親の教育が悪すぎんだろこの世の中
リエルスローズ嬢の累計レベルは200台中盤だったはずだ。もし仮に「剣術」などで200を超えていて、エクストラスキルとエクストラボーナスを1つずつ持っていたとしても俺の「
死ぬほど痛い目に遭うことはない……はず。
不安!
でも彼女が「決闘! 決闘! さっさと決闘!」と言うのであれば仕方ない。
俺は決意を込めて言った。
「今から。ここでやろう」
「……ここで?」
初めて彼女の顔に「?」が浮かんだ。
「あなた武器を持っていませんもの」
「ん、ああ……疑問に思ったのはそっちか。素手で戦えるから大丈夫だよ」
「そうですか。でしたらそれで構いません」
ベンチに置かれていた飾りのついた剣を引き抜いた彼女は、ビュウッ、と剣を振った。……それ真剣? 真剣じゃね? 刃引きしてないヤツじゃね!?
痛い目には遭わないだろうなんて思った俺ェ! 見通し甘過ぎィ!
「お覚悟をお願いしますもの」
右半身を引いて上段に構えた剣の切っ先は、真っ直ぐにこちらを向いている。
「…………」
ふぅー……こうなったらやるしかないな。
俺はだらりと両腕を下げて相手を観察する。おー、こわ。いつでも突き殺してやるっていう殺気がびんびんだ。「吹雪の剣姫」という異名を持つのもわかる。
「……ッ」
ぴくりと切っ先が動いた。どうしたんだ?
「……開始の合図を」
「ああ。こっちの準備は整ってるからいつでもいいよ。そっちが仕掛けてくるのから始めていい」
「そうですか——ならば手加減はなしですもの」
踏み込んだ彼女と俺の距離はすぐさまゼロへと近づく。
シッ、という短い息ともに繰り出された彼女の突きは——俺の腕を狙う。
(腕? ああ、そういうことか……)
ああは言ったが彼女は俺に
なんだよ。吹雪とかいうから冷酷な戦闘スタイルかと思ったけど——ほらいるじゃん、戦闘時は鬼だけど小動物に優しいヤツ。
(優しいなぁ……どいつもこいつも)
ジノブランド先生も、オリザちゃんも、リットも。
強いフリをしている人は、強いフリをしなければいけないからそうしているだけなんだ。その中身には優しい根っこが生えてる。
「よっと」
「!」
ひらりと横に跳んだだけで俺は彼女の突きをかわした。この程度なら「
まだまだ13歳の筋力なんだよな。この感じだとエクストラボーナスも持ってないなぁ……。
虚空を刺したリエルスローズちゃんは、すぐさま横にいる俺へと剣を薙ぐ。だけどそれはあまりに悪手。
ガキィンッ、と音が鳴ったのは、彼女の剣を俺が手にした石が受け止めたからだ。ちなみに石は今拾った。
突きに特化した華奢な剣はあっけなく折れた。先っぽ3分の1ほどがひゅんひゅんと空を飛んで地面に突き刺さる。
「なっ……!?」
「あっけにとられていていいのか? 決闘中なんだぞ」
「!!」
俺の声にハッとすると、彼女は後方に跳んで距離を置く。
「剣も折れたし、ここで決闘は中断しない? そうしたら俺はネコを捕まえるのをがんばるから——」
「まだですもの」
彼女は最初と同じように右半身を引いたが、剣は腰だめに持った。
「これは使いたくなかったですが……」
エクストラスキルだ——俺は直感した。
「
身体をひねって繰り出される突きだが、その刀身は白く輝くように光を持つ。
5メートルは離れている距離で、当たるわけもない突きだ。
「剣術」でも「刀剣術」でもないエクストラスキル。だが剣系統のものならば、同様に
「
俺の胸元まで飛んできた衝撃波を、拾った石で正面から受け止める。ゴキン、というイヤな音とともにとんでもない震動が手のひらに伝わる。「衝撃吸収」使ってこれかよ!
広がる「スラッシュ」系統とは違い、一点集中の衝撃波だ。真正面から受けるのは愚策も愚策だった……。
その間にも俺は彼女との距離を詰める。とっておきの一撃をまさか受け止められると思っていなかった彼女は唖然としており、俺は剣を持つ彼女の手に、右手を置いた。
「——俺がその気だったら君の目をつぶすことも、膝を正面から蹴って折ることもできた。この意味、わかるな?」
「あ……」
いてぇ……左手がめっちゃ痛い。折れてなきゃいいけど、打撲か内出血はほぼ確実。もう二度と刺突剣の攻撃は正面から受けないよ!
と、俺がやせ我慢していると、
「う、ああ……ああぁ…………」
ぺたん、とその場に彼女は座ってしまった。
やべ……やり過ぎたか? 少なくとも脅し文句っていうかゼロ距離でそこまで言わなくても良かったか?
「——え!?」
だが俺が予想もしないことが起きた。呆然としていた彼女の目に、光が戻った瞬間——彼女は手にしていたレイピアを自分の首に突き立てようとしたのだ。
「わ、バカ!? なにしてんだよ!」
「離して!」
とっさにその手をつかんだものの、俺の手のひらが切れた。ていうかめちゃくちゃ切れ味いいなこの剣はよ!?
もみあうこと数秒、無理矢理彼女の手から剣を剥ぎ取ると遠くへと投げ捨てた。
「はっ、はぁっ、はぁっ……な、なに考えてんだ!?」
「…………」
「ちょっとなんとか言えよ!? 今俺が止めなかったらマジで死ぬつもりだったのか!?」
「……わたしは、グランブルク家の娘。負けるようなことがあれば死ぬべきですもの……」
「どりゃっ」
「いだっ!?」
彼女の頭にチョップを叩き込んだ。叩き込んでやりましたとも。切れてないほうの手で。でもこっちはさっきのエクストラスキルを受け止めた左手だった。いてぇ!
「あのなあ! いちいち勝負の勝った負けたで死んでどうするんだよ!? そんな窮屈なことやってたら卒業までに最後の1人以外全員死ぬわ! 蠱毒かっつーの!」
「蠱毒……?」
「そこはどうでもいい! 正座!」
「え……」
「正座ァッ!」
「は、はいっ」
地べたに彼女を正座させ、俺は説く。
決闘なんてものは「参った」と言えば終わるものである以上、そもそも命のやりとりを想定していない。ましてや勝負事で負けたからと死んでいては仕方ない。なんのために生きているのか、人生の目的はなんなのか、勝負に勝つだけではないだろうと。
人生の目的を達成するためには負けることが必要なこともある。
「はき違えちゃいけないのは、こんな剣くらいで生き死にするほど人間の命は安くないってことだ」
「…………」
ぽかん、としていたよね。リエルスローズ嬢。
つーかなんなんだよ貴族ってのは……これ明らかに親の教育がおかしいってヤツだよな?
「わたしは……間違っていたのでしょうか」
「知らん」
「えっ!?」
「簡単に他人に答えを聞くな。クセになってるんだよ、他人に聞くのが。だからなんの疑いもなく死のうとするんだろ。自分で考えろ」
「で、でも……そんなことしたことがないからわかりませんもの」
むう。それもそうだよな。与えられた「問題」と「解答」だけで教育されてきた子に、いきなり「自分で考えろ」って言ってもわかるわけない。なんの前触れもなく「この会社を整理しろ」と言われるくらいの難題である。
「まあ……相談くらいには乗ってやるから」
「ほんとうですか!?」
「お、おう。相談だぞ。答えを教えるんじゃないんだぞ」
「ええ、それでも——うれしいですもの」
それからリエルスローズ嬢は俺の手に視線を当て、ハッとした。
「あの、その手はわたしの剣で!?」
「ああ。こんなんかすり傷——」
「治療を! 治療をさせてください!」
何度断っても彼女は強引に俺を引っ張っていく。ああ……そうだった。この子、途中から話が通じなくなるんだったよ……。
今日、雪が降るってマジ……? こんな日に限って会社の後に打ち合わせがあるんですが……?