衝撃の決闘、衝撃のお肉、そして衝撃の……
お茶会はゆるやかに始まった。
「それにしてもすごいですね、ソーマさん。もう3冊読み終わったんですか」
「うん。あー、いや、正確には写し終えたんだ」
「え!? 筆写なさったんですか! だったらなおさらすごいですよ!」
「でも俺ひとりで写してるんじゃないんだ。同室のリットってヤツにも頼んでね」
頼むというか雇うというか。
「早めに返したほうがいいかなって思って急いでるんだ」
「リット……」
おや、キールくんはリットのことが気になる様子。ここは同室のよしみでリットのことを教えてあげようかなあ。ぐふふふふ。これでヤツも巻き込んでやろうか。
「キールくんってさ——」
「——失礼します」
とそこでお茶が運ばれてきてしまったので俺は話を中断せざるを得なかった。小間使いさんの前で堂々とキールくんにタメ口ってのもね……小間使いさん、キールくんのこと崇拝しているみたいだし。ほら、今もちらりとキールくんを見ながらほぅってため息ついてる。
「じゃ、今日の教科は——算術ではいかがでしょうか?」
「あ、あー……実は今日の黒鋼クラスは算術だったんだ。できれば他の教科のほうが気分が変わっていいかな」
「え?」
キールくんはきょとんとした。あれ? この子もしかして、24時間365日どんな勉強でもできちゃうタイプ?
「えーっと……どうしても算術がいい?」
「い、いいえ。せっかくですからソーマさんの類い希なる算術の知識に触れたかったというだけですし」
「持ち上げすぎだって。また次の機会にすればいいじゃないか」
「はい。是非そうしましょう。では神話で」
「オーケー。どうやってやるの、勉強会って」
「そうですね。私たちの勉強会ではまず、口頭で一問一答を交互にやりつつどちらがより進んでいるかを確認します。それから、より進んでいるほうが相手をリードする形で質問を投げかけていく形です」
「ふーん……問題集とかはないんだな」
そりゃそうか。印刷技術があまり進んでなくて教科書すらまともに流通してないんだもんな。
「問題集、ですか?」
「ああ、いや、気にしないで大丈夫」
よくよく考えてみると入学試験だってそうだ。問題が配られて回答する、のではなくて、ペラペラの紙だけ配られて問題は口頭で読み上げられるんだ。
キールくんの言っている勉強会とはつまり、テストの予行練習みたいなものだ。
授業で書いたノートを持ち寄って問題を出し合う。勘違いがあればそこで正していく。
「では私から……」
キールくんが質問し、俺が答える。次に俺が質問し、キールくんが答える。
簡単な神話の神の名前から始まり、神が行ったと言われる内容の質問になり、しまいにはその神の行動に関する解釈の話になっていった。
「——エルセルエート様がスキルレベルを設定なさったのは、この世界で生きる人類への指標を作ってくださったことに等しいと言えます。つまりスキルレベルを上げることは神に対して敬虔であるのと同義です」
「そうかな? 俺はエルセルエートという神が存在しているかどうかはわからないと思うぜ? スキルレベルは確実に存在しているけど、それは、『物から手を離せば下に落ちる』のと同じ、この世界の物理法則でしかない」
「それは大変面白い意見だと思いますが、残念ながら主流の解釈からはほど遠いと言えますね。エルセルエート様の存在証明に関しては疑うことが信仰に反することとなるために厳に禁じられており——」
こんなふうに、一問一答はどこにいったという感じだが。
やっぱりこの世界の科学はあまり進んでおらず、俺の考えはだいぶ合理的に見えるようだった。
「……やはり、ソーマさんの知性は抜きんでていますね」
1時間ほど話をしたところでキールくんがそんなことを言った。俺も休憩とばかりにお茶を飲むと、1日中授業をしてさらにここでも議論をして、と乾ききっていた喉が潤う。
「や、たぶん俺の考えは異端過ぎるんだと思うよ……」
キールくんにいろいろ聞いておいてよかったと正直思うことがあったよ。
この世界はかなりしっかりと「信仰」が存在しているから、それらを科学的な考えで打ち砕こうとするととんでもないしっぺ返しに遭うみたいだ。
余計なことは言うまい。
俺の目的は安定高収入、そして健康第一。
「ていうかキールくんのほうが相当にすごいよ。俺の話してることについてこられる13歳とか正直想像できなかったもん」
「あはは。ソーマくんは面白いですよね。時々、すごく年上みたいな発言をします」
おうふ。中身はそうなんだよ。でも変に疑われないように気をつけよ。
「……ソーマさん、実は今日突然お呼びしたのにはわけがあるんです」
「ん? そう言えば急だったね」
「決闘をしたと聞きました」
ああ、昨日のことか。決闘場ですれ違ったもんな。
「したよ。ラングブルクっていう男爵家の子と」
「ソーマくん、お願いですからそういう危ない真似は止めてください。すでにウワサになっていますよ、その……累計レベル12のソーマさんが決闘を行い、手も足も出ないままに投げられて気絶したと」
「ああ、もうウワサに——」
って、え?
なになに、俺が負けたことになってんの?
「ソーマくんの類い希なる知性はほんとうに重要なものです。私の家庭教師よりも優れた知見に触れる瞬間が、今日この短い時間だけでもありました。絶対に、あなたには学園に残って欲しいです。騎士としてともに歩んでいきたいのです」
「キールくん……」
買いかぶりすぎな。うれしいけども。うれしいけども!
でも冷静に考えれば、そうか。なんかクラスメイトも言ってたもんな、「あの槍はかわせない」みたいなこと。
つまりトッチョは黒鋼クラスの中でも「手練れ」だと考えられていて、しかも男爵家だから他のクラスでも知ってるヤツがいる。
対して俺は「勉強しかできないレベル12」だ。そりゃどう考えても俺が負けたと考えるよな。
「でもさ、実は——」
「私も決闘をしました」
突然の言葉に俺はぎくりとする。
キールくんが、決闘?
下手したら死ぬかもしれないっていう決闘をしたのか?
「まさか、俺たちの前に……」
こくりとキールくんがうなずく。左の長袖をまくると、そこには巻かれた包帯があった。
俺の喉がカラカラになる。キールくんがそんな危険なことをしていたなんて。
「……よくあることなんですよ。白騎クラスのエースに、蒼竜クラスのエースが決闘を挑むのはほとんど毎年恒例のことのようです。だからこそ負けたクラスはしばらくの間、自信を失います。幸い私は勝つことができましたが……」
「そ、そのケガは大丈夫なのか? 他にどこか痛むところとか」
「え? 大丈夫ですよ。ちゃんと勝ちましたし、まったくケガを負っていません。……それよりソーマくんですよ!」
「あ、俺も——」
勝った、と言う前に小間使いさんが入ってきた。
彼が押しているカートには皿が載っており、銀のクロッシュが中身を隠している。
こ、これは……肉! 肉汁の滴るニオイがするぞぉ!
「お待たせしました。夕食には少々早いので少量ですがローストビーフを用意いたしました」
ロォォォストビィィィィフ!!!!
感極まった俺はすべてを忘れて小間使いさんを凝視していた。
「ソーマさんこそ身体の具合は……って、もう私のことが目に入っていませんね」
「え、あ、ごめん、なんだっけ?」
「いえいえ、お元気なところを確認できてホッとしました」
「元気元気! うわあ、ローストビーフやぁ……」
俺は自分が決闘に勝ったかどうかという些細な過ちを訂正することなどどうでもよくなり、お皿に載ったルビーのごとき肉片を見ていた。
もちろん、大変美味しかったです。
「それでは、私は馬車で家へ戻りますね」
勉強会が終わるとキールくんはいっしょに外へとやってきた。夕焼け空の下、待っていた馬車はぴっかぴかに磨かれていた。
俺が王都に来るまでに乗った乗合馬車なんかとは比べるのがおこがましいほどだ。
「今日はごちそうさま!」
「ふふ、私もとても楽しかったです。……その、ソーマくん、実はもうひとつお話ししたいことがあったんです」
「?」
「本決まりになってからお伝えするべきだと思ったのですが、ソーマくんが決闘をしたと聞いて、あのような危ないことは避けて欲しいと思いまして」
「ああ、別に危なくなかったよ? というか俺がトッチョに——」
「——ソーマくんが、クラスを移れるように手配しています」
「…………」
ぽかん、と口を開けてしまったよ俺。
今、なんて?