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うれしはずかし、野獣の森(血しぶき)

「モンスター」、「魔物」、人に仇なす存在から「邪獣」なんて呼ぶ聖職者もいたりするけれども、それらと「動物」の、明確な区別はないんだよな。

 たとえばモンスターを倒すと素材に変換される、みたいなことも当然ない。ただこの世界には「魔力」があるので、魔力を蓄えた動物素材——たとえば「翠大鷲の羽」、「頭光魚の頭骨」、「スライムの核」なんかはマジックアイテムを使うのに役に立つ。

 俺が夜の学園で見かけた、さまようよ○いみたいな警備員さんが持っていた青白いランプはマジックアイテムだ。まあ、ハンドライトだよな。日本だと100円ショップに売ってたヤツだけど、この世界ではマジックアイテムになる。

 オイルランプやカンテラと違って光量が一定で、荒い扱いをしても光が消えたりしないから、大捕物が発生したりする警備員さんには向いているんだろうな。

 魔法とマジックアイテムは全然違うものらしいけど、リアルで魔法を目にしたのは学園長が炎の蝶を出したときだけだからよくわからん。うん……あのとき、俺は女装してたんだよな(遠い目)。

 とまあ、そんなわけで、野獣——俺は面倒だから魔物も動物もひっくるめてそう呼んでる——ハンティングにはこういった動物素材のオマケが得られたりするラッキーもある。

 つまり、食肉と、金も稼げる一石二鳥なのである。


「『である』じゃないから!」


 一通りの説明の後に即座にツッコんでくれたのはさすが同室のリットである。

 完璧なタイミング。これはもう俺と漫才コンビを組むしかない。


「郊外の野獣は、そりゃ確かにウサギや鳥、鹿なんかは食肉として美味しいターゲットだけど、人間にとって美味しいということは逆に言えばモンスターにとっても美味しいということなんだよ。ゴブリンにオークはもちろん、知性のない猪や狼だってボクらみたいな子どもにとっては脅威だ」


 ゴブリンは「小鬼」なんて呼ばれ、緑色の肌を持つ人型モンスター。身長は1メートル程度だけれども集団で襲いかかってくるので厄介だ。

 オークはずんぐりむっくりしたデブの人型モンスターだけど、身長は2メートルを超すものも多くてその破壊力は半端ない。こっちもわずかに知性がある。

 人間とは敵対し、森に集落を作って暮らしている。


「わかってる。それでも俺は田舎じゃ、野獣を狩って暮らしてた。お前らに見せたお金だって野獣の肉を売って作ったんだぜ?」

「え——」


 ロビーにいた男子連中は息を呑んだ。

 実体験、ってのは強烈だよな。「アイツができるなら俺にもできるんじゃ?」って思わせてくれる。ましてやあれだけの金だ。……いやほんと、俺、よく稼いだよな? 労働基準法違反ってレベルじゃないくらい山ごもりしたしな……宿の手伝いしてから野獣狩りとか、子どもの福祉なんてこの世界にはない。税金もガバガバだけど。


「バカ! 君はそんな危険なことばかりして!」


 よしよし、みんな乗り気になったかな〜? と思っていたら、リットに怒られた。

 え、ええ……?

 まさか過去のことまで怒られるとは思わなかったんだが……?

 言い返そうと思ったけど、俺はなにも言えなかった。

 目に涙を浮かべてリットがぷるぷるしてるんだもん。……これはさすがに罪悪感。黒鋼クラスには数少ない女子がいるが、ウチの男子の中でもリットが一番人気で「リット派」があると聞いている。リットを泣かせたことを女子に知られたら俺が殺される。


「知らないよ、もう!」


 きびすを返してリットは寮を出て行った。


「おいおい……()を怒らせたぞ、ソーマ」

「嫁言うな。俺に男色趣味はない」

「えっ」

「えっ」


 この太っちょトッチョめ、「それマジで言ってんの?」みたいな顔しやがって。


「と、ともかく、野獣ハンティングはお金も稼げて肉も得られる一石二鳥なんだ!」


 武技のトレーニングにもつながる一石三鳥だったりするんだけど、それは伏せておく。そういうこと言うとスパルタ特訓されると思われてるみたいでね……フフ……ぼくはみんなのためを思ってるだけなのにね……。


「さあ、行こうぜみんな!」




「では行きましょう、師匠」

「さっさと行くぞソーマ。待ってたって誰もこねーよ」


 ……うう、ううう。

 なんでだ。なんでなんだ。


「なんでスヴェンとトッチョしか来ないんだよおおおお!」

「そりゃお前の人望がププないっていうププププ」

「笑いながら言ってんじゃねーよ豚!」

「あ゛!? 最近マッチョ化してきた俺を豚呼ばわりしたのか!? ここで決着つけてもいーんだぞ!」


 クラスの男子、50人いるのに他には全然来てくれなかったことにがっくりきている俺と、スヴェンはともかく、なんか知らんがやって来たトッチョが張り合っていると、


「師匠、トッチョ。早く行きましょう。あるいはここで素振りをしていても?」


 スヴェンが真顔で聞いてきた。そしてすでに素振りは開始していた。


「…………」

「…………」

「……行くか」

「……ああ」


 バカバカしくなってきて俺とトッチョは歩き出した。

 この王立学園騎士養成校——通称「ロイヤルスクール」は王都の外側に位置している。学園には講義棟や事務棟、図書館に学園レストラン、さらには武技のトレーニングに利用する訓練場が20面、決闘場までいくつもあるので土地が必要なのだ。だから、王都内には作れなかった。

 まだまだ建築や土木のレベルが低く、食料生産も追いついていないこの世界では、各都市と都市の間はだだっ広い自然が広がっている。森、草原、山々。学園のすぐ外側、王都に面していない西側は草原が広がっていて、10キロほど行くと森林に突入する。

 俺はそこを目指していた。


「行ってよし。明日の18時までに戻るように」

「はい、ありがとうございます」


 学園はぐるりと外壁に囲まれていて、出入りは門から行う。

 門にいる兵士さんは、軍隊に所属しているのだけど、騎士は軍の上に位置するのでゆくゆくは俺たちのほうが上になる。

 ただ、学園にいる間はあくまでも俺たちが守られる側なので、兵士さんに対しては敬意を持って接するようにと学園からは言われていた。


「……ん? お前たちは1年生か?」

「そうですが」

「王都に行くなら東門だぞ」

「あ、はい。大丈夫です」

「そうか……街道馬車はこの先の停留所に来るからそこで待つように」

「はい」


 馬車に乗るつもりはなかったけど、うなずいておいた。

 王都から西方面に行く馬車は、この学園の前を通っていく。兵士さんは、俺たちが西方面の街に行くと考えたみたいだ。首をひねってはいたけどな。

 郊外での野営訓練を行う上級生もいるみたいだけど。うーん、野獣で金稼ぎもせずにただの野営訓練なんて俺には絶対無理だわ。目の前に小銭が落ちていて拾わないではいられない。

 俺たちが1年生なのに、がっつり武装してるから気になったのかもな。

 俺は田舎から持ってきたお手製の弓矢に、刃渡り60センチの剣鉈。

 スヴェンは鉄製の剣に皮革鎧(レザーメイル)

 トッチョは心臓部分だけ守れる胸部鎧(ブレストプレート)に、実家から持ってきたという槍(しっかりと布でくるまれている)。


「で、ソーマよ。森までどうやって行くんだ? お前馬に乗れんの?」

「いや、乗れないよ。ていうか馬に乗ったら鹿を仕留めても持って帰れないじゃん。いっぱい肉を持って帰れないじゃん」

「お前の頭の中、肉ばっかりだな」

「むしろそれしかないけど?」

「潔いな!」

「で、移動方法だけど……徒歩です」


 俺が言うとトッチョが真顔になった。


「徒歩です」

「いや2度言わなくても聞こえてるっつうの。お前バカか? 10キロくらいあんだろ、あそこまで」

「なんなら走ってもいい」

「答えになってねえ! ——ハッ」


 そこでトッチョはなにかに気がついたように口に手を当てた。


「お、お前、まさか……この長距離移動があったから、身軽な格好なのか!?」

「なんのことププかな? さあ、プププ行こうか、その槍をプププ担いでね」

「てめえ! 先に言えよそういうことは!」

「野獣狩りにバカデカイ得物と防具を身につけてくるとかどうかしてるよ」

「だから先に説明しろや!?」


 とか言いつつ、トッチョは俺について小走りに走り出した。スヴェン? もちろん無言&無表情で走ってきてる。

 この移動もトレーニングになるんだよなあ。他の男子たちも来てくれたらいいのにね!

 さあ、予想と違って3人しかいないけど始めるぜ、異世界版ど○ぶつの森(R-15)!


原稿書きによく行くカフェで、iPhoneにキーボードくっつけてかちゃかちゃ打ってる人をよく見かけるんですが……もしかして同業者。

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