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天稟への目覚め 〜 俺氏、8歳のみぎりに記憶を取り戻す

 ツイッターやフェイスブックで正論吐いてるやつはどうしたって恵まれた境遇に生きてきたやつらなんだと思う。

 相馬直樹——俺の母親は小さいころに蒸発し、親父は50代で急逝した。そのせいで大学を中退せざるを得なかった俺からすると、ネットの正論は恵まれた環境で生まれ育ったやつらが言ってるんだろうな、ってそう思うんだ。


 親父が死んで俺は初めて、自分がなにによって食わせてもらって来たのかを知った。

 町工場で細かい金属部品を作っててさ……AIだのフィンテックだの言ってる世の中で、いまどきそんな職場があるなんて俺は知らなかったよ。

 朝から晩まで機械油のにおいを嗅いで、お客の理不尽極まりない注文を、さもありがたそうに受け取る。最先端工業技術の土台を支える大切な仕事だとはわかってるけど、金儲けには全然向いてなかった。

 それに加えて、30年来の友人に騙されてこしらえた借金。

 そりゃ死ぬよ、親父。

 俺にはこんな地獄を見せなかったのが親父の最後の意地だったのかもしれないけど、でもなんの引き継ぎもなくポックリ逝っちゃったら、割りを食うのは俺なんだよ。

 まあね? 一応引き継ぎも考えていたらしいメモは親父のデスクにあったよ?

 でも、


「門脇、坂上、井上の3人、我が社の三銃士がいれば俺が死んでも会社は回る」


 って書いてたその三銃士、親父が倒れてすぐ会社辞めたからね?

 競合他社、っていうか中国企業に引き抜かれたみたい。

 ともあれ俺が親父の会社を知ったときには、誰一人頼る相手もなく、工場は火の車だったってわけだ。


 結論から言えば、大学を辞めた。そこそこ勉強してがんばって入ったんだけど……しょうがないよな。それまで家のことを省みなかった俺が悪い。就職内定が決まっていた会社も辞退した。

 ちょっとだけ心に来たのが、バイトでやってた塾講師。学年の途中で辞めることになったから「なんで?」とすごく言われた。ごめんよ。

 俺は会社を立て直すため――じゃなくて、会社を整理(・・)するために走り回った。

 整理ですよ整理。親父の個人的な借金は親父が死んで清算されるものの、会社のほうはしっかり残ってる。すでに親父だけでなく三銃士もいなくなって工場は回らなくなってた。

 工作機械や不動産、なけなしの有価証券なんかを処分してスズメの涙ほどのお金を作る。で、長年勤めてくれた従業員たちに退職金を少々(・・)お支払いする。


「えっ、これだけ……?」


 というリアクションなら、マシな方。


「お父さんが必死になって守ってきた会社をなんの苦労もなく育ってきたお前が潰すのか」


 とか、


「社長の息子のアンタは金が余るほどだろうけど、こっちは安月給でなんとかかんとか生きてきたんだよ!?」


 とか言われると、いやちょっと待ってよ俺のスーツ上下で9,800円なんですがとか言いたくなるよ。親父のスーツだってくたびれて袖がほつれてたよ。

 言わなかったけど。

 言わなかったけどさ!

 だって、そんなことでケンカしてる余裕もなかったからね。


 こんな会社の整理なんて大学中退の俺にできるわけもなくて。銀行の人がなにくれとなく手伝ってくれた。まあ、向こうも少しでも借金を回収しなくちゃいけないだろうから、それで親身(に見えた)だったんだろう。

 ともかく俺はやりきった。1年半かかったけど、親父の借金やら会社の債権やらの整理を終えて……ぜーんぶ終えて。


 晴れて無一文になった。


 そりゃそうだわな。金があったら返さなきゃいけないんだし、金を残してくれるほど銀行だって甘くない。

 大学中退、金もない。あるのはくたびれた、いまだ着慣れないスーツと磨り減った革靴だけ。


「俺は、絶対経営者になんてならない……」


 固く心に誓ったよね。


「手堅く安定した組織で、不安なくサラリーがもらえる、そんな生活がしたい……」


 なりたい職業ランキングで公務員は相変わらず上位だけど、このときの俺も大多数と違わずそうありたいと願っていた。


「明日から、どうすっかな……。くぁ、眠い……」


 公園のベンチに座り込んだ俺は「大学中退で公務員になれる方法」を探すには、まず図書館で調べてみるかとかそんなことを思いながら――気がつけばウトウトしていた。

 季節は冬の入り口。

 日が暮れるのは早くて、これじゃダメだとわかっていながらも、あまりに疲れ果てて立ち上がれなかった俺は――。

 凍死した。




「当たり前じゃん! 冬になったばかりだからって外で寝てたら死ぬよ!? そりゃ死ぬよね!? なにしてんだよ前世の俺ェ!」

『お、おう……だいぶ面白い前世だったみたいだな』


 さて、ソーンマルクス=レックとして生まれ育った俺、8歳の春である。

 俺が前世の記憶に目覚めたのは、目の前にいたこいつのせいだ。

 本人が言うには『大精霊』とのことだが、俺の目にはどうしても枯れ木に生えた毒々しいピンク色のキノコにしか見えない。しゃべるけど。


『なんせ変わった天稟のニオイがすると思ったら、まさかの異世界転生者とはなあ』

「えっ!? まさか転生者って俺以外にもこの世界に――」

『他には聞いたことがねえけども』


 前のめりにずっこけた。


『だけどまあ、ワッシらが知らないことを知ってるお前ならではの天稟じゃあないのか? その、「試行錯誤トライアル・アンド・エラー」ってのはな』


 こうして俺は、自分の天稟を知ることができたんだ。枯れ木に生えた毒々しいピンク色のキノコによって。

 キノコは『抜くと死ぬからな! 抜くなよ! ぜってー抜くなよ!』と前フリっぽいことを言っていたけどさすがに抜いて死なれたら寝覚めが悪いのでそこに放置した。翌日行ったら、消えていた。

 アレは夢だったの……? なんて思ったりはしない。

 俺にはちゃんと、キノコの言ったとおりの天稟が使えるようになっていたからだ。

 天稟ってのは単に「性格がスキルレベルに反映される」だけっていうのがほとんどなんだけど、中には稀に特別な能力、「ユニークスキル」を授かる者がいる。

 つまり俺。

 異世界からの転生者だからかもね。


「おおっ……これが俺の天稟……!」


 俺は自分の腕に浮かんだきらめく文字を見て興奮した。

 右手を当てて、ぬーん、って唸ると文字が浮かんできたんだよね。

 つらかった人生はショックだったけど、こっちで生きてきた8年間もあるのであまり心理的ダメージは残っていない。人は悲しみを乗り越えて生きていくのよ……!


「『剣術3.21』『投擲6.88』『空中機動0.65』……」


 腕の面積は小さくて表示しきれないが、人差し指で文字を触ってすすすとフリックすると他の文字も現れた。

 天稟「試行錯誤」は、スキルレベルをいつでもどこでも確認できるユニークスキルが使える。

 特殊能力は、以上であります。

 ……微妙と言ってはいけない。なぜならこの世界ではスキルレベルの確認にとんでもなくお金がかかるし、さらには「試行錯誤」はスキルレベルを小数点第2位までわかるんだぞ。高性能なんだぞ!


「んー……こうか? こう?」


 俺はこの天稟を得てから毎日、そのものズバリ試行錯誤を繰り返した。

 剣の振り方一つ取っても、「剣術」スキルが0.01上がったり、上がらなかったりする。

 実はこのスキルレベルというやつは厄介な特徴がある。

 1日にまったく上がらなかったスキルレベルは、およそ1年かけてその半分まで急落するのだ。

 人生かけて道を極めたスキルも、1年なにもしないと半分まで落ちる。

 この事実はよく知られていて、だからみんな「あれこれ手を出すな。一芸に秀でてこそ出世する」と言う。

 でも逆にさ、0.01でも上がれば維持できるんだ。

 だから俺は着実にスキルレベルを上げられる方法を探したんだ。


「剣術」なら「理想の剣の振り方」。

「槍術」なら「理想の槍の突き方」。

「裁縫」なら「理想の針の扱い」。

「空中機動」なら「理想の空中での身体の動かし方」。

「絵画」なら「理想の筆の動かし方」。

 他にも、たくさん。


 剣道や野球でもすべての基本は「素振り」にあるわけで、その「素振り」にふさわしい「理想形」を知れば、苦労なくスキルレベルを維持できた。

 俺はその点、「理想形」を「試行錯誤」によって0.01の上昇から知ることができる。

 この「理想形」をルーチン化して日課に取り入れれば、毎日、ほんのわずかずつでもスキルレベルを上げていく——維持することができる。

 ……今や俺の日課をこなすのに1時間くらいかかってしまうんだが、それはまあしょうがないよね。家族からも「あいつなにやってんだ?」って顔されてたけどそれもしょうがないよね……。


 俺はこの天稟を隠すつもりはあまりなかったし、他人のスキルレベルも見ることができるんだけど、田舎の村暮らしだと重宝されなかった。

 だって田舎の大人にとってスキルレベルなんてあってもなくても生活には関係ないものだったから。木こりは木こりだし、農夫は農夫、鍛冶屋は鍛冶屋だ。他の職業になんてなれない。

 だから、俺は俺を慕ってくれる子供たちに使った。


「おい、レプラ、背中見せろ」

「は? やだし」

「いいから早よ出せ」


 腕だと一覧性に欠けるが、背中に表示すれば一気に全部見られる。

 隣の家に住む2歳年下のレプラの服をめくろうとする俺と、嫌がるレプラ。弟分のくせに生意気な……! と憤る精神年齢的にはだいぶ大人のはずの俺。


「ハァ、ハァ、無理矢理服を脱がせようとするソーマさんと薔薇の純潔を守りたいレプラが組んず解れつ……ハア、ハア!」


 そんな俺たちを血走った目で見ているのがさらに一軒隣のミーア。6歳にしてすでに腐りかかっている末恐ろしい娘である。田舎が生んだ鬼才かな? 頼むから俺が出て行ったあとは健全に育って欲しい。

 ともあれ俺はレプラやミーアを使って、スキルレベルについて「試行錯誤」した。


 そして一般にも知られているもうひとつの「重要な」仕様を確認した。

 それは100レベル到達でエクストラスキルが得られることだ。

「剣術」なら基本中の基本技である「斬撃(スラッシュ)」という技に開眼する。これは斬撃が「飛ぶ」というもの。

「裁縫」なら「鉄の指先(アイアンフィンガー)」というエクストラスキルで、これは指先が硬化して針も刺さらなくなり固い革の加工にも便利。

 そして200レベルになるとスキルに関係する身体能力が向上する「エクストラボーナス」を得られる。

「剣術」ならば「瞬発力+1」だし「裁縫」ならば「器用さ+1」というものだ。「1かよ……」って最初は思ったけど、この1がくせ者で、大人1人分なんて余裕で超える「1」なのだ。

 その後は300でエクストラスキル、400でエクストラボーナス……と100ごとに交互に現れるようだ。

 重要なのは、このエクストラスキル、エクストラボーナスのどちらも、スキルレベルが低下しても残ること。

 だから、若い時分にエクストラボーナスを得まくったおかげで、300歳ほど長生きした人間も過去にはいるらしい。あやかりたいです。今の俺の希望は安定収入、健康第一、だからな。

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