スプラッタ少年と、学園のアイドルと
いやしかし、他の生徒たちからの視線が痛い。
そりゃまあね? 泥だらけ、血まみれで歩いていたらそりゃヒソヒソされちゃうわ。
時間的に夕方で、しかも週末で王都に行ってるヤツらも多いから、人通りが少ないのは助かったけどさ。
「ブハッハハハ! おい、見ろよアレ!」
疲労も限界、精神的にもキツイというときにそんな無遠慮な声が上から降ってきた。
校舎と校舎をつなぐ2階の渡り廊下だ。すらりとした長身男子が5人ほど——しかも全員容姿端麗、腕にそろいの黄色いリボンとなればわかりやすい。
「黄槍」クラスだ。何年生かはわからないけど、俺と同い年くらいに見える。
「マテューの言ったとおりだ! 黒鋼の連中、肉がないとなったら自分たちで取りに行きやがった。ウケるんだけど!」
「そんなに肉食いたいのかねえ? 金出して学園レストラン行けばいいのに」
「だよな。あのレストランは、味はそこそこだが普段使いするのにはそう悪くない」
「おいおい、そう言ってやるなよ。レストランだって金が掛かるんだぞ? 金がないからって授業を自分たちでやるような黒鋼クラスがレストラン行けるわけないだろ」
「いや、レストランには来ていたようだぞ。ただ、蒼竜ににらまれて逃げ帰ったとか……」
「俺が聞いたのは、家畜の餌を食ってるってことだけど?」
「マジかよ! ウケる!」
ぎゃははははと大声で笑っている。
おいおい、ニンジンのエピソードが他クラスまで伝わるの早すぎない?
「……ソーマ、止めとけ。アイツらはあれでも子爵家や伯爵家の子弟だ」
「止めとけってなに。なんか言い返す元気もないんだけど」
「お前のことだから100%噛みつくと思った」
「師匠。お供します」
こいつらほんと俺のことなんだと思ってるの?
「ハンッ、家畜くせえと思ったら、それ以下じゃねえか」
ぎゃははと笑っている中で、ひとりだけ黙っていたヤツが最後に口を開いた。
紫色の髪は襟足が長く、瞳の紫は地黒の肌によく映えている。ぎらりとした肉食獣的な目元といい、アレだな、5人組アイドルのリーダー格「俺様」だな。
「行くぞ。ニオイがこっちまで移る」
「だねだね。今日は先輩女子たちとディナーだしね」
「ちょっと遅れて行くくらいがちょうどいいんだよ」
「ひゅ~、大物だねえ」
がやがやと去っていく5人組。
もうね、レストランで絡んできた蒼竜といい、なんなんだか。
「……ハンマブルク伯爵家のマテューか。お前、あんなのにまで目をつけられてんのか?」
「有名人?」
俺が聞くと、トッチョは長々とため息を吐いた。
「国内屈指の資産家の貴族だよ。アイツらの資金力は王家もバカにできないほどさ。ていうかその上見た目もあんだけ整ってるだろ? ほんと死ねって思うわ」
おい本音。
「あーあ、テストで目立ったってだけで、こんなにあちこちからにらまれるとはなぁ?」
「まあまあ、トッチョもそんなに不安がるなよ。とりあえず肉を持って帰るのが先だ。簡単な料理なら今日の夕食に出してもらえるだろ」
「……おいちょっと待て、にらまれてるのお前だからな?」
「認めない!」
俺は走った。おばちゃんたちの待つ厨房まで。めんどくさいあれこれ全部を置き去りにできたらどれだけ気が楽になることか……。
アンタこれレッドアームベアの腕じゃないのぉ! この腕は煮込んだら絶品なのよぉ! と、おばちゃんたちは俺の想像をはるかに上回る反応をしてくれた。ささくれだった俺の心もほっこりである。やはりおばちゃんたちは癒やし。本音で言えばその半分くらいの年齢の女性に甘えたいです。
レッドアームベアについてはすでに攻撃を受けて弱っていた個体を倒したとウソを吐いた。正直に話して心配されるのも面倒だったし、おばちゃんたちは獣の強さをよくわかっていないのでウソは通った。「通ったウソ」のことなんていうか知ってる?「じじつ」である。
とりあえずおばちゃんたちに肉を預け、俺たちは風呂へ。
「ぶはーっ! 最高だな」
ざばざばと血やら泥やらを洗い流して湯船に浸かると、そんな声が出た。
この大浴場はほんのり薄暗く、セメントのような、砂岩のような、黄色っぽい壁と浴槽がある。洗い場は10人ぶんで、俺たち以外に利用者はいない。先輩たちは週末には王都に行くし、他のクラスメイトは今ごろ野菜オンリーの夕飯だろう。ふっふっふ、メインディッシュがこれから来るとも知らずになっ!
「ソーマ……お前なんかオッサンくさいよな?」
太っちょ改めやや太っちょトッチョがそろりと浴槽へ入ってきた。
「お前こそ男のくせにしずしずと風呂に入ってきやがって。こういうのはだばーっと入るもんだろう。あ゛~~~疲れが染み出すんじゃぁ~~~」
「……なあスヴェン。平民ってこんな感じで風呂に入るのか?」
「あ゛~~~師匠がやることは正義です~~~」
「無表情でやんなよな!? 気色悪い!」
うん。無表情のスヴェンはもうちょっと顔を改善すべきだと俺も思う。
3人並んで、今日一日の疲れを癒す。
さすがに俺も疲れたわ。ていうか剣鉈なくなっちまったな……どうすっかな。
「師匠」
「ん?」
「レッドアームベアを倒したあの技は、エクストラスキルでしょうか?」
「そうだよ。【刀剣術】レベル300で出てくる『
鞘に納めた状態からじゃないと発動しないし、スラッシュと違って遠距離攻撃はできない。だけど、その剣筋はとてつもなく速くて回避不可能というレベルだ。さらには切れ味も研ぎ澄まされているからあれだけ硬いレッドアームベアの皮も切り裂く。
「お、俺も、できるでしょうかっ!」
「近い近い。興奮してるのはわかるがなんで顔は無表情なんだよ」
のしかかってきそうなスヴェンを押しやった。
「スヴェンは【剣術】だから、違うスキルになると思うけど……」
「……【剣術】の2つ目のエクストラスキルは『
「知っているのか
「当然だろ。騎士隊長はもちろん、いわゆる腕利きと呼ばれる人たちなら使いこなすスキルだ」
「ほーん……。だってよ。よかったな、スヴェン!」
「……俺は師匠と同じヤツがいいです……」
なにこの子。かわいい。でも俺よりデカイし無表情。
「いやいや、使い方次第だろ? お前がどういう剣士になりたいかによって変わる。どうしても【刀剣術】がよければ、刀類の武器を探して訓練すればそっちに切り替わるだろうし」
「俺が、どういう剣士になりたいか……」
腕組みして考え出したスヴェン。
まあ、これからどうしていきたいかなんて13歳に言われてもわからないよな。
やがて見つかるだろう、うん。
「お前らな! 俺の話を聞いてなかったのかよ!?」
とかしみじみ思ってたらトッチョがざばっと立ち上がった。
「お、おう……どうした? 思春期か?」
聞くまでもない。思春期だったわ。
「ちげーよアホ! 騎士団長とか腕利きとか、名人とか、それくらいの人たちしか使えねーんだよ!?【剣術】の300スキルがそれで、400はエクストラボーナスなんだよ!」
「あ、うん、知ってる」
「『知ってる』じゃねーよ! いいか? 次のエクストラスキルはレベル500だ。レベル500! そんなところまで【剣術】極めたヤツはこの国に5人もいねえの! つまり、実質的に【剣術】の最高スキルは『
ほほー。なるほどねえ。
確かに武器を1つに絞ってその研鑽ばかり積んだとしても、適切な訓練方法を知らなかったり、いろんな事情で日々の「スキルレベル維持」ができなかった場合はごりごり減るわけだし、そんなこんなでレベル500にまで至る人間はごく少数なんだろうな。
そして至った人たちはこんなふうに呼ばれるんだろう——「剣術バカ」ってな。
「スヴェン」
「はい、師匠」
「今年中に、『
「!!」
びくりとしたスヴェンだったが、
「——はい!!」
といい返事をした。
「はぁ……コイツら、バカだわ。全然わかってねえ。レベルなんてどんどん上がりにくくなるってのに」
ざぶんと湯船に戻ったトッチョがぼやいた。
「【槍術】の300スキルはなんなんだ?」
「……そんなことお前に言ってもしょうがねーだろ」
「トッチョだって使えるようになりたいんじゃないのか?」
にやり、と俺がしてみせると、鼻の頭にシワを寄せたトッチョはむむむと唸った。こいつ、今さら気づいた……というか受け入れたな。すでに俺がレベル300に到達しているという事実に。レベルが上がりにくくなるってことくらい俺だって百も承知なのだということに。
「【槍術】のレベル300は……『
「じゃ、トッチョの今年の目標はそれだな」
「だからっ……!」
立ち上がりかけたトッチョは、そのまま座り直す。にやにやしてる俺に毒気を抜かれた、みたいな顔だ。
「勝手に言ってろ」
だけど否定は、しなかった。