初のクラス会議は沈鬱に
それから1時間後、俺はロビーで寮長と向かい合って座っていた。なんで1時間も経ったのかというと、着替えた寮長がロビーに来ず、窓から逃げていたからだ。それを追いかけて捕まえてくるのに時間がかかったってわけ——あ、もちろんちゃんと捕まえたぞ。いくら向こうのほうが学園に詳しくても、こっちには「瞬発力+1」があるからね。
その間に、クラスの連中もぞろぞろ戻ってきていたのだが、「自習」はお気に召さなかったらしい。ただスヴェンだけはひとりで剣を振るために残っているんだとか……アイツ、ちょっと頭のネジ飛んでない?
「俺らも話を聞く権利がある」
太っちょが偉そうに言うので、なぜか寮長に話を聞くのに同席することになっている。女子たちもだ。規則上はロビーまでなら女子も入ってきてオーケーである。
男子寮に入りたくないという女子もいたようだが、オリザが「なにかあればアタシを頼りな」とか言って姐御肌を見せつけていた。
「はっ、ヒヨッコどもが群れやがって」
チンピラ寮長がぎろりとにらむと、太っちょたちはじりりとたじろいた。いや、クラスのほぼ全員、60人弱が一斉に動くからだいぶざわざわするんだけど。
ていうか群れるまでもなく俺ひとり相手に逃げたのはそっちですよね、寮長?
「寮長、そういう煽りは要らないんで」
「……チッ、テメェはぜってぇ許さねぇからな」
「あ、はい。そういう脅しも要らないんで」
渋い顔でそっぽを向いた寮長。俺の強気な態度に太っちょが「アイツ殺されるぜ」とかしたり顔で言っている。
「で、どうして実技の授業がなくなったんですか?」
「金がないからだ」
「……もうちょっと詳しく」
「はぁぁぁぁぁぁ。お勉強できるガリ勉小僧がそんなこともわからねえのかなあ?」
わざとらしいため息とデカイ声がムカつく。「アイツそんなこともわかんねえのかよ」となぜか追従している太っちょもムカつく。
仕方ないので手を開いて指をポキポキ鳴らしたら寮長はスッと背筋を伸ばした。
「この黒鋼寮の運営には金が必要だ。だが寄付金が足りねぇ」
「寄付金、ってどういうことですか? 学園の経営だとお金が足りないってことですか?」
「違う。学園は寮に一切金を使ってねぇ。OBや在校生の親が寄付しないと運営できねぇんだよ、寮は。黒鋼は平民上がりが多いから金に余裕がない」
「でもOBは結構いるでしょ」
「……お前、ほんとになんも知らねえのな。卒業して
「少なっ!」
「しかも学園にいい思い出なんかねぇからな、寄付なんかしたくねぇ。『自分と同じツライ目に遭わせたくねぇからむしろつぶす』って勢いだ」
「救いがない!」
なんだよ黒鋼! 闇が深すぎるだろ!
「で、金がねぇから俺たちは工夫をすんだ。実技の授業はいちばん金がかかる。模擬剣を使いつぶしたり訓練場の整備したりやらなんやらだ。教員の給料だってある。その授業をまるっとなくせば結構な金が浮くんだよ」
「……じゃ、じゃあ、寮そのものをなくしたらいいじゃないですか」
「バカ。学園の校則にあるだろうが。『共同生活を育むために寮で暮らすこと』、ってな」
ノォォゥ! なんだよその校則! 実態に合わないなら改定しろよ!
ちなみにその校則も高位貴族には通用せず、彼らは自宅から通っているらしい。ダブルスタンダード半端ねぇ。
「平民上がりのガリ勉小僧、お前今『校則を変えればいい』とか思ったろ? だから平民はダメなんだ。俺たち貴族がそう簡単に自分たちで決めたルールを変えるわけがねぇだろ」
「なっ……!?」
俺は驚愕する。
「フルチン先輩、貴族だったんですか!?」
「驚くのそこかよ!? っつーかフルチンとか言うんじゃねえよ!」
「え、でもフルチンでしたよね? 女子連れ込んでフルチンでしたよね?」
「バッカ、お前……女連れ込んでズボンなんて穿いてられっかよ」
おお、なんかむしろ潔いぞこの人。
ちょっと見直したわ。太っちょが「寮長先輩ヤベェ」とか羨望のまなざし送ってるし。……いやでもフルチンだしな?
「ま、例年のことだわな。1年の実技を取り上げて、寮の運営費の帳尻を合わせる。どのみち最初の1年で半分は脱落するからよ。そうしたら来年からはしっかり講義も受けられるってわけだ……ま、そのころには講義なんざまともに受ける気なくしてるだろうけどなあ」
小指で耳をほじりながら寮長はあくび交じりに言った。
でもまあ、1年我慢すればいいなら……。
「——1年辛抱すればいいとか思うんじゃねえぞ?」
うぐっ。
「5月の1週に統一テストがあるからな。そこで、平均点が最低のクラスは強制的に10%の生徒を辞めさせることができるんだ、教員は」
「……え? はああああ!? なんですかそれは!」
「しかも辞める生徒を選ぶのは教員側だ。平均点を上げるようなガリ勉小僧は真っ先に強制退学ってわけだ」
「んなむちゃくちゃな……」
「むちゃもクソもねえ!」
寮長はバチンと自分の膝を叩いた。
その目は二日酔いで血走っていたけれども——どこか真剣な目だった。
「いいか。貴族ってのは常に優越感がねえと死ぬ生き物なんだ。自分がマウントを取れる相手を探しているヤツらにとって黒鋼クラスは格好の獲物ってわけだ。もしそれがイヤだってんなら——悪いことは言わねえ。さっさと学園辞めろ。そうしたら辞めたヤツも、残ったヤツも、みんなハッピーだ」
寮長が去っていった後の空気は、最悪だった。みんなロビーから出て行かずにそこにじっとしている。目に涙を溜めてる女子までいて、それをオリザちゃんが抱き寄せて頭をなでてやってる。なにそれ男前。
寄付金が足りない、ねぇ……。
オリザちゃんみたいに男爵家とかも他にもいるんだろうけど、彼らはきっと寮に寄付できるほどお金に余裕がないんだろうな。さらにはよりによっての「黒鋼クラス」だ。そんなところに入った我が子は「失敗」くらいに思われてる可能性もある。
リットが俺のほうを見て「どーすんだよこれ」という顔をしている。いや、これも俺のせいなのかね?
だけどまあいい機会だからここらで「学級会」——「クラス会議」かな? と行きましょうか。
「やらなきゃいけないことは決まってるよな」
俺が言うと、全員がこっちを見た。
とにかく俺が発言することが気にくわないのか、太っちょがすぐさま噛みついてくる。
「あのなガリ勉! お前が聞いたからこんな暗い空気になって——」
「真実を早めに聞けてよかったじゃないか。それともなにか? お前は、自分が
「うぐっ……そ、それは」
「いいか。今、寮長から聞いた話は確かにクソだ。びっくりするほどクソだ。だけどある意味……フェアでもある」
「フェア?」
リットが呆れたように言う。
「フェアだよ。だって、金さえあればなんとかなるんだろ? 他のクラスは金があり、ここには金がないだけだ」
「あのさあソーマ、簡単に言うけど——」
「ちょっと待ってろ」
立ち上がった俺は「瞬発力+1」を十分に活かしてロビーを飛び出すと、5階にある自室まで一足飛びに上がっていき、すぐに戻ってきた。
「え? 今5階に行ってたの? は、早……」
「それに驚くのはまた今度。——で、これだ」
ソファに腰を下ろしながら俺がこの寮に持ち込んだリュックサックをドンッと置いた。
そのとき金属のこすれるジャラリという音が聞こえたものだから、わかるヤツにはわかったのだろう。「え」とか「まさか」とか聞こえてくる。
「金の問題は、一時的に俺が解決する」
リュックサックから取り出した大きな革袋。その口を開くと、中には——。
「金貨!? あ、いや、小金貨と銀貨か」
「全部金貨だったらさすがに引退して田舎で農業でもやるよ」
この年で引退かよ? なんてささやきも聞こえてきたが、もう十分ワシは酸いも甘いも……酸っぱいのが98%だった気もするが、経験したのじゃよ。
「とりあえず、実技授業をやれるぶんくらいのお金はあるはずだ」
「マジか! お前が金払うってことかよ!」
「待て太っちょ。そうは言ってない」
「俺は太っちょじゃ——」
「今その話はいいから。あのな、俺はお前らに
「投資……?」
太っちょだけでなく、みんなが初めて聞いたような顔をしている。一応この世界にも「投資」という言葉があるんだが、知らないんだな。
まあ、数学のレベル低いしね……金利とか利回りとか知らないよね……俺だって町工場がヤバくなければそんなに早く知ることはなかったよね……むしろ知りたくなかったよね……。
「この金は、俺がお前たちに貸すんだ。だけど必ず返すという性質のものじゃなくて、お前らが学校を退学になったらその時点で回収はあきらめる。代わりに、きちんと卒業して騎士になることができたら色をつけて返してくれ」
「なるほど、出世払いってこと?」
リットがポンと手を叩いた。
「それがわかりやすければそういう認識でいいよ。あと、それだけじゃなくて——もしも統一試験でいい成績を出したヤツがいたら俺から
言いながら小金貨を1枚取り出した俺は全員に見えるように掲げた。
ボーナス、という言葉にみんな目の色を変えている。やっぱりこのクラスにいるような子たちは金に困ってる子も多いんだな。
この小金貨1枚で、日本で言う5万円程度の価値がある。
試験でがんばるだけで5万円もらえるならそりゃがんばっちゃうよね。
「まずは明日の座学——その準備はきっちり俺が整えるから。そこからがんばってみないか?」
さあ、出せるものは全部出した。あとは彼らがどう思うかだ。
……でも後で冷静になった俺、部屋に戻って震えたよね。俺の全財産、勢いで全部出しちまったよ……。
実験的にタイトルを変えてみています。
「面白かった」「ソーマがんばれ」と応援してくださる方は、できましたら「ブックマーク」をお願いします! あと「評価」もつけてもらえるとうれしいです〜! なんだかんだ書き続けるモチベーションであります。