スキルチェックはファンタジー
「新入生の皆さん、私は今年の1年生を担当する学年主任のトーガンです。ご存じとは思いますがこの学園に入れば貴族も平民も関係なく我ら教員の庇護下に入ります。私が貴族なのか、平民なのかは気にする必要がありません」
第3王子の話を立ち聞きしてしまってから、10分後。
別室の大広間に集められた俺たち新入生。
ちょびひげにうっすら禿げた男——教員のトーガン先生が告げる。
「貴族か平民かは関係ないぜ」とか言いながら上着の袖ボタンに貴族家の紋章を使っているあたりがモヤッとするところである。さっきの第3王子の話を聞いてしまったからなおさらだ。
建前と本音が違うのは、世界を越えても共通である。
「これから皆さんの
クラス分け。来た。
これで、この学園での5年間が決まる。
どのクラスでもいい——なんてこと、みんな思っていない。
貴族も平民も関係ないことは
問題は、残り5クラスのどこになるか……。
うん……。碧盾クラスがいちばんいいよな。碧盾クラスからほぼ持ち上がりで碧盾樹騎士団に入団が決まる。
なんの個性もなく、いちばん人数が多く、比較的安全な勤務地が約束されている。
しかも、碧盾樹騎士団は年功序列らしい! 出る杭みたいなことをしなければ着実に給料が増える!
だけど一番人気は蒼竜撃騎士団だ。この国でも最高峰の武力だしな。
飛竜を駆って戦闘の最前線に向かい、魔物の襲撃から住民を守ったり、攻め込んでくる敵国を倒す——まあカッコいいよね。
でもそれって危険と隣り合わせなんでしょう?
ワタクシ、安全確実高収入なところで働きたいのですよ。
(でも懸念があるぞ、このスキルチェック……)
2次本試験に来てる受験生たちがウワサしてるのを聞いたんだけど、
——累計レベルで200超えだと蒼竜クラス。
だということだ。
実際には累計レベルと、その天稟の内容とかで評価されるみたいなんだけど——どうやってクラス分けをするのか、その実態までは俺は知らない。
と——大広間がざわついた。
カートを押して、研究員らしい白衣を着た人々がやってきたのだ。
カートに乗せられているのは——石板? と、水晶玉? それに……鈍い金色の天秤だ。
こほん、とちょびひげのトーガン先生が咳払いする。
「ではクラス分けを始めよう。今年の新入生は302人いるので、静粛に、手早く進めたいと思う。——まずは王都試験2位、キルトフリューグ=ソーディア=ラーゲンベルク君」
「はい」
長々しい名前が呼ばれると、女の子みたいに可愛らしい声が聞こえた。
ここにいるのは13歳のはずだけど——キルトフリューグくんは明らかに身長が低い。
「おい、アレ……ラーゲンベルク公爵家だぞ」
「マジか。3大公家じゃないか」
「王都試験2位ってことは、
ざわつく周囲。
貴族について知識がない俺は置いていかれ気味です。
金髪はさらさらで、紫色の目元に掛かるほど。着ている服のデザインはシンプルながら、とんでもなく高そうな布地を使っているのが遠目にもわかる。
幼さが残る、というかあどけない顔だ。女装したら絶対美少女になるなと俺は妙な確信を抱く。
(ていうか今の声って……さっき、第3王子と話してた人の声か? 女の子だと思ったけど、まさか男の娘……じゃなかった男の子だったとは)
キルトフリューグくんは小さい歩幅ながら胸を張って歩いていくと、石板に手を置いた。ぱぁっ、とほんのり光る石板。
その横には紙の束が置いてあり——ざわっ、と周囲がざわつく——ペンが勝手に動いた!
おお、ファンタジーだわ。この世界に魔法があることは知ってるけど、田舎だとそうそうお目にかかれないんだよな。夜はすぐ暗くなって魔法の街灯なんてないし、火を点けるのも火花からだし、ケガをしてもなるべく清潔にして放置だし。
さらさらさら〜とペンが紙に書きつけている。
それが終わるとトーガン先生が取り上げた。
「天稟は……『
学園にいる間は、教員は生徒より確実に「上」の立場。その原則はけっして変わらない。
だけれども「公爵家」はやっぱりトーガン先生より上なんだろうし、「王の覇道」とかいうどう見てもすごい天稟を見て、教員の表情が強ばっている。
天稟、ってのは個人の
その種類は非常に多いんだけど、貴族のようにある程度似通った生活や狭い社会で暮らしていると、同じような天稟が出現する。
たとえばそのものずばり「
あるいは「
「先生。次の測定に移っても?」
「あ、ああ……もちろんだ」
眉ひとつ動かさず——たぶん、キルトフリューグくんは結果を知っていたんじゃないかなぁ——彼は次の測定に移る。
この「天稟」と「スキルレベル」は、調べられる魔法の道具の数がものすごく少ないので一般人が調べる機会はほとんどないんだ。
王立の学園——他の主要都市にもあるぞ——に入るか、冒険者ギルドで高ランクになると調べてもらえる。
でも公爵家なら調べるチャンスくらいあるよな。きっと。
で、お次は、スキルレベル。
このレベルは、
——エルセルエートは人のなすことを常に見ておいでだ。およそ人の磨きうる技能はすべてレベルとして表される。
なんて言われている。
まあ、神様とか俺見たことないけど。
それでこのスキルレベルはかなり細かい項目に分かれている。「およそ人の磨きうる技能」とか言うだけあって「剣術」や「馬術」なんてのはもちろん、「料理」や「木工」なんてもあるし、「磨術」(靴磨きでも上がる)とか「投擲」(なにを投げてもいい)とかもある。
ただ「技能」と言うだけあって、真剣に取り組まないと上がらない。
石をぼんやり投げているだけでは「投擲」レベルは上がらない、というわけだ。
一般に、スキルレベルが50を超えるとアマチュア卒業、100で一人前、300を超えると達人と言われている。
100に到達するとエルセルエートから「特別な加護」を与えられる。
レベル上限ってのは確認されていないんだけど、歴史上「剣術」800超えがおり、その人物は「剣聖」と呼ばれた。
「剣聖」の剣は山を斬ったらしいよ。斬られたほうの山はたまったもんじゃないよな。
「こちらの水晶玉に手のひらをのせてください」
研究員が説明する。直前に布で拭いていたのでぴかぴかだ。
キルトフリューグは、これまた慣れた手つきで手のひらをのせる——と、
「おっ」
ぱぁっ、と水晶玉が光を発し、透明な中心部に数字が現れる。
その数字が3ケタの表示を持って止まる——。
「……さ、325……」
おおおおおおっ、とみんなどよめいている。
300超えだ。
200を超えれば蒼竜クラス間違いなしという情報から考えるに、200超えはふつう、いないんだろう。
「300超えだって……聞いたことがあるか?」
「我が伯爵家の従姉妹に聞いたのは、3年前に280を記録した『天才』がいたって」
「ジュエルザード王子殿下も200台だったような……」
「王子殿下は入学後にすさまじくスキルレベルを伸ばされたらしいがな」
新入生たちのざわめきが半端ない。
あの水晶玉は「スキルレベル合計数」、つまり「累計レベル」しかわからないみたいだ。
個別の項目を確認する魔法の道具もあるんだけど、もっと特殊で、1度の計測に大量の魔術触媒を使ったりと、とにかく大金が掛かるとか聞いたことがある。
でも公爵家なら調べちゃうんだろうなあ。
あ、うん。実はこの国で公爵家がどれくらいすごいのか、俺よくわかってない。
(キルトフリューグくんは「王の覇道」の天稟……「剣」「弁舌」といった「王たる人間にふさわしいスキルレベル」を向上させやすい特性があるのかもな)
天稟とスキルレベルは密接に関わってるからな。
でもキルトフリューグくんは王って感じじゃないよね。どっちかって言えば王女。
「で、では『公正の天秤』へ」
トーガン先生も動揺を隠せないが、キルトフリューグくんは平気な顔ですたすた歩いていく。
さっきの紙にスキルレベルを追記し、その紙が天秤の片側に載せられる。
あとはどうするんだ? とみんなが注目していると——研究員が卵を取り出した。滑らかに丸い水晶の卵である。
紙と比べれば明らかに重そうな卵だったし、実際その卵を載せるとカタンと天秤は傾いてしまった。
動いたのはここからだ。
卵がぐにゃぐにゃと姿を変え——白いグリフォンに姿を変えた。
すると紙と白いグリフォンは天秤上でバランスしていた。
(うおおおなんだあれすげー! おもしれー!)
魔法らしい魔法がどんどん出てきて俺のテンションも上がる。
「うむ。キルトフリューグ=ソーディア=ラーゲンベルク君は白騎クラスに決定とする」
「わかりました」
おおっ……と控えめなどよめき。
まぁ、みんな彼が白騎クラスに入るってことくらいわかってたしね。
累計レベルが上でも、白騎は白騎、出自が違う人だけが集められるんだから。
「いきなり300超えとかどうなってんだ……」
「今年ってレベル高いって聞いたよ」
「どうしよう……親に絶対蒼竜クラスに入れって言われてるのに……」
顔色を青ざめさせている新入生も結構多い。
しかし俺は——いまだに余裕綽々でござる。
(ほんと、ゲームっぽいな)
あの水晶玉、俺には必要ないんだ。
俺は前世の記憶とともに、自分の天稟「
この天稟は、「スキルレベルを自分で確認できる」というすばらしいものだった。
え? しょぼい?
そんなことないぞ。……ま、まあ、俺も最初は「しょぼっ!」って思ったけども。
この世界はまるでゲームみたいなところがあるからな。「レベル上げ」なら、ゲームをやりまくった
その結果、俺の累計レベルは——。
1,012まで上がってた。