扇動するややふとっちょさん
風呂から上がると、そこは戦場だった。
ロビーではクラスメイトたちがメンチを切りながらしまいには武器まで出てくる始末。
「……ちょっ!?」
なにが起きているのかはすぐにわかった。
ロビーの中央に置かれていたのは大皿——ほかほかの肉が焼かれて置かれてあったんだ。
「おぉい!? この肉は俺が取った肉だろうがよぉ!」
「こっちが先にフォークで刺したんだ!」
「バカ、お前に食わせる肉はねえよ!」
ひぃっ、怖い! 13歳のものとは思えない迫力!
って、びびってる場合じゃねーわ。
「トッチョ、スヴェン……これ、ぼやぼやしてると俺たちの食うぶんもなくなるぞ」
「はい。師匠」
「——ってトッチョは?」
「あちらに」
「あ゛ぁん!? この肉は俺が運んできたんだから俺に食う権利があるだろうがよ!?」
すでにトッチョ、争奪戦に参入していた。
俺とスヴェンも遅ればせながら参戦し、最初に出された焼き鳥は食べられなかったものの、鹿肉のソテーは食べることができた。歯ごたえがしっかりあって肉汁がじゅわっと出てくる。鹿肉特有の臭みは、ハーブ強めのソースによって見事に隠されている。おばちゃんたち、すげえ!
ちなみにレッドアームベアの肉は煮込んでいるので、明日出してくれるのだそうだ。
「あー……食うには食えたけど、全然足りないな。焼き鳥に至っては一口も食えなかった」
ロビーで食後のお茶を飲む。しっかりとハチミツを入れて体力回復も狙っておこう。今日はかなり疲れたからなー。
「わ、悪いな、ソーマ。まさかお前たちがとってきたものだとは思わなくて……」
クラスメイトのひとりがそう言うと、他の生徒たちもどこかばつが悪そうにしている。
うん。俺たちが来たときにもおばちゃん、声を張り上げてたからな?「ソーマくんたちがとってきたものだよ~」ってな? 聞いてたよな? 聞かなかったフリで食欲を最優先したんだよな?
「おい、悪いと思ったヤツら、どうすればいいかわかってんだろうな?」
トッチョが腕組みして立ち上がると、急に偉そうにそんなことを言う。だけどトッチョ、お前、ほっぺたにソースついたまんまだぞ。
「ト、トッチョ〜、勘弁してくれよ。金なんかないって」
「そうだよ。むしろ小遣いもっとあったらレストランで肉食ってる」
「だよなぁ」
「うんうん」
トッチョの取り巻き——というよりは、最近はもうチームトッチョみたいになっている4人の男子が言った。彼らもトッチョと同じ男爵家の出身ではあるが、貧乏貴族なのでお金はほとんどないらしい。
「バーカ、お前らに
畜産の肉に比べればニオイが強いけど、食べ慣れてくると全然気にならない。ましてや一週間も肉を食べてなかった彼らからすれば極上の美味だったろう。
案の定、クラスメイトたちはうんうんとうなずいている。
「俺たちが野獣狩りに行ってきたのはみんな知ってるな?」
うんうん。
「だけどな……持ち帰れた肉は、なんと半分未満なんだ」
その言葉に「えぇっ!」という反応が広がる。俺まで言っちゃった。なんかトッチョの演説って結構うまいし、俺はもう眠いし。
「たった3人で行ったから仕方ねえだろ? なあ、よく考えてみろ。平日は学園があるから狩りになんて行けねえ。ということは今ある肉で来週までもたせなきゃいけないんだ……どうだ? 残りの肉は、今出てきた肉の半分程度しかない」
足りない! という声が上がる。
「だよなぁ」
にやっ、とトッチョが悪い笑顔をした。「師匠の笑い方に似ています」だって、スヴェンが。え、マジ?
「だが明日も1日休みがある。そして俺たちはもう一度狩りに行くつもりだ……だよな、ソーマ!」
「えっ」
明日はゆっくりしてもいいんじゃないの、って思ったのに……。
「うーん、まあ、そうかな?」
「ほら! 3人でこれだけの肉を運んだなら、10人なら? 20人なら? ここにいる全員で行ったらどれだけ運べる?」
おおおおおお、というどよめきが広がっていく。
トッチョ、なかなかうまい
「働かざる者食うべからずだ! 明日、野獣狩りに行くヤツは!?」
はい! はい! はい! はい! と手が挙がる。
「よっしゃ! そしたら朝6時にロビー集合で、飯食ってから出るぞ! 危険を伴う狩りになるからな、
興奮に頬を紅潮させたクラスメイトたちが「おうっ」と威勢良く返事をした。トッチョは満足げに座る——のだけど、その意地悪そうな顔を見て俺は気がついた。
はは~ん、こいつ……わざと「片道10キロ」の情報を伏せたな? でもって今日ひどい目に遭った自分と同じ目に遭わせるつもりだな?
「なんだよ、ソーマ。こっちじろじろ見て」
だけどまあ、それを言ってやるほど俺も性格が悪くもない。可愛らしいトッチョくんのイタズラくらいは見逃してやろうか。
「トッチョ、演説が結構うまいんだなって」
「……バーカ」
複雑そうな顔で、トッチョは言った。
「お前の言いそうなことを真似ただけだよ……」
俺はもっとかわいげがあるはずだと信じたい。
我らが同室のリットくんは夜遅く戻ってきたようで、トッチョの演説を聴くことはできなかった。王都側の出入り口は終日通行可能なのでどうも王都に行っていたらしい。
なので翌日の朝食の場で、昨日なにがあったのかリットにも教えた。
「あー、だからか。こんな朝早くから黒鋼1年男子大集合になってるのは」
「よほどみんな肉に餓えてんだろうな。リットみたくヨーグルトで済まないんだよ、ふつうは」
「え!? あ、まー、ボクはね? 昨晩も王都のレストランでステーキをいただいてきたからね」
なぬ!? こやつ守銭奴のくせにそんなリッチな夜を過ごしていたのか! いやまさか、お金を貯めているのはそういう店に通うため!?
ううーむ、よくよく考えてみるとリットって週末にはいなくなってることが多いんだよな。どこでなにやってるのか聞いたことなかったな。
「だけどさ、ソーマ」
そんなことを考えていた俺へと、リットは身を寄せて囁くように聞いてくる。
「安全面は大丈夫なの?」
「うん、大丈夫」
レッドアームベアが出るなんて聞いていなかったけど、あれはもう倒した。レア中のレアだったんだろうなと思われる。
じゃなきゃ、学園の演習とかで使えないもんな、あの森。
事前に調べた感じだと、もっといっぱい鹿が出るらしいんだわ。だけどレッドアームベアのせいで逃げてたんじゃないかな。今日はもっと獲れるはずだ。
「それにこの野獣狩りを経験させて、武技のレベルアップにもつなげたいと思ってるからさ」
「……ソーマ。わかってる? 君の——」
「あー、はい、はい。わかってるって。俺のユニークスキルはまだスヴェン以外には言ってない」
トッチョにもな。まあアイツは、俺がなんか特別な方法でスキルレベルをあげてるんじゃないかとすでに疑ってるフシがあるけども。
「でもさ、黒鋼クラスのみんなには言いたい気持ちもあるんだよ」
「あのねえ……スヴェンの成長速度を考えてみなよ? これを見たら、ソーマの天稟『
「……ま、またまたぁ、リットさんったらそんな……人を脅かす言い方してぇ」
「うん、ちょっとそれは言い過ぎかもしれないけど、よくても政治の道具に使われたり、駆け引きで命を狙われたりくらいかな」
よくてそれかよ! 法律とか人権とかしっかりあった日本が懐かしいよ!
「でもなリット。これを使わなかったら、他のみんながハッピーになれない」
「うーん……。それじゃこうしたら?」
と、リットは俺にあるアイディアを授けてくれた。
「試行錯誤」は使う。だけどバレないように使うというのだ。
たとえば「健康診断」といったような形で。
その当の本人であるリットは野獣狩りには行かないらしいけど——キールくんから借りている教科書の写本がまだ終わってないからそっちをやってくれるみたいだ。リットさん、マジ感謝。いや待てよ? 教科書の写本で小銭を稼ぎつつしかも肉まで食えるという一石二鳥を狙っているのでは……?