ルチカはとってもいい子
統一テストの試験範囲が発表されたせいか、1年生の間に漂っていた空気——「ようやく騎士学園に入れた誇らしさ」みたいなほんわかした空気がピリッとしたように感じる。
試験範囲は学内の掲示板にも貼り出されてあって、2年生以上はチラッと見るだけで通り過ぎるのだけど、1年生がたまに見上げていたりする。
お、おおぉ……あの黄色いリボンは黄槍クラスの女の子だ。ふたりしてめちゃくちゃ可愛い。アイドルっていうかモデル寄りだなあ。
「あたし算術のテスト自信ないなあ……」
「なに言ってるのよ。私よりずっとできるくせにー」
「えー、そんなことないよー」
きゃいきゃいしているそれだけでもう可愛い。
ここのところ男前に磨きが掛かっているオリザちゃんにも見習って欲しいところである。
「おい、ソーマ」
「ひぃっ!」
背後からそのオリザちゃんに話しかけられて俺はのけぞった。
「? なんだよ、その反応は……」
「オ、オ、オリザ姐さんじゃぁありやせんか。どうしやした」
「なんだよ、その言葉遣いは……」
呆れたようにこっちを見てくるオリザちゃんだったが、
「! ねえ、あれって……」
「黒鋼じゃん。怖」
黄槍クラスの女の子たちがそそくさと逃げていく。ああ、待って! 怖くないよ! L○NE交換しよ?
なんていうのは冗談だけども、どうにかしてお近づきになりたい。なっておきたい。絶対あの子たち美人に育つ。間違いない。クッ、フルチン先輩はどうやって黄槍クラスにアプローチしてるんだ……!
「おいソーマ。アタシを散々無視してくれんじゃないか。どういうつもりだい?」
「む、無視なんてしてないよ! なに? あっ、そろそろ授業始まる時間か」
「そうじゃない——いや、それもあるんだけどさ……ルチカがアンタと話したいんだって」
ルチカ——トッチョの妹のルチカか。
俺になんの話だろう? 勉強のわからないところの質問か?
とりあえずオリザちゃんに連れられて行くと、教室の前にルチカがいた。オリザちゃんとともに3人で、隣の部屋——資料室みたいだけど中はカラッポの部屋へと入った。
「あ、あにょ、お忙しいところすみませんっ」
「いやいや大丈夫。どうしたの?」
「そのぅ……トッチョお兄ちゃんのことなんですけど……」
ルチカは困ったような顔で俺を上目遣いで見ながら、話し出した。
「私たちは8人兄妹の末の双子なんです」
「8人? 多いね——いや、そうでもないのか?」
俺はオリザちゃんをちらりと見る。彼女のところも正妻ひとりから生まれた大人数兄妹だったはずだ。
「ウチとは違うんだよ、ルチカのラングブルク家は。当主が色ぼけであちこちで子どもを作りまくった。だから兄妹が多くても同じ母親から生まれたのはルチカにとってはトッチョだけなんだ」
「ほー……」
「そう珍しい話でもないけどな」
母親が違えば家の中でも派閥が生まれる。
正妻と側室——と言えば聞こえがいいが、どこか「離れに住む愛人」のような扱いにもなっており子どもたちはそんな家庭の中で育った。
そう、ルチカは言った。
「……それでもラングブルクは槍さえ強ければ立場を認められるんです。お兄ちゃんは才能があって、それで学園に通うことをお父様から認められました」
「学園に通うのを認められた……っつっても、むしろ学園に通うのは褒められることだろ? 認められるってなに?」
「は~~~。あのなソーマ。お前ら平民はタダで入学できるけど、貴族は『寄付金』を払わなきゃいけないんだよ」
「ん? でも黒鋼クラスは寄付金がなくて困ってるって話じゃん」
貴族の親から寄付があるなら俺が私財を投じることもなかったじゃないか。
「アタシもその話を聞くまでは知らなかったけど……どこかに
「消える、って?」
「ピンハネしてんだろ。あんまり多額だったらバレるけど、低位貴族の寄付金なんてたかがしてれるしな」
「はああああ!?」
なんだよそれ、犯罪じゃん! 貴族の金を盗んでるようなもんだろ、どうなってんだよ!? 腐るにもほどがある。
「……ラングブルク家は元々、そうお金がある家ではないんです。なのにお父様はあちこち……遊び歩きますし。そんなラングブルク家で、お兄ちゃんが学園に通うっていうのはすごいことなんです」
「はー、そうなんだ。だったらなおさらアイツ、授業サボッてるのはよくないじゃん」
「お兄ちゃんにとってそれだけ、槍は大事なものだったんです……」
「……俺に負けて自信喪失しちゃったってこと?」
「ソーマさんに勝てるようになるまでは授業に来ないのかな、って……」
朝練していたのを見つけたときにも思ったけど、ルチカの言うことが正しいのだとしたら——、
「ふーん。トッチョって割と根性あるんだな。見直した。ルチカを突き飛ばしたのは許さないけど」
「い、いいえっ、私なんていいんです。お兄ちゃんのオマケで通わせてもらっているだけですし……ほんとうなら私は学園には来られないはずだったんです。それをお兄ちゃんが『ルチカが行かないなら俺も行かない』って」
「だったらなおさらルチカに暴力振るうのっておかしくね?」
「それは……お兄ちゃんは難しい人なので。だから、私がお兄ちゃんのできない勉強でカバーしてあげないとって思っていて……」
なんていい子なんだ。
よくよく聞いてみると、トッチョは法律や神話、算術といった小難しい授業は大の苦手で——というか授業のほとんどがダメということになるんだが——ゆくゆく必要になったとき困るだろうからルチカは勉強をがんばっているということだ。
「アレか。実はシスコンか」
ブラコンまである。
「えぇっ!? お、お兄ちゃんはそんな人じゃないと思いましゅっ」
「いやいやアレはなかなかどうして——」
「あのねえ、なぁにのんびり話してんのよ。理由はどうあれこのままテストに来なかったら困るのはアンタよ」
「それはそうなんだけどさー……そうだよなー……太っちょとその取り巻きたちと、あわせて5人がテストを欠席だなんてなったらかなり痛いんだよなー……」
「アイツらはアレでも全員貴族家の男子だからね。他の4人はともかくトッチョは絶対に出てこないとアタシは思うよ。面子をつぶされた相手に倍返しするまでは恨み続ける、なんてのは貴族の常識さ」
「いや、俺は逆に——」
と言いかけて、ふと思いついた。
「全員貴族家の男子……貴族の常識……」
「ん。どうしたんだよ」
「そうか。そうだったのか! ありがとうオリザちゃん! これはちょっと行けるかもしれない」
「? な、なんなん?」
俺はあるアイディアを思いついていた。
5人のうちせめて4人には、授業を参加させる作戦——その名も、
「『永田町の常識は世間の非常識作戦』だ!」
「ナガタチョ……なに?」
オリザちゃんとルチカはきょとんとしていた。
俺が黒鋼寮まで走って行くと、ちょうどトッチョ以外の4人が寮の前の空きスペースでだらだらくつろいでいるところだった。
そのまま声を掛けても良かったのだが、ふと気になって話を聞いてみる。
「——つか、どうする? このまま授業サボってていいのか?」
「あのガリ勉が退学になったら戻ればいいじゃんって話しただろう」
「でも実家は知らないからいいっつってもさ、ウチのクラスにも貴族家は結構いるぞ。そいつらの口から俺たちのことが伝わったら……まずいんじゃ?」
「だったらお前それトッチョさんに言えよ。トッチョさんが出てないのに俺たちだけ出るわけにはいかないだろ」
「トッチョさんだって男爵家なんだし俺たちといっしょだろ? 気にしなくてよくない?」
「だからそれをトッチョさんに言えって」
「言うわけないだろ。怖いもん」
「じゃあ黙ってろよ」
「だけどさぁ……」
ふむふむ。なるほどね、彼らは彼らなりに迷いがあるんだな。
折りしも統一テストの試験範囲も発表されて周囲がざわつきだして、それで不安になってきたのかもしれない。
機は熟した。
「永田町の常識は世間の非常識作戦」を実行すべきときである。
いつもお読みいただきありがとうございます。
とりあえず目標だった1か月、毎日更新は達成できました! やったー!
と思ったけど1日病欠しているので、明日まで更新して一区切りとして、それからは2〜3日の更新ペースにできればと思います。
統一テストまではしっかり更新して、その後の話は練りたいかなと。
よろしくお願いします!