森の中って生き返るゥ〜!(by凍死した男)
「はあ、はぁっ、はあ、ぜえ、ぜえ、はあ……」
「…………」
それから1時間ほどかかって森の入口に到着したころには、トッチョはすでに動けず、スヴェンに至っては無言で嘔吐していた。
「お前らさあ、ちゃんと体力つけろよな?」
「て、て、てめぇ……ああ、もう、クソ、な、なにか言う気も起きねえ……」
トッチョもスヴェンも根性あるヤツらだと思っていたけどまだまだだな。というか
これが、実家の隣に住んでたレプラ(12歳・野生児)ならば、もうとっくに森に入って鳥の1羽でも仕留めてるぞ。
「じゃ、俺は先に入ってるから。後で来るからそれまで体力回復させておけよ」
「…………」
「…………」
ふたりして大の字になって伸びている。無言は了承ととらえた俺はさっさと森へと入った。
広葉樹が広々と枝を伸ばし、葉の屋根を作っている。吹き抜ける風は清々しい。足下はふかふかの腐葉土で——獣道以外は、本気で走ったら足を取られるなこれは。
俺は地面を注意して見る。大型獣の痕跡は非常にわかりやすく残り、獣道をたどればどんな獣が、どれくらいの大きさで、何頭いるのかがわかる。
特に肉食獣は要注意だが、その痕跡はまったく見えない——というか小型獣しかいないな、ここ。狸やムジナの類だ。生命の危険はなさそうだけど、それはそれでちょっと残念か。
鹿とかイノシシは……もっと森の奥かな〜?
「よし、鳥を狙おう」
耳を澄ませる。
ふむふむ、5種類の鳥の鳴き声か。野生児レプラですら発見困難なキンコン鳥の硬質な鳴き声。雀とシジュウカラを掛け合わせたような小鳥、キビタキに似ている小鳥、鳩、それにツグミか?
この中で獲物を選ぶとするなら、鳩だな。
他の鳥だと
日本にいるときマンガで読んだ知識だと、鳩は鳩でも日本でよく見かけるのはアオバト、ドバト、キジバトの3種類だ。でも狩猟対象はキジバトだけなんだよな。公園にいる首の青いヤツはドバトなので獲ったらダメ。獲られないとわかっているからこそアイツらは人間の近くに寄ってきて虎視眈々と人の弁当を狙ってくる。人間ナメてるよね、アイツら?
そういや、俺が凍死した公園にもドバトがいたっけ……。
「——ぃよしっ」
枝に留まっていた鳩を——首が赤いのでアカバトと俺は呼んでいるが異世界オリジナルである——矢で貫いた。
矢は、突き抜けずに途中で止まり、鳩は墜落するようにストンと地面に落ちてきた。
俺が持っているような短弓だと射程距離は30メートルがいいところだ。それも、矢が山なりに飛んでいくので獲物までの距離を正確に目測する技術が必要になる。
その点俺は、【空中機動】のエクストラスキル「
「うししし、今夜はフライドチキン……じゃなかった、鳩って英語でなんて言うんだ? まあいいや、揚げ鳥が食えるな。む、油はちょっと高いから揚げるのは無理か……実家にいたときには野獣を仕留めまくってその脂で揚げ物作ってたんだけどなあ」
ブツブツ言いながら俺はアカバトを拾い上げる。くたりとした柔らかな鳥から、矢を抜く——
仕留めたばかりの鳥は温かい。日持ちさせるなら針金を曲げて作る
ちなみに言うとアカバトはめっちゃ美味い。肉もしっかりついてるし。
アカバトの羽が開かないよう身体をくるりと紐で縛り、足をまとめて腰紐にぶら下げた。逆さづりである。
「さて。それじゃバシバシ獲りますか」
そんな感じで俺は狩りを続ける。
気持ちとしては4本足——鹿やイノシシに出会いたかった。取れる肉の量が全然違うからな。
とはいえ鳥だけでも十分な収穫量は期待できる。なんせ、野鳥はわんさかいるのだ。鳥の食べる果物も、穀物も、虫も、この世界には豊富だ。
鳥の敵は鳥。より大きな鳥——猛禽類が鳥を食ったりもするが、その程度のもので、この世界は実のところ野鳥の楽園だ。人間が自然を破壊して鳥の住める場所を狭めない限りは。
「よっ。ほっ。ほいっ。そいっ」
見かけるを幸いと俺は矢を撃ちまくった。百発百中にはほど遠くて、いいとこ百発十中くらいなのだけど的が多いので撃ちまくれる。そして外しても回収できるのが矢のいいところだな……と言いながら数本は木の高いところに刺さってしまって回収不能になってしまったけど。
くっ。こういうときにレプラがいればささっと登らせて回収させるのに……!
「——おーい、トッチョ。スヴェン」
そんなこんな1時間ほど狩りをして、森の入口へと戻った。トッチョは起き上がって岩に腰を下ろし、スヴェンは素振りを始めていた。元気なようでなによりだ。
「遅せえよソーマ! てめえ、いつまでひとりで……勝手に……行動して……」
「なんだよトッチョ。次話す言葉を忘れたとかボケるにしても早すぎるぞ」
「ボケてねえよ!? なんだよその——鳥の量!」
「ああ。これ?」
実は途中で腰に結べなくなってしまったので、拾った木の棒にぶら下げるようにしたんだよな。
腰にぶら下げたのと合わせて、えーっと……。
「20羽くらいはいるかな」
「どういうことだよ!? 獲りすぎだろ!? おかしいだろ!!」
「さすが師匠」
「お前もちょっとは疑えよ!?」
おお、トッチョがスヴェンにツッコミを入れている。よかったな、リット。新たなツッコミ要員が誕生したぞ。
「んで、どうする? ふたりは
「…………」
「…………」
俺が挑発気味にそう言うと、
「行きます」
「行くに決まってんだろ!」
ふたりとも食い気味に、言った。
そうこなくちゃ。
「——それで師匠。俺は弓を使えません」
森に入るとスヴェンは言った。
トッチョはと言えば、俺が狩ったアカバトやらなんやらを探して頭上を見やりながらきょろきょろしていた。
「……全然鳥が見当たらねぇ……」
「『声はすれども姿は見えず』ってな。慣れてくれば見えるようになるよ」
ちなみに語源は全然狩猟とは関係ない和歌だったりするけど。
「で、まあふたりの武器を考えたときに、鳥を相手にするのはちょっとナンセンスだ」
俺が獲ってきた20羽ほどの鳥は森の入口、高いところに引っかけてきた。カラスとかがいたら危険だけど、まあ大丈夫……たぶん大丈夫だろう。そう信じる。信じたからな、カラス! フラグとかじゃないからな!
「なので、4本足を狙う。鹿やイノシシといった大型の獣だ」
その言葉に、トッチョがにやりとし、スヴェンは無言ながらも頬を紅潮させた。やる気十分で結構。
「注意点がいくつかあるのでちゃんと聞いてくれ。——まず、舐めてかかると死ぬ」
「むちゃくちゃな注意点から始まったな」
「4本足を、罠も飛び道具もなしでやるんだからそりゃそうだろ。戦うときは必ず2人で一組になって戦う。スヴェンが右ならトッチョは左、という感じで左右に分かれるときに絶対ぶつからないように決めておいてくれ」
トッチョとスヴェンが視線を交わし、うなずき合う。
「基本、俺が
「!」
「…………」
ふたりとも、お互いがエクストラスキルを使えることをすでに知っている。だが実戦で——刃のある武器で使うのは初めてだろう。
緊張感が出てきたな。いい傾向だ。
「それじゃあ……待つのはあのあたりかな。探してくるからふたりで打ち合わせしておいて」
俺が指したのはちょっとした藪と藪ができた間の道だ。そこまで追い込めればトップスピードになった4本足は獣道を走る。
さすがに「瞬発力+1」があったとしても4本足の獣に追いつくのは無理だ。瞬間的にはいいんだけど、持久力がない。
かといって勢子をやらせるにしてもあのふたりじゃ経験が少なすぎる。不安はあるけれども
まあ、直線的に突っ込んで来るイノシシでもなければ大抵は横を抜けていくから、危険は少ないやろ!(フラグ)
(にしても、ちょっと少ないな)
このくらいの森ならすぐにも鹿あたりに遭遇しそうなものなんだけど……鳥を狙っていたときも思ったけど、全然見かけない。
なんか理由があるのかな? あるいは俺のリアルラックに問題が?
……後者の可能性、大いにある。
(おっ、見つけ!)
鹿の獣道を発見。鹿の足跡とフンは非常にわかりやすい。
それから索敵すること10分。俺は鹿を見つけた。鹿ってのは1年もあれば子どもを産めるほどの個体になるために繁殖が早い。日本で鹿の食害——農作物が食われてしまうことが問題になっているのは、成長が早いこともある。
さらには鹿の天敵である狼が絶滅し、牛や豚の畜産も盛んになって食肉の消費も少なくなって需要がなくなり、人間もまた獲らなくなったからだと言われてる。
だけどこの世界にはまだまだ狼がいるので、こうして鹿を見つけられ、なおかつそれが牝鹿だったことはラッキーだろう。牡鹿だったら角があって、下手すると突っ込まれ、腹に刺さって死んだりするからな。
(……これなら、弓矢でも行けるか?)
牝鹿は俺に気づいておらず、距離は30メートル弱と言ったところ。身体に当てる自信はあるが、それほど深手は負わせられない……そうなると微妙か。肉を傷だらけにしたら美味しくなくなるし。
やはり当初の作戦通り、追い込み猟だな。
俺はわざと音を立てて鹿の正面に現れた。鹿はぴくんとこちらを見るや、にらめっこになる。
「フシュルルルル……ウガァァァ!!」
獣じみた叫び声を上げた——俺。両腕をがばっ、と広げて身体を大きく見せて襲いかかると、鹿はすぐに身を翻して走り出した。
(よしよし、思惑通り——っと!)
だがすぐに予期せぬ方向へ走ろうとするので、その少し先へと弓矢を放つ。わざと大きめの石に当てて、矢を破壊し、音を立てる。そうすると鹿は方向転換する——そうして俺は追い込んでいく。
(我ながら完璧!)
誘導は成功を続け、ついにふたりが潜んでいる藪へと到着する——。
「あ゛ぁ!? もういっぺん言ってみろや!」
「何度でも言う。俺のほうが強い」
……どうしてトッチョのバカがスヴェンのバカの胸ぐらをつかんでメンチ切ってやがりますかね!? 俺、藪に潜んでてって言ったよね!?
マンガの知識は偉大。