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槍術の極み

「せえええいっ!」


 間合いに入ってトッチョの突きが放たれる。

 おいおい、いくら俺の精神状態が万全でないからってこんな見え見えのフェイントに引っかかるかよ! 腰も入っていないハエが止まるような突きだぞ。

 つまり——かわした俺へ向けての2撃目が用意されているってわけだな。


生命の躍動(ライトインパクト)


 即座に発動し、身体能力を一時的に上げる。俺は真横にジャンプしてかわすとくるりと地面に転がって立ち上がる。


「ふぅ……」


 危ない危ない。あの槍術の底が知れないな……思わず大きく回避してしまったぜ。

 だけど追撃が飛んでこなかったな? これが地元のレプラ相手だと「隙だらけじゃねーかヒャッハーッ!」って感じで飛びかかってくるんだが。レプラはいつだって世紀末。

 やべっ、レプラのことなんて考えてる場合じゃなかった! 次はどう来る、どう対処する……って、あれ?


「————」


 呆然としてトッチョがこっちを見てるぞ?


「——な、なんだ今の身のこなしは」

「——あれがレベル12の動きかよ!? うちの剣術道場の師範代より速かったぞ!」

「——瞬きしてたらガリ勉が消えたように見えたんだけど」

「——お前あの、トッチョさんの突きかわせるか? 俺にはぜってー無理」


 そんな声が聞こえてくるんだが……どういうことだ?

 混乱するな、俺。今はとにかく戦わないと。

 向こうがフェイントを使ってくるのなら本気の一撃が来る前にこっちから先手を打ってやる。


「チッ、今のはまぐれだ、まぐれ! うおおおおおッ!」


 トッチョが再度こちらに走ってきて、腰の入っていない突きを繰り出してくる。

 そのフェイントはさっき見たぜ!


衝撃吸収(ショックアブソーバー)


 トッチョがフェイントで揺さぶってくるのなら、こちらは正面からフェイントをつぶしてやる。

 俺は槍による突きを紙一重のところでかわすと横から柄をつかんでやった。「衝撃吸収」を使ったのは確実に槍をつかむためだ。


「へ?」


 トッチョがそんな気の抜けたような声を上げたが、俺はできうる限りの全速力で再度、


生命の躍動(ライトインパクト)


 エクストラスキルを発動し、


「おおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」


 槍を両手でつかむや底上げした身体能力でトッチョの身体を持ち上げ(・・・・)


「わ、わあああああ~~~!?」


 そのまま彼の身体をぶん投げた。

 トッチョの取り巻きがいるところに、13歳にしては肥満気味の身体が飛んでいく。受け止め損ねた彼らを薙ぎ倒しながらトッチョは墜落した。


「ふー……」


 エクストラスキルの2連発はさすがに心拍数が上がるが、これもすぐに収まるだろう。


「さあ、さっさと立ち上がれよトッチョ。まさかこれで終わりなんてことあるわけがないとわかっているぞ。お前の槍術の奥の手を見せてみろ……!」


 トッチョが手放した槍は俺の手元にあったが、名の知れた槍術であるならば無手での戦い方も指南されているはずだ。

 武器を取った俺のほうが油断して、逆に危ないということもある。


「さあ、いつまで気絶したフリをしている? かかってこいよ!」


 俺は油断せずに槍を足下に置く。使い慣れない武器なんて持たないに越したことはないからな。


「……ソ、ソーンマルクス」


 前頭葉先生が、言った。


「トッチョはほんとうに気絶していると、思うぞ……」

「え?」


 トッチョのそばにいた取り巻きが、彼の身体を調べ、それから立ち上がると両手でバッテンを見せた。


「勝者、ソーンマルクス=レック!」


 前頭葉先生の声とともに、おずおずと、しかしすぐに大きな歓声が沸き上がった。

 え、えええぇぇ……?

 なんか不意打ちで勝ったような気がして気持ち悪いんだけど……。




「今日は算術の授業をしようと思うんだ。算術に対して苦手意識を持ってるヤツはどれくらいいる?」


 俺がそう質問すると、20人くらいの手が挙がった。

 トッチョとの決闘から1日が経ち、今日は座学の日である。

 教室には30人ほどの生徒が集まっている。俺がトッチョに勝ったことはかなり衝撃的だったようで(スヴェンだけは「師匠なら当然でしょう?」と言っていたけど)、リットにスヴェン、女子の10人ちょいに、マルバツシカク、そして平民の生徒たちが俺の授業に参加してくれている。

 トッチョはあれ以来寮の自室に籠もりきりで、残りの生徒は俺のことを苦々しげに見ながらも特に邪魔をするでもなく放っておいてくれている。

 とりあえずクラスの半分が参加してくれたならいいか……。


「じゃあ、得意なヤツも苦手なヤツも、どれくらいの算術レベルかを確認したいから俺が今から黒板に書く内容を解いていってみてくれよ」


 そうして俺は算術の授業を続けていく——。




「つ、疲れた……」


 1日ぶっ続けで授業をするってめちゃくちゃ疲れるな。声もちょっとガラガラになるし。

 だけどみんな一所懸命、俺の話を聞いてくれて問題を解いていた。そうなるとこっちにも熱が入るというものだ。

 ま、まあ、出来はめちゃくちゃバラバラで、できないヤツはとことんできなくてヤバかったけどな……半分くらいかけ算ができないんだもんよ……これ統一テストまでにものになるのか怪しいぞ……。

 最悪数学は捨てるべきかなーとか思いつつ、教科書や授業の資料をまとめていた。

 教室からはぞろぞろと生徒たちが出て行くところで、俺のいるほうへとやってくるのはスヴェンとリットだ。スヴェンの要件は、


「師匠、剣の修行を!」


 あ、はい、そうですよね。

 んでリットは——。


「あ、あのさ……ボク」

「こちらにソーンマルクス=レック様はいらっしゃいませんか」


 教室に入ってきたのは見知った男の人だった。俺に教科書を運んでくれたキールくんの小間使いさんである。


「ここにいます」

「ああ、よかったです。キルトフリューグ様がもしソーンマルクス様のご都合がよろしければ本日、勉強会はいかがかとのことです」

「今日ですか? 急ですね」

「いかがでございましょうか。是非とも、お越しいただきたいと僭越ながら考えております」


 この小間使いさんはぐいぐい来る。どうもキールくんの望みをすべて叶えてあげたいらしい。

 俺はなにかを言いかけたリットを見るが、


「……ボクの話は夜でいいよ」


 すでにこちらに背を向けていたリットはそそくさと離れていく。


「なんだアイツ……?」

「師匠、修行の予定がありますよね!」

「あ、勉強会ですね。大丈夫です、行きますよ」

「師匠~~!?」


 声は悲痛だが顔は無表情という器用なことをやっているスヴェンに、


「ひとりでのトレーニングはもうできるだろ? 進捗は明日の朝確認してやるから……進んでなかったら承知しないぞ」

「ハ、ハイッ! がんばります!」


 承知しない、と言っているのに喜色満面となったスヴェンはスキップでもしそうな勢いで教室を出て行った。

 スヴェンも大概、頭のネジがぶっ飛んでる。


「それで、どちらに行けばいいでしょうか?」

「白騎クラスの寮に併設されているティールームがございますので、ご案内いたします」


 俺は小間使いさんに先導されて白騎の寮へと向かった。

 そう言えば他のクラスの寮に行くのって初めてだけど、フィレステーキが俺を待っているので行く以外の選択肢はないのである。


「急なお呼び立てで申し訳ありませんでした」


 通されたのは俺の寮の部屋より3倍は広いだろうティールームだった。バルコニーはガラス張りになっていて降り注ぐ陽射しのために室内は非常に明るい。

 調度品にはところどころ金箔が貼られてあってなんだかキンキラキンである。

 用意されているテーブルはたったひとつ。

 つまるところ……キールくんと俺が利用するためだけに使われるのだろう。

 俺を出迎えてくれたキールくんはいつもと同じ天使の笑顔である。笑顔で、あるのだが!


「あ、あのー……これってお茶会? 俺、お茶会の作法とか全然わからないんだけど」


 フィレステーキのことしか考えていなかった俺氏、いきなりのゴージャス空間にテンパる。


「お茶会には確かに作法がありますけれど、今日は私的な勉強会ですのでお気になさらず。都合のいい場所が他に思いつかなくて……人目につかない場所って学園内にあまりないんですよね」

「作法を気にしなくていいなら大丈夫」


 ふー、と息を吐いた俺をくすくすと笑って見ているキールくん。ずいぶんな年下に気遣われるって情けない……この世界ではタメではあるけど。

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