試験の対策は完全無欠の万全で
やっぱそう来たか。
「早口」に、「聴き取りづらい発音」なんてのはこちらも想定していた嫌がらせだ。
もちろん試験を想定した演習でそれくらいはやったし、結局のところ問題のパターンはある程度固定化しているので最悪聞けなくても問題の見当はつくようになっている。
問題を口頭で読み上げるからこそ、問題文自体は平易なものでなければどのクラスの生徒も答えられなくなってしまうからな。
それどころか試験中にこっちの側まで来て集中力を乱すとか、訛りのひどい試験官に文章を読ませるとか、それくらいまで想定していたのだ。むしろ「お優しいことで」と言いたいくらいである。
(よしよし……問題も想定通りだ)
さらさらさらとペンの走る音が聞こえている。
すでに問題文の読み上げは終わっており、解答するターンだ。
(あのマジックアイテム……)
教壇に置かれてある「時間の目安になる」という時計は、いわば砂時計のようなものだ。木枠にはめられた金属板はスタートと同時に金色に発光し、その光が徐々に上から消えていく。
いちばん下まで光がたどり着けば終わり、ということだろう。
だが——あれにも仕掛けがあるなと俺はにらんでいた。
「まだ時間はあるな」と油断させておいて、試験終了の鐘が鳴る——という妨害工作ができるんだ。
まあ、あの試験官が「1時間の時間はこの『
つーか、試験当日までマジで妨害してくんだな。ここまで腐ってるといっそ清々しいぜ。絶対に許さない。キールくんにチクろうかな(小市民的発想)。
(あとは気になるのが……)
後ろを振り返りたいんだが、それをぐっとこらえる。
トッチョである。
クラスのほとんどが「トッチョは欠席か」と思っていたけど、俺は来るんじゃないかなって思ってた。
だってさ、決闘で俺に負けて、そのまま自室で腐ってるのかと思いきやひとりで秘密のトレーニングしてるんだもんな。
根性があるヤツなんだよな。
でも、俺に会いたくないという子供っぽさもある。まあ13才だしな。
だからテストのタイミングで出てくるんじゃないかなって思ってた。俺を困らせるにはテストをサボればいいってのはわかってただろうけど、でも、そんな手段で俺から一本取っても喜ばないヤツなんだ。秘密トレーニングするようなヤツだし。
(でも……なんだろうな。ちょっと変な顔してたよな? 一瞬、思い詰めたような……そんな顔が見えた気がしたけど)
気のせいだろうか?
「おっ」
乾いた鐘の音が響き渡る。テスト終了の合図だ。
ほらな、「時刻みの鋼板」はまだ金色の光を1/3くらい残してる。ていうかわかりやすすぎるくらいに動揺しないでくれ、試験官。不正してんのバレバレじゃん。
「——どうだった?」
「——結構わかった! ていうか全部とりあえず書けた!」
「——だよな。俺も全部書いた」
あちこちからクラスメイトの声が聞こえてくる。よしよし。問題文読み上げ形式のテストは、とにかく記述式の答えになることが多い。単語の解答だと問題文のほうが長くなっちゃうから時間配分おかしくなるしな。あと過去問も実際そうだった。
だからみんなに言ったのは「とにかくなにか書け」だった。なにかしら、正答にかする単語を入れてそれっぽく解答するトレーニングをしたのだ。
「試験対策だけしても本物の知識にはならない」なんてのは、ちゃんと勉強する時間が取れるようになってから言っていい言葉だ。
当然びっしり
「おいおいトッチョさん、来たのかよ~」
「トッチョさん来るとは思わなかった」
と4人の取り巻きが近づいていく——のだが、
「な、なんだよアレ! 鐘がなるの早すぎだろ!? あのマジックアイテム、まだ光ってるだろーが!」
トッチョさん……いや、太っちょ(軽度)さん……。
休み時間にトッチョに「試験の心得」について教えておこうと思ったのだけど、止めた。
「お兄ちゃん!」
ルチカがトッチョのところに行ったからだ。
「な、なんだよ……別にアレだぞ、テストに来たのは俺はちょっと気が向いただけで……」
「バカー!」
「へっ?」
「昨日の用紙に書いて渡したでしょ!? テストの注意事項! 試験時間は騙されるかもしれないからとにかく全力で回答するって!」
「あ、お、おう……昨日はすぐ寝てて、読んで、ねぇ……」
「もう!」
ルチカがぷんぷんしている。
「——ルチカちゃんが、トッチョの仲間にお願いして
と俺の横でリットが言う。
俺がテスト対策でやった内容をまとめて、トッチョに渡していたようだ。俺もあんな妹が欲しいんだが? 8人兄弟のいちばん下である俺は可愛がられながらも手伝いをいっぱいやらされてたぜ……。
「それにしてもソーマが想定してた問題がバンバン出てたね。君、ほんと何者なの?」
「……くくく、我の正体に気がつくとは、貴様やるな」
「いや気づいてないから聞いてるんだけど?」
ノリの悪いリットくんである。
「や、まあ、試験対策はバリバリやったからね」
前世でね。
「ふーん。だから王都試験もトップだったってことか……君がトップって正直信じてなかったけど、この試験で実力見せられたら信じざるを得ないね」
「信じてなかったんかーい」
「あ、次の試験の追い込みしなきゃ」
そそくさとノートに戻るリット。
「俺は便所行ってこよ……」
歩き出しながらふと気がつく。そういやリットって俺と絶対連れションしてくれないんだよなー。
スヴェンなんてなにも言わなくてもついてくるのに。ほら。今も俺の3歩後ろを歩いてくるだろ。なんか言えよ。怖いわ。
「終わったぁぁぁぁぁぁあああああああああ!」
と、クラスの誰かが叫ぶと、「うおー」とか「よっしゃー」とか「お姉様ー」とか「ご褒美の蹴りを……」とかいう声が聞こえてくる。
オリザちゃんの人気に嫉妬してしまう俺がいる。
最後の試験、「法律」が終わったところである。「神話」「礼儀作法」「算術」「技能」「法律」の5科目だが、この内容は来年また違う科目になっていくようだ。「戦術」とか「式典・紋章」とか。めんどくさそうなニオイがぷんぷんしている。
とりあえず「算術」で想定以上にレベルの高い問題が出てきたのには驚いたが、たぶん他のクラスの生徒も解けないだろうから大丈夫なはず……そう信じたい。黒鋼クラスだけハブられてそこの試験対策が行われていたとかはないと信じたい。
そそくさと試験官が帰っていったのを確認したところで、俺は立ち上がる。
「よーしみんなー。それじゃこれから答え合わせするぞー」
と言うと、全員が全員、動きを止めた。
「……は?」
「ちょっと待って、今なんか幻聴が聞こえた。俺はこれから王都に繰り出してデートするんだ」
「ソーマのヤツ、唯一マシだった頭がついにおかしくなったか」
あちこちからそんなトボけた声が聞こえてくる。どさくさに紛れて逃げようとしたクラスメイトもいたのでその襟首をつかんで引き戻した。
「記憶が残っているうちに、今日の試験の内容をまとめるんだよ」
うぇぇぇぇぇという悲鳴にも似た声が……いや、悲鳴が上がる。
「過去問を残すんだよ! 来年の新入生にもツライ思いをさせるのか!?」
と言うと、「うっ……」という声とともに静まった。
よし、この殺し文句は利くな。覚えておこう。
……って思ってたけど、太っちょくんはすでに教室にいなかった。あんにゃろう……。
それから1時間近くかけてほぼ100%、間違いのない試験問題と模範解答を作り上げた。算術の問題はやはり解けなかった生徒がほとんどらしい。こればっかりはしょうがないよな……小学生の算数を教えているところに因数分解が出てきた感じだもんよ。
俺が「解散」を告げると、みんな逃げるように部屋を出て行った。「これ以上テストはしたくない」とかなんとか言っていたけど、どうせまた数か月後には次のテストが来るんですけどねえ……。
すでに校舎に残っている生徒はほとんどいないみたいだ。女子たちは女子たちだけで打ち上げをするらしい。なんていうかうらやましい。すでに俺の周囲には誰もいないんだが。スヴェン? アイツなら模擬剣を持って森へと走っていった。野人かな?
そんな俺が過去問を書き記したノートを持って校舎を出ると、リットの姿を見つけた。
いた! 俺の心の友よ!
「リット~」
「ん」
声を掛けるとリットもこっちを見た。どうせ同じ部屋に戻るのだからいっしょに……と思っていると、リットはぎょっとした顔をした。
ん?
それで、どうして早足で逃げていく?
「——ソーマさん」
「うわお!?」
背後から話しかけられた俺は少々飛び上がった。
そちらを見るとおっそろしいくらいに愛想の欠片もない少女、リエルスローズ嬢——リエリィが立っていたのだ。
どうやらリエリィを見てリットは逃げたらしい。心の友ォ!
「ど、どうしたの」
「……ここは人目がありますもの。こちらへ」
俺はリエリィに促され、校舎の陰にやってきた。
「手短に申し上げますもの。私のクラスメイトからの情報ですが、今、第4決闘場に多くの人が集まっていて、そこで決闘が行われているようです」
「決闘……そうなの?」
「黒鋼クラスの1年生がそこで、公開リンチを受けています」
「!?」
公開リンチ……?
どういうことだ?
心臓がバクバクいう。なにが起きてるんだよ。今日は統一テストをやってそれで終わりだろ? 試験対策だってうまくいった。みんな、答え合わせをしたら「結構できてる」って喜んでた。そのせいで「試験が終わったってのにまだ試験やってるみたいだ」とか言われたけど、それでも俺たちはうまくやった。うまくやりとげたんだ。それなのに、なにが。
「私は事務棟——決闘に関して問い合わせをします——ただ立ち回り的に緋剣は——ソーマさん。ソーマさん?」
「ハッ」
「しっかりしてください!」
「ご、ごめん……それでいったい誰がリンチに遭ってるんだ?」
「それは、聞いていません……」
「わかった……決闘場だよな。そこへ行く」
「いえ、教員とともに向かったほうがいいと思いますもの。貴族階級の生徒だけがいるようで、平民は強制的に排除されているようです」
「ダメだ。俺が行かなきゃ」
走り出そうとした俺の手首を、リエリィがつかんだ。
「あなたは——平民です」
「わかってるよ。イヤってほどに」
その手を振り払って、俺は走り出した。