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あれ? また俺なにかやっちゃいました?

 あれ? また俺なにかやっちゃいました?

 じゃねーよ! 嫌がらせされたときに使うセリフじゃねーよこれはよ!


「うがあああ! なんなんだよ貴族ってのは陰湿なんだよクソ!」

「そんなのわかりきってたことだろ……」


 いつも通りバナナにヨーグルトなんていう女子力高い食事を食べて満足そうなリットは呆れたように言った。こいつマジでこんな飯食ってるのに性欲高めだからほんと人は見た目によらないよな……。

 とはいえ、この陰湿な嫌がらせは黒鋼寮を直撃した。

 ほんとうなら「ひゃっふー、統一テストでいい点取ったから次もがんばろうぜイェーイ」と行きたいところなのに、男子どもときたら「肉がない……死ぬ……」と干からびている。この世界のいいとこの坊ちゃんたちは肉食系。はっきりわかんだね。

 とはいえこれはよろしくない。単純に必須栄養素である動物性タンパク質を摂取できないと、13歳男子の発育に影響が出てしまう。座学、武技の授業にも影響が出るだろう。

 とかそんなことをつらつら考えていたところで、ホームルームの時間となった。


「あー……お前らにちょっと話しておきたいことがある。その、今まで……だな、悪かった。俺が全面的に悪い」


 がばりと頭を下げたジノブランド先生。

 統一テストが終わり、ようやく日常に戻りだした今日が最初のホームルームだ。

 先生は、俺が学園長によって退学(クビ)にさせられそうになったのを身を挺して助けようとしてくれた。結果的にはあまり意味がなかったけれども、それでも俺はジノブランド先生に恩義を感じている。

 で、まあ、あの後先生と一度話したところ、


 ——できることなら、まだ黒鋼クラスの教師を務めたい。


 と言ったんだ。

 だから俺はアドバイスしたわけで——ちゃんとみんなに謝ったら大丈夫だよ、ってさ。


「…………」


 深々と頭を下げた先生は、だけどなんの反応もない教室に戸惑い、そろそろと顔を上げた。


「!?」


 ま、まあびっくりするよな……クラスの大半が机に突っ伏して干からびてるんだもんよ。

 先生もこの状態をちゃんと確認してから謝ったらよかったのに。緊張してたっぽいからしょうがないか。


「……別にアンタのことを、今さら悪く思ってるのは誰もいないよ」


 するとオリザちゃんがフォローするように言った。


「そ、そうなのか……?」

「あれからソーマから聞いたからね。ソーマが許すっつってんのにアタシたちがどうこう言えるわけないじゃん」

「ソーンマルクス……」


 俺はすでに先生のことをクラスメイトたちに話したからな。先生が謝るというのはひとつのけじめでしかなくて、あとは出来レースみたいなもんだ。

 とはいえ、これでクラスはまとまった。これもひとつのレベルアップなんだろうな。


 ホームルーム後の座学は、誰あろうジノブランド先生がやってくれることになった。

 だけど先生といえど法律や神学はぼろぼろで、俺が引き続き授業をしたほうがいいというクラスメイトたちの総意でジノブランド先生はショックのあまりに肩を落として去っていった。

 いやまあ、人には向き不向きがあるしな。

 算術とか、あるいは1年じゃ関係ないけど錬金術の授業なんかがあればきっと先生の独壇場だろう。

 と——いう話をしようと思って昼休みに教員室へとやってきたんだけども。


「男子たちはいったいどうなってるんだ?」


 クラスの、特に男子のテンションが下がっていることを気にしていたジノブランド先生は、やってきた俺になぜなのか聞いた。そりゃもう懇切丁寧に教えて差し上げた。


「……なに、寮の食事が貧相になっている?」

「育ち盛りに肉がないのはキツイですよ」


 スヴェンは「昼修行」とかいうマニアックな用事、リットは気がつくといなくなっていて(十中八九トイレだろう)、そんじゃま、ひとりで行こうかなと思っていた俺についてきたのは、


「だな。いくらなんでも、貧乏男爵家の朝飯よりひどいとかたまらねえぜ」


 なんとトッチョである。


「……な、なんだよソーマ」

「いや、トッチョがついてくるとかどういう風の吹き回しかなって」

「いーだろーが別に!」

「女子寮は人数少ないし、あっちは食肉の消費が少ないからなんとかなってるって聞いたけど? 心配しなくても大丈夫だよ?」

「ルチカのためじゃねーよ」


 男爵家であることをちょいちょい鼻に掛けるくせにいちいち口の悪い男である。

 でもほんとはルチカのためなんでしょう? ん? ん?


「なんかこいつ、ぶん殴りてぇ顔してやがる……」

「はぁ……トッチョ、いい加減にしろ。お前もだ、ソーンマルクス。話が進まないじゃないか」


 無精ひげをなでながらジノブランド先生がため息を吐いた。


「しかしな……私にできることなどほとんどないぞ」

「ですよね」

「……そこをすぐに納得されてしまうと、教師としてはつらいところなんだが……」


 あっ、先生が胸をつかんでうつむいておられる! これは「頼りにならない先生」というトラウマを突いてしまったか!


「だ、大丈夫ですって! 先生! ここに来たのはちゃんと先生に報告するためですから!」

「……うぅっ……」

「ソーマ……お前バカか?『解決できないだろうけどとりあえず形だけは報告しておきたい』っていう本音がダダ漏れじゃねーか」


 トッチョくん、ストレート過ぎな?


「わ、わかっている、わかっているから、頼むから何度も傷をえぐらないでくれ……」

「すみません……その、悪気があったわけでは……」

「……とりあえず私にできることがないか考えてみる」

「ありがとうございます」

「ありがとうございます」


 俺とトッチョは礼を言って教員室を出た。


「ふー……まあ、そう簡単に解決はしないよな」

「当たり前だ。貴族の嫌がらせだぞ? 筋金入りだよアイツらは」


 トッチョがなぜかドヤるが、なんで? お前もそうだって言いたいの?

 俺たちはとりあえず昼飯でも食べようかと学園レストランへと向かった。

 この学園レストランならばさすがに客で差別することはないだろうなと思ったんだ。給仕やコックまで買収されていたらわからないけど……ないよね? さすがにそこまで腐ってないよね?

 とはいえ黒鋼寮の生徒でここを使っているのはほとんどいない。なぜかと言えば、単純明快、高価(たか)いのだ。

 なので黒鋼の生徒たちは売店でパンやら弁当やらを買って食べているはずだ。

 学園の売店は競争率が非常に高いのでこの時間に行ってもほとんど売り切れだろうなあ。


「トッチョなに食う?」

「肉食いたいけどなぁ……小遣いそんなにねーんだよ」

「どうした貴族家。ありあまるブルジョワパワーで俺に肉をおごれよ」

「お前それがおごってもらおうって態度かよ?」

「え、マジでおごってくれる?」

「バカ言え」


 とか言いながら学園レストランへと足を踏み入れたときだ。

 昼時なので、多くの学生が——ただし黒鋼をのぞく——食事をしていた。


 シン……と静まり返った。


 え? なに? 話し声どころか食器の触れ合うカチャカチャした音まで聞こえなくなったよ?

 俺、右にいるトッチョに視線を向ける——お前なんかした?

 トッチョ、左にいる俺に視線を向ける——お前のせいに決まってんだろボケカス俺もう帰りてぇ。

 俺だって帰りてえわボケカス!


「————」


 とそのとき、ひとつの丸テーブルに着席していた生徒たちが一斉に立ち上がった。

 青の詰め襟——まるで日本の学ランみたいな制服を着ている男子と、女子は詰め襟ではないけれども他はほぼ同じ仕立ての上着、それにスカートという集団だ。

 それが蒼竜クラスの制服だってことはわかっている。

 彼らはこちらへやってくると、俺とトッチョには視線もくれずすれ違い——、


「……首ィ、洗っとけや……」


 去っていった。

 へ?

 今、なんて……?

 ……怖っわ! 怖すぎ! ヤ○ザの抗争かよ!

 先頭を歩いていた生徒——燃えるような赤い髪をした生徒はどっかで見たことがあるような気がするからたぶん1年生なんだろうけど名前までは思い出せなかった。

 気がつくとレストラン内では談笑が再開されている。残りの生徒たちは俺たちを無視することにしたんだろうか?


「お、お前……どんだけ敵作ってんだよ!」

「いやトッチョさん、決闘場で大量の貴族にボコボコにされていたあなたに言われても」

「その話は止めろ」

「いや~貴族に狙われることに関してはトッチョさんにはかなわないっすよ~」

「さん付けすんな! ……はあ、なんか飯食う気なくなったわ」

「……それには同意」


 俺とトッチョは売店へ向かい、売れ残っていたニンジンを2本買ってそれをかじることで昼食を済ませた。後で聞いたところそのニンジンは飼育小屋のウサギのおやつ用らしく、めでたく俺のあだ名「ガリ勉くん」に「ガリ勉ウサギくん」というバリエーションが加わった。トッチョのあだ名?「槍ウサギ」だって。マジウケる。


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