一本槍《ザ・ランサー》
ヤバイ、正直なところ、この怒りを抑えられる自信がない。
もしかしたら正当な事情のもとに行われている決闘かもしれない——なんて思ってちょっとだけ様子をうかがったのだけど、貴族の少年たちが話している内容を聞いてすぐにわかった。
トッチョは、テストを受けるなと言われていたんだ。
黒鋼クラスの点数を下げるため。
俺を、退学に追い込むため。
それを無視して試験に出た——高位の貴族の要望を蹴った。
だからこうして見せしめのようになぶられている。しかも、俺や俺の家族を襲うと脅迫されて。
「……は、ははっ! 平民はこれだから困る。これは決闘だ! 何人たりとも邪魔することは許されない!」
従兄弟が言うと、ギャラリーたちもそうだそうだと同調し、「引っ込め」だの「決闘を汚した以上、退学だな」などと言ってくる。
「俺が決闘を止めたって? そうかい、お前らにはこれが決闘に見えてるんだな? この一部始終を全部、外部に公開してもいいと、そう胸を張って言えるんだな!?」
すると野次のテンションが下がる——さすがにそれはマズイと思っているんだろうか。
その間に俺はトッチョに話しかけた。
「いいよ、もう。本気でやってやれよ。俺のことは気にしなくていいから」
「……バ、バカ言ってろ……誰がお前を気にしてるって? ガリ勉野郎」
「もういいっつってんだよ。見せてやれよ、お前の力を——
「————」
地べたに横たわっていたトッチョが目を見開いた。
そんな彼に、小声でささやく。
「あと、お前の【槍術】レベル、もう100超えてるぞ。——使ってみたいだろ?
トッチョのおでこに表示させたレベルを見たら、【槍術】102.45となっていたのだ。
「——ああ……そう、だな」
よろよろと立ち上がろうとするトッチョに、俺は手を貸してやる。
トッチョはしっかりと、右手に槍を持った。
「おいおい! そんなボロボロのお前が槍を持ったところでまったく怖くはないぞ! ハッハハハハ!」
「——なら、決闘は続行でいいな?」
「なに……?」
「決闘は続行だと言ったんだ」
「……構わんぞ。負け犬を蹴るのもそろそろ飽きてきたところだ。一気に勝負をつけてやる」
すでに満身創痍のトッチョだったが、それでも槍を持ったことに危険を感じたのか、従兄弟は腰に吊っていた剣を抜いた。
「せええええええい!」
こちらに向かって踏み込んで来る従兄弟に対して——トッチョはあくまで自然体で槍を持っていた。
従兄弟の動きは、一般的な少年レベルのものだった。さほど熱心に実技に打ち込んでいるようなものではない。
「——見てろ、
トッチョは一歩踏み出した。
「『
身体をひねるようにして突き出された槍は、従兄弟の胸元に吸い込まれていく。
「ぶ……ほぉぉぉぉぉっ!?」
従兄弟は身体ごと吹っ飛ばされるや、5メートルほど宙を飛んで地面に落ちた。
ぴいんと伸びたトッチョの槍はある種の美しさを感じさせた。それは人間が長年の修行の末に至る槍の構えだ。スキルレベルとかいうこの世界のシステムが、長年の修行などすっ飛ばして人間にその境地を与える。
背後に倒れた従兄弟は泡を噴いて気絶していた。
「は、はは……できた、できたぜっ……『
トッチョもまたそのまま地面に倒れ伏すと、気を失った。
「——トッチョ=シールディア=ラングブルクの勝利だ! 異存はないだろうな!?」
そこで俺は宣言する。明らかに、先に従兄弟のほうが気絶しているのだ。こういうものはさっさと宣言するに限る。
すると、
「——ふざけるな! お前が決闘を邪魔した!」
「そうだ! これは無効だ!」
「その前にあの小僧を処分するべきだ!」
おー、おー、おー……。
皆さんどうやら興奮なさっているようで。
そうかそうか。
そんなに俺が憎いかよ?
「どうしてそこまで俺を目の敵にするのかはわからないけどさー……お前らさ? 自分たちが一方的に平民を搾取できると思ってんの?」
「当然だ! 平民は貴族に貢献するためにいるのだ!」
はー。マジで曲がった貴族思想に染まっちゃってるってわけか。
いっそ清々しいぞ、お前ら。
そりゃさ、大人に染められた、とか、子どもの考え方なんて大人に左右される、とかあるかもしれないさ。
でもな。
「じゃあ、その平民代表の俺が——今からお前ら貴族たちにありがたい教えをくれてやるよ」
そのことを「楽しい」と思っちまってるこいつらには、少々キツイお叱りが必要なんじゃないか?
「かかってこい。ここにいる全員、俺が
すると——沈黙が訪れた。
貴族の子どもたちはきょとんとしたあと、
「わははははっは! 聞いたか?」
「アイツ、累計レベル12の雑魚だろ! なにイキッてるんだ!?」
「怖いでちゅねー。ボクが怒ると怖いでちゅねー」
嘲笑の渦が起こる。
「じゃ、こっちから行くぞ」
俺は「
「あっはははははは——は?」
「教えその1、油断大敵」
「ぶごほっ!?」
振り抜いた右の拳が、彼の腹にめり込んだ。あー、これはこれは……まったく鍛えていませんわ。いけませんね。こんなんじゃまともに剣も振れないだろ。
その場にくずおれ、げーげー吐き出した少年を見て一気に空気が変わる。
「あ、アイツ!? いきなり襲いやがった!」
「ていうかなんだあの動き……」
「武器出せ、武器!」
最初に剣を構えた少年へ目がけて俺は走る。今度はスキルなしの自力によるダッシュだ。
「う、おおおおお!」
それでもかろうじて彼には目で追えるといった程度のようで、
「ぜえええい!」
俺目がけて剣を振り下ろすのだが、あまりに遅い。
「教えその2、見え見えのフェイントに引っかかるな」
「がばっ!?」
この少年にも腹パンを決めると、その場にげーげー吐き出した。
「なんだよありゃ!? アレが累計レベル12か!?」
「落ち着けば戦えるだろ! そんなに速くねえ! それに向こうは素手——」
「教えその3」
俺を「素手」と言った少年へと接近する。
「うわあああ!」
突き出された剣を——俺は、その素手で受け止める。
「え?」
「——切り札はそう簡単に見せはしない」
「ごはぁっ!」
またも腹パンを決めるとその場にくずおれる。
素手で受け止めたのにはトリックがある。【空中機動】レベル100で手に入るエクストラスキル「
本来なら「
「次は誰が、教育されたい?」
「ひっ、ひぃぃっ!」
「バ、バケモノ……剣を素手で受け止めたぞ!?」
「俺は逃げる! やってられるか——」
「——この授業で途中退室は、認めていない」
決闘場は四方を高い壁に囲まれており、出入り口は一箇所だ。
当然、そこから逃げる以外に方法はない。
俺は「
「どんどん来い。貴族なんだろ? 平民から搾取するんだろ?」
すでに俺を見る目には恐怖や驚愕が見えている。
だけどな、お前らは笑ってたよな?
たったひとり、不正に抗って戦った男を。
「一本槍」なんていうバカ正直な男にしか与えられないような天稟を手にしたトッチョを。
「——やってみろやァッ!!」
俺の怒声に、少年たちがびびって後じさる。女の子は泣き出した。
またも素敵なレビューをいただいていました。ありがとうございます。
気にしながら書いているところとか、ちゃんと読んでもらえてるんだなぁと思えてうれしかったです。書く原動力ってのはそういうところから生まれるんですよね……!(未着手の著者校の束からそっと目をそらす)