしい。あのトッチョも俺を認めているのだ、と。
結局みんなが俺の「健康診断」を受け入れてくれた。
それから俺はひとりずつ呼んで、スヴェンを肉の壁として利用しつつ健康診断——「試行錯誤」によるスキル測定を行った。
「お前、剣だけじゃなくて投擲も行けるだろ?」
「えっ!? なんでわかるの!?」
「お前は大剣向いてないな。弓は今日持ってきてないけど、なんで?」
「……俺が弓を使えること言ったっけ?」
「斧とは珍しいな。もうちょっと頑張ればエクストラスキル使えるようになるぞ」
「ほんとかよ!? 道場の先生にもいつ使えるようになってもおかしくないって言われてたんだ!」
そんなふうにズバズバ言い当てるものだからみんな驚きつつ、興奮していた。
気になったのか、トッチョがこっちをちらちら見てたっけ。
ともかく彼らの希望を聞きながら、今のスキルセットと合わせて、まずは「エクストラスキル」を使えるように導いていこうと思った。とにかく毎日のトレーニングが重要だから、それをやってもらおう。
「それじゃ、森に入る前にチーム分けするぞー」
俺は弓や投擲といった遠距離攻撃ができる男子を含む、4人ずつのチームを作った。いわゆる
それから俺は注意事項をくどくどと説明した。今日はお試しなので、太陽が南中する正午——今から約2時間後になったら引き上げること。迷うような森でもないけど念のためだ。
「君たちに与える課題はたったひとつ……なんでもいいから獣の肉を確保すること!」
と、告げると、
「なんでもいい……って?」
きょとんとした返事が返ってきた。
「なんでもいいと言ったらなんでもいい。鳥でもいいし、ここの森には狸が多いようだから狸でもいい。ああ、とはいっても狸は不味くて食えたもんじゃないけどね」
あはははー、と俺は笑って見せる。
ちら……と見ると、
——もしかして俺たちソーマからめっちゃナメられてる?
——は? 余裕で鹿くらい仕留めますけど?
——絶対鳥。鳥撃ち落とす。
おー、おー、みんな奮起してらっしゃる。
今日はお試し。
まずは、自分が——どれだけ
「それじゃあ、スタート!」
クラスメイトたちは一斉に森へと突入した。
「んじゃ俺たちも行くか」
「チッ、変わり映えしねーメンツだぜ」
「ん~? トッチョくんはお友だちと行ってきても良かったんだよ〜? あっ、ごめんごめん! お友だちはお友だち
「ニヤニヤしてんじゃねーよソーマ!」
トッチョの取り巻きくんたちはちょうど4人だったので、それでチームを組んでしまったのだ。
だもんで、残り物の俺、トッチョ、スヴェンは相変わらずの3人である。
まあ、今日の主旨を考えればそれでいいんだけどね。
「んで、ソーマ。連中、どれくらい獲ってくると思う? 自分たちの食い扶持ぶんくらいは稼げるか?」
「いや、無理でしょ。よくて1羽か2羽。ああ、全員合わせてだよ?」
「……は?」
俺の発言にはトッチョだけでなくスヴェンも驚いた顔をしている。
「俺が最初に、自力で鳥を獲れるようになったのは、狩りを始めて1か月後だもん。自然はそう甘くないってこと。——そんなわけで俺たちは、ガンガン獲るぞ! なんせ、全員、1週間ぶんの肉を確保しなくちゃいけないからな!」
「え、えぇ~……全員ぶんってマジかよ……」
「30人もいれば大量に運べるぞ。今日は鹿狙いで行こう」
「お前最初から、みんなを荷物運びとしてしか見てなかったな!?」
「失礼な。自分の力のなさを知り、長所を伸ばすためのヒントを教え、持久力もつき、チームワークも高まり、荷物も運べる。一石五鳥じゃないか。すばらしいな。誰だこのアイディアを出したの。あ、俺だわ〜。俺天才だわ〜」
「呆れたぜ……」
「さすがは師匠」
「スヴェン、ソーマを全肯定するな。だからこいつが調子に乗るんだよ」
「…………」
「無言で親指立てられても意味わかんねえよ」
奇遇だな、トッチョ。俺もスヴェンは意味わからんわ。
びっくりするほどユートピア