声を掛けるだけで大騒ぎされるこんな世の中じゃ
前話が短かったので本日は2話更新となっております。キールくんの出番を早く出したかったからとかそういうわけじゃないんだからねっ!
全面的に休講となってしまった我が黒鋼クラスだったわけだけど、俺の感動的な演説の甲斐もなく生徒たちのほとんどは教室を出て行ってしまった。
「明日からはちゃんとした授業になる」と思っている生徒が大半で、それはまあそう信じたい気持ちもわからないでもない。
学園に入ったばかりだから荷ほどきやら学園内の確認やら、いろいろとやることはある。いきなり「連中を見返してやろう」とか言い出すクラスメイトには付き合ってられんということか。
それはそれで構わないと思う。
遅かれ早かれ、「黒鋼クラスの現状」に正面から向き合わなくちゃいけなくなるだろうから、そのときに手を差し伸べればいいかなと。
俺はたまたま、第3王子とキールくんの秘密のやりとりを聞いてしまったし、キールくんの行動からも「学園の現状」について早めに知ってしまっただけだ。
「さて、と……残っててくれたんだな、リット、スヴェン」
最後までいてくれたリットとスヴェンに声を掛ける。オリザちゃんもちょっとこっちを気にかけてくれるふうはあったんだけど、女子たちに手を回すことが優先だと考えたみたいだ。
で、10人ちょっとの女子たちとぞろぞろ出て行った。
「あー……ソーマ、本気でさっきのこと言ったの?」
「おお、もちろんだぞ。どのみち教師にやる気がないなら、自分たちで学習するしかない」
「ボクはそこまでは思えないな……。あそこまで極端な先生はさすがに少数なんじゃないの? ちょっとソーマ、結論づけるのが早すぎだよ」
現実派らしいリットがそう言うが、お前がそれ言う? 青春のリビドー溜め込むの早すぎなお前がそれ言う?
「……なんかわかんないけど、今猛烈にソーマを殴りたくなった」
「失礼な。俺はお前が夜な夜な
「殴ってもいいってことかなぁ!?」
やはり溜め込んでいるらしい。リットの天稟ってそういう関係のやつなのかな。「対サキュバス特化」みたいな。「
「よーし、それじゃ3人で行こうや」
「行く、ってどこに?」
「キールくんのとこ」
ガタッ、と立ち上がるとリットはじりじりと後退した。
「ボク、用事を思い出した。それじゃ!」
「あ、おいっ!」
脱兎のごとく逃げ出していく。あんにゃろう。キールくんのこと苦手すぎだろ。
いやまさか、キールくん(天使)の清らかな笑顔を思い出して、自らの劣情が恥ずかしくなったとか……!?
「業が、深いな……」
「…………」
「スヴェンは来てくれるか?」
「……授業がないなら、剣の訓練を積む」
「お前そればっかりだなー」
「俺の天稟は『
「それに?」
「……剣を高めることしか、俺にはもう…………いや、なんでもない。忘れてくれ」
それだけ言うとスヴェンも出て行ってしまった。
めちゃくちゃ思わせぶりだな!
「……剣特化型の天稟なのか。いや、でもあいつって確かそこまでスキルレベル高くなかったよな」
2ケタだった記憶がある。
俺の「間違いの2ケタ」ではなく、ちゃんと正しい2ケタのはずだ。
「明日の朝はいっしょにトレーニングやることだし、そのとき聞いてみよ」
俺は結局、ひとりでキールくんを探しに出かけた。
学園は広い。なんちゃらドーム何個分とかいう言い方はわかりづらいけども、全5学年、1,000人程度が暮らすことができ、講義棟以外には研究棟や事務棟、学園レストランを始め、巨大図書館にクラブ棟など様々な建物がある。
その上、実技トレーニングのための訓練場が20面もある。
「王都の学園」とは言いながらも所在地が王都の郊外なのはそれほどの土地を確保できるのがここしかなかったからだろう。
「えーっと……『第5訓練場』はあっちか」
手元に学園内の地図を手に、俺は歩いている。
先ほど学園の事務棟で1年白騎クラスがどこにいるのかを確認した結果、実技トレーニングの日なので「第5訓練場」にいると教えてくれた。
仮にも貴族の集まる白騎クラスなのにずいぶん簡単に教えてくれるよな? って思ったんだけど、「第5訓練場」が近づいてきてその理由がよーくわかった。
「キルトフリューグ様ぁ~!」
「あっ、こちらをご覧になったわ!」
「きゃぁ、笑顔が素敵ぃぃっ!」
女子生徒——たぶん高学年の人たちがキールくんを見学にやってきているんだよ。
キールくんたち白騎クラスは30人くらいだろうか? 教官に見られながら1対1で剣を振り合っている。
笑顔が素敵な件については100%同意するけど、こんなに女子が集まってると近寄りにくいなぁ……。
なんていうか俺の女性遍歴はあんまり語ることがないというかむしろ男友だちとつるんでいるほうが楽しかったというか……はい、正直に言えば彼女とかいたことなかったよね!
男友だちも大事にしてたんだけど、まさか親父の会社をたたむときに助けてくれなんて言えるわけもないしさ……「ヘルプ必要ならいつでもやるぞ」って言ってくれたヤツらはいたんだけど、そいつらも就職活動中、その後は社会人1年目なわけで。頼めないよな。
そんなことを考えていると、女子のひとりが俺に気がついた。
「ちょっと……
そう言う女子は
他の女子もこちらを見たことで、大半が碧盾、残りは
「あ、えーっと……その」
「もしかして新入生じゃない? ——一応言っておいてあげるけど、ここは白騎クラスの訓練場よ。黒鋼が近づいていい場所じゃないから。さっさとあっち行って」
え、ええ……白騎の人に言われるならまだしも碧盾に言われるのかよ……。
「そうよそうよ。黒鋼がこんなところ来ていいわけないじゃない」
「新入生で道に迷ったのなら、まずここから離れて、それから誰かに道を聞いて」
って道も教える気がないんかい。
この黒鋼の扱い、だんだん面白くなってきたぞ。
「——どうしました?」
とそこへやってきたのが、白騎の天使キルトフリューグくんである。
白騎クラスは休憩時間になったみたいだな。
「あっ、キルトフリューグ様!」
「実技訓練お疲れ様ですぅ。よろしければタオル、お使いになりませんか?」
「ちょっとアンタなに抜け駆けしてんのよ! キルトフリューグ様にアンタのニオイつけんじゃないわ!」
「喉は渇いていませんか? これからお茶でもいかがです?」
うひょー、俺への関心が一気にゼロになったぞ。キールくん効果すごいな。
キールくんは苦笑いしつつ、鼻息荒く詰め寄る女子たちをなだめる。
「あ、あの、私はそちらのソーマくんに話しかけに来たのです」
「ソーマくん……?」
女子たちがくるりと振り返り、俺を見る。
オッホォー。
この蔑む視線、たまりませんな。新たな性癖に目覚めそうですぞ。
「あ、急に来てゴメン。ちょっとキールくんに頼みたいことがあって……」
「——『キールくん』!? アンタなにキルトフリューグ様を愛称で呼んでんのよ!」
「頼み事ですって!?」
高音域うるさい。耳がキーンとしたぞ。
「ソーマくんに、キールと呼んで欲しいと頼んだのは私のほうです」
キールくんが言うと、しん、と静まり返った。
「ここだと話しにくいでしょうから、こっちに」
「お、おお……」
キールくんに連れられた俺、ぽかんとしている女子たちから離れていく。
この後、「黒鋼のソーマと言うヤツは王族の隠し子だ」というウワサが立つのだが……そんなに? そんなに裏付けがないと俺がキールくんと話しちゃダメ?
「わざわざ来ていただいてありがとうございます」
「実技の授業の後にごめんな」
「いえいえ。ソーマくんこそ、その……イヤなことを言われませんでしたか?」
俺とキールくんは訓練場のそばにある、小さな庭園のような場所にやってきた。
他の生徒の姿は見えないので話をするにはちょうどよさそうだ。この場所、覚えておこう。
「大丈夫。思ってた以上に黒鋼ってひどい扱いなんだなって知ったけど。そっか、昨日キールくんが言ってた『折れるな』ってこういうことか」
「はい……。まだ私のことを『キールくん』と呼んでくれてホッとしました」
「いやいや全然大丈夫だよ。人生経験が違うよ」
むしろ学園に対して反旗を翻すところだよ。
「人生経験? ですか?」
「あーいや、こっちの話。……それでキールくんに頼みたいことがあるんだけど、授業で使う教科書って持ってない?」
「教科書はふつう、生徒は持っていませんよ。先生の書かれたことを板書します」
「むう、やっぱりそうか……」
「……でもまぁ、ふつうは、そうってだけです。持っていますよ。お貸ししましょうか?」
「いいのか!? ありがとう!」
にっこりとしたキールくん、マジ天使。俺が女なら恋に落ちてる自信がある。
いやー、公爵家とかいうんなら持ってるんじゃないかなって思ってたんだけど、やっぱり持っているんだな。
「あの教科書は確かに、ソーマくんほど知識があれば先に読んで有益だと思います。いいところに目をつけましたね」
おっと、俺が予習するために欲していると思っているな? そうじゃないんだけど……うーん、でもそういうことにしておくか。俺がそれを使って実際に授業したりしたらまーたいろんな人から反感買いそうだし。そこにキールくんが関与しているとなったら迷惑かけそうだし。
「貸しひとつですよ」
「おお、だいぶでっかい貸しだな! なにかで必ず返すよ」
「……ふふ、いえ、もう返してもらっていますから、気になさらず」
「? なに、なんのこと?」
「お気になさらず。——黒鋼の寮まで小間使いに持っていかせますね」
「ありがとう! ほんとに助かるよ!」
キールくんは俺に手を振って去っていった。
いや~最大の懸案事項がこれで解決してしまった。貴族ってやっぱりすごいな。いや、公爵家がすごいのか。
この国の貴族システムとかちゃんと勉強したほうがいいみたいだな……。騎士として、公務員的に生きていくにしても貴族社会に組み込まれるのは間違いないわけだし。
うんうん、とうなずきながら俺も歩き出していると、
「にゃあにゃあ、にゃあにゃ? どうしてこっちを見てくれないにゃあにゃ?」
そんなことを言いながら、四つん這いになって白猫を懐柔しようとしている女子に出会った。