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この世界の強さとは

 決闘は翌日に、ということだったので朝のホームルームが終わると実技の前頭葉先生に話を通し、俺とトッチョは決闘場に向かうことになった——クラスの全員を引き連れて。

 女子たちやトッチョの取り巻きたちはこの決闘がどうなるかを当然見届けたかったようだし、残りの生徒たちも興味本位で見に行くことにしたようだ。


「しかし、勇気があるな、ソーンマルクスは。ラングブルク家は槍の名家。この年でも相当の鍛錬を積んでいるはずだが」

「あ、先生。そうなんですね」

「…………」

「どうしました?」

「……それを知らずに受けたのか? 決闘を?」

「ええ、まあ」


 こともなげに言うと、前頭葉先生はだいぶ顔をしかめておられた。かと言って決闘を取り上げないのは、決闘というものがそれだけ重いものだからなのかもしれないな。

 槍の名家ねえ……槍持ちの相手とは戦ったことがないからどんなもんかわからない。でもさすがに槍で200を越えている——つまりエクストラボーナスを持っていることはないだろう。200越えてたら蒼竜クラスだしな。

 いや、しかしなにか、秘伝の技法とかがあるのかもしれない。戦闘民族サ○ヤ人っぽい前頭葉先生がそんなに深刻そうな顔をするのだ。

 これは気を引き締めて掛からねばなるまいて。


「…………」


 ちらりと背後を見やる。そういう情報に詳しそうなリットくんは俺の視線に気がついて、そっと目をそらした。あーあ……だいぶ怒らせたかな。昨日も寮の部屋に戻ったらカーテンに「面会謝絶」って書いた紙をぶら下げてたもんよ。だから入院してるのかっつうの。


 決闘場は高い壁で囲まれていた。壁があるだけで天井はないらしい。

 俺たちがぞろぞろ向かっていくと、前頭葉先生が、


「むう? すでに使っているようだな」


 と言った。確かに決闘場からなんか声が聞こえてくる。

 すると中からぞろぞろと生徒たちが出てきた——白いブレザーを着た白騎クラスがまず出てくるが、彼らの表情は晴れ晴れとしている。頬を紅潮させて興奮気味に隣の生徒に話しかけているのもいた。

 もう一方は青の詰め襟——学ランみたいな制服を着ている蒼竜クラスだ。だけどこっちはしょんぼりしている。

 どちらも幼い感じの顔をしているので、1年生なんかな。


「これはトーガン先生」


 前頭葉先生が挨拶したのは学年主任のトーガン先生だ。白騎クラスの担任も務めているらしい。トーガン先生もこちらに気がつくとちょっと驚いたような顔をしたが、前頭葉先生に、


「ま、例年のことですよ」

「ははあ。そうですか」

「では、白騎の授業がありますので」


 と言って去っていく。


「ソーマくん」


 すると俺の天使、じゃなかった、白騎のトップであるキールくんが白のブレザーに囲まれながらやってくる。


「やあ、おはよう。決闘でもあったの?」


 と俺が気軽に声を掛けると、ちょっと困ったふうに、


「ええ、まあ……」


 ん? なにか事情でもあるのかな? おのれ、俺のキールくんにこんな顔をさせるヤツは許さんぞ!


「それより勉強会ですが今週どこかでいかがでしょうか? 食事の準備もご期待ください」

「もちろんいつでも大丈夫ですぅ! 予定があっても全部スキップしますぅ!」


 ステーキ! ステーキ! ステーキ!

 小さな疑問など俺の頭から吹っ飛んで消えて、あとはステーキ1色に染め上げられてしまった。


「ソーンマルクス、早く行くぞ」

「あ、先生すんません。それじゃキールくん、連絡待ってるよ!」


 俺が気さくに手を挙げるとくすりと笑いながらキールくんも手を挙げて答えてくれたのだが、周囲の白ブレザーたちがとてつもない目でこっちを見てきたよ。絶対零度っていうの? アイツらマジ、目線で人を殺したことがあるね。


「ほーう、ここが決闘場……っていうかなんもないな」


 高い壁で囲まれている以外に凝ったところがないのが決闘場だった。広さは訓練場の半分くらいだが、1対1で戦うには十分過ぎる広さだ。

 四角く切り取られた空が青く広がっている。

 先ほどまで決闘が行われていたのだろう——白騎と蒼竜の決闘だろうね。地面には争った跡みたいなのが残っている。


「見学者は壁沿いに並ぶこと。壁に身体の一部を必ずつけてそこから離れるなよ。離れた時点で決闘は無効になるぞ」


 立ち会い人もやってくれるらしい前頭葉先生が言うと、トッチョが口を挟んだ。


「わざと壁から離れて決闘を無効にしようだなんて思ってないだろうな? そんなことをしたら、勝負無効でもテメェは負けだ」

「ん? ああ、そういう方法もあるんだ。思いつきもしなかったわ」

「……テメェ」


 正直に言ったらトッチョは顔を赤くしてにらんでくる。


「そんな減らず口を叩けるのは今だけだからな!! ラングブルク流、槍術秘伝の一端をここで見せてやる!!」


 取り巻きのひとりが持ってきた槍を受け取ると、ドンッ、と根っこの部分——石突きで地面を突いた。

 見学の男子たちからは「オオッ」とどよめきがひろがり、女子たちからは「怖い……」と引かれている。


「……太っちょくん、狙っている女の子がいるんじゃないの? それ、失敗っぽいよ?」

「うるせえ! 小声で囁いてくんじゃねえよ気持ち悪りぃ!」


 いやだなぁ、気を利かせて小さな声で忠告してあげただけなのに。


「両者離れて!」


 前頭葉先生の言葉に従って、俺とトッチョは5メートルほどの距離を置いて向かい合う。


「ん……ソーンマルクスの武器はなんだ? それに鎧は?」

「ああ、素手と制服で大丈夫です」

「はあ!?」


 前頭葉先生が素っ頓狂な声を上げた。

 びっくりするのもわかる。トッチョの槍は模擬戦で使うような刃をつぶしたものではあるんだけど、それでも金属製だ。身体の各部位を守る革製のプロテクターも身につけている。

 模擬戦でも余裕で骨が折れたりするから、当然と言えるだろう。


「だがな、ソーンマルクス……」

「先生、これは決闘。『なんでもあり』なんでしょう?」

「…………」


 俺がそこまで言うと、先生はなにも言えなくなった。トッチョはますます興奮して顔を赤黒くしている。だ、大丈夫か? 始まる前に卒倒したりしない?


「で、では……ただいまより我がクラッテンベルク王国の伝統に則り、トッチョ=シールディア=ラングブルクとソーンマルクス=レックの決闘を始める。このふたりは見習いではあるが騎士として扱うものとする。見届け人よ!」


 前頭葉先生がバッと右手を挙げた。

 すると20人ほどの生徒が一斉に声を上げた。


「才に敬意を!」


 ドンドンと足を踏みならし、


「胸に誇りを!」


 とんとんと胸を叩き、


「剣に忠誠を!」


 腰に吊った模擬剣を叩き、ジャッジャッという音が響き渡る。

 え、えー!? なにそれ、俺知らないんだけどそんなの。

 なにオリザちゃんもリットもスヴェンまでもが「当然」みたいな顔してんだよ!? よく見てくれよ、半分以上の生徒があっけにとられてるんだぞ! 俺もだよ!


「では、始めッ!!」


 突如として始まった「騎士学園三拍子」にぼけっとしてしまった俺とは対照的に、トッチョはこれがあることを知っていたのだろう、まったく動じた様子もなくこちらに走ってくる。


「うおおおおおッ!!」


 やっべぇぞ……こいつの家は槍の名家。おそらく俺の知らないなんらかの槍術を発動してくるはずだ!

 そしてほぼ間違いなくレベル100で手に入るエクストラスキルも持っているだろう。

 槍のエクストラスキルがなんなのか、俺は知らない。ここが初見ということになる。

 受けるのは不可能だ。ならばかわすしかない。

 だけど今この心理状態で行けるのか——。


ウイルス性胃腸炎にかかり今週1週間吹っ飛びました。昨日は更新できずに申し訳ありません。


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