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アンタ間違ってるよ

 先生はわかりやすい感じのツンデレだった。

 俺にノートを貸してくれたヤツだって憎まれ口を叩きながらも、俺に赤点を取って欲しくなかったみたいだしな。

 いやまあ、先生ほどの立場がある人が「親切でしてるわけじゃないんだからねっ」なんていう自分の感情だけで生きているわけではないはずなので、だから「やむにやまれぬ事情」で俺たちに冷たく当たっているんじゃないかと思ったんだ。


「な、なにを言ってる……」

「先生、俺を辞めさせるぞーとか言いながら辞めさせないじゃないですか。ていうかそんな強権持ってるならさっさと発動しますよね、ふつう。そうしたら他のヤツらの見せしめにもなるし」

「それは……」

「単に俺たちに興味がないだけかなって最初は思いましたけど、だったら、わざわざ俺とトッチョだけを呼び出して話なんかしませんし。ってことはですよ、先生は俺たちに親切にしたいけどできない……そんな事情があるんだろうなと思ったわけです」

「…………」


 ありゃ、黙り込んでしまった。どうやら俺の推理はビンゴだったらしい。


「……命令、ではない。俺は進んでお前たちを冷遇している」

「あ、そうなんですか? それじゃあなにか対価があるとか? お金とか……あるいは」


 俺はちらりとテーブルを見た。そこにちらばっているなんらかの「研究」。


「ソーンマルクス、それ以上言うな。お前には関係ないことだ」


 お金じゃないんだな。研究のほうか。いったいなにを研究してるんだろ、この人。

 俺はテーブルの上にある薬草らしきもの、生き物の一部らしきものを頭の中に叩き込んだ。


「関係ないことはないですよ。俺も先生のクラスの生徒です」

「バカを言え……生徒は教師から一方的に与えられる。その逆はない」

「はっはー。それは先生、視野が狭い」

「なんだと……」

「まあ、でも、話したくないなら聞きませんよ。あ、そうか、さっき扉を急いで開けたのはなにかを待っていたんですね? この研究に関係しているような」

「聞きませんと言いながら推測をするな!」


 呆れたように大声を上げた先生は、ハッとしたように口を閉じた。


「どうしたんですか? そんなにびくびくして……」

「……お前はここにいないほうがいい。教室から指導室に移ったのは、トッチョのトラブルの相手が『お前』だったからだぞ」

「へ?」

「お前が思っている以上に、お前を辞めさせたい人間は多い。入学試験であんな点数を取るからだ……例年黒鋼クラスの実技は金の問題で行われないが、座学の授業を教員たちが拒否したのはお前の責任だ」

「い、いやいや、え? そんなんで俺、退学の危機なんですか?」


 ゆっくりと先生がうなずいた。マジか。なんで俺の知らないところで俺の敵が増殖してるんだ。ていうか座学が行われないのもなんとなく「お金の問題かな」って思ってたのにそっちは俺のせいだったのかよ!? むしろ俺が授業しなかったら俺が不義理になってたとこじゃん!


「あのー、先生の行動って監視されてるんですか」

「監視……までは行かないが、ほとんど把握されているな」


 それを監視と言うんですが。


「……貴族よりも平民のほうが優秀だなんて、あってはならないんだよ……。特に今年は『栄光の世代』だなんて言われているんだ。その卒業年に、首席が平民だったりしたら発狂して自殺する貴族が続出するぞ」

「ははは、先生にしては面白いジョークですね」

「…………」

「え、ガチのマジ話ですか?」


 ゆっくりと先生がうなずいた。そのうなずき方、迫力があってイヤなんですが。


「ていうかこの学園って貴族も平民も平等に、って感じじゃないですか。そのくせ露骨に差別してくるってどうかしてません?」

「……そんなことくらいわかっている。だがそれで何百年もやってきているんだ。変えられるわけがないだろう」

「ふーん」


 やっぱりなー。そういうめんどくさいしがらみ(・・・・)が大量にあるわけだ。


「だから先生は、30%の生徒が退学させられるのは受け入れろと、そう言いたいわけですね?」

「わかってるなら話は早い。お前は学園に入学し、堕落したことにしろ。遊び回ってタバコをふかし、酒を飲め。統一テストで点数を落とせ。そうしたらお前が辞めることにはならない」

「あのさ先生」


 俺、ちょっとまた頭に来てる。リットの言うとおり沸点低すぎんのかな。いやここは怒っていいところだろ。


「アンタ間違ってるよ」

「な……なに?」

「先生からしたら俺は勉強ができるから、せめて今年を乗り切ってくれって意味で言ったんだろ? だけどさ、そうしたら俺の代わりに誰かが退学する。つまりだ、先生の中では『辞めてもいいヤツ』がいるんだ。それは『先生』として間違ってるでしょ?」

「————」


 俺の指摘に、ジノブランド先生は唖然とした。

 考えもしなかったんだろうか。自分の決定が、誰かの人生を——13歳の人生をめちゃくちゃにするということに。


「13歳だぜ? 人間もできてない、まだまだ発展途上の子どもたちだよ。それなのに大人が勝手に可能性を決めるなよ。少なくとも先生は、俺たちに隔意はないんだろ? だったらなおさら俺たちの可能性を決めつけないでくれよ」

「し、しかし……というかお前はほんとうに13歳なのか?」


 あっ、やっべぇ。

 むしろ先生より年月は経験してますとか言えないわな。


「それはまあ、いいでしょ、うん。——あのさ先生、俺、考えてるんですよ。黒鋼クラスで統一テスト、いい点を出してやろうって」

「不可能だ」

「そいつはやってみなきゃわからない。チャレンジしてみる価値はある」

「ソーンマルクス、つまりお前は本気で点を取るというんだな。だがリスクが大きすぎる。お前が点数を上げたところで60人、6,000点の中の100点に過ぎない。それでは平均点は上がらない」

「全員だよ。全員。全員の点数を上げる」

「……無理だ」

「やってみなきゃわからない」

「無理だ!」


 先生、なんだか必死な顔だ。

 どうしたんだろう。


「……それでも俺は、チャレンジします。その結果俺が退学になっても文句は言いませんよ」


 俺は先生の横をすり抜け、ドアの前に立った。


「先生。あなたが俺たちの味方だってわかっただけでももうけものです。俺、この学校の勝手がわからないことが多すぎるんで、またいろいろ教えてください」


 ガチャリとドアを開けた俺の背中に、ジノブランド先生は言った。


「ソーンマルクス……本気で平均点を上げることを狙うなら、テストまでに誰ひとり辞めさせるな。退学者やテストを受けなかった者がいた場合、その者の点数はゼロでカウントされるからだ」

「ご忠告、どうも」


 俺は先生の部屋から出て行った。


ウイルス性胃腸炎で撃沈していますので今日は原稿ストックの更新だけです……。



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