自己嫌悪は後味が悪いから、大人(13歳)がなんとかしてやらなきゃね
「父にソーマくんの話をしたところ大いに興味を持ってくださったようです。特例中の特例ではありますが、ソーマくんにはどこかの貴族家の養子となってもらい、その上で白騎クラス。あるいは最悪でも碧盾クラスに……そうしないと統一テストの結果でソーマくんは間違いなく退学になるでしょうし」
「ちょちょちょっと待った待った待った!」
俺、大慌てでキールくんを止める。
なに、俺が白騎クラス? そんな裏技あるの? すげぇなキールくんのパパ……じゃなかった。公爵家
「俺、黒鋼クラスでがんばるって決めたんだよ」
「……え?」
今度はキールくんがぽかんとした。
「みんなでがんばって、次の統一テスト、黒鋼クラスは上位に食い込む予定だから。退学になんてならないから大丈夫!」
「でも……」
「それにさ、キールくん。キールくんが忘れちゃ駄目だよ」
俺は苦笑した。
この子は優しい。優しすぎる。だからこそ、たぶん、彼には本来似つかわしくない——
「俺たち6つのクラスは、6つの騎士団は、すべてが重要ですべてが必要なんだ。キールくんがそのうちのひとつをダメにするようなこと言ったらダメだよ」
「あ……」
俺をどうにかしようとしてくれて、そのせいで彼は、彼が大好きな従兄弟の言葉に逆らうような真似をしてしまったんだ。
「わ、私は、その……ああ、どうしましょう。私はなんという」
キールくんは狼狽して、今にも泣きそうな顔をした。
「大丈夫だよ、まだ、間違いが起きたわけじゃない。間違えそうになったけど間違わずに済んだんだ」
俺は手を差し出して彼の頬に添える。
「だからうろたえるな。誇り高い白騎クラスを引っ張っていくんだろ?」
「は、はい」
「俺はキールくんの最大のライバルになるぞ。覚悟はできているか?」
「……はいっ!!
よかった。キールくんの目に光が戻っている。
今まで失敗せずに生きてきたような子は、ちょっとした挫折で大いにくじけたりするもんな。
キールくんは馬車に乗って去っていく——その馬車に俺はしばらく手を振って、それから歩いて我が家である黒鋼寮へと帰った。
* キルトフリューグ=ソーディア=ラーゲンベルク *
キールが自宅である公爵家別邸に着いたのはソーマと別れてから15分後のことだ。
本来の公爵邸は王都の中心地にあるために馬車で1時間ほど掛かるのだが、通学にそれだけの時間を掛けるのは不便とのことで「通学用の屋敷」がキールには与えられている。
「お帰りなさいませ、キルトフリューグ様」
「ありがとう」
馬車から降りるキールの手を、小間使いが取って手伝う。彼は当然のように先回りして屋敷に戻っており、キールの帰りを待っていたのだ。
その、若き主の横顔をちらりと見て小間使いは、
「……うれしそうでいらっしゃいますね」
「わかりますか?」
「はい。レック様との勉強会がうまく行きましたか」
「ええ……とても」
ふたり、邸宅に入っていく。
「ソーマくんはすばらしい方です。きっとこの王国の歴史に名前を残すのではないかと思っています」
「それほど……ですか?」
「でも不思議ですね。ソーマくんと話していると安心感があるのですが、それはあたかもお兄様よりずっと年上の……それこそお父様とお話をしているような気持ちにさえなってしまいます」
「キルトフリューグ様はお父様が大好きでいらっしゃいますね」
「もちろんです。お母様が亡くなられてからずっと、お父様は私に変わらぬ愛情を注いでくださいましたから」
キールの母は早くにこの世を去っており、父はことのほかキールのことを可愛がっていた。
だからこそ、精神年齢的に高い——30を越えたばかりの父に近い精神を持つソーマに惹かれたのかもしれない。
「しばらく書き物をします。お兄様とお父様に手紙を出すので後で届けてください」
「かしこまりました」
キールは自分の部屋に戻ると、ふう、と息を吐いた。
そっと頬に手を触れるとソーマが自分を包み込むように触れていた感覚がよみがえる。
「ソーマくん、私の最大のライバル……。ですが——負けません」
その幼い瞳には固い決心が宿っていた。
* ソーマ *
寮に戻った俺はあまりに満腹で、横になると、1日の授業疲れもあったことからすぐに寝入ってしまった。なんか忘れてる気はしていたんだけど、疲労と満腹がダブルで襲いかかってくるとさすがの俺も抵抗できない。
ちょっとだけ、ちょっとだけ横になるだけだから……って思いながら寝っ転がるのほんとうに気持ちいいよな。なお「ちょっとだけ」で済んだことはいまだかつて存在しない模様。
「くぁ……」
目が覚めたとき、窓の外は真っ暗だった。あ、寝過ごしたわ、と思った俺だったけど室内がぼんやり明るいことに気がつく。
リットのテーブルの魔道具が光を放っていたのだ。
「……ソーマ、起きたの?」
「リットこそ。ていうか今何時だ?」
すぅすぅというスヴェンの規則正しい寝息が聞こえてきているが、スヴェンは夕飯を食べて風呂に入るとすぐさま寝る男なので今が何時かはよくわからない。時計は1階のロビーに1つあるきりである。
「さあ。もうだいぶ遅いと思うけど」
「そっち行っていいか?」
「いいよ。ていうかいつもは気にせず入ってくるじゃないか」
「いやいや、俺だって今リットが下半身裸だったらマズイということくらいはわかっている」
「そんなわけないだろ!? ……って大声出しちゃったじゃないかっ」
眠っているスヴェンに配慮したらしい。
俺は自分のところのイスを持って行き、リットのところのカーテンを引いた。
デスクにある魔道具が明かりを放っている。リットはこの時間でも筆写を続けていたらしい。
「お前……がんばるなあ」
そんなにお金が必要なんだろうか? 聞いたことなかったけどリットのところの実家はなにやってるんだろうな。
するとリットは浮かない顔で、
「……これくらいは、やるさ」
と言う。
「あー、そういやなんか俺に話したいことあったんだっけ」
「……うん、それなんだけど」
なんだか言いにくそうに下を見つめ、手を組んだり離したりしている。
「どうした? 別に言いづらいなら言わなくてもいいと思うけど」
「いや——言わなくちゃ。あの、ソーマ……ごめんなさい。ボクは君に謝らないといけない」
「ん? なんかしたの? あっ、教科書汚したとか?」
「ち、違うよ、そういうんじゃない。あのさ……ボクは君が確実にトッチョに負けると思ったし、負けることでバカみたいな幻想から目覚めてくれるんじゃないかって思っていたんだ」
「バカみたいな幻想?」
「黒鋼クラスの生徒たち全員を、レベルアップさせるってことさ。座学も、実技も」
「ああ……しょうがないんじゃね、それは」
俺の累計レベルが1,000オーバーだって知らなければ当然俺が決闘で負けるってなるでしょ。
「しょうがなくなんかない! いちばん良くないのは、君がケガをすることも含めて『いい薬だ』なんて思ってしまったことなんだ……ボクは自己嫌悪したよ。同室の友人がケガをしてもいいだなんてこと考えたら、それは人間としてクズだ」
「はぁ……」
俺は小さくため息を吐いた。
リットもキールくんも、いい子だよなあ。自分の過ちを真剣に正そうとしている。
だけどさ、そんなに思い詰めなくたっていいじゃないか。お前らが失敗したって人の人生をめちゃくちゃにするわけでもなんでもない。フルチン先輩が俺たちの実技の授業を取り上げたことに比べたら可愛いもんだ。フルチン先輩にはいずれこの報いを受けていただく。
「でも君がトッチョに勝って——圧倒的な力で勝って、気がついた。ボクが間違いだったって。ラングブルク家が槍術の名家だってことは知っていたし、それを君に教えることだってできたのにしなかった。ほんとうはいっしょになって親身に決闘の対策をするべきだった。そうだろ?」
「えーっと、うん、あらかじめ槍のことを知れたらずっとよかったけどな」
「だからボクは決めたんだ。……卑劣なクズにはならない。君がこのクラスを改革するのならそれにとことん付き合ってやるって」
ううむ。リットってこんなヤツだったっけ? なんかもっと飄々としていたような?
そんなことを思っていると、
「だから」
リットは立ち上がった。
「……君、なんかいろいろと隠してること、あるよね? 全部教えてくれるかなあ!?」
悪い笑顔で言った。
おお、いつものリットになったぞ。むしろ安心したわ。