クラス分けは波乱含みで
「次、スヴェン=ヌーヴェル君……スキルレベル67」
2ケタのスキルレベルだと逆の意味で周囲がざわついてる。
ふつう、王立学園の入学までたどり着くような生徒なら100を超えてくるからな。
スヴェンはぬぼっとした感じの背の高い少年だった。灰色の前髪が目元を隠しているが、そこには青色の細い瞳がある。
「……低すぎるよなあ、スキルレベル」
「……でも貴族ってワケじゃないんだろ」
「……知らないのか? あれは外国の関係で——」
ウワサ好きの生徒たち(たぶん貴族)が囁いているが、当のスヴェンは「公正の天秤」によりクラス分けがなされる——透明な水晶の卵は、形を変えることもなくそのまま真っ黒に変質した。
「スヴェン君は
「…………」
ぺこり、と頭を下げてスヴェンは戻ってくる。
低レベル、
あの天秤、どうなってんだろ?
「次、リエルスローズ=アクシア=グランブルク君。王都試験3位」
彼女の「アクシア」というミドルネームはこの国の伯爵家だ——って横の貴族がしゃべってるのが聞こえてきた。
リエルスローズという少女の登場に、華やいだ声が上がる。
ピンク色の髪を背後に流した少女が毅然とした歩き方で進んでいく——が、目元が険しい。え、怒ってるの? って聞きたくなるような顔だ。
(王都試験3位かー。俺も結構できたと思うけど、どれくらいだろ? 貴族しか順位を出しませんよとかはないよな……でもさっき聞こえてきた4位も5位も貴族だったからあり得るな……)
俺が考えていると、きゃぁっと声が上がった。リエルスローズちゃんが石板に触れた彼女の天稟が明らかになったらしい——聞き逃した。なんだったんだろ? くうっ、誰かに聞きたいけどここに俺の知り合いなんてひとりもいないぜ……!
次は水晶玉によるスキルレベル判定だ。スキルレベル300台をたたき出したキルトフリューグくんのように、リエルスローズちゃんも気安い感じで水晶玉に触れる。視線はなんか周囲をバカにしくさったような感じだが。
「に、268……ですね」
200台後半——キルトフリューグくんほどではないにせよ、スキルレベルもここまでで2番手である。
ここでまた歓声が上がる。
「さすがはグランブルク家の才媛だ」
「にしても200台がこれで10人。多すぎないか?」
「父上が言っていたが、今年の入学生はキルトフリューグ様を頂点とした『栄光の世代』として期待されているらしいぞ」
「なんとも……私はここでやっていけるのかな」
「むしろ切磋琢磨できる相手が多いことを喜ぼう」
貴族の子たちはウワサ大好きだな。ありがとうございます。聞き耳立ててます。
どうやら今年は「豊作」らしいぞ。今日は収穫祭かな?
「静かに、静かにしなさい。王立学園騎士養成学校の生徒として恥じない振る舞いをしなさい」
トーガン先生の言葉で、生徒たちは大人しくなっていく。この辺りが俺の住んでた田舎とは違う。なんというか、しつけの良さが感じられる。
「……次、ソーンマルクス=レック君」
やべ、呼ばれた。
呼ばれると……アレだ。ドキドキしますな。なんだか足下がふわふわする感じがある。
おかしい。俺はすでに23年+13年生きてきているのに。いや、そもそも日本で生きてたころも注目されるのには慣れてなかったわ。慣れてないわー。しょうがないわー。
するとトーガン先生は眉をぴくりと上げた。
「ほう、君が王都試験首席か」
「え、俺ですか」
試験が楽勝だとは思っていたが、まさか1位だとは思わなかった。
黒髪黒目は珍しい。しかも、入学試験トップとなれば注目を集めないわけがない。
ひええええ。見てくる。めっちゃみんな見てくるから!
ぶわっとイヤな汗が出てきた。
しかもこれから4ケタのスキルレベルが出ちゃうわけだろ? これはもうちょっと手加減するべきだったかもしれん……。
大人げないぞ俺(23+13歳)!
だ、大丈夫、きっと大丈夫なはずだ。碧盾クラスに入るために【防御術】のスキルとかめっちゃがんばって伸ばしたから。
蒼竜じゃなくて碧盾! 碧盾のほうに俺は行きたいんだ! 頼むよ天秤さん!
* キルトフリューグ=ソーディア=ラーゲンベルク *
その金髪の少年もまた「首席」を見つめていた。
自分が必ず取ると思っていた1位の座をかっさらっていった存在——それが、あの少年なのだ。
(黒い髪に黒い目……珍しいですね)
王都の最終試験は
(まさか僕と同じ300超えはないでしょうが……)
天稟「王の覇道」が、注目する。
* リエルスローズ=アクシア=グランブルク *
すでに「緋剣」の総代間違いなしと言われているリエルスローズもまた注目していた。
まさか自分がキルトフリューグを超えられるとは思っていなかったし、結果もそうだった。あのキルトフリューグという、見た目天使ながら中身バケモノの存在は高位貴族の間では知れ渡っていた。
将来は王国中枢にいることがほぼ約束されていると言っていいキルトフリューグとは「なんとしてでもお近づきになり、上手くいけば婚約せよ」と両親が言っていた。
だが、どうだろう。
キルトフリューグを超える人物が現れたのだ。
(まさか、平民だなんて……。黒髪黒目というのも見たことがないですもの)
どれほどの累計レベルだというのか——。
* *
俺が石板に手を置くと、ぱぁっと軽く光ってからペンが動き出す。
「ふむ、天稟は……なんだ?『
俺の天稟を確認したトーガン先生が首をひねる。
確かに他にはいないよな。いたら、「お手軽簡単スキル測定便利マン」としてあちこち引っ張りだこになってるはずだ。
天稟ってほんといろんな種類があるのだけど、「試行錯誤」みたいなのはかなり特殊だ。
今日見かけた中では他にも「
「次はスキルレベルだな」
「はい。この水晶に触ればいいんですか?」
「うむ」
俺が水晶玉に触れる——と、
「えっ」
ぱぁぁぁぁっ、と水晶玉が強烈な光を放つ。
「なにあれ!?」
「どうしたんだ?」
「故障とか?」
生徒たちがざわつくが、やがて光は収まっていく。
そこには数字が浮かんでおり白衣の研究員がそれを読み解く。
「ええと……012、と……え!? 12!?」
じゅうに。
その言葉は一瞬で室内に広まった。
「ぶほっ! あははは! 12だって!」
「なんだそれ。勉強ばっかりやってきたガリ勉君ってことか?」
「あんな光でびっくりしたぜ。あれは単にレベルが低すぎて計測できなかったってことかな」
室内が爆笑で包まれる。
本来はそれを注意すべきトーガン先生だったが、水晶玉があり得ない光を発したことと、思いも寄らない低い数値が出たことであっけにとられていたのだ。
いやちょっと待て。待て待て待て。
「先生。これはおかしいですよ、故障です」
俺が言うとトーガン先生はハッとして、
「……なにを言う。故障などはない」
「だって! 俺、わかってるんです。12じゃなくてほんとは——」
「黙りなさい!」
トーガン先生の一喝に、俺は怯んだ。
しんと静まり返る室内。
学年主任はソーマだけでなく生徒たちへも視線を向ける。
「他の者も、他者の低いレベルを笑うとは何事か。ここは騎士の養成学校。そのような心構えは褒められたものではない」
「あの、先生。俺は自分のレベルが——」
「黙りなさいと言ったはずだ。毎年こうして『この数値は間違っている』と言いがかりをつける者が出る。中には大金を積んで別の測定器を要求する者もいる。しかし計測が間違っていたことは一度もない。一度も、だ」
「でも」
「いい加減にしなさい! 騎士として往生際が悪すぎる」
「っ」
騎士としての心構えを盾にされると俺はなにも言えなくなる。
でも12じゃない。1,012なんだ。
これは
「これ以上言うのなら君の籍を学園に置くわけにはいかない」
「…………」
「わかったのなら、いい。——『公正の天秤』を使うぞ」
スキルレベル「12」と書き込まれた紙が「公正の天秤」にかけられる。
最後の望みをかけて俺は透明な卵を見つめたが——真っ黒に変色しただけだった。
「ソーンマルクス=レック。君は黒鋼クラスだ」
こうして王立学園騎士養成校の、今年度新入生クラス分けが終わった。