宣戦布告は端的に
すてきなレビューをいただいていました、ありがとうございます!(2度目)
「まったくあなたときたら、母親譲りで男子生徒に媚びることしか知らないのではなくて!? だからこんなに簡単な問題も——んなっ!?」
ねちっこく三つ編みの子をいびっていたグーピー先生が俺に気がつき、目を丸くする。
「あ、あなた、黒鋼クラス……」
「グーピー先生。俺がどうしてここに来たかわかりますか」
驚いたのは先生だけじゃない。生徒たちみんながあっけにとられて俺を見ている。泣いてた三つ編みちゃんも涙に濡れた目を瞬かせていた。
「宣戦布告です」
俺は、はっきりと、一言一句聞き漏らしが起きるはずもない言葉で告げる。
「黒鋼クラスの授業は、今、俺がひとりでやっています。つまりグーピー先生と同じですよね? でも黒鋼クラスは次の統一テストで上位を狙っているし、碧盾クラスに負けることはありません」
「な、な、な……」
突然の俺の宣告に顔を赤くし、青くする先生。
冷静さを取り戻させる気はない。
「これがどういうことかわかりますか? 入学したばかりの生徒を相手に、およそ1か月で教えられる能力、すなわち
「そんなッ、バカなこと、あるわけがないでしょうがッ!!」
甲高くて窓ガラスでも割れるんじゃないかと思えたほどの声だったが、なんとか言葉は理解できた。
すでに先生はピンク色に茹で上がっている。
「あるわけがない? そうでしょうか。俺は自信がありますよ」
「いい加減にしなさいッ!! ああ、そう、あなたがソーンマルクス=レック? 平民風情がッ、ジノブランドになにを吹き込まれたのよッ!!」
「ジノブランド先生は関係ありません。むしろ先生は俺を見捨てていますから——だけどグーピー先生は認めるわけですね? もしもテストの点数で負けたら、それは教師としての腕が俺より劣ると」
「そんなこと起こりえないわ!」
「じゃあ勝負と行きましょう。黒鋼クラスが勝つか、碧盾クラスが勝つか。黒鋼クラスが勝ったら先生は潔く、別の人にクラスを譲ってください。もしも碧盾クラスが勝てば——」
俺は、ぽん、と自分の首を叩いた。
「俺が退学、で。そう望んでいる人はいっぱいいるんでしょう?」
とんがったメガネの奥で、先生の目が開かれる。
その後——ふくよかな頬を歪ませて笑う。ヤバイ。なんだその顔。Rー15指定のホラーみたいになってる。ぐふぐふ言ってんぞ。
「そう? そうねえ、それはいいわねぇ。あなたを正面からたたきのめして退学にしたらそれはワタクシの手柄、と……」
「どうですか。勝負ですよ」
「いいわ」
「乗ったということですね? このクラスにいる全員と、あそこにいる黒鋼クラスの生徒が証人ですよ」
俺が背後を親指でクイッとやるとリットは黒鋼パーカーのフードを目深にかぶって両手でバッテンを作っていた。ハハハ、恥ずかしがり屋さんめ。しっかと巻き込んでやったわ。
「それでいいと言っているのよ! あぁー、すばらしいわ。統一テストがこんなに面白いものになるだなんて……あなたたち! 黒鋼クラスになんて負けるはずがないけど、当日は病気になっても這ってでも来てテストを受けるのよ! 欠席は絶対に許しませんからね!!」
のろのろと生徒たちがうなずく。
欠席はゼロ点だから意味はわかるけどさぁ……ほんっと自分のことしか考えてないのな。
「…………」
いまだに唖然としている三つ編みちゃんに、俺は小さくうなずいて見せた。そして甲高い声で檄を飛ばしているグーピー先生に背を向けて、教室を後にした。
もちろんリットにはめちゃくちゃ怒られた。
* リエルスローズ=アクシア=グランブルク *
「……ソーンマルクス=レックが自ら退学を志願した?」
ひっそりと眉根を寄せてそちらを見たリエリィの視線を受けて、同じ緋剣クラスの女子生徒はこくこくとあわててうなずいた。
彼女があわてたことには理由がある。今の今まで、他の貴族の話題をして盛り上がっていたというのにリエリィはまったくと言っていいほど反応しなかったのだ。それが、ふと思い出した平民の話題に「吹雪の剣姫」が反応したのだから。
「は、はい、リエルスローズ様。私の父からの情報ですがほぼ間違いありません。学園の教員会にて碧盾クラスのグーピー=シールディア=カンベルク先生が声高に宣言したそうです。黒鋼クラスと碧盾クラスで勝負をすることになり、負けたらソーンマルクス=レックが退学すると自ら申し出た、と」
「それでしたら同じ情報を私も手に入れましたわ」
と別の女子生徒が口を挟む。
「碧盾クラスの生徒たちの間ではその話が出ない日はないようです。負けたらソーンマルクス=レックは退学すると、はっきり申し出たと。代わりに碧盾クラスが負けたらグーピー先生に担任を替われと提案したとか……いったいなにが目的なんでしょうね?」
「累計レベルがあまりに低すぎて、絶望して退学をしたいのでしょう。その下準備では?」
「なるほど。辞める機会を探している、と? 愚かですね。どのみち黒鋼クラスは最下位。そうなれば成績を引き上げる存在である彼は放っといても辞めさせられるというのに」
「彼は平民ですからその辺りの機微がわからないのでしょう」
「そのようですね」
ふふふ、とか、ほほほ、といった籠もった笑い声が聞こえてくる。
彼女たちに悪気はなく、緋剣クラスらしく「情報を仕入れ、交換する」というのを素で行っているに過ぎない。
「っ!?」
だが彼女たちのひとりが、リエリィの表情が険しいことに気がついた。
「……そのウワサは、面白くありませんもの」
「あ、あ、あ……」
「も、申し訳ありませんリエルスローズ様!」
冷徹にして最強の乙女。
そんな印象を抱いている少女たちはあわてて頭を下げると蜘蛛の子を散らすようにリエリィから離れていった。
いつも、こうだ。
彼女の知名度を利用しようと寄ってくる生徒はあまりにも多いが、彼女の眼力、空気によって逃げていく。
ただひとり——今話題に上がっていたソーンマルクス=レックだけは違った。
彼は「剣の誓い」を持ち出されても、それどころか決闘になっても怯まなかった。リエリィが他の女子生徒と同じであるかのように扱うのだ。自決しようとしたリエリィを、自分の手が傷付くことも顧みずに助けた。
だからだ。だから、彼に惹かれる。彼のことが気になる。あんなふうに——貴族の教えにおいては「はしたない」とされるような言い方で彼と次に会う約束までしてしまった。
いつもなら散っていく女子生徒にもどかしい思いを覚えるのだが、今日は違った。純粋に心配になった——彼のことが。
「ソーマさん……」
* キルトフリューグ=ソーディア=ラーゲンベルク
ただの教室移動だというのに、きゃあきゃあと周囲でさえずる女子生徒たちがすぐに群がってくる。その学年は様々で、クラスも様々だ。だけれども彼女たちが不必要に近づかないよう中心にいるキールのことは白騎のクラスメイトたちが守っている。
最低でも伯爵家、という白騎のメンバーは宝石のようにキールを扱っている。大事に扱われることに慣れてきたキールにとって、それは日常のようなものではあったが、つまらないものだった。
なにを話しかけても全肯定。「さすが」「すばらしい」「着眼点が違う」と持ち上げられることはあっても反論などはない。
(きっとソーマくんなら自分の意見を言ってくれますよね……)
だけれどソーマのような反応をクラスメイトに求めることはどだい無理である。彼らは貴族社会に染まりきった家の染まりきった子どもたちだからだ。
「?」
周囲のきゃあきゃあが、2倍になった。
2倍というのは音量も2倍なら人数も2倍なので実質的なインパクトは4倍である。
「やあ、キール」
「お兄様!」
渡り廊下を向こうから歩いてきたのは
キールの「お兄様」という言葉できゃあきゃあはさらに高まりキィィァァァに変わり、2名ほど脱落(失神)した。
「ちょっとキールに話があったんだけど……この状況じゃ無理そうかな」
ジュエルザードが苦笑いすると、キールの周囲にいた白騎クラスメイト、同じくジュエルザードの周囲にいた白騎クラスメイトは無言で視線を交わすとうなずき合い、両手をがばりと広げてきゃあきゃあを押し戻していく。
「殿下、5分はもたせます」
ジュエルザード側の白騎の女子生徒が秘書のように言うと、彼女もまたきゃあきゃあを押し戻す
これでキールとジュエルザードの周囲にはエアポケットのように空間ができた。こっそりとした会話ならばなんとかできるだろう。
「……が、学園ではいつもこうなのですか?」
「そうだよ。いずれ慣れる」
ジュエルザードの苦笑は続いていたが、不意に表情を引き締めた。
「君からの手紙に書かれていた黒鋼クラスの生徒……入学試験の首席の彼だけど。彼が自分の退学をかけて碧盾クラスのグーピー=シールディア=カンベルク先生に勝負を挑んだのは聞いているかい」
「な——なんですって!?」
「やはり知らなかったか……。キール、お前が彼の才を買っているのはわかるが、ただでさえ目立つ彼がこんな悪目立ちをすることは非常によろしくない」
「は、はい……」
「一体どうしてなんだ。碧盾クラスに勝負を仕掛けてなんの意味がある」
「私には……わかりません。でもソーマくんにはなにか理由があるのだと思います」
「理由があろうとなかろうと、クラス同士を対立させるのがマズイことに変わりはないだろう」
ジュエルザードの目には、黒鋼クラスと碧盾クラスを対立させる状況だと見えていた。
表面的にはそう見えても仕方がないことだった。
「……彼は騎士には向いていない。いくら知性があってもスキルレベルが低すぎるのであれば……」
「お兄様。そんなことはありません。ソーマくんはすぐにスキルもレベルアップします」
「なぜだい? どうしてお前がそこまで彼を気にかける」
心底わからない、という目でジュエルザードが聞いてきた。その質問に他意はなかった。それほどにわからなかったのだ——試験の成績が良かっただけの生徒を可愛い弟分であるキールが気にかけているという事実が。
「彼が、私のライバルだからです」
それだけになんのためらいもなく、なんの含みもなく——むしろうれしそうに言い切ったキールに、ジュエルザードは驚いた。
「だけど——」
「殿下! そろそろ決壊しそうです!」
「……わかった。キール、この話はまた今度」
ジュエルザードは複雑そうな顔ながら、それでもすこし微笑んで去っていった。
ソーマが起こした火種は、少しずつ学園へと広がっていた。
はい、原稿ストックが底をついてきたぞぉ……ヤベェぞぉ……。