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現れた変化はキッチンから

書籍化、決定しました!

6月25日にダッシュエックス文庫から発売予定です。お財布に優しい文庫だぜ、やったね!


連載もお待たせしました! 書籍化作業があったりなんだりでめっちゃ忙しくて(売れっ子作家みたいな言い訳だと気がついて恥じ入る)。

連載もがんばって(主に時間のやりくり的な面で)再開します。書き溜めがあるうちは2日に1回更新のペースで、なんとか……!

「ウソでしょ……」


 ふんわりした髪に、オレンジ色の目をしたリットが唖然としている。


「師匠のご指導ご鞭撻のおかげです」


 謙虚っぽいことを言いながらぬぼっとしたスヴェンがドヤっている。顔は無表情なのにドヤっているんだからこいつはほんとに器用だよな。

 俺たちがいるのは黒鋼寮の裏庭だ。裏庭、と言っても誰かが手入れをしているわけでもないので雑草もぼうぼうに生えてるんだけども。

 スヴェンの目の前の雑草だけはキレイに刈り取られていた。

 今、スヴェンが放った「斬撃(スラッシュ)」によって。


「というわけで、60台だったスヴェンの【剣術】レベルは191にまで上がった」

「というわけでじゃないからね!? なんなの!? エクストラスキルどころかエクストラボーナス直前じゃないか!」

「さすがツッコミ職人リット。今日もいい感じだな」

「そんな職人じゃないから!」

「……師匠も認めるそのツッコミ……」

「スヴェンはうらやましそうにしないで! ボクは泣きたいくらいだよ!」


 だけどまあ、取り乱すリットの気持ちもわかる。この世界のスキルレベルってのは「絶対」なんだよな。俺たちみたいに将来的に騎士となろうなんていう者にとってはさ。

 スヴェンのレベルの上がり方は驚異的ではあるんだけど、コイツの場合はデメリットもある。なんせ【剣術】以外のスキルが一切生えてこないのだ。

 俺のスキルは【刀剣術】を中心に【防御術】【格闘術】【空中機動】の3種が100を越えていて、【格闘術】に至っては200オーバーなのでエクストラボーナス「筋力+1」も得ている。

 これが【剣術】だけとなると「瞬発力」のボーナスしか得られないので一芸特化も甚だしいところになるだろう——。


「……俺は、剣一筋に生きるのです……」


 スヴェンがうっとりしているから、まあいいかって気になってるけども。こいつ剣と結婚するとか言い出しそう。


「はあ……ちょっと頭が痛くなってきた。だけど、君の天稟『試行錯誤トライアル・アンド・エラー』がとんでもないポテンシャルを持っているってことはよーくわかったよ。よーく、ね」


 この世界で生まれた者に与えられる「天稟(アビリティ)」は、その人間の個性にちなんだものが多く、基本的には取得できるスキルレベルに影響を与える。ひょっとしたら天稟が性格に影響しているんじゃない? という気もしないでもないが、それは卵が先かニワトリが先かという議論だよな。卵もニワトリも食べるぶんには大好きです。

 スヴェンなんかは「剣の隘路を歩みし者ロング・アンド・ワインディング・ロード」とかいう特殊な天稟で、おそらくだけど、こいつのせいで【剣術】以外にスキルレベルが出てこないんだろう。

 俺の天稟「試行錯誤」は満遍なくスキルレベルを上げられる上に、相手の人物のスキルレベルを数値化し、小数点第2位まで見ることができるというユニークスキルもついている。さらにはレベル100で得られるエクストラスキル、200のエクストラボーナスもまた確認できるようになっていた。

 ただ、この便利なユニークスキルについては「言うなよ! 絶対誰にも言うなよ!」とリットに念を押されていた。これは完全に「言え」という前振りですね?


「じゃあ、これを使ってクラスのみんなのレベルを上げる方法をリットが考えてくれよ」

「……完全にボク頼りじゃないか」

「え~~? だって、『誰にも言うな』って言ったのは誰だったっけ〜?」

「リットです、師匠」

「あれ~~? じゃあ、そう言い出した人が責任取らなきゃね〜?」

「そのとおりです、師匠」

「ごめん。君たち殴っていい?」


 リットが静かにキレ出したのでこれはマジギレだと判断、俺とスヴェンは速やかに真面目な顔に戻る。


「そんじゃまあ、一度中に戻ろうか。飯食おう」


 今は朝食時だ。一昨日、統一テストの結果が発表されて、ようやく今日からは通常授業が再開される——という日である。

 碧盾クラスの担任だったグーピー先生は俺との勝負に負けたもんで、担任が替わるはずだけど、誰がなるんだろうな? まあ、そこまでは俺が考える必要もないか。

 しっかりと、公爵家のキールくんが釘を刺してくれたんだからあの約束が反故になることはさすがにないだろう。


「おいおい、マジかよぉぉぉおおお!」


 と、黒鋼寮の食堂にやってきたところでトッチョが絶叫しているのが聞こえてきた。


「おおおおお!」

「うおおお!」


 とトッチョの取り巻きたちも絶叫している。なんだなんだコイツら、朝からノリノリだな。


「よう、5バカ」

「バカ言うんじゃねえよ!」


 早速トッチョが反応してくる。決闘まがいのリンチによって痛めつけられた傷も癒され、だいぶ元気になってきたな。ちょっと大人しいくらいがちょうどいいんだけど。

 彼らは食事の提供されているカートの周りに集まっていた。朝食はビュッフェ形式、というか、取り放題になっているんだよな。


「なにがあったんだ?」

「…………」


 トッチョが苦々しい顔でくいっとアゴで示したのは、サンドイッチが載っているトレーだった。

 ふむ……青さの鮮やかなレタスのサンドイッチ、隣は赤キャベツのサンドイッチ、隣はラディッシュのサンドイッチ……。


「葉っぱしかない」

「そうなんだよ! スープもだぞ!」


 スープにはタマネギやニンジンが浮かんでいた。脂の類は一切含まれていないようだ。


「俺たちは青虫かっつうの!」


 トッチョが言うと、取り巻きたちも「うおおお」とか言っている。取り巻き連中はなんとなくノリで言ってるだけくさい。

「はらぺこあおむし」のことを俺は思い出したけども、あの青虫はなんだかんだ言ってソーセージだのカップケーキだのサラミだの食ってるからな。グルメだぞ。結果、腹壊すけど。


「ごめんねえ……」


 困り顔なのは食事を運んでくれるおばちゃんだ。


「うい〜……二日酔いで頭いてぇ。おばちゃん、水くれ」


 とそこへやってきたのはフルチン先輩ことこの寮の寮長である。

 はっは〜ん……なるほどね。


「フルチン先輩」

「あ?」

「天誅!」

「うごあ!?」


 腹を殴ったらなんかいろいろ口からリバースしてきそうなので、太ももにケリをくれてやると塔が崩壊するようにうずくまるフルチン先輩。


「な、な、なんっ……てめえ、なにしやがる!?」

「よくもまあいけしゃあしゃあと、犯人が出てきましたねえ?」

「なんのことだよ!」

「決まってますよ。肉、カットして酒代にしたでしょ?」

「あぁ!?」

「あ、あらあら……ソーンマルクスくん、違うのよ」


 と、言ってきたのはおばちゃんである。


「え? フルチン先輩が寮費ちょろまかしたんじゃないんですか?」

「え、ええ……。実はねえ……」


 おばちゃんが語るところによるとこうだ。

 少ない食費をうまいことやりくりしているおばちゃんたちだったが、今回、格安で卸してくれている食肉卸が「取引を中止したい」と言ってきたのだそうだ。

 あまりにも突然で、代替の商会を見つけることもできない。パンや野菜は今までどおり問題ないのだが——。


「あれくらい安いところはない、か……」


 仕方なく野菜サンドと野菜スープで食事をしながら俺はつぶやいた。


「なんでこんなに急に取引中止なんだ? 仮にも学園相手の商売でそんなことしたら商売上悪影響が出るかもしれないよな? おばちゃんたちが聞いても『答えられない』一辺倒だっていうし……考えられる可能性はそう多くない」

「まあ、十中八九、貴族の圧力だろうな」

「やっぱりそうですか、フルチン先輩」

「それしかねえだろ——ってそうじゃねえよ! てめえ、間違って人を蹴っておいて謝罪はねえのかよ!」

「いやまあ、フルチン先輩の日常の行いが悪いから……」

「それは否定しねえけど!」


 しないんかい。

 とりあえず俺は、確かに悪いことをしたので「ごめんなさい」した。フルチン先輩は「ま、次から気をつけろ」と大人の対応である。なにこの先輩……見た目チンピラなのに心意気はイケメンじゃん……(トゥンク)。


「なに気持ち悪い目でこっち見て来てんだよ、ガリ勉」

「あー、それじゃフルチン先輩、どんな貴族が圧力掛けてきたんですか?」

「んなの決まってんだろ」


 ぐいっと水を飲み干したフルチン先輩は、いまだ酒臭い息を吐き散らしながらこう言った。


「どっかの誰かさんたちがクラス別順位2位とかとっちまったから、嫌がらせしてきてんだよ」


これまでは「座学」編だったので、ここからは「武技」編となります。お楽しみに!

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